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レポート
2009.06.22
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三浦展/MIURA ATSUSHI インタビュー

カルチャースタディーズ研究所主宰/消費社会研究家

社会に目を向けるのが早かった子ども時代

 僕の小学生時代はベトナム戦争が激しくなったころです。教師をやっていた親は選挙で社会党に投票するような人でしたし、5歳上の兄がいて、高校全共闘世代、村上龍とか、坂本龍一とか、大体それぐらいの世代。だから、僕も、政治・社会に対する意識というのは早く目覚めたと思いますね。例えば1969年の東大安田講堂事件のときに、普通のサラリーマン家庭なら「バカどもが!」みたいな感じになるのだろうけど、兄は当然応援している。彼は72年に大学に入るんだけど、ちょうど浅間山荘事件があって、受験直前なのに浅間山荘のテレビ中継をずっと見てた。中学時代から『朝日ジャーナル』取ってるような兄だったから。まあ当時としては珍しくないかもしれませんが。
 
 僕は従兄弟も含めていちばん年下なんですよ。だから全部上から情報が入ってきちゃうので、そういう意味では早熟な子だったと思います。中学時代は新聞記者になろうと思ってた。当時、ベトナム戦争反対というのがマスコミの役割っていうか、とくにうちは『朝日新聞』だったからね。だから、本多勝一とか読んでました。
 
 小学校6年生くらいのときに情報化社会みたいなことがいわれ始めていて、自分でもなんとなく「俺は情報の仕事をする」って思いましたね。ただバカなのは、情報の仕事をするためにどんな大学でどんな勉強をすればいいかなんて昔の田舎の小学校6年生はわからないわけ。で、たまたまテレビで千代田テレビ学院のコマーシャルやってて、こういうところに行けばいいんだって思ってた。東大出て朝日新聞に入るとかそういうことは全く思わずにね(苦笑)。中学校では新聞部。中3のときは社説と4コマ漫画と新聞小説と新聞小説の挿絵も全部書いてました。写真も撮ったなあ。作文も絵ももともと得意だったからね。
パルコ入社のきっかけにもなった
『EXTRAORDINARY LITTLE DOG』
原田治著・エンジンルーム編
(1981/PARCO出版)
『ANTONIO GAUDI』
栗田勇(PARCO出版)
80年代のマーケッターのバイブル
だった『月刊アクロス』。三浦氏
は1986年に同誌の編集長に就任。

自分にできることとできないこと

 高校に進学してからも新聞記者になろうと思ってたんで、新聞の切り抜きはよくしていました。新聞の切り抜きは小学4年生の頃からよくやっていた。『アクロス』でも新入社員の仕事が新聞切り抜きだったんだから笑っちゃうよね。でも、その高校時代の切り抜きにはローマクラブとか全地球カタログとかの仕事に混じって、代官山の同潤会アパートを調査している若い研究者の記事があったんです。これが望月照彦さんで、望月さんは、その頃『アクロス』にも書いてたんですよ。奇しき因縁でしょ?
 
 大学はね、進学先を決めるにあたって、早稲田の政経だの法学部だの、慶応の経済だのって決めていくわけだけど、別に経済勉強したくないし、法律も勉強したくないし、文学も読まない。さて、と思ったときに、たまたま自分の成績なら一橋の社会学部というのがあるということを知るわけです。
 
 これはいいじゃないかと思って、大学のしおりなんかを取り寄せてみると、社会心理学っていうのがあって、南博という日本に社会心理学を輸入した人ですけど、そういう名物教授がいて、今じゃ珍しくないけど当時テレビに出たりして、タレント教授のはしりで、そのゼミには昔山本コータローがいて、卒論は吉田拓郎だったというようなことがわかって、これはおもしろいなと思った。それで、社会学とか社会心理学をやろうと、高校2年のときに決めたんです。
 
 で、実際、一橋の社会学部に入って、南さんは退官してたんで、そのお弟子さんのゼミに入った。そのお弟子さんが編集した社会学の入門書を高校時代に読んでいたんですよ。まさかその人のゼミに入るとは思わずにね。
 
 入りたい大学の入りたい学部の入りたいゼミに入って、その後も、入りたかったパルコに入って、転職しようと思った三菱総研に入り、40歳で独立した。最初から40歳で会社辞めようと思ってたからね。そういう重要な職業選択はすべて思う通りにはやってきた。ただし、じっくり考えた末に選択してきたことだからね。みんなが行く会社に行くとか、そういう選択はしたことないし、自分でよく考えた結果実現出来たっていうのはよかったと思うんです。自分なりに自分にとっての専門性とか、自分に合う会社とか、自分をもっと伸ばせる会社とか、そういう選択をした上で実現出来てきているので、から今の若者たちに対しては、「もっと自分の考えをしっかり持ちましょう」と言いたいですね。
 
 しかしそれは「自分らしさ」とか「夢を実現する」とかそんな甘っちょろい言葉とは違うもので、現実に自分が何が出来て何が出来ないか、何がしたくて何がしたくないかとかってことを自覚するということ。したいけど出来ないってこともあるわけで。僕が新聞記者になろうと思ったけどならなかったのは、ああいう激しい取材は僕には性格的に無理だと思った。あと出版社っていう選択肢もあったけど、当時先輩で出版社に就職した人もいたけど、たとえば小学館に入っても漫画を担当するか、『週刊ポスト』に配属になって最初の取材はソープランドみたいな、そういうの聞いて、そんなのやってもしょうがないなって思って辞めた。だから、小さい学術系の出版社に就職しようかとも思ってたんですけど、そこまで地道な人間でもないんで。そういう学問の本をつくり続けるっていうのもちょっと違うなあと。
 
 そんなとき、パルコのある本を見て、やっぱりこれだと思ったわけ。こういう本出したいなって思った。当時はパルコの広告とかポスターの全盛期ですから。すばらしい、と思ったんですね。ファッションビルに就職しようっていう気はまるでなくて。文化的なことを仕事にしたいなって思ったわけです。学問ではないし、本当の報道でもない、文化的な情報をつくる、本をつくる、1年留年して考えまして、そういうのがいちばん合っているんじゃないかと思って、それでパルコに入れて頂いた。82年のことです。ところが配属されたのは辛気臭いデータ満載の『月刊アクロス』だった(笑)。

「中流」のピークだった80年代という時代

 80年代前半っていうのは日本のいちばんいい時代じゃないですか。中流社会の本当のピークですね。
 
 中流っていうのは意欲だよね。頑張れば手に入るっていう感じが残っている最後の時代。バブルみたいにあぶく銭の時代じゃなくて、真面目に働いて、いいものをつくって、世界に売ったら世界中の人が買って、いっぱい黒字が出て、まあそれでアメリカからバッシングもされるんだけれども、日本人の戦後の到達点だと思うんです。それを過ぎて80年代後半になってバブル期に入ってくると、いろいろなところが狂い始める。日本がいちばんうまくいっていた時代を欧米が嫉妬して、おまえの国もオレの国みたいに失業だらけの国にしてやるっていう陰謀にハマって今の状態になったというのが「下流社会」でしょう。
99年に独立してからは著書も多数。
『ファスト風土化する日本』(洋泉社)
『「かまやつ女」の時代』(牧野出版)
『団塊世代総括』(牧野出版)など

「下流」を生んだ90年代という時代

 90年代っていうのはひとつの時代として認識されるような時代じゃないんじゃない? 固有のものがない。パソコンとか携帯とか、たしかに情報系のものが一気に拡大した時代だとはいえるけど、その時代時代に生活を便利にするものはあるわけで、そういう意味では、90年代は、便利以外に価値がない。
 
 今の時代、若い人が羨ましいなっていう感じがしない。今20歳だったらどんなに楽しいだろうっていうものは90年以降出てない。どちらかというとかわいそう。やっぱり何かがなくて頑張れば手に入る時代の方が、若い人にとってはいい時代だと思うけど、頑張らなくても何でも手に入って、頑張っても阪神しか買うものがないわけでしょう。お金が好きだっていう以外に働く理由がない、みたいな気がします。
 
 コンビニにお茶が何十種類もあっても、実はそれが本当に欲しいなんて誰も思ってなくて、それは企業が少しでも売上を伸ばすために大して意味のないものをいっぱい作っているだけ。そういう、意味のない差異化が多いよね。意味のない差異化の始まりも80年代だけれども、それが90年代になって極限まできていて、意味のない差異化をされたものを買っても幸せになれないっていうのかな。80年代は意味のない差異化でも幸せになれたんだけど。
 
 でも、幸せでもそうでなくても、とにかくまあいいやっていうのが「下流」かな。言い方を変えると「動物化」ね。腹減った、何か食べた、それでいいと。もっとおいしいもの食べたいとか、もっと文化としての食を味わいたいとか、そういうのがない。
 
 最近は、上から見て脅威を感じるような若者が出てきていないな。みんな知識が広く浅いからじゃないかな。コンビニみたい。コンビニに本物はないじゃない。「牛角」がうちの町で一番うまい焼肉屋だ、ってブログに書き込んでいる若い人がいるらしんだよね。たしかに「牛角」よりまずい焼肉屋はいくらでもあるけど、それよりおいしいものを探すのは面倒くさいじゃない、「牛角」でも充分うまいんだから。皿スパよりまずいスパゲティ屋もあるけど、それより美味しいスパゲティ屋を探すのが面倒くさいみたいな、そういう状況なんだろうと思いますね。
 
 たぶん、社会全体が、もっと本物はないのかとか、もっといいものはないのかって探す気持ちが今の時代、弱くなっているんだと思います。簡単に偽物が手に入るからね。簡単に本物が手に入る時代になったという意味ではいい時代だけど、簡単に偽物で満足してしまう時代でもある。偽物のレベルが高いから。だからこそ、自分が何が欲しいか、何がしたいかがわからない。とりあえず足りちゃうからね。

やっぱ「文化」でしょ?

 ファッションなんてその最たるものでしょう、この20年間、80年代以降何もないんじゃないですかね。むずかしい時代ですよね。パルコが偉いなって思うのは、いろいろ浮き沈みがあってもファッションビジネスの旗手としてプライドを保ち続けていること。だって、84年、85年に出てきたファッションビルの多くはパチンコ屋になったり量販店になったりしてるじゃないですか。そんななか、パルコは売上も減ったりすることもあるかもしれないけど、決して安きに流れていないっていう部分があると思うんですよ。ただの不動産屋には出来ないものをパルコは70年代に培ってきたわけでしょう。しかもいろんな事業をやってきたわけで、そういうおもしろい会社って今は無いじゃない。
 
 80年代のセゾングループっていうのは今でいうフリーターを相当雇用してたと思うんだよね。ふつうのサラリーマンはやりたくないけど、何かおもしろい仕事ならしてみたいっていう人がたくさん働いてた。
 
 今勢いのある会社、ライブドアでも楽天でも、文化のぶの字もないでしょう。ライブドア出版とかもあるけど東大に受かる勉強法とか、そういう本くらいしか出してない。なんかそれで今更球団を買うとかTBS買うとか、もう出来たものを買うしかないわけでしょう。もう全然羨ましくない。お金があることがこんなに羨ましくないとなれば、そりゃ若い人もフリーターのままでしょう。
 
 お金稼げばおもしろいことが出来るとか、おもしろいものが買えるっていうのがないもんね。「ホリエモンが好きなレストラン」みたいな本もあるけど、彼はそんなにたいしたもの食ってないと思うし、そこに本当に喜びを見出しているとも思えないし。まるで文化がないじゃない。80年代前半にパルコの名刺を出すことってすごいかっこいいことだったからね、入りたい人いっぱいいたし。それは給料が高いとか、六本木ヒルズに事務所があるとかそういうものではなかったよね。パルコの本社なんて、1Fがゲームセンターで、夜になると酔っぱらいのゲロがあっちこっちにある通りにあるビルだったしね。やっている中身で評価されてたんだと思う。お金があるとかビルが立派とかじゃなくて。なんて言うとオジサンみたいだけどね。
 
 90年代に20代を過ごした人が懐かしめるものって、社会とか街とか世界の中にはないんじゃないかな。このゲームのこのへんはおもしろかったとか、音楽とか、バーチャル化しちゃってて。実際の外の世界には何もないんじゃないかな。外におもしろいものがない。それがオタク、ひきこもりのもとなんだと思う。
65万部を突破した『下流社会』 (光文社新書)

実は誰でも「下流」に当てはまる?!

 落ちるのは簡単。だから『下流社会』の冒頭の「下流チェック」はみんな当てはまるわけ。僕だって半分当てはまる。油断するともっと当てはまるようになる。年収以外はすぐ○が付いちゃう。今日は下流だなあ、みたいな。時には思わず歩きながらおにぎり食いそうになるってあるじゃない、忙しさにかまけて。いつも下流じゃないっていうのは大変なことだよ。下流は楽なんだから。
 
 上流の下流化も進んでる。っていうか、上流も下流なわけ。だから阪神しか買わない。バブルな時代は、成り上がり上流は成り上がりらしくロックフェラーセンター買ったりゴッホを買ったりした。でも、今の上流は精神が下流だから。べつにホリエモンがフジテレビ買うとか、村上が阪神買うとかは、腹減ったから何か食うかっていうのに近いっていうか。あまり自分を高めてないなっていう気がするよね。
 
 一方では、たとえお金がなくて、「かまやつ女」でも、精神が上流の「かまやつ女」もいるだろう。自分のファッションセンスを高めるためにああいう格好をするような。でも、それはすごく少なくて、ほとんどが高めている人に憧れる大多数の人。東京で活躍する人に憧れる地方の専門学校生とか。それは昔でいうお茶汲みOLだよね。お茶汲みOLは、白馬の王子様と結婚するシンデレラに憧れる人だからね。でも、私はクリエイティブなんだって言っている人が、成功した人に憧れるだけで、実は『NANA』のハチだったりする。ただ待っているだけ。
 
 やる気があって能力もある人をもっと引き上げる社会じゃないといけない。あるいは、やる気がなくても能力のある人は、おまえは本当は能力あるからやる気出せばもっといけるよって言って、ああそうかっていうような引き上げる仕組みは必要だと思うけど、やる気も能力もない人がそこそこ幸せに生きられてしまう社会をどうにかしようっていうことは出来ないでしょう。その人たちにもまったく支持されないし。余計なお世話だからね。もう一度貧乏に戻って欲を持てって言ったってそれは誰も求めないじゃない。
 

「下流」化社会問題は何処へ行く?!

 『下流社会』は、こんなに働いているのに俺たちはなかなか豊かになれないぞ、みたいな真面目な反応をして読んでいる人もいると思うけど、一方で、中流の価値観から測られるからおまえは役立たずだって言われるんで、いや私下流なんですって開き直っちゃえばなんてことはない、という人もいる。ほんとはもっと痩せなきゃいけないんだけど、まあ、太っててもいいか、みたいなね。
 
 今は、僕はもう「下流」という言葉がどういう風にひとり歩きするかが楽しいな。パルコ出版で下流カレンダーって作ってよ。日めくりで。フランクリン・プランナーの「7つの習慣手帳」みたいなのも面白いね。今日の下流6つ、ああ俺のペースみたいな。僕自身は下流写真集とか下流映画っていうのも作りたい、余裕があればね。カルトムービー。うまくやればおもしろいと思うよ。
 
 


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