清貧(セイヒン)
レポート
2010.08.06
フード|FOOD

清貧(セイヒン)

まるで都会のキャンプ場!?自分で料理を作って食べられる前代未聞の居酒屋が登場!

こちらは鍋を製作中。厨房では自然に
コミュニケーションが生まれグループ同志
での料理交換なども珍しくないそうだ。
近くの建築系会社の音楽サークル仲間という
メンバー。このあと、お店のギターで歌い
だすというひとコマも!まさに「都会のキャ
ンプ場」というべき自由な空気が流れる。
食材は使い易い分量で販売。
価格も数十円〜200円台が中心とスーパー
並み。バターや納豆、豆腐にチーズ類まで
かなり幅広い品揃えだ。
肉も日付が書かれ小分けになっている。
簡単に作れるよう、市販の合わせ調味料を
用意するなどの配慮がうれしい。
食材についた値札をMY伝票に貼り付けていき
最後に精算するシステム。ままごとのような
アナログ感も楽しい。
ドリンクもとにかく安い!ビール中ジョッキ
199円、焼酎2杯分99円、10杯分495円、
割り物のレモンサワーやソーダが90円という
目を疑うような価格。

 お客が自ら料理を作って食べる、という究極のセルフサービス飲食店、その名も「清貧(せいひん)」が東京・中野区にある。丸ノ内線新中野駅から300m弱、青梅街道沿いのオフィスビルの1階に店を構えている。

 「清貧」という店名から小さくてつつましやかな佇まいを想像したいところだが、約50席となかなかの規模。内装も手作り感のあるシンプルな作りではあるが、チープさは感じさせない。

 

 システムはというと、客は入店時に簡単な会員登録をした後、カウンターでドリンクをオーダーし、“MY伝票”を受け取る。食品棚や冷蔵庫、冷凍庫に並んだ食材にはそれぞれ価格シールが貼ってあり、客がセルフで選んだ食品の価格シールを伝票に貼り付けていく。ドリンクも同様で、このカードに貼られたシールで精算をするというシステムだ。

 

 厨房への出入りは自由で、客は勝手に料理を作り、客席で食べることができる。元飲食店だった店舗を居抜きで使用しているため、厨房や調理器具類は本格的な業務用。調味料、食器なども、客が備品の中から選んで使用する。料理に用いた調理器具や食器類も客が片付けるが、洗浄と消毒は店側が行う。厨房付近にはスタッフがいるので、分からないことやヘルプが必要な時には手伝ってもらうことも可能だ。

 

 卓上ガスコンロやたこやき器など調理器具のレンタル(100円〜)や、鍋の素などの既製品も用意されているので簡単に料理を済ませたり、スナック類や缶詰など、そのまま食べられるつまみや乾きものも充実しているので、料理をせずにただ飲んで食べるだけでもいい。

 

 価格設定は食材/ドリンクともにかなり安め。食材の価格は100円未満のものがあるなど小売店の店頭でみかける値段と大差なく、商品によってはむしろ安いくらいの水準である。

 ドリンクなら例えばビール中ジョッキが199円〜、焼酎は99円〜と、かなり思い切った料金設定。メニューも毎月ウイスキーや梅酒といったテーマを打ち出し、こだわりの銘柄を揃えるなど、安いだけのセレクトではない。一般的な居酒屋に比較しても充実していると言っていい。別途30分200円がチャージとして加算されるが、上限は1,600円で、学割(上限1,200円)も設定されている。

 

 実際に広い厨房で料理づくりを楽しんでいる客の様子を見ていると、自宅キッチンなどで料理をする時とは違った高揚感のようなものが感じられる。完成した料理を楽しんだ後は客席に持っていき、使った食器も自分たちで下げるのは、ホームパーティをオープンにしたような雰囲気だ。

 

店主の“おやじ”さんによれば、この「清貧」のコンセプトは“都会のキャンプ場”なのだという。

 

「もともと50歳になったらキャンプ場をやろうと思っていたんです。自然に触れる環境が好きだし、遊び場を作りたかった。たまたまこのビルを所有している会社の株主さんと知り合って、飲食店をやってみようと思う、と相談してみたところ、そういうことなら夜だけでいいなら安く貸してあげるよ、と提案して頂いたことから出店が実現しました。夜7時までは上の会社が打ち合わせスペースとして使い、夜7時から朝6時までは僕がお店で使う、という形で空間をシェアすることで、好条件で貸していただくことになったんです」(おやじさん)

 

 おやじさんには飲食ビジネスの経験はなく、調理の経験もない。なるべく少人数で運営できる仕組みを考えているうちに、いずれやってみたいと思っていたキャンプ場のように自由な空間で楽しめる店はどうか、と考えたという。

 

「厨房スペースがかなり広いので、お客さんが自分で料理を作って食べるというスタイルだったら、料理ができない僕でもお店が出せるんじゃないか、と考えたんです」(おやじさん)

 

 飲食店でお客さんが調理するというシステムは前例がなかったため、保健所の認可を受けるのには苦労もあったという。保健所の担当者と共に試行錯誤した結果、最終的に食材は販売すること、お酒はセルフではなくお店から出すこと、という条件で許可が降りたという。

初めての人はまずおやじさんにシステムの
説明を受け、そのあとスタッフに厨房の
使い方などを教えてもらう。スタッフは
DIYが得意な美術系の大学生が多いそう。
こちらは常連という料理上手のおじさま。
手馴れた様子で陽気に、あっという間に
カルボナーラを作っていた。
こちらが出来上がったカルボナーラ。
厨房の後片付けは自分達で行うが、食べた
あとの食器類は返却コーナーに置いておく
だけでいい。
近くの大手メーカーにお勤めの常連チーム。
この日は二次会で来店。市販のスナック類や
缶詰、乾き物もほぼ定価で販売されている
ので、さくっと飲みにも使える。
前の店舗からほぼ居抜きでの出店で
できる限り経費を抑えた。昼間は同ビルの
上にある会社の打ち合わせスペースとして
利用されている。

 「清貧」に集まる客は、年齢層や利用のされ方もバラエティ豊かなようだ。送別会で集まったという会社員グループでは、上司が部下に自慢のパスタを作ってふるまっているし、音楽が好きな会社の同僚という5人連れは鍋を囲みながら皆でギターを弾いて歌っている。カップルで一緒に料理を楽しむ姿もあれば、1人で来店したカウンターの女性客は、乾き物で一杯飲んだあとにおつまみを作り出したり・・・。自由な振る舞いは、まるでそれぞれが自宅にいる様子を覗き見ているようでもある。

 

 また、料理というきっかけがあるためか、知らない人とも自然にコミュニケーションが生まれるというのも、「清貧」の大きな特徴だ。違うグループ同士が厨房で会話を交わしたり、作った料理を分け合ったり、一緒のグループになったり、というケースも珍しくない。確かにキャンプ場を思わせる、自由な楽しさで溢れている。

 

「若いお客さんは、好奇心旺盛な子たちが多いですね。ご夫婦がホームパーティ感覚で料理を楽しむ、っていうケースもあります。小学校高学年くらいの、料理に興味を持ちはじめたお子さんを連れていらっしゃるお母さんのグループもいますし、かなり幅広い層のお客さんが集まってくれています」(おやじさん)

 

 意外だったのは、男性客が率先して作業をして、女性が座って飲んでいるようなケースが多いことだそうだ。女性は家庭で日常的に料理をすることが多いからでもあるだろうし、女性客の方が飲食店でサービスされることに慣れているからとも考えられるが、実は、ここぞとばかりに料理の腕を披露したい男性や、これを機に料理にチャレンジしたいという男性が多いということもありそうだ。

 

「最近は、何でも安さ勝負みたいなところもありますが、理由の分からない安さって怖いじゃないですか(笑)。うちの店では、お客さんが自分で料理や片付けをする努力の対価として、安く飲んだり食べたりすることができるんです。

 たまに自分で探す前に調味料などの場所を聞いてくるお客さんもいますが、僕はまず『自分で探してみて』と言うようにしています。皆、サービスを受けることに慣れすぎていると思うんですよね。自分で工夫して、やってみればお金をかけなくても面白いものはたくさんある。特に若いお客さんにはただお金を出して楽しむのではなく、遊びながらちょっとでも学んでほしい。そういう思いが『清貧』という店名にはあるんですよ」(おやじさん)

 

 客がサービスを一方的に享受するのではなく、また、ただ場所を借りて自由に利用するのでもない。むしろオーナーの遊び場/空間を共有する、という感覚だ。確かに店内には食やアート、マンガ、サブカルなどの書籍、楽器類、ボードゲームなどが置かれていて、オーナーである愛川さんの個性が漂っている。

 店主の趣味や主張が過剰なために居心地が悪い店というのも往々にしてあるものだが、「清貧」の場合、客はいい具合に放置されているので、それが嫌味にならないようだ。そして自由度が高い場だからこそ、客の側も自然と周囲への配慮や店への気遣いも生まれるのだろう。

 

「うちはサービスがない店だから、僕とお客さんは対等なんです。お客さんがやらなくてはいけないこともいろいろあるけれど、楽しくて元気になるし、知らない人ともコミュニケーションが取れる。これからもそういう場でありたいですね」(おやじさん)

 

 今後は店内での音楽ライブなどのイベントを開催し、新しい遊びを発信していきたいという。店の一方的なプロデュースではなく、さらにここに集まる客の中から自発的に面白い動きが生まれてくれば、他にない個性を持ったスペースとして存在感を増していくはずだ。「清貧」のようにキャンプ場や原っぱのように遊びを共有・創造できる場所、そして店主が自らを“おやじ”と名乗るように、それを見守り、時には叱る近所の“おやじ”のような存在が今また必要なのかもしれない。

 

 

取材・文/本橋康治(フリーライター)

清貧(セイヒン)


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