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■都市のコード論:NYC編  vol.06
テーマ:HOTEL
レポート
2018.03.08
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■都市のコード論:NYC編 vol.06
テーマ:HOTEL

在NYC17年の日本人ビジネスコンサルタント、Yoshiさんによるまち・ひと・ものとビジネスの考察を「都市のコード論:NYC編」と題し、不定期連載しています。

1年半ぶりの起稿。テーマは“HOTELと都市“です。日本でも異業種からの参入が増え、新しい展開をみせていますが、NYでは? データとともに解析します。


ニューヨーク市内で新しいホテルのオープンが相次いでいる。


2015年時点で市内には696件のホテル (107,000室) が営業していたとされているが、その後新規オープンが続き、2017年10月時点では、ホテル数はおよそ785件、 部屋数は115,000室に達したと考えられている。

ニューヨーク市のマーケティングを担うニューヨーク・シティ・アンド・カンパニーが2017年に発表したレポートによると、2017年末から2019年までに、おおよそ40-50件の新しいホテルのオープンがさらに予定されていて、27,000室が追加されることになり、その結果2019年末には900件近くのホテルが市内に存在することになる。

新しいホテルの業態はさまざまで、部屋数をみても14室のみの小規模なものから600室を超える大型のものまでそのバラエティは幅広く、ターゲットとする市場のセグメントもさまざまだ。とはいうものの、そこには共通する傾向もあり、そして新しい試みも散見される。

ということで、今回はNYマンハッタンのホテルの変化についてデータとともに解析してみることにした。



2015年以降オープンした (そして今後予定されている) ホテルの数を、ボロウ (区) ごとにみてみよう。

ニューヨーク市の中心であるマンハッタンでは、1年に20−30件のホテルが継続してオープンしていることがわかる。少し前に話題になったブルックリンも毎年5-10件ほどオープンしているもののすでにピークアウトしている。

一方、クイーンズでは2017年と2018年にそれぞれ10件前後、2019年には15件のホテルのオープンが予定されており、そのペースはブルックリンを上回っている。


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ボロウ別でなにより注目すべきことは、2017年からブロンクスにもホテルがオープンしていることだ

1980年代の犯罪のイメージから観光とは縁遠かったブロンクスが、いよいよ市内のホテル戦線に参入したことになる。確かに地下鉄に乗ればブロンクスからマンハッタンの中心部まで30分ほどで着くことができるし、近年はブロンクスの南端に位置するサウス・ブロンクスの開発も進んでいて、2017年に市内で家賃の大きな上昇率を示した地区の上位はブロンクスが占めていると報告されている。

ビジネスやエンターテイメントが圧倒的にマンハッタンに集中していた状態から、近年その重心は少しずつ隣接する他のボロウへと分散傾向にある。ブルックリンからクイーンズ、さらにはブロンクスへと、オープンするホテルのロケーションの移動は、人々の注目の移り変わりをも反映しているといえる。

ホテルの新規オープン (2015-2019年)を、マップにしたのが下のリンクである。
バブルの大きさはそれぞれのホテルの部屋数を示し、それぞれのホテル名と部屋数をインタラクティヴにみることができる。

fafsp.carto.com/viz/4a4b3f4f-2011-4e7f-8e51-46956fcf2581/public_map


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2017年11月に東京は錦糸町、大阪は本町にオープンしたマリオット・インターナショナルが20〜30代のミレニアル世代を対象とした家具や内装にこだわったデザイナーズホテルブランド「モクシー・ホテル」。ウエブサイトもポップで従来のホテルのイメージとは異なる。

マンハッタンをみてみると、伝統的に観光客とホテルが多いミッドタウンにひき続き新しいホテルが多くオープンしていることがわかる。

たとえば、マリオットが手がける、612室のモキシーNYCタイムズ・スクエア (http://moxy-hotels.marriott.com/en) が2017年にオープンした。

やはりミッドタウンのハドソン川近く、ハイラインの北端に位置するハドソン・ヤーズでは大規模な開発が進んでいる。最新のインフラを備えた大型オフィス・スペースが建設中で、完成と共に多くの企業がミッドタウンからハドソン・ヤーズへと移転することが予想されている。企業が移転する先にホテルができるのは当然なのだろう。ハドソン・ヤーズの隣には巨大なコンヴェンション・センターであるジャヴィッツ・センターもある。部屋数の多い大型ホテルが多いのもミッドタウンの特徴といえる。

マンハッタンの南端に近いファイナンシャル・ディストリクト (旧金融街) からバッテリー・パークにかけても新しいホテルが増えている。グラウンド・ゼロ1ワールド・トレード・センターが完成したことで、コンデナストやデイリー・ニュースなど、多くのメデイア企業がタイムズ・スクエアからダウンタウンへと移転している。そうしたビジネス向けの需要はもちろんのこと、ロウワー・マンハッタンはかつての金融街から比較的若年層の人たちが住む地区へと急速に変化している。伝統的な観光地のミッドタウンを敬遠してロウワー・マンハッタンに宿泊することを選ぶ観光客も増えているということなのだろう。


 
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ハドソンヤードの開発のようす(2018年1月撮影)


ブルックリン
はというと、ダウンタウンウィリアムズバーグからグリーンポイントにかけて、そしてクイーンズではロング・アイランド・シティのほかにジャマイカでもホテルがオープンしている。

ロング・アイランド・シティは、マンハッタンのミッドタウンまでイースト・リバーを超えてすぐの場所にあり、マンハッタンよりも手頃な宿泊料金に設定されている。さらには部屋から川の向こうにマンハッタンの眺めを楽しむことができる。マンハッタンに滞在していたら目にすることができない贅沢だ。JFK空港行きのエアトレインが発着するジャマイカは、空港と市街地との両方へのアクセスの良さからホテルができているようだ。

ホテル数が急速に増えていることから、ニューヨークのホテル需給は緩和すると予想されている。激化する競争に生き残るためのカギは、差別化にあるようだ。

ニューヨーク市シティ・プランニングのレポート
によると、市内のホテルの部屋数のおよそ38%は独立系のホテルだという。チェルシーにあるハイライン・ホテル (http://thehighlinehotel.com/)、ミッドタウンのルーズヴェルト・ホテ (http://www.theroosevelthotel.com/)ロジャー・スミ (https://www.rogersmith.com)、ブルックリンのウィリアムズバーグのウィリアム・ヴェイル (https://www.thewilliamvale.com/) などが独立系に相当する。

これらのホテルは全国展開する大手ブランドとは提携していない。戦略的な選択だ。

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市内に43,600室あるとされる独立系ホテルの部屋のうち、49%は広義のハイエンドに属し、エコノミーのセグメントに相当する部屋数はその28%にすぎない。独立系のホテルがハイエンドをターゲットとしていて、独立系
であること (大手ブランドの一部ではないこと) を高付加価値化に利用していることがわかる。実際に、大手を避けて、独立系のホテルでの宿泊を選ぶ人は増えている。


独立系のホテルは、マンハッタンではダウンタウンブルックリンの一部クイーンズのロング・アイランド・シティなどでオープンしている。典型的な観光地ではない場所の選定がその価値の欠かせない一部であり、ハイエンドのイメージとロケーションが分かちがたく結びついていることがわかる。ロケーションはそのブランドの一部といってもいい。

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トリップ・アドバイザーが買収した現地ツアーの予約ができるプラットフォーム「ヴィアター(www.viator.com)」。

興味深いのは、大手ブランドもニューヨークでは独立系のアプローチを模索していることだ。

テキサスを拠点とするあるデベロッパーは、通常マリオットやヒルトンと提携してホテルを展開するものの、ニューヨーク市内では大手ブランドと提携せずに運営している。

なかには大手ブランドの傘下であることを隠して、独立系にみせて運営する覆面独立系ホテルもあるという。そのため、市内のホテルを独立系と非独立系にホテルに分けることは容易ではない。少なくともニューヨークに関する限り、ハイエンド市場は、独立系としての独自性を提供することが条件となっているようだ。

同時にヒルトンマリオットも、別名を用いたソフト・ブランドのホテルをオープンし、より小規模で、標準化されていない部屋を提供しようとしている。

日本でも2018年の春に軽井沢にオープンする予定のキュリオ・コレクション・バイ・ヒルトン
(http://curiocollection3.hilton.com/en/index.html) や、タイムズ・スクエアとミッドタウンの2カ所にあるマリオットのオートグラフ・コレクション (https://autograph-hotels.marriott.com/) などがその例であり、既存のブランドとは距離を置く位置づけになっている。

ソフト・ブランドはブティック・ホテルとして運営しつつ、同時に大手ブランドの一部として、予約やリウォードのシステムにアクセスできる利点もある。

 
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2017年、マンハッタン31丁目にオープンしたライフ・ホテルは、かつて雑誌『ライフ・マガジン』の本社だった建物を改修したものだ。

ホスピタリティのビジネスにもテクノロジーとデータは欠かせない。
ニューヨークのホテルでは、自分でチェックインを済ませるところが増えているiPadに接続された端末を利用してチェックインする。わからなければ、必要に応じてスタッフが助けてくれる。テクノロジーの利用でコストを抑えるホテルは多い。


ホテル各社はゲストに関する大量の情報を有している。そのデータをもとに、それぞれのゲストにどんなサービスを提案するのかがビジネスを左右することから、ホテル・テクノロジーのスタートアップ企業の買収も活発になっている。

現地ツアーを予約するサイトのヴィアター (https://www.viator.com) を買収したことで、ホテルやレストランの予約サービスを提供するトリップ・アドバイザー (https://www.tripadvisor.com/) では、ホテル以外の売上が31%増加した。マリオットは、データに基づいて、それぞれのゲストが気に入りそうな体験を個別に提案している。


ローカルな体験を提案するホテルは多い。マリオットが最近買収したアロフト・ホテル (https://aloft-hotels.starwoodhotels.com/) は、ローカルのアーチストによる音楽の演奏をスポンサーしている。ホステル感覚のブティック・ホテルを謳うモキシーは、部屋は狭くそれ自体がニューヨークの経験だという。

こうした動向の背景には、ホテルの競合はairbnbだという認識がある。airbnbがマーケットする、これまでのような観光客ではないローカルとしての体験をとりこむべく、宿泊に付随するローカル性をホテルが重視し始めていることが、現地ツアーやアクティビティの予約サイトの買収を後押ししている。ホテル周りのビジネスをいかにして取り込むのかは、これからも大きな課題だ。

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アーチ状の構造を多く手がけた建築家、エーロ・サーリネンによって1962年にTWA航空のターミナル4をホテルに改修したTWAホテル。
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TWAホテルのHPより。独特のレトロモダンな内装はある層にとっては宿泊することが目的となりそう。


新しいホテルを見て回ることで気づくことのひとつは、かつてのように、入口を入ると目の前に巨大なレセプションが広がっているという光景を目にすることはないということだ。ハイエンドのホテルにその傾向が強く、大きなデスクの背後に何人ものスタッフが立って待ち構えているという光景は過去のものになりつつある。

自分でチェックインするためのiPadが並んでいる以外には、入口のフロアにはソファが並ぶくつろぐ場所があったり、レストランがあったりする。2017年にマンハッタンの31丁目にオープンしたライフ・ホテル (https://lifehotel.com/
) のように、入口を入ってもどこにレセプションがあるのかすぐにはわからない、むしろレセプションをできるだけ見せないようしているようにさえ思えるところもある。

ライフ・ホテルはかつての雑誌の『ライフ・マガジン』本社だった建物をホテルに改修している。商品をマーケットする際に、それにまつわる物語を付加する物語マーケティングが一般化しつつあるが、ライフ・ホテルは既にそこにあるライフ・マガジンのレガシーの周りにホテルというビジネスを構築したのが興味深いところだ。

他の場所で再現不可能なプロジェクトには、他にはない固有性がある。オーセンティックなトーンを前面に出している内装にもそれは見てとれる。新しいコンセプトやデザインを考えたところで、ひとたび注目されたらそれはすぐに模倣され、あっという間に世界中でコピーされる。模倣されることを避けるためには、他にないユニークな場所を開発するしかないということなのかもしれない。

他にはないホテルといえば、JFK空港内で工事が進んでいるTWAホテル (https://www.twahotel.com) は、かつてのTWA航空のターミナル4をホテルに改修するものだ。 エーロ・サーリネンの手によって1962年にオープンしたターミナルで、トランス・ワールド航空 (TWA) はもちろんもう存在しないが、
その歴史とアイコニックなターミナルを利用したホテルとして復活する。
 
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1980年代にブティック・ホテルのコンセプトを導入したイアン・シュレージャーが手がけるPUBLIC HOTEL。冒頭のソファーの部屋の写真もここ。日本だと結婚式の会場としてのニーズは必須だが、NYの場合はアートイベントや音楽イベントが開催できるようなスペースを設けるところが多いよう。(https://www.publichotels.com/)
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日本における近年のデザインホテル、ブティックホテルのトレンドは、2012年にブルックリンに暮らす3人のオーナーの手によって開業したこのWHYTHE HOTELが有名だ。1901年に建てられた、精糖所に納める木樽を製造する工場をリノベートしたインダストリアルな意匠は、その後の日本における“ブルックリン・ブーム”や“ポートランド・ブーム”を後押ししたが、そういった表面的なことに留まらず、小資本(インディペンデント)であることをはじめ、レストランのメニュー、バー、パブリックスペース、ジムなど、従来の都市のホテルユーザーとは異なる“新しいラグジュアリー”なライフスタイルを提案していた点こそが新しい(写真は2013年8月に撮影したもの)。
 
ホテル・ビジネスの競争の中心は、部屋よりも宿泊の周辺へと移動している。

昨今の宿泊客の半分はレストランでホテルを選ぶというデータもある。ライフ・ホテルのロビーはレストランをフィーチャーしていて、近所の人たちが立ち寄るような場所を目指しているという。同レストランは、レストラン起業家のステファン・ハンソンが所有・経営している。

ホテルの中のレストランの多くは第三者の業者が経営し、ホテルとのシナジーが欠けていることが多い。ライフ・ホテルではハンソン自身が同ホテルに投資をしており、レストランの売上の一定の率を家賃としてホテルに払う仕組みになっている。

一般的に、レストランをオープンした後、その周辺が人気の地区になったら、家賃が上がり今度は追い出されることになりかねない。不動産価格の高騰に終わりの見えないニューヨークでは頻繁に耳にする話だ。ビジネス面での新しい取り組みは、その防止策でもある。

2017年にロウワー・イースト・サイドにオープンしたパブリック (https://www.publichotels.com/) は、1980年代にブティック・ホテルのコンセプトを導入したイアン・シュレージャーが手がけるホテルだ。

その名が示す通り、誰もが立ち寄ることができるように、コワーキング・スペースパブリックの場所があり、仕事をしたり、打ち合わせをしたりしている人たちが多い。上層階にはフード・ホールバーがあり、地下にはコンサート・ホールもある。エンターテイメントは利益が出せるものの、ホテル産業にノウハウがない部分でもある。その開発の意図がある。

こうしてみると、新しいホテルにはいくつかの傾向がある。宿泊周りの体験をとりこむこと。他にない固有性を求めるところもある。そしてテクノロジーとデータがホテル産業の未来に欠かせないコアであることも間違いのだろう。

[取材・データ/文:Yoshi(在NY・コンサルタント)]

 

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パスポート
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パスポート

2010年から続く経済危機に伴い、多くの企業がギリシャ市場から撤退した。マッキンゼー・アンド・カンパニーはアテネにあるオフィスの閉鎖を決定した企業のひとつだが、その際に同社は、ギリシャの従業員に対して、世界中にあるマッキンゼーの支社で働く選択肢を与えている。アテネのオフィスで働く従業員は、世界のマッキンゼー支社に応募し、ポジションの空きと応募者の適性が認められた場合には、ギリシャ以外の支社で働くことができた。 ギリシャ人の多くは英語を話す。英語以外にもフランス語など複数の外国語を操る人は珍しくない。マッキンゼーの社員であれば少なくとも英語はできるはずだし、アテネでもおそらく英語で仕事をしていたのだろう。多国籍企業のプラクティスは他の国でも通用する。サンパウロ支社に移籍しても、シンガポールのオフィスを選んでも、ビジネスの上で問題はないはずだ。 世界中の都市に拠点をもつ企業は、拠点間の転勤制度を設けていることが多い。欧州系金融機関のニュージャージーにあるオフィスで働いている人は、同じ金融機関の香港オフィスで今の仕事と同じポジションが空いていれば、そのポジションに応募することができる。企業にとっても全く新しい人を外から雇うより、その企業ですでに働いている人にポジションを引き継いでもらった方が都合がいいはずだ。 別の大陸へと引っ越し、着いた翌日には新しいオフィスで、以前と全く同じ端末に向かい、同じ英語で、それまでと同じプラクティスに取り組む人たちは世界中に少なくない。世界のどこへ行っても、同じルールで、同じゲームをプレイすることができる人たちにとっては、移動の障壁はおのずと低くなる。所属先や場所が変わっても、スキルとプラクティスはポータブルだ。スポーツ選手、とりわけサッカー選手は、モビリティが高いことで知られる。1995年のボスマン判決で、チーム内の外国人選手の上限が廃止されたことにより、自国以外の国でプレイする選手が大きく増えた欧州のリーグは、壮大な出稼ぎのスキームへと発達した。 多国籍企業では、リーダーシップを必要とするポジションに昇進する前には、外国で働く経験を求めるところが多い。高度なスキルを必要としない仕事には現地で人を採用し、高いスキルを必要とする仕事やシニア・マネジャーのポジションには、同じ会社の国外のオフィスからやってくる。 「浮遊層」とでもいうべき世界を転々とする人たちは、もはや珍しい存在とはいえない。ニューヨークも浮遊層の出入りが激しい都市のひとつだ。多くの人が数年ここに住み、またどこか別の国へと去ってゆく。いい仕事があればそこへ行く。「いい仕事」は多くの報酬を意味することが多く、条件が良ければマドリードでもワシントンDCでもいい。金融のキャリアを求める者なら、望ましいポジションがあれば、チューリヒでも上海でも引っ越してゆくし、弁護士や建築家もチャンスが大きい都市へと移動する。 仕事はどの都市でも概ね変わりはしないし、世界のどこへ行っても現地の言語を習得する必要もない。オフィスの中はもちろん、英語圏の国ではなくとも、都市内に限っていえば、どこもほぼ英語圏になりつつある。むしろ英語に限らず、浮遊層の受け入れ体制が整備されていない都市は、世界の都市間競争から落ちこぼれてゆくことになる。なにしろ世界のグローバル都市は血眼で浮遊層の獲得に勤しんでいて、税制などの優遇策を競うように打ち出しているのだ。 2018年7月にクリスティアーノ・ロナウドのユベントスへの移籍が発表されたが、イタリアが一定以上の高所得者への累進課税を中止し、低率で固定する税制改革を導入したことと無関係と考えるのはむしろ不自然いえる。とりわけスペインでの税問題が泥沼化していたロナウドにとっては、渡りに船というべきところだ。2004年にスペインで導入された、非居住者の税率を24%で固定する通称「ベッカム法」など、税制はサッカー選手のモビリティと移動パターンの形成に大きく影響していることがわかっている。 世界人口のおよそ3%に相当する人たちが、出生国とは異なる国で暮らしている。その比率は1960年以降ほぼ変わってはいないものの、移動している人はスキルのある人たちに大きく偏っているのが現状だ。OECD諸国内に住む、高いスキルを備えた外国人の数は、1990年から2010年までの間に130%近く増加している一方で、スキルを備えていない人の移動は低迷している。そして高いスキルをもつ人たちが向かう先の70%はアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアが占めている。 ***** 「ビリオネアズ・ロウ」として知られるマンハッタンの57丁目には、One57や432パーク、そして近く売り出される予定の111 W.57thなど、超高層コンドミニアム (スーパートール) が並んでいる。1億ドルを超える金額で取引された物件もあるスーパー・ラグジュアリーの住居は、アメリカ国外から買う人が多く、サウジアラビアの富豪やカタールの外交官、そしてヘッジファンドのマネジャーなどが購入する。 57丁目の容積率は周辺と比べて高く設定されていて、そして実際に利用されている容積率の比率が非常に低いことが高層を可能にしている。さらに周辺にはランドマークに指定された低層の建築物が多いため、空中権を集めやすい環境が整っているというわけだ。景観の保存を目的として指定されたランドマークが、その制度の意図とは裏腹に、周辺に超高層をもたらしている皮肉な結果に、保存主義者たちはずいぶん落胆したことだろう。 マンハッタンの眺めはそれ自体がひとつのアセット・クラスとされる。資本の住処としてこれ以上ふさわしい場所はない。世界各所を転々とするスーパー浮遊層であるオーナーたちがその部屋で過ごす時間は限られていて、スーパー・ラグジュアリーの物件に電気が灯るのは一年のうち数週間だけという部屋も少なくない。資本家とは資本の人格化のことであるのだから、資本の場所さえあれば問題はないのだ。同じ現象はロンドンでも起きている。 57丁目に次々と立ち上がる超高層コンドミニアムの市況は、アメリカやニューヨークの経済と共有するところはあまりない。ビリオネアが買うコンドミニアムの価格は、強いていえば、プライベート・ジェットの市場に連動する傾向にある。東57丁目周辺にはヘッジファンドが多いのも偶然ではないのだろう。ローカルなネイバーフッドの中に、グローバルな飛び地が存在している。都市内のネイバーフッドが、線渠を通じてグローバルな世界と直接結びついていることになるが、その線渠はしばしばマネーが媒介する。 ***** こうした浮遊層の間では、二つ目、三つ目の市民権を手に入れる人たちが増えている。家族や資産の将来を考えるなら、パスポートは一つで満足してはいけない。30百万ドル以上の投資可能資産をもつ、上級富裕層とでもいう人たちの34%はすでに二つ目のパスポートをもっているといわれる。 スペイン、ポルトガル、ギリシャ、マルタ、ブルガリア、ハンガリーなど、多くの国が投資を通じて居住権や市民権を取得できるプログラムを提供している。一定金額以上の投資によっては、即座に市民権を得ることができる国もある。マルタは1百万ユーロで市民権を取得することができるため、最もお手軽なEUの市民権として一部に人気がある。一方オーストリアは10百万ユーロと少々お高いが、その価値はあると考え、同国のパスポート取得を求める人もいる。所得税や相続税がない国もある。税の目的でパスポートを買うならドミニカはどうだろう。おまけにかなりのお手頃価格ときている。急いでいるならキプロス。2百万ユーロと引き換えに世界最速の90日で市民権のスピード取得が可能だ。もっとも今年の8月以降は、市民権取得に必要な時間が6ヶ月へと変更になるというから、いますぐ申請した方がいい。 申請手続きが不安なら、コンサルティング会社が市民権や居住権の取得を手伝ってくれる。なにしろ二つ目のパスポートは慎重に選ぶ必要がある。どの国でもいいわけではない。世界のパスポートにはそれぞれ異なる価値があり、その価値はしばしば変動する。ビザを取得することなく入国できる国が多いパスポートほど、グローバルなモビリティを保証することになり、その価値が高いとされる。パスポートのヒエラルキーを示す、各国のパスポート価値ランキングも毎年数社によって発表されている。パスポート選びには、モビリティのほかに、投資、安全性、ヘルスケア、教育、税金、引退、相続、事業継承などが考慮されることが多い。 新しい居住権や市民権を取得したからといって、その国に住む必要はないし、自身をその国の一部と考える必要もない。いわば「経済市民」というわけだ。市民権取得を手伝うアートン・キャピタルによれば、二つ目の市民権はグローバル市民に自由と力を与えることになる。生まれる国は選ぶことができない。不幸にも悪いパスポートの国に生まれたら、もっといいパスポートを買えばいい。リスクを軽減するために投資ポートフォリオに多様化が必要なように、パスポートのポートフォリオにも多様化が必要なのだ。二つ目の市民権を得るための投資額は、世界で20億ドル以上に達しているといわれる。 2016年6月にイギリスがEU離脱を決定した後に、EU国のパスポート取得を急ぐイギリス人が増えたと伝えられている。イギリス人であっても親の出生地や国籍によっては、他国の市民権を取得することが比較的容易になることがある。EUパスポートのモビリティを失うことを恐れる人たちが第二のパスポートを手に入れようと奔走しているが、実際には、二つ目のパスポートを求める動きはEU離脱の決定以前から起きていた。不確実性を生き抜くには、私たちひとりひとりが、自分や家族のためにどうすればいいのかを考えて行動する必要がある。そのためにはまずはモビリティの確保が必要だ。自分の将来を国に委ねて漫然としてなどいられない。国がどんな状況になろうとも、とにかく自分と家族は生き残らなければいけないのだ。 アメリカ人の中には、自国の市民権を放棄する人が増えている。2015年には5.4千人のアメリカ人が市民権を放棄し、その数は2010年から3倍に増えている。多くの国が居住地をもとに課税するのに対して、アメリカは市民権にもとづき課税する。そのため7百万人いるとされる国外に住むアメリカ人は、アメリカに住んでいなくても納税の義務がある。ニューヨーク市で生まれ、イギリスとアメリカの二重国籍を有していたイギリス前外相のボリス・ジョンソンは 、2015年にアメリカの市民権を放棄した人のひとりだった。課税負担が理由だといわれている。 2018年5月にイギリスのヘンリー王子と結婚したメーガン・マークルは、結婚後も王子とその財産を共有しないのではないかと囁かれている。アメリカ人のマークルに資産が譲渡されるとアメリカで課税対象になるのに加えて、マークルが30万ドル以上の資産を有しているとすれば (その可能性は高い)、アメリカ合衆国内国歳入庁に資産の詳細を報告 (様式8938) する義務が生じることになり、王室からの資産があった場合、これまで公表されていなかった王室の資産が明るみに出るおそれがある。マークルがアメリカの市民権を放棄し、イギリスの市民権を取得するのはひとつのやり方だが、イギリスの市民権取得には数年が必要になる。 市民権や居住権はマネーと裏表一体の関係にある。それは国家にとっても同じこと。キプロスの投資による市民権取得プログラムは2002年から存在するものの、2013年以前は少なくとも10百万ユーロが必要だったそのプログラムは、同国が金融危機の打撃を受けた後、2013年には3百万ユーロに、2016年にはさらに2百万ユーロへと変更されている。パスポートは収支をバランスさせるための手段でもある。 人のグローバルな移動は、浮遊層だけのものとは限らない。世界の歴史を少しでも振り返ってみれば、多くの人たちがほかの国や大陸へと移動することを余儀なくされる不幸な事件は繰り返し起きている。アラブの春の後には、中東から市民権を買う需要が高まった。市民権を求めるのは戦争が生み出す難民だけではない。1997年の香港の返還前に、多くの人がカナダなどへと移住したことを思い出そう。気候変動や温暖化によって、今後数千万人の人が将来住む場所を失うことになるともいわれている。いつどこで誰が流民になってもおかしくはないのだ。 ***** 着陸した機体を後にして、パスポートを手に入国審査へと向かうと、そこには長い列が待っている。ロンドンのヒースロー空港はとりわけ入国審査の混雑ぶりで知られ、2時間待ちは当たり前、ときにはその待ち時間は2時間半にも及ぶことがある。そのヒースロー空港でも、長い列で待つことなく、直ちに入国審査を受けられるレーンが存在する。ビジネスとファースト・クラスの乗客、それにそのターミナルの航空会社で一定以上のステータスをもつエリート会員は、審査を待つ者が誰もいないファースト・レーンへと招かれて、すぐさま審査を受け、入国することができる。 3万数千フィートの上空で長い時間を過ごした後に、さらに2時間も列に並んで待つことを回避できるなら、それだけでもプレミアムの席で飛ぶ価値はあるというものだ。エリート会員でない者は、世界中からやってきたその他大勢の人たちとともに、長い列を辛抱強く待つしかない。2時間我慢して、その後にドアが開いたならまだ幸運と考えよう。ドアが開くことのない人もたくさんいるのだ。 アメリカでは、オバマケアや子供の健康保険など、アメリカ国内の公的補助を過去に利用したことがある外国人の世帯には、永住権や市民権を取得することができなくなるよう働きかける動きがある。経済的に完全に自足していて、公的補助を一切利用しないのならばここに住んでもいい、そういうことなのだろう。いまやその国で生まれ育った国民であっても社会保障を十分に得られず、もはや市民権と基本的な社会保障がセットではなくなりつつあることを考えれば、それも当然のことなのかもしれない。その意味では、公的補助を必要としないであろう裕福な外国人のお客様への手厚いおもてなしも理に適っているというものだ。 市民権は主権国家への帰属というよりも、航空会社のマイレージ・クラブのようになりつつある。各社のマイレージ特典を比較するのと同じ手つきで各国のパスポートの利点を調べあげ、自分のニーズに合う国を選ぶ。ファースト・クラスやビジネス・クラスで頻繁に長距離のフライトを飛び続けるエリート会員には様々な特典がついてくる。なにしろ高い航空券を何度も買う上客なのだから当然だ。会員の利点はJFK空港でもリスボンの空港でも、国は問わない。そのステータスは世界中の空港で通用し、パートナーの航空会社のフライトにも利用できるため、エリート会員は世界のどの空港でもファースト・レーンに進むことができる。そしてマイルは買うこともできる。 クラブのメンバーが行き来する、国家を横断する飛び地があちこちに生まれている。そのメンバーシップはほぼ世界中で通用し、会員は国境の制約を受けることが少ない。ポピュリズムや反外国人感情、人種差別が世界を席巻しているといわれるものの、奇妙にもこうした会員はその矛先となる移民として括られることはなく、排外主義の外に存在しているかのようにみえる。 グローバル化によって、明瞭に線引きされたボーダーと、それによって規定される固定した領土にもとづく同一の文化を共有する国民というモデルが侵食されつつあるといわれる。ボーダーはなくなってはいない。ボーダーは新しいところにひき直されている。国と国の間のボーダーよりも、グローバル・クラブの会員と非会員の間を分けて走るボーダーによる分断の方が顕著になりつつある。世界はいよいよクラブ化している。ボーダーレス・ワールドといえる世界があるとすれば、それは資本と情報、そしてそのクラブの会員向けのもの。世の中の多くの人にとっては、移動は依然厳しく制限されている。 ***** パスポートが何なのかを知っている人は少ない。パスポートと搭乗券を手にして空港のゲートに向かえば、いつでもどこにでも行くことができる、少なくとも一時的には。そう考えている人もいるかもしれない。パスポートが何のことなのかがわかるのは、自由に行き来することができなくなった時だ。 … Continue reading

FAFSPさん


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