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Across the Book Review Vol.12
レポート
2008.08.15
この記事のカテゴリー |  カルチャー | 

Across the Book Review Vol.12

見るアートを買いたい時代
『現代アートビジネス』小山登美夫(アスキー新書)

見るアートを買いたい時代

 現代アートといえば最近衝撃的だったのは、日本の現代美術作家、天明屋尚氏の作品が、香港で開催されたクリスティーズのオークションで、4800万香港ドル(約6300万円)で落札されたことである。日本作家の作品としては、村上隆氏のフィギュア作品の15億円に次ぐ高値だそうだ。あの天明屋氏が・・・と絶句したのは、つい4年ほど前、彼の作品集を編集したゆえである。当時はほぼ無名で、アートの世界でも決して大注目というわけではなかったのに、たった4年で一気に頂点に登り詰めるとは、と感慨もひとしおなのである。

 個人的感傷は抜きにしても、このようなオークションでの高値落札も含め、日本の現代アートが、ここ数年ずいぶん話題になっている。

 もちろん現代美術はハイカルチャーとして、時代の先端にいる人々は常に気にしているし、新しいアーティストも次々に誕生している。しかし、最近の盛り上がり方は、何か以前とは、たとえば80〜90年代に、ナムジュン・パイクのようなパフォーマンスとか、クリストのような大掛かりなプロジェクトとか、ダミアン・ハーストみたいなコンセプチュアル・アートとかを前にしたときに感じた、芸術鑑賞という捉え方とは違う。もっと身近に、実際に体感している、というか。その印象の理由が、本書で語られている。

 著者の小山氏は、日本を代表する現代アートギャラリーのオーナーだが、本書でアートとの出会いや経歴とともに、日本の現代アートの歩みを平易に記している。

 現代美術はその印象から、何でもありで自由なアート、と思うのだが、実際はそうでもないらしい。やはり“美術史の文脈”があり、その中で意味を見出せないものは評価がされにくい、という。

 村上隆があの有名なDOB君を発表したときも、賛否両論だったというのは覚えている。でも、それは「えー、こんなアニメみたいなのがアート?」という、素人の見地かと思っていた。だが先端的、と思える現代美術界をしても、「DOB君は絵画として認められません。当時、日本における現代アートの主流は、抽象表現主義風のペインティングでしたから、「美術」の枠からはみ出して映ってしまったのもいたしかたありません」
だとは、「なんだ、そんなフツーな判断なんじゃん」と思うのである。村上隆、奈良美智など「クール・ジャパン」、と呼ばれるアーティストが評価されたのは、つい数年前、21世紀になってからのことなのだ。

 さらに、「見るアート」と「買うアート」が近くなってきたのも、ここ数年の変化のようだ。「絵を買う」というと、老舗の画廊で扱う東山魁夷みたいな日本の近現代画家の作品とか、繁華街にある展示即売会場の前で勧誘している某ファインアートとか、一般人には、若干近づきたくないイメージがあった。買う絵と、展覧会で見るアートとはまったく別物。

 それが、「展覧会を見に行って、その絵がほしい」と思うようになってきたのが、クール・ジャパン以降なのではないか。駆け出しの作家なら数万円で手に入り、ネットで現代アートを扱うショップも出てきた。アートを売買するアートフェアもバブル崩壊と共に一旦終了したが、再出発した「アートフェア東京」もここ数年は順調に売上げを伸ばし、2008年はギャラリーの応募が増加したため、審査を行うことになったという。秋葉原や丸の内で、別のアートフェアも開催されるとのこと。アートを買う文化がようやく根付き始めているのだろう。

 世界の美術展観客動員数データによると、2006年は、ベスト10に東京の美術館の企画展が5つもランクインしているという。確かに、主要な展覧会は2時間待ちも当たり前、のような状態で、「そんなに日本人て美術好きだっけ?」といつも思う。

 しかし、著者が指摘するように、日本の美術館に外国人が殺到することはない。それは、美術館がコレクションを持っていないからだという。1990年以降美術館は増えたが、景気後退と共に中身まで手が回らない、しかしハコは作ってしまったから入館数や売上げといった数字が最優先課題、企画展で稼がなければ、ということだ。それで、ムラカミもナラも海外に行ってしまって、国内の美術館には収蔵されていない、という現状になっている、と。

 著者が訴える、「作品を売ることは、アートを残していくこと」とは、美術館のコレクションの水準を上げることで、アートマーケットの水準、ひいては文化の水準まで上がる、ということだ。アートとお金という、いくらでも、どの方向にも転がってしまいそうなもので、健全なマーケットをめざすのは実は相当難しいのだろうが、アートの価値観が変化している今が、きっと大きな転換期となりえるのだろうと思う。




[神谷巻尾(フリーエディター)]

「思い出した本」と「読みたくなった本」




●読みたくなった本
『芸術起業論』村上隆(幻冬舎)
『美術になにが起こったか 1992‐2006』椹木野衣 (国書刊行会)
『芸術のグランドデザイン 』山口裕美(弘文堂)


●思い出した本
『深い深い水たまり』奈良美智(角川書店)
『スーパーフラット』村上隆(マドラ出版)
『傾奇者』天明屋尚(PARCO出版)


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