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レポート
2005.02.01
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奥津典子/OKUTSU NORIKO インタビュー

マクロビオティック インストラクター

人の好き、嫌いって何で決まるんだろう?

父は九州でも屈指の産婦人科医なんですが、いわゆる厳格な家庭というか、とにかく厳しい家庭でした。マンガ禁止は当然のこと。テレビも禁止ですから、毎日本ばかり読んでいました。家にあった本を片っ端から読んでいたので、頭でっかちになってしまって・・・。知識として知ってしまうわけですよ。歴史的にも世界的にも今の自分の暮らしがものすごくラッキーというか、信じられないほど低い確率の幸運な中にいるって。多くの人はもっと悲惨な人生を強いられている。自分はこんなにのんびり生きていていいのだろうか、っていう罪悪感、が強くて。人間て、どうしてこんなに犠牲を強いてまたさらに自分の苦しみを生み出しているんだろう、その精神は何で決まるんだろう? ていう疑問が気づいたらずっとありました。

同時に、そんなおっきな疑問を持っているくせに何にもできない、頭でっかちな自分が、物心ついたときからものすごくキライでした。せっかくの疑問を、今思うと前向きな原動力にできればよかったのにな、と思います。

成績はまあまあいい方ではありましたが、身体が弱くて貧血気味。生理痛もひどく、運動神経ゼロ。

同じ長崎県内でしたが、小学校だけで4回も転校をしたので、学校によって流行っているものが違ったり、場所が変われば価値観も違う、ということにはなんとなく気づいていたんだと思います。やっぱり人の好き、嫌いは何で決まるんだろう、ってぼんやりと疑問に思っていました。

高校で寮に入って、親の目がなくて嬉しかったです(笑)。頭でっかちな自分が嫌で嫌で、その思いは疑問を徹底的に追求・勉強するではなく、今まで禁止されてできなかったことを「普通に」友達と色々やることへの憧れになってしまいました。今思うと十分「普通」というか平凡な子供ですね(笑)。

私の人生を変えた1冊の本との出会い

そんな私にも、人生の転機となる出会いがいくつかありました。そのひとりが国際的なマクロビオティックの指導者である久司道夫先生です。きっかけは母がたまたま送ってくれた『マクロビオティック健康法』というタイトルの本で、装丁もとても地味なんですが、ある日手にしたら、面白くてみるみるうちに引き込まれてしまいました。大学2年の頃でした。

当時はもちろん、マクロビオティックの意味どころか、単語すらまったく聞いたことがありません。簡単にいうと、人間が幸福な未来を手に入れるには、他の何にもまして人間自身が変わる以外に道はない。そのためには、正しい食事法、生活法を実践し、心身の病から解放されることが大切だというような内容の本でした。食べ物の捉え方が、栄養分析的なそれと全く違うんです。何より、ずっと疑問に思ってきた人間の精神とか感覚のかなりの部分がまさか食べ物で決まる、という考え方に相当の衝撃を受けて、このことをもっと深く知りたいと思いました。

当時の私は、自分が思う「好き」ということに自信がもてず、子供の頃からの自己否定はもはや絶頂に固まっていました。おまけに、大学に入学したのは90年ですから、時代はまさにバブル絶頂期。女子大生=華やかというイメージがあり、私も一生懸命に『JJ』とか『Cancam』を読み込んで、流行の服やメイクを真似て、真っ赤な口紅にタバコをプカーッてふかしたりしてたんですよ(笑)。

自信がないから、不自然に認められたいという気持ちが強まってしまっていました。ファッションに限ったことではありません。あそこのレストランが美味しいといえば行くし、あそこのケーキが美味しいといえばわざわざ食べに出かけてた。音楽も同じです。他人がいいと言っているものがいいんだと信じていたんです。自信がなかった。まったく。だから情報に振り回されてばかり。それが、この本に出会った瞬間に、なんか希望の光が見えたような気がした。というと、ちょっと宗教っぽく聞こえてしまうかもしれませんが、もっとシンプルに、それでいて具体的に自分を変えていく方法を探していたんだと思います。精神論だけじゃ自分を変えられないと思っていたんです。

そんな時にこの本に出会い、「私はこの人に会いに行かなければいけない!」って直感で思いました。久司先生がどれほどの権威なのかもわからないまま、今思うと無謀ですよね(笑)。さっそく、版元に電話をかけて訪ねるとアメリカ在住ということがわかってがっかり。インターネットのない時代ですし、アメリカに会いに行くといってもそう簡単にはいきません。仕方がないので、先生の次の日本での講演会の日程を教えてもらうことにしました。

そして受講したのが本を読んでから3ヵ月後くらいだったでしょうか。講演終了後、先生のところに行ってその思いをしたところ、「あなたはアメリカに来なさい。君は僕が育てる」って言ってくださったんです。

もうひとりの大切な人との出会いと決心

マクロビオティックとの出会い、久司先生と出会ってからは、親しくなる人たちが変わっていきました。ひとことでいうと、「丁寧にものを選ぶ人たち」というんでしょうか。私のように、自分の意識に蓋をして雑に選ぶのではない人たちです。

観る映画も変わりました。それまではハリウッド系ばかり観ていたんですが、インディーズ系のものや邦画も1人で観に行けるようになった。人の目があまり気にならなくなり、日常のささやかな楽しみに心がウキウキすることが増えていきました。

そんななかで今の夫とも親しくなっていきました。夫はまさに「丁寧にものを選ぶ」タイプ。また、彼のまわりにいる仲間たちとの関係性もとても素敵で、そんな人間関係が築ける夫に少なからず尊敬の念を抱いていたのは確かですね。

とはいえ、その時は他に大好きな人がいて、その人の理想の女性像に合わせよう、合わせようとしている自分がいました。久司先生にもせっかくアメリカに来ないかと言われていたんですが、やっぱり日本でふつうに就職することにもこだわってしまい、結局父の紹介で福岡の会社に就職。OL生活を始めることになったんです。たまたま、好きだった人も九州で就職! と、ひとりで盛り上がっていたんですが、OL生活も大好きだった人との恋愛もともに厳しい現実に打ち砕かれてしまいました。

特に大失恋が引き金になり、身体も心もボロボロに。心配した父は「戻って来ないか」と言ってくれましたが、つもりつもった自分自身への怒りが爆発したような感じで、このままではいけない、本当の自分自身になりたい!と強く思うようになっていったのです。

本当の自分の感覚を研ぎ澄ますために、マクロビオティックをもっと勉強したい、人間とは何か、何によって成り立っているのか理解したい。中途半端にではなく、もっともっとマクロビオティックを実践してみて、自分を肉体から根本的に変えてみたい、と思いました。まだそのときは、そしたら、やっと「本当の自分の感覚」で絵を描いてみよう、絵描きになれたらな、って思っていました。

できることから、がポイントの久司式マクロビオティック

幸運なことに、再び東京に戻り、今度こそは久司先生のお手伝いをさせてもらうことになりました。といっても、年に3〜4回来日日本での事務局の仕事です。し、全国で開催される講演会に同行しながら、先生の理論を私なりに解釈を深めていきました。

日本ではマクロビオティックというと、リマ・クッキングスクールを代表とする故桜沢如一氏の理論に基づいた「オーサワ」式が有名ですが、欧米では久司先生の理論が主流です。ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学では科学的な側面からもその効果が研究・証明されており、なんと1999年には東洋人の現存する人として初めてスミソニアン博物館に殿堂入りしたほどです。

ポイントは、ストイックにならず、自分のできることから始めること。食は習慣です。毎日のことですから無理をしても意味がない。たとえば、チョコレートが食べたかったら食べればいい。チョコレートを欲しがる自分は本当の私なのか、それともうわべの私なのか、自分の身体に聞けばいい、そして、その影響をしっかり感じる。

これまでマクロビオティックの料理というと手間のかかったものが多かったんですが、例えば豆腐でチーズの代わりにするとか、甘酒にアプリコットを入れて「フルーチェ」みたいなデザートにするなど、工夫次第でどれだけでも楽しいメニューができる。やっぱり楽しくなければ続けられないじゃないですか。日本ではまだあまり紹介されていないマクロビオティックのメニュー開発も夢中になってやっていました。

マクロビオティックの理論を知識としても体験としても深めていくうちに、気づくと、絵よりずっと夢中になっていってしまいました。マクロビオティックは食物学ではありません。当たり前のことですが、人間は食べ物でできている。ということは、食べ物を変えることで、人間も、人間が生み出すものもどんどん変わる。人間が営む全ての分野に通じる普遍性があるものだという確信が強まっていきました。例えばデザイナーとか、音楽家、政治家、教育者とか、医学はもちろんあらゆる分野の方に食べ物の影響力を知って欲しいと思うようになりました。また、父が次第にマクロビオティックを実践していき、どんどん医者としての父といろんなことを話し合えるようになってすごく嬉しかったです。

そんなある日、久司先生が、再び「アメリカに来てもっと本格的な勉強をしなさい」と言ってくださり、自分自身も今度は行こう!と決心していた矢先、妊娠していることがわかったんです。そこでまたまた大騒ぎ(苦笑)!やっぱりまだ母親になることに自信が持てなかったんです。母親になることは夢だったんですけれど・・・。こんなんで親になって、子供を不幸にしないのか。もうちょっとマクロビオティックを勉強して、社会で通用するようになって、自分を高めてからお母さんになりたかったのに・・・と思ってしまって。

しかし、完璧な親はいない、不完全な状態だからこそ子どもが必要なんだ、と、奥津は年上のはずの頼りない私を力づけて支えてくれました。両親に結婚を許され、父の病院で出産しました。2000年4月1日、無事に長男「圭」の誕生。それは、私たちにとっても新しい人生の始まりでした。

「オーガニック・ベース」への道

人生はほんとうにわからない。子どもができてから暫くは、子育てに没頭しながら、久司先生のお手伝いや文献研究、メニュー開発などを行っていました。また子供は大人以上に食べ物に対する反応が顕著です。私が食べたものによって、その母乳を吸う息子の夜泣きがひどかったり、下痢をしたり、発熱したり・・・本当に子供以上の先生はいないかもしれません。同時に、忙しい中でも実践できるマクロビオティックの必要をすごく感じました。夫は大学卒業後、薬物依存症のシンクタンクに勤務していましたが、ある日、薬物も口から入るもの=食べ物であることに気づき、そういうもの欲しがる心理との相関関係にたいへん興味を覚えたようです。それまでは、マクロビオティックは、食べ物だけでなく、人間の意識にまで入ってくるのが宗教っぽいからイヤだと言っていたんですが、一転。また父親になって、彼は社会への意識がどんどん変わっていきました。私がつくるマクロビオティック料理の影響もあったのでしょうか? 段々と、誰もがマクロビオティックを学べる環境作りを担いたい、とマクロビオティックの学校をつくろうといつしか彼のほうが思いを強めていったのです。

コンセプトは「家庭で実践できること」そして、「誰もが楽しめること」。まずは、米国クシ・インスティテュートに家族3人で参加してみることにしました。もちろん、約2ヶ月間の研修を終え、マクロビオティックへの思いはますます強くなりました。ここまできたら、一か八の掛けのようなものです。まあ、失敗してもまだ20代ならばなんとか軌道修正もできるかな、ということで、具体的に事業計画を立ててみることにしました。ここからは夫が大活躍。2002年11月のことです。

オープンするまでの軌跡はホームページの夫のコラムに詳しく記していますが、ほんとうに一喜一憂。最初はまわりに「やめた方がいいよ」「ムリだよ」と反対ばかりされていましたし、国庫とかに融資の相談に行っても「難しいですね」と断られる始末です。夫は本当に大変だったと思います。もう、ヘコむことばかりだったでしょう。「いったい何がやりたいのか?」何度も何度も自問したそうです。でも、彼の決意は強くて。一方私のほうは、マクロビオティックという広大なものの、いったい何から伝えるのか。ともすれば押し付けがましくハードコアになり過ぎそうなそれの面白さをどう伝えられるだろう、私にできるだろうか?と育児の傍ら、カリキュラムづくりに日夜悩みました。極端な話、言葉にも色にも、生活空間にも会話にも季節にもマクロビオティックでいう「陰陽」はあるし、全ては取り入れるという意味で食べ物なんです。もう、きりがない。それが良さで、でもそのままだとなんか遠くて・・・かといって、無理にこびることはしたくない。薄っぺらいものにも、自分にうそも、もうつきたくない・・・。

夫の職場の企画でテストマーケティングをしたり、アンケートを集めたり(約250人)、多摩大学総合研究所でプレゼンテーションしたり、大学時代の友人やゼミの担当教授、経営コンサルタントに相談したり・・・・。久司先生にアドバイスをいただいたのもこの時期でした。

かくして、2003年6月、「オーガニックベース」の誕生となりました。とにかく1年やってダメだったらまたやり直せばいい、そう自分たちに言い聞かせるようにしてスタートしました。

チームとしてのオーガニックベース。

たまたま時代が後押しをしてくれたんだと思います。早過ぎてもダメだったと思いますし、今からというのも、ちょっと違うかな、と。マクロビオティックというハードコアなものを、理論はきちんとしているけど、明るく楽しい雰囲気で実践している、そんなコンセプトがよかったのかもしれません。蓋を開けてみると、生徒さんは何百人、何千人と集まってくださったのです。さらに、女性誌を中心に、マクロビオティックの特集が組まれるようになりましたし、健康やオーガニックへの意識は、もはやブームを越えて、確実にそういうライフスタイルへと意識が広がっています。

また、ホームページのおかげで、わたしたちのような個人事業がしやすい環境になったのも大きかったと思います。そうなると、似たようなライフスタイルの人が自然と集まってきて、自然にコミュニティができるんです。なかには、「会社辞めちゃいました」とか「人生変えたくなりました」といってクラスに通って来る女性も少なくないんです。例えばプロフェッショナルコースは、マクロビオティックを職業にしたいという人のためのクラスです。うまく言えませんが、何か新しいマーケット、新しいスタイルをつくっていけないか、っていう欲はありますね。

マクロビオティックは、消費者としてやっているより、発信者としてやりだすと更に面白くなりました。圧倒的に出会いが増えました。いわゆる、「エコ」とか「自然」を仕事にしている人たちとより、むしろ全然別の切り口の方が多いです。でもなんか、目指しているものに共通項があると申しますか。その人たちと、新しい面白い仕事ができる。これからやりたいことは色々あります。大前提として、とにかくここでのクラスの質をもっともっと高めること。同時に、より良いチームであり続ける難しさにやりがいを感じています。一人一人が、ひとりのときよりもっと活きる。それが続く。そんな「チーム・オーガニックベース」がみんなとできたらいいですね。


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