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Across the Book Review Vol.14
レポート
2008.11.14
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Across the Book Review Vol.14

アートを語らず、アートする、東京で
『昭和40年会の東京案内』(赤々舎)昭和40年会

撮影:池田晶紀
撮影:Sumihisa Arima、Parco kinoshita

アートを語らず、アートする、東京で。

 「昭和40年会」とは、昭和40年生まれの現代美術家による集合体である。1994年、アートフェアNICAFの会場で、若手アーティストが集まり話をしていたところ、偶然全員が昭和40年生まれということが判明し、その場で「昭和40年会」が結成されたのだそうだ。その若手アーティストとは、松蔭浩之、大岩オスカール幸男、会田誠、小沢剛など。今の現代美術界を牽引しているような、錚々たる顔ぶれである。

この会では、「昭和40年世代−東京からの声」と称した展覧会を海外で開催したり、メンバー全員が40歳になる2005年には「40×40」プロジェクトとして、年間を通じてさまざまなイベントを繰り広げてきた。その一環でウェブマガジン「Realtokyo」に連載していたメンバー6名(上記4名に加え、有馬純寿、パルコキノシタ)によるリレーコラム「昭和40年会の東京案内」をまとめたのが、本書である。

アーティストの東京案内なのだから、エキセントリックな、あるいはエッジだったりディープだったりする東京が出てくるのでは、という先入観を持つのが自然というものだろう。または「昭和40年」という冠にちなみ、“昭和のあの頃”的な話なのかも、と想像するかもしれない。しかし、そんなものはみごとにありません。第1回から「マツキヨ、ドンキ、ビックカメラ」(パルコキノシタ)である。続く松蔭浩之「オレに酒を教えた店」(新宿地下の「BERG」とか)、会田誠「東京の待ち合わせ場所」(ハチ公前で人間観察)などなど、ごく一般的な場所である。秋葉原、東京ミッドタウン、ゴールデン街、北千住、ネットカフェ、さらに屋形船に乗ったり、高尾山に登ったり、つまり特別ではないけれど、紛れもない現代の東京。そしてその東京についての、アーティスト達の観察は、とてもとてもおもしろい。

たとえば、有馬純寿は、渋谷での買い物は「あると予想できるものを探しに行く」という、いわば「収穫」であるのに対し、掘り出し物を探し神保町、秋葉原の専門店街へ向かうのは「狩り」であるという。その「狩り場」を、ソウルの雑然とした町との類似を指摘し、大型店化が進む日本の街への失望をほのめかす。

パルコキノシタは東京ドームに行き、野球やボクシング、場外馬券を求めて来る男のかわりに、ジャニーズのコンサート目当ての大量の女性たちを見る。ここはドームしかり、ジェットコースターしかり、温泉を最上階まで引き上げるラクーアしかり、すべての施設が重力を否定し「外へ」「上へ」向いていると言い、「女を上らせる装置が整然と詰まった宇宙基地」と、東京ドームを見立てるのだ。

 日中韓アーティストの3人で東京を歩いた小沢剛は、電車で携帯メールを見ながら号泣する女の子に韓国テレビドラマの影響をみつけ、違う国で生きてきた3人の「共有するもの=大衆文化のセンスを連想し、笑いあえた」ことに喜びを感じる。会田誠は、渋谷高架下のグラフィティ対策に壁画を描き、そこに住むホームレスも追い出そうとするアート関係団体に怒り、アーティスト仲間と共に抗議行動を起こす。そして、「アートとは何か」「街とは何か」「パブリックとは何か」の想起を訴える。

 どれも4ページ足らずのコラムだが、各人なりの問題意識や解釈があり、読み応えがある。その考察は、アートをなりわいとしているだけに、商業的でも学術的でもなく、個人の根源的なところから湧き上がっている。読み終わり、序文で述べられている東京観を読み直すと、まさにそう実感した。「溢れんばかりの緑としっとりとした面影・・・振興住宅地・新潟市寺尾地区からやってきた者の眼には、事実そう映る」(会田誠)、「どこに行っても、人が多くて、肌と肌がふれあっているうちに、ひとつのダンゴになってしまうのではないかと思います」(大岩オスカール)、「すべての現実をこの街で学んだ。がしかし、いまだ私は、私の中に在る東京を愛し、憧れたままでいる」(松蔭浩之)・・・・・・。

 現代美術が、どういう視点で考えられ、どういう日常を生きている人によって作られているのか、垣間見られた気がする。アーティストの文章は面白い、というのも、発見である。

 ところでこの本は大手版元ではなく、アート専門の小出版社から刊行されている。書店では美術書コーナーか、人文棚か、きっと見つけづらいだろう。悪いわけではないが、アート関連=インディーズ、という構造はどうなのか、と思う。アートの置かれている日本の状況を物語っているのかもしれないけれど。

[フリーエディター・神谷巻尾]

「思い出した本」と「読みたくなった本」

●読みたくなった本(見たくなったDVD)
『漂流教師』パルコキノシタ(青林堂)
『昭和40年会 ザ・ムーヴィー 晴れたり曇ったり』(ミアカビデオアーカイブ)


●思い出した本
『ミュータント花子』会田誠(ABC出版)
『東京漂流』藤原新也(朝日新聞出版)
『日和下駄—一名東京散策記』永井荷風(講談社学芸文庫)




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