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東北コットンプロジェクト パート3〜秋のワタ見会
レポート
2012.01.09
この記事のカテゴリー |  その他 |   ファッション | 

東北コットンプロジェクト パート3〜秋のワタ見会

農家・紡績・アパレルメーカー・小売店が共同で取り組む農業再生プロジェクト

台風15号による冠水の被害のため収穫量は少なかったものの、今回のプロジェクトを通して「東北コットン」が収穫された。
大正紡績の取締役近藤健一さん。収穫したワタの木を手に。
クルックキッチンからローストポーク、焼き牡蠣、キーマカレーのほか、地元イーストファームみやぎによるじゃがバターや豚汁、焼きもちなどの屋台が並んだ。
近隣の住民、仮設住宅からの参加者も多かった。
サプライズゲストで小林武史さんと一青窈さんが登場。綿畑を背にライブを披露した。
仙台東部地域綿の花生産組合 組合長の赤坂芳則さん。 3年間は試験栽培を重ねてノウハウを学び、収穫量の増加を目指すという。

 以前アクロスでも2回にわたってレポートを掲載した「東北コットンプロジェクト過去の記事はこちら)」。津波被害にあって稲作が出来なくなった地域に、塩害に強い綿を植えて農地の再生をめざすこの試みは、その後着々と進行している。いよいよ収穫の時期を迎え、1126日に仙台市荒浜綿畑で、プロジェクトメンバーと地元住民との交流を目的とした「ワタ見会」が開催された。

 

 前回取材した9月初旬、青々とした葉が茂り、花が咲き始め、順調に育っているように見えた。しかし、これから実を付けるという921日、台風15号により畑が冠水、数日間水没してしまうという被害を受けた。一時期は収穫自体も危ぶまれたがなんとか実をつけた木も残った、という状況を聞いていた。

 今回来てみると、一面緑だった畑は、枯れた葉とコットンボール(綿の実)をつけた綿の木で、茶色く染まっていた。実がはじけているものは多くはないものの、開いた中にはしっかり綿が詰まっていた。これは木を抜いてから乾燥させ、綿を取り出して使うという。収穫量こそ少ないが、「東北コットン」が確かに生まれた。

 綿栽培は名取市でも行われており、そちらは荒浜よりも生育がよく、11月初旬から綿摘みを開始している。これからそれらの綿を集め、紡績、製品化へと進み、2012年春には「東北コットンプロジェクト」ブランドで統一して商品を展開する予定である。

 

 今回の「ワタ見会」は、ワタ畑の横でお祭りイベントをしながら、地元の人々にワタがどのようなものかを実際に見てもらう、ということをテーマに開催された。仮設住宅を回って案内したり、地元の小学校を通してお知らせを配布、地域からの参加を呼びかけていた。当日は、仮設住宅をまわる巡回バスや、自家用車で来る人で会場はなかなかの賑わい。屋台にはすぐに行列ができていた。

 屋台には、東京の「クルックキッチン」からローストポークや焼き牡蠣、焼きそば、キーマカレーなど、地元の「イーストファームみやぎ」によるじゃがバターや豚汁、焼きもちと、充実のメニュー。遊びコーナーの輪投げ、射的などの景品は、参加企業が持ち寄った靴下、ジーンズ、小物など盛りだくさんだった。

 また、小さなステージが設けられ、参加企業クルック代表の小林武史さんと、一青窈さんが登場。一青窈さんはプロジェクトの活動に共感し、ライブステージで、東北コットンの畑の映像を使っているそうだ。本物の綿畑をバックに、小林さんのキーボードで歌うという、贅沢なサプライズだった。

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綿の木の収穫作業。枯れた綿の木を抜いて5本づつまとめていく。
子どもからお年寄りまで、地元住民の方々も総出で収穫を行った。
収穫された綿の木。畑は津波で流されてきた砂に覆われているため、土質が大きく変わっている事に改めて驚いた。
 会の後半では、急遽畑の半分の綿の木を抜くことになり、参加者みんなで綿抜き作業を行った。実が付いた木を抜いて葉をとり、5本ずつ束ねていく。砂地になっているせいか、思いのほか簡単に抜けるが、畑が広大なため時間はかかる。大人も子どもも総出で行い、日が傾きかけた頃にようやく抜き終わった。思いがけない農作業だったが、より綿が身近に感じられる体験だった。

ワタ見会は、プロジェクトの参加企業の運営による。屋台や縁日の企画から当日の現場担当、景品集め、送迎バスのアテンドなど、手分けして行っていた。

発足時16社だった参加企業は、現在では41社にまでのぼっている。当初はアパレル企業中心だったが、商社、流通、運輸等々業種も多岐にわたってきた。報道も増え、注目度はますます高まっている。しかし、プロジェクトの目的は被災農地の復興再生であり、中心となるのは生産農家であるというのが、活動の根幹にある。継続的な活動にしていくために、地域住民の理解が不可欠、という考えから、地元により密着した催しものとなったようだ。

地元の方に話を聞くと、綿栽培のことは報道などで知っている方も多かった。イベントや畑を見るのを楽しみにしていた、という方もいたが、一方移転や仮設住まいのこと、震災後はじめての再会を喜びあう声などを聞くと、暮らしが元に戻っていないことを、あらためて実感する。

震災後、東北で綿が育つか未知数なまま栽培が行われたこのプロジェクトだが、試験栽培を終え、これからがスタートであるといえよう。荒浜では初年度の経験を活かし、来年度は作付面積を10倍程度に広げる予定と聞く。また、今年の綿を使った、東北コットン製品も楽しみである。今後も継続して注目していきたい。

[取材/文:神谷巻尾(フリーエディター)]


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