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Across the Book Review Vol.10
レポート
2008.06.05
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Across the Book Review Vol.10

『ルポ 貧困大国アメリカ』
堤未果(岩波新書)

民営化と貧困のからくり

 大国アメリカが、教育、医療、戦争に至るまで民営化した末に招いた貧困社会についてのルポルタージュである。

 アメリカの医療、といえば、昨年公開されたマイケル・ムーア監督の映画「シッコ」。公的な国民皆保険制度がないアメリカでは6人に一人が無保険で、高額な医療費を払えなければ治療も受けられない。民間の保険に入っていても、支出を減らしたい会社側の判断で支払いが拒否される。ムーアお得意のユーモアたっぷりで描かれているが、アメリカはかなりまずいことになっているのでは、と思わせるに十分な映画だった。

 「シッコ」が記憶に新しかったので、タイトルに惹かれこの本を手にとったのだが、さらに根深いアメリカの貧困問題を見せ付けられることになった。サブプライムローン、ファストフードによる肥満、ハリケーン被害などアメリカの諸問題も、「貧困ビジネス」の一環らしい。病人や低所得者など社会的弱者からお金を搾り取るビジネスが、さらに貧困をもたらす。そのからくりを本書では明らかにしている。

 サブプライムローンは「中流階級の消費率が飽和状態になった時、次のマーケットとして低所得者層を狙ったシステム」であり、リスクに無防備な移民や低所得者を商品として市場に組み込んだビジネス。肥満児は、安くて調理が簡単なファストフードに頼らざるを得ない貧困家庭に多い。学校給食も貧困地域に多く実施されているが、コスト削減のためにジャンクフードばかりになるので、肥満はますます助長される。そしてハリケーン・カトリーナ。連邦緊急事態管理庁が実質的に民営化され、ハリケーン上陸を予測しながら洪水対策の予算が削減され、結果的にニューオーリンズ市の80%が水没した。

 どれも、レーガン政権以降、市場原理主義・新自由主義を打ち出し、民営化を推し進めた結果、ますます低所得者を圧迫することになっているというわけだ。

 そして究極の「貧困ビジネス」は、戦争である。貧困家庭の高校生に大学進学を匂わせ軍にリクルート、多重債務者に「国際的な派遣会社」から好条件の仕事を提示、派遣する先はイラク戦争の最前線、といった貧困者を囲い込み、戦争に組み込むシステムができているという。
 
 「もはや徴兵制など必要ないのです。」「政府は格差を拡大する政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから」という個人情報機関スタッフのコメントが、「民営化戦争」をよく表している。9.11以降、テロ対策として国が個人を管理する法律が多々作られ、「戦争派遣社員」候補の貧困層の割り出しがたやすいことも、このシステムを助長させているのだろう。

 著者はこれらの事象を、現場の関係者や当事者に丹念に取材を重ね、タイトルどおりルポルタージュとしてまとめている。アメリカに長く暮らし、あのツインタワーの崩壊も隣のビルで目撃し、それを機に証券会社勤務からジャーナリストに転向した、という経歴だけに、この国の現状を伝え、変えていきたい、という熱い思いが感じられる。熱いだけに、悲惨な状況に陥った人や破綻した生活の例、インタビューした話者の怒りや無念さなどに相対した、著者の感情が表れていることが、気にならなくもない。あるいは、時折憲法9条や25条(もちろん日本国憲法の)の重要性が語られることも、著者にとっては同一線上の問題なのだろうが、若干唐突感もある。

 このあたりのところに「ああそっちの人か」と反応し、斜に構えて読む人もいるかもしれない。しかし、著者自身の体験が動機となり、取材していく中で新たなテーマを見つけ、問題点に取り組んでいるという点で、思想に関わらず、引き込まれる本だった。少なくとも、五万と出ている貧困社会、格差社会を気にしていくための、動機づけの1冊にはなろうかと思う。

[神谷巻尾(フリーエディター)]

「思い出した本」と「読みたくなった本」



●読みたくなった本
『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』堤未果(海鳴社)
『アメリカ下層教育現場』林壮一(光文社新書)
『ワーキング・プア—アメリカの下層社会』デイヴィッド K.シプラー(岩波書店)

●思い出した本
『アホでマヌケなアメリカ白人』マイケル・ムーア(柏書房)
『超・格差社会アメリカの真実』小林 由美(日経BP社)
『メディア・コントロール—正義なき民主主義と国際社会』 ノーム チョムスキー (集英社新書) ノーム チョムスキー


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