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三鷹天命反転住宅(みたかてんめいはんてんじゅうたく)
レポート
2009.09.01
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三鷹天命反転住宅(みたかてんめいはんてんじゅうたく)

三鷹から世界遺産に立候補?!
住む、泊まる、体験する「死なないための住宅」

バリアフリーとはほど遠い、あらゆる
凹凸が本来の感覚を呼び覚ましてくれる。
ここにいると
「部屋は四角と誰が決めた?」という
疑問さえ沸いてくる。
室内には一切のドアがない。手前は
シャワーブース、その裏側にトイレがある。
オフィスとして使用している室内。
生活感が漂うとまた全く違った印象だ。
手すりや配管まで何もかもがカラフルに
塗りつくされている。
ちょっとした部分にも既成概念の反転が。
こちらは斜めに設置されたインターフォン。

住宅として機能しているからこそか、
意外にも街にしっくりと馴染んでいた。
アートや建築に興味を持つ人であれば、東京都・三鷹市にある「三鷹天命反転住宅(みたかてんめいはんてんじゅうたく) イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」を知らないはずはないだろう。完成は2005年10月。ニューヨークを拠点にする美術家・建築家の荒川修作と公私共のパートナーであるマドリン・ギンズによる作品であり、実際に入居可能な共同住宅だ。

聴力と視力を失ったヘレン・ケラーがその身体を通して自然や人とのつながりを知り、新しい世界を切り開いていったように、この家で身体の無限の可能性を体感して、“不可能を可能に=天命反転”を遂げるというのが、その名の由来。地上三階建て、総戸数9戸。間取りは2LDKと3LDKの2タイプがあり、建築面積260.61平米、延床面積761.46平米。三鷹の住宅街に突如現れた「死なないための住宅」は、完成当時から大きな話題を呼んでいる。

実際に現地を訪れてみると、カラフルな球体や立方体が重なる外観は意外なほど周囲の景色に馴染んでいた。ななめに設置されたインターホンがあるドアを開けると、そこはおもちゃ箱をひっくり返したかのような、あるいは動物の体内のような不思議な空間。アイランド型のキッチンを囲むように各部屋が配置され、一歩足を踏み出せば、床のでこぼこを足の裏が感じ取り、傾いた床に脳は大いに戸惑う。天井からぶら下がったコンセントや、大人でも登れるはしご、滑り台のような球体の部屋、シャワーブースとトイレがある空間にさえドアはなく、どこにいても家全体を感じ取れ、非現実的なのに不思議な心地よさがある。

「荒川は幼い頃の戦争体験から『人が死んでいく状況をどうにか止めたい』という切実な思いを抱えるようになりました。新しい価値観を作ることができるアーティストならそれが可能だと考え、60年代からはNew Yorkに拠点を移し絵画や彫刻の作品を発表しはじめます。80年代からは「環境が変われば身体も変わる」と建築の世界に入ってゆき、より体験型の作品を手掛けるようになり、岐阜県養老町の『養老天命反転地(ようろうてんめいはんてんち)』(1995年)の完成後、2002年頃から『三鷹天命反転住宅』のプロジェクトがはじまりました」というのは、同物件の運営・管理を行う株式会社ABRFの松田剛佳さん。同社は2005年に、荒川修作+マドリン・ギンズの日本での窓口、研究や活動推進業務を行う日本法人として設立した。

「三鷹天命反転住宅」「三鷹の森 ジブリ美術館」の設立や「SOHOCITYみたか構想」など独自の街作りを進める三鷹市に位置し、今は同市のランドマーク的存在になっているが、多くの候補地から三鷹市に建設が決定したのも、「何かの縁では」(荒川氏)とのこと。

「別荘地など特別な場所ではただの芸術作品として見られてしまう。『普通の住宅街に住宅として建てたい』というのが荒川とギンズの希望でした。あくまでも普通の住宅として、一般の建築基準法、消防法にのっとって作られています」(松田さん)。

施工期間は約1年。建物の色彩に関しては、全体で14色の色が使われ、どこを見ても常に6色以上が視界に入るように計算されているのが大きな特徴だが「施工中に荒川が度々来日して、色校正を6回も重ねた」(松田さん)というのだから、その苦労が伺い知れる。前代未聞のプロジェクトに最初は戸惑った施工関係者も、次第にその考えに魅了され、作業を楽しむようになったそうだ。

当初は分譲物件としてスタートしたが、2006年9月より賃貸としての貸し出しも開始(賃料は170,000円〜)。入居者は映像作家などのクリエーター層が多く、仕事場兼住居として利用しているケースが多いという。武蔵境駅、三鷹駅、吉祥寺駅、調布駅からバスで数分と交通の便がいいとはいえないが、入居者の多くは、「住まいは身体の延長にある器であるべき」という考え方に共感し、今の世の中に足りないもの、何かのヒントをこの物件に求めているようだ。

しかし、アートな物件の管理・運営は一筋縄ではいかない。「外観だけでも見てみたい」と現地をアポなしで訪れる人も多く、一般の入居者の妨げにならないように対応するのもひと苦労。「実際に住居するにはハードルが高い」と考える人も多いが、暮らしてみてはじめてわかる魅力をどう伝えるか試行錯誤しながら徐々に体制を整え、今年に入ってからは分譲、賃貸以外でも、この空間を実際に体験できるよう開放することにした。

なかでも、今春スタートした1週間からのショートステイは、実際にここでの生活を体験しながら、空間の魅力や価値を存分に味わえると好評を得ている。荒川+ギンズの作品世界をとにかく体験したいというファン、アートや建築を学ぶ学生グループ、東京観光の拠点として利用する家族連れ、海外から訪れる旅行者など、利用者の年齢層、国籍、目的はさまざま。問い合わせも多く、夏休み期間中は数ヶ月前から予約が埋まった。
滞在費は1日10,000円と施設利用料25,000円(最低利用日数7日)とやや割高に感じるが、4人で宿泊すれば1週間で約25,000円と、一般的なウィークリーマンションと比較しても意外とリーズナブル。最近は、ショートステイを利用して、クリエーターがここを会場としてワークショップや展覧会を開催することもあり、空間の魅力を生かした新たな展開にも注目が集まっている。

取材後、住宅内の一室に設けられた同社のオフィスでお茶をいただきながら、その心地よさについ長居してしまったが、来客の長居など、このオフィスでは日常茶飯事。ここを訪れた子どもは一瞬にして目を輝かせて部屋中を走り回るし、大人だって童心に返って家中をいったりきたり。意外なようだが、お年寄りの方からも「つるつるしたフローリングより、この凸凹した床の方が一歩一歩踏みしめて歩ける」と好評で、教育関係、医療関係、スポーツ関係からの見学依頼も増えている。

荒川氏が「とにかく困っている人に使ってもらいたい。将来に希望が持てない人こそ、ここでそれを“反転”できる」といっているように、あらゆる可能性を秘めるこの空間をして「世界遺産のように多くの方に愛していただける場所になればいいですね。」と松田さんは笑いながらいうが、いや、確かに。この場所を多くの人に知ってもらい、さらには「天命反転の街を作る」という大きな目標がその先にあるのだという。


[取材・文/佐久間成美(エコライター)]


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