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■都市のコード論:NYC編  vol.06
テーマ:HOTEL
レポート
2018.03.08
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■都市のコード論:NYC編 vol.06
テーマ:HOTEL

在NYC17年の日本人ビジネスコンサルタント、Yoshiさんによるまち・ひと・ものとビジネスの考察を「都市のコード論:NYC編」と題し、不定期連載しています。

1年半ぶりの起稿。テーマは“HOTELと都市“です。日本でも異業種からの参入が増え、新しい展開をみせていますが、NYでは? データとともに解析します。


ニューヨーク市内で新しいホテルのオープンが相次いでいる。


2015年時点で市内には696件のホテル (107,000室) が営業していたとされているが、その後新規オープンが続き、2017年10月時点では、ホテル数はおよそ785件、 部屋数は115,000室に達したと考えられている。

ニューヨーク市のマーケティングを担うニューヨーク・シティ・アンド・カンパニーが2017年に発表したレポートによると、2017年末から2019年までに、おおよそ40-50件の新しいホテルのオープンがさらに予定されていて、27,000室が追加されることになり、その結果2019年末には900件近くのホテルが市内に存在することになる。

新しいホテルの業態はさまざまで、部屋数をみても14室のみの小規模なものから600室を超える大型のものまでそのバラエティは幅広く、ターゲットとする市場のセグメントもさまざまだ。とはいうものの、そこには共通する傾向もあり、そして新しい試みも散見される。

ということで、今回はNYマンハッタンのホテルの変化についてデータとともに解析してみることにした。



2015年以降オープンした (そして今後予定されている) ホテルの数を、ボロウ (区) ごとにみてみよう。

ニューヨーク市の中心であるマンハッタンでは、1年に20−30件のホテルが継続してオープンしていることがわかる。少し前に話題になったブルックリンも毎年5-10件ほどオープンしているもののすでにピークアウトしている。

一方、クイーンズでは2017年と2018年にそれぞれ10件前後、2019年には15件のホテルのオープンが予定されており、そのペースはブルックリンを上回っている。


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ボロウ別でなにより注目すべきことは、2017年からブロンクスにもホテルがオープンしていることだ

1980年代の犯罪のイメージから観光とは縁遠かったブロンクスが、いよいよ市内のホテル戦線に参入したことになる。確かに地下鉄に乗ればブロンクスからマンハッタンの中心部まで30分ほどで着くことができるし、近年はブロンクスの南端に位置するサウス・ブロンクスの開発も進んでいて、2017年に市内で家賃の大きな上昇率を示した地区の上位はブロンクスが占めていると報告されている。

ビジネスやエンターテイメントが圧倒的にマンハッタンに集中していた状態から、近年その重心は少しずつ隣接する他のボロウへと分散傾向にある。ブルックリンからクイーンズ、さらにはブロンクスへと、オープンするホテルのロケーションの移動は、人々の注目の移り変わりをも反映しているといえる。

ホテルの新規オープン (2015-2019年)を、マップにしたのが下のリンクである。
バブルの大きさはそれぞれのホテルの部屋数を示し、それぞれのホテル名と部屋数をインタラクティヴにみることができる。

fafsp.carto.com/viz/4a4b3f4f-2011-4e7f-8e51-46956fcf2581/public_map


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2017年11月に東京は錦糸町、大阪は本町にオープンしたマリオット・インターナショナルが20〜30代のミレニアル世代を対象とした家具や内装にこだわったデザイナーズホテルブランド「モクシー・ホテル」。ウエブサイトもポップで従来のホテルのイメージとは異なる。

マンハッタンをみてみると、伝統的に観光客とホテルが多いミッドタウンにひき続き新しいホテルが多くオープンしていることがわかる。

たとえば、マリオットが手がける、612室のモキシーNYCタイムズ・スクエア (http://moxy-hotels.marriott.com/en) が2017年にオープンした。

やはりミッドタウンのハドソン川近く、ハイラインの北端に位置するハドソン・ヤーズでは大規模な開発が進んでいる。最新のインフラを備えた大型オフィス・スペースが建設中で、完成と共に多くの企業がミッドタウンからハドソン・ヤーズへと移転することが予想されている。企業が移転する先にホテルができるのは当然なのだろう。ハドソン・ヤーズの隣には巨大なコンヴェンション・センターであるジャヴィッツ・センターもある。部屋数の多い大型ホテルが多いのもミッドタウンの特徴といえる。

マンハッタンの南端に近いファイナンシャル・ディストリクト (旧金融街) からバッテリー・パークにかけても新しいホテルが増えている。グラウンド・ゼロ1ワールド・トレード・センターが完成したことで、コンデナストやデイリー・ニュースなど、多くのメデイア企業がタイムズ・スクエアからダウンタウンへと移転している。そうしたビジネス向けの需要はもちろんのこと、ロウワー・マンハッタンはかつての金融街から比較的若年層の人たちが住む地区へと急速に変化している。伝統的な観光地のミッドタウンを敬遠してロウワー・マンハッタンに宿泊することを選ぶ観光客も増えているということなのだろう。


 
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ハドソンヤードの開発のようす(2018年1月撮影)


ブルックリン
はというと、ダウンタウンウィリアムズバーグからグリーンポイントにかけて、そしてクイーンズではロング・アイランド・シティのほかにジャマイカでもホテルがオープンしている。

ロング・アイランド・シティは、マンハッタンのミッドタウンまでイースト・リバーを超えてすぐの場所にあり、マンハッタンよりも手頃な宿泊料金に設定されている。さらには部屋から川の向こうにマンハッタンの眺めを楽しむことができる。マンハッタンに滞在していたら目にすることができない贅沢だ。JFK空港行きのエアトレインが発着するジャマイカは、空港と市街地との両方へのアクセスの良さからホテルができているようだ。

ホテル数が急速に増えていることから、ニューヨークのホテル需給は緩和すると予想されている。激化する競争に生き残るためのカギは、差別化にあるようだ。

ニューヨーク市シティ・プランニングのレポート
によると、市内のホテルの部屋数のおよそ38%は独立系のホテルだという。チェルシーにあるハイライン・ホテル (http://thehighlinehotel.com/)、ミッドタウンのルーズヴェルト・ホテ (http://www.theroosevelthotel.com/)ロジャー・スミ (https://www.rogersmith.com)、ブルックリンのウィリアムズバーグのウィリアム・ヴェイル (https://www.thewilliamvale.com/) などが独立系に相当する。

これらのホテルは全国展開する大手ブランドとは提携していない。戦略的な選択だ。

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市内に43,600室あるとされる独立系ホテルの部屋のうち、49%は広義のハイエンドに属し、エコノミーのセグメントに相当する部屋数はその28%にすぎない。独立系のホテルがハイエンドをターゲットとしていて、独立系
であること (大手ブランドの一部ではないこと) を高付加価値化に利用していることがわかる。実際に、大手を避けて、独立系のホテルでの宿泊を選ぶ人は増えている。


独立系のホテルは、マンハッタンではダウンタウンブルックリンの一部クイーンズのロング・アイランド・シティなどでオープンしている。典型的な観光地ではない場所の選定がその価値の欠かせない一部であり、ハイエンドのイメージとロケーションが分かちがたく結びついていることがわかる。ロケーションはそのブランドの一部といってもいい。

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トリップ・アドバイザーが買収した現地ツアーの予約ができるプラットフォーム「ヴィアター(www.viator.com)」。

興味深いのは、大手ブランドもニューヨークでは独立系のアプローチを模索していることだ。

テキサスを拠点とするあるデベロッパーは、通常マリオットやヒルトンと提携してホテルを展開するものの、ニューヨーク市内では大手ブランドと提携せずに運営している。

なかには大手ブランドの傘下であることを隠して、独立系にみせて運営する覆面独立系ホテルもあるという。そのため、市内のホテルを独立系と非独立系にホテルに分けることは容易ではない。少なくともニューヨークに関する限り、ハイエンド市場は、独立系としての独自性を提供することが条件となっているようだ。

同時にヒルトンマリオットも、別名を用いたソフト・ブランドのホテルをオープンし、より小規模で、標準化されていない部屋を提供しようとしている。

日本でも2018年の春に軽井沢にオープンする予定のキュリオ・コレクション・バイ・ヒルトン
(http://curiocollection3.hilton.com/en/index.html) や、タイムズ・スクエアとミッドタウンの2カ所にあるマリオットのオートグラフ・コレクション (https://autograph-hotels.marriott.com/) などがその例であり、既存のブランドとは距離を置く位置づけになっている。

ソフト・ブランドはブティック・ホテルとして運営しつつ、同時に大手ブランドの一部として、予約やリウォードのシステムにアクセスできる利点もある。

 
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2017年、マンハッタン31丁目にオープンしたライフ・ホテルは、かつて雑誌『ライフ・マガジン』の本社だった建物を改修したものだ。

ホスピタリティのビジネスにもテクノロジーとデータは欠かせない。
ニューヨークのホテルでは、自分でチェックインを済ませるところが増えているiPadに接続された端末を利用してチェックインする。わからなければ、必要に応じてスタッフが助けてくれる。テクノロジーの利用でコストを抑えるホテルは多い。


ホテル各社はゲストに関する大量の情報を有している。そのデータをもとに、それぞれのゲストにどんなサービスを提案するのかがビジネスを左右することから、ホテル・テクノロジーのスタートアップ企業の買収も活発になっている。

現地ツアーを予約するサイトのヴィアター (https://www.viator.com) を買収したことで、ホテルやレストランの予約サービスを提供するトリップ・アドバイザー (https://www.tripadvisor.com/) では、ホテル以外の売上が31%増加した。マリオットは、データに基づいて、それぞれのゲストが気に入りそうな体験を個別に提案している。


ローカルな体験を提案するホテルは多い。マリオットが最近買収したアロフト・ホテル (https://aloft-hotels.starwoodhotels.com/) は、ローカルのアーチストによる音楽の演奏をスポンサーしている。ホステル感覚のブティック・ホテルを謳うモキシーは、部屋は狭くそれ自体がニューヨークの経験だという。

こうした動向の背景には、ホテルの競合はairbnbだという認識がある。airbnbがマーケットする、これまでのような観光客ではないローカルとしての体験をとりこむべく、宿泊に付随するローカル性をホテルが重視し始めていることが、現地ツアーやアクティビティの予約サイトの買収を後押ししている。ホテル周りのビジネスをいかにして取り込むのかは、これからも大きな課題だ。

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アーチ状の構造を多く手がけた建築家、エーロ・サーリネンによって1962年にTWA航空のターミナル4をホテルに改修したTWAホテル。
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TWAホテルのHPより。独特のレトロモダンな内装はある層にとっては宿泊することが目的となりそう。


新しいホテルを見て回ることで気づくことのひとつは、かつてのように、入口を入ると目の前に巨大なレセプションが広がっているという光景を目にすることはないということだ。ハイエンドのホテルにその傾向が強く、大きなデスクの背後に何人ものスタッフが立って待ち構えているという光景は過去のものになりつつある。

自分でチェックインするためのiPadが並んでいる以外には、入口のフロアにはソファが並ぶくつろぐ場所があったり、レストランがあったりする。2017年にマンハッタンの31丁目にオープンしたライフ・ホテル (https://lifehotel.com/
) のように、入口を入ってもどこにレセプションがあるのかすぐにはわからない、むしろレセプションをできるだけ見せないようしているようにさえ思えるところもある。

ライフ・ホテルはかつての雑誌の『ライフ・マガジン』本社だった建物をホテルに改修している。商品をマーケットする際に、それにまつわる物語を付加する物語マーケティングが一般化しつつあるが、ライフ・ホテルは既にそこにあるライフ・マガジンのレガシーの周りにホテルというビジネスを構築したのが興味深いところだ。

他の場所で再現不可能なプロジェクトには、他にはない固有性がある。オーセンティックなトーンを前面に出している内装にもそれは見てとれる。新しいコンセプトやデザインを考えたところで、ひとたび注目されたらそれはすぐに模倣され、あっという間に世界中でコピーされる。模倣されることを避けるためには、他にないユニークな場所を開発するしかないということなのかもしれない。

他にはないホテルといえば、JFK空港内で工事が進んでいるTWAホテル (https://www.twahotel.com) は、かつてのTWA航空のターミナル4をホテルに改修するものだ。 エーロ・サーリネンの手によって1962年にオープンしたターミナルで、トランス・ワールド航空 (TWA) はもちろんもう存在しないが、
その歴史とアイコニックなターミナルを利用したホテルとして復活する。
 
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1980年代にブティック・ホテルのコンセプトを導入したイアン・シュレージャーが手がけるPUBLIC HOTEL。冒頭のソファーの部屋の写真もここ。日本だと結婚式の会場としてのニーズは必須だが、NYの場合はアートイベントや音楽イベントが開催できるようなスペースを設けるところが多いよう。(https://www.publichotels.com/)
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日本における近年のデザインホテル、ブティックホテルのトレンドは、2012年にブルックリンに暮らす3人のオーナーの手によって開業したこのWHYTHE HOTELが有名だ。1901年に建てられた、精糖所に納める木樽を製造する工場をリノベートしたインダストリアルな意匠は、その後の日本における“ブルックリン・ブーム”や“ポートランド・ブーム”を後押ししたが、そういった表面的なことに留まらず、小資本(インディペンデント)であることをはじめ、レストランのメニュー、バー、パブリックスペース、ジムなど、従来の都市のホテルユーザーとは異なる“新しいラグジュアリー”なライフスタイルを提案していた点こそが新しい(写真は2013年8月に撮影したもの)。
 
ホテル・ビジネスの競争の中心は、部屋よりも宿泊の周辺へと移動している。

昨今の宿泊客の半分はレストランでホテルを選ぶというデータもある。ライフ・ホテルのロビーはレストランをフィーチャーしていて、近所の人たちが立ち寄るような場所を目指しているという。同レストランは、レストラン起業家のステファン・ハンソンが所有・経営している。

ホテルの中のレストランの多くは第三者の業者が経営し、ホテルとのシナジーが欠けていることが多い。ライフ・ホテルではハンソン自身が同ホテルに投資をしており、レストランの売上の一定の率を家賃としてホテルに払う仕組みになっている。

一般的に、レストランをオープンした後、その周辺が人気の地区になったら、家賃が上がり今度は追い出されることになりかねない。不動産価格の高騰に終わりの見えないニューヨークでは頻繁に耳にする話だ。ビジネス面での新しい取り組みは、その防止策でもある。

2017年にロウワー・イースト・サイドにオープンしたパブリック (https://www.publichotels.com/) は、1980年代にブティック・ホテルのコンセプトを導入したイアン・シュレージャーが手がけるホテルだ。

その名が示す通り、誰もが立ち寄ることができるように、コワーキング・スペースパブリックの場所があり、仕事をしたり、打ち合わせをしたりしている人たちが多い。上層階にはフード・ホールバーがあり、地下にはコンサート・ホールもある。エンターテイメントは利益が出せるものの、ホテル産業にノウハウがない部分でもある。その開発の意図がある。

こうしてみると、新しいホテルにはいくつかの傾向がある。宿泊周りの体験をとりこむこと。他にない固有性を求めるところもある。そしてテクノロジーとデータがホテル産業の未来に欠かせないコアであることも間違いのだろう。

[取材・データ/文:Yoshi(在NY・コンサルタント)]

 

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25万ユーロ
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25万ユーロ

一年半ぶりのアテネは生憎の荒天で、パリに備えて詰め込んだ厚手のものを早速引っ張り出して着込まなければいけない思った以上の寒さだった。それでもいくつかのフライトと空港を経由して辿り着いた都市で、最初の一歩を外に踏み出す時ほど、未知の期待に胸が高鳴ることはない。それがアテネとくれば尚更のこと。歩道にテーブルがせり出す多くのカフェの中でもとりわけ世間話が賑やかな店を選んで入り、その日の最初のコーヒーを注文する。コーヒーでもビールであっても、大きな水のグラスが必ずついてくるのがアテネだ。ここの気候を考えれば理に適っている。この寒さで真っ先に水が出てきたのを怪訝に思いつつ、そうかここはアテネだったと気づくのには少し時間が必要だった。 頼りない記憶をGPSで補いつつ、いくつかのネイバーフッドをゆっくり歩きながら、以前のアテネでの出来事とマップを少しずつ呼び戻してリロードしてゆく。18ヶ月も経てば通りの名前はすっかり忘れてしまっている。大雨が降り始めて足止めを食ったファラフェルの店は確かこの辺りだったはずだ。アテネ市長の広報が飛び入りし、パブリック・スペースをめぐる論争が延々と続いたクレタ料理の店が入る小さなアーケードはここだったのか。記憶のあちこちに散乱したピースを一つのマップ上に配置できるようになるには、たっぷり一日は歩くことになる。 二杯目のコーヒーを求めて、何度も通った旧市街地のカフェを探したもののなかなか見つからない。それもそのはず、ようやく発見したのは畳んでしまった店の跡の憐れな姿だった。夜はバーとして人気のあったその店が、常連客にふるまっていたあのドストエフスキーという正体不明のカクテルが実のところ一体何だったのか、その真相が明らかになることはもうないのだろう。 市場の方に向かって歩くと、その界隈は変わりなく混沌としている。市場のすぐ西は以前から移民が多い地区だが、間に合わせの祈祷室に入りきれない多くの人たちが歩道に跪き礼拝しているところをみると、このあたりの移民構成もまた変わったのかもしれない。地中海やアフリカからやってくる多くの難民にとって、EU最南のギリシャは欧州の玄関口の役割を果たすことになる。それなのに難民と移民の流入が何よりも喫緊の大問題として、遥か北の国々で世論を二分しているというのだから何ともおかしな話だ。 昼間から外で薬物を打っている人たちがいるのは以前と変わらない。そこから角を曲がると風景は一変し、ぞっとするほど殺伐とした雰囲気の通りに出るものの、それでも治安は悪くはなく、危険を感じることがないのはアテネの特徴の一つと言える。5年ほど前にこの地区で放棄されていた建物を改修した、スタートアップ向けのオフィスが営業を続けていたことは良い知らせだ。そこから数ブロック先の観光客が多いモナステラキへと歩くと、ハイシーズンもすっかり終わった11月末だというのに随分人が多く混雑している。前回はなかったはずの店が多くオープンしていて、この国の主要産業である飲食店の移り変わりが速いのは相変わらずだ。 中心部のスタディオウ通りに出ると、大規模なデモが行われている。通りは封鎖されていて、暴動鎮圧の機動隊が出動し、デモ隊を取り囲むように動き始めていた。毎日のように何らかのデモが続いているアテネでは、道路が封鎖されるのは毎度のことで、その度にバスや自家用車は迂回して別の道を利用することになる。全身黒ずくめに覆面で、石を手にしたデモの群衆に向かって機動隊が一斉に走り始めたところで、その東に位置するエクサルヒアに向かって歩き始め、友人の建築家の事務所を訪ねてみることにした。 弁護士の父親から引き継いだ、エクサルヒアを見渡す広いバルコニーが特徴的な5階のオフィスで、彼が最近手がけたミコノス島のホテルのことを少し話したあたりで、せっかくだからランチに行こうということになり、数ブロック先の人気店に移動して席に座ってしばらくすると、ワインやクレタ風パスタなどがテーブルに並び始めてしまった。アテネの食事は美味しい。とはいえ時差ボケが重い到着翌日の昼間にアルコールや炭水化物は禁物、明日以降を台無しにするわけにはいかない。なにしろ体はここにあっても、高速で移動できない魂はまだまだフランクフルトあたりで乗継ぎのフライトでも待っている頃のはずだ。適当な事を言って早々にランチを切り上げようとしていた時に、友人が面白い話を始めた。 1. スイスからアテネに遊びにきたバンカーの女性が、エクサルヒアに滞在し、アパートを二件買って帰ったという話だ。50歳前後とみられる彼女はエクサルヒアが気に入ったらしく、個人としてエクサルヒアのアパートを買い、その買ったアパートをairbnbで観光客に貸しているという。アテネの中心地にairbnbが増えていることは随分前から聞いている。誰に聞いても、airbnb向けの改修工事とホテル建設が、出口の見えない経済危機のアテネで唯一活発なビジネスだと口をそろえる。通りを歩いていても外からはわからないものの、観光客が多い旧市街地の建物の上の階はかなりの割合でairbnb向けの部屋が占めているらしく、中心地はちょっとした建設ラッシュの様相さえ見せている。アクロポリスの麓に広がる観光客に人気のクカキは、欧州のairbnb市場の中でも最も高価なネイバーフッドだという調査結果を数年前に聞いたことがある。 中心地の東の坂に張りつくように広がるエクサルヒアは、大学があることから学生も多く、生活感のある落ち着いたネイバーフッドだ。狭い通りがグリッド状に走る小規模なスケール感にふさわしく、個人が経営する書店や小さなカフェがひしめき、週末は朝まで狭い通りに人が溢れる。バーではなく、外の歩道上に一晩中多くの人がたむろしているのは、生活の欠かせない重要な一部が屋外にあるアテネでは当たり前のこと。外に人がいるのはそのネイバーフッドが健全な証でもある。隣接する瀟洒なブティックが並ぶコロナキが暗くなると活気を失うのとは対照的に、エクサルヒアは飾り気こそないものの一晩中人通りが絶えることはない。 一年半前に訪れた時と比べて、エクサルヒアの建物の状態は全般的に悪化しているように見える。改善の兆しのない経済下では仕方のないことなのかもしれない。スクワッターが占拠する建物も少なくなく、建物の多くは隅々までグラフィティが描かれている。それにしても、観光名所が多い中心地でairbnbが増えているのは容易に想像がつくものの、観光地でもなく、どちらかというと荒廃感が漂うエクサルヒアになぜアパートを買うのだろう。友人によれば、エクサルヒアはアテネの中でも左翼活動の中心地であり、アナーキズムの活発な活動の歴史がある、それがクールだと言って観光客がここに滞在するのだという。 2. 2008年12月にエクサルヒアの路上で15歳の学生が警官に射殺されたことで、ギリシャ全土に暴動が広がったことはまだ記憶に新しい。それから10周年にあたる2018年の12月6日にはエクサルヒアで再び暴動が起こり、その一角では火の手が上がり、機動隊との激しい衝突が続いた結果、60人以上の逮捕者を出すことになった。複雑な過去のあるこのネイバーフッドに様々なストーリーがあるのは事実だ。近頃流行りのオーセンティックな体験とやらが、アナーキズムにまで触手を伸ばす世の中らしい。そしてそれをクールだと考える観光客向けにairbnbが増えているとは、自らの尻尾を食い始めた後期資本主義もいよいよ袋小路の奥の奥へと入り込んでしまったというところなのかもしれない。エクサルヒアには政治ツーリズムの一環としてやって来る人も増えているらしく、いまやプラカなどと並んで、欧州でも最も高価なairbnbのネイバーフッドの一つにさえなっているという。 世界の多くの都市では、大学があるネイバーフッドには書店 (そして映画館) がつきもので、その界隈には左翼的な傾向の人が多い。もっとも思想といえるようなものは特になく、煽動的な言語や過激な行動に身勝手に酔いしれて、現実感を欠いた世間知らずもいる。そしてそれを当て込んだ商売が存在するとは、何と抜け目なくよく出来た世の中だろう。アテネを走る地下鉄の車両は、1980年代のニューヨークさながらに、ことごとくグラフィティで埋め尽くされている。清潔になったニューヨークではもう目にすることのできない光景があちこちに存在するアテネは、古き良き壊れた都市を疑似体験するためのテーマパークとでもいったところなのかもしれない。 観光客がエクサルヒアにやってくることを快く思っていない人は少なくない。そのことは容易に想像がつく。エクサルヒアや移民の多いキプセリの通りには、airbnbの観光客を指弾し、その代わり難民は歓迎するという趣旨のタグがあちこちに書き込まれている。どちらも「ゲスト」には違いないairbnbの観光客と難民のどちらがアテネにとって望ましい人なのか、考えてみるに値する問いではある。皮肉なことがあるとすれば、どうやら観光客はこのネイバーフッドの反エスタブリッシュメントでグラスルーツの雰囲気を求めてやって来ているらしく、住民がairbnbの観光客を非難すれば、それがさらに多くのairbnbの客を集めることにもなり得るかもしれず、住民と観光客の対立の構図さえも観光ビジネスの回路に取り込まれていることだ。ありとあらゆるものを希薄化する資本の解体力には目を見張るものがある。 近い将来、世界の都市は裕福な者とそれに仕える移民、そして観光客だけのものになるだろうと言われる。airbnbが占拠して、学生が市内にアパートを借りることができずに市外の遠くから通っているアテネは、すでに未来を半ば体現している。21世紀の経済から取り残されたかに見えるアテネは、実は資本の未来を先取りしていて、ギリシャこそが来るべき未来の姿ではないか。アテネを訪れるたびに、その先頭と最後尾がどこにあるのかわからなくなり、両者の境界線が曖昧になるちょっとした目眩に似たものを感じる。 3. 外国人が不動産を買っているのはアテネに限ったことではなく、ギリシャの島々でも多くの外国人が不動産を買っている。そのマネーは世界中からやってくる。なかでも中国、トルコ、ロシア、イランからが多い。 外国人がギリシャで25万ユーロ以上の不動産を取得すると、取得者とその家族にはギリシャで5年間の居住権を得る資格が与えられる。ゴールデン・ビザとして知られる、投資と引き換えに居住権を与えるプログラムは欧州の多くの国が実施しているが、ギリシャは居住権を得るための最低投資金額が低いことや、EU国であることなどから人気は高い。 レジェップ・エルドアン大統領の下で不安定化するトルコでは、資産を国外に持ち出す人が増えている。政情が不安定な地中海や中東の国に住む者にとっては、ギリシャは比較的近くで好都合なのだろう。国外に資産を保管することができて、いざとなったらEU内に住むこともできるとすれば、25万ユーロは最悪の場合に備えたコンティンジェンシー・プランとしては悪くない。 アパートを買い、ギリシャでの居住権を得ても、彼らの多くはギリシャに住むことはない。その多くは自国での生活を望んでいるものの、予期できない事態によって、いついかなる時に自国を離れることを強いられる状況に陥ることになるかわからない。その時のための備えとしてアパートを買っている。その意味では彼らは自発的な移民ではなく、潜在的な移民予備軍といえる。 ギリシャのアパートそのものに興味があるわけではない彼らは、アパートを買ってもそこには住まず、第三者に貸し出すことになる。airbnbはその便利な方法だ。家賃収入として得たキャッシュはギリシャまたはEU内に保有することができる。トルコや中国だけでなく、自国に送金したくない様々な理由が存在する。そうした投資家にとっては有難いスキームといえる。 レバノンの投資家向けの案件に取り組んでいる友人は、アテネの住宅地にある放棄された建物を改修する準備にとりかかっている。その物件を見に行ってみたところ、5-6階の建物で、もちろん改修の必要はあるものの、それほど状態は悪くない。だが中心地から遠くはないとはいえ、地下鉄の駅のすぐ近くというわけでもなく、特に便利なロケーションではない。建物全体を買い上げ、改修した後にアパートとしてレバノン人に売るのか、それとも短期貸しにするのかはわからないが、レバノン人が買ったとしても彼らがそこに住むことはまずないだろう。 その物件は警察本部の真裏にあり、見学した数時間後の夜中には警察に火炎瓶が投げ込まれたらしい。そうしたことを聞くと、その建物が投資案件として適切なのかどうか疑問に思わずにはいられないが、そういえばアナーキズムがクールだと思っている人がいるらしいのだから、そうした事件も滞在先のアトラクションの一つとして折り込み済みなのかもしれないと思い直したりもした。 4. 居住権取得の資格を得るための不動産投資の最低金額は25万ユーロで、その金額を上回ってさえいればよく、それ以上大きな金額を出す理由は投資する側にはない。25万ユーロを超えていて、25万ユーロに近ければ近いほどいいのだ。とはいうものの、都合よく25万ユーロの物件ばかりあるわけではないから、要件をクリアするために様々な方法を考える。二件の安価な不動産を取得し、合計額が25万ユーロを少し上回るようにすることもある。複数の不動産を買い、利が乗ったところで一件を売却しても、別に保有している物件があることで居住権は維持できる。最近のギリシャでの不動産取引の平均価格は31.2万ユーロということだから、何が起きているのかおおよその見当はつくはずだ。 25万ユーロならどんな物件でもいいわけではない。取得した物件がキャッシュを生み出す必要がある。ある建築家によると、アパートよりも小規模なホテルを好む投資家もいるという。ホテルの方が取得後にキャッシュフローを期待できると考えるためだ。アパートを買う場合でも、すでにテナントがいた方がより確実にキャッシュが入ってくることから、テナントが入っているアパートを探し、テナントごと買うことも多い。airbnbで短期貸しした方が一日あたりの家賃収入は高くなるものの、コンスタントに借り手が続く保証はない。テナントがいるアパートの方が確実と考えることもできるだろう。初めから外国人投資家向けに売ることを目的として計画された建設プロジェクトも進んでいる。 2018年の夏には中国人がエクサルヒアのアパートを100件買ったというニュースが流れたが、それは事実ではないと否定する人もいる。そもそもエクサルヒアの住居ストックはそれほど豊富ではなく、アパートを借りるのも容易ではない。短期間で100件も買うのは難しいはずだ。統計の精度の高さで知られるわけではないギリシャでは、その数字を確認することはできそうにない。2009年にヨルゴス・パパンドレウ政権が誕生した後に、同国の財政赤字がそれまで公表されていたよりも実際には遥かに大きく膨らんでいたことが明るみになったことから財政危機が始まったことを思い出すだけで十分だろう。 ギリシャを訪れる観光客は増え続けている。ギリシャを離発着するフライトの数は増加し、アテネ市内にも観光客の姿は明らかに増えている。近隣諸国が政治的に不安定化していることも、間接的にギリシャに観光客を集める結果になっている。経済的には疲弊していても、圧政に移行するリスクが少なく、比較的安定していることがギリシャにマネーを集めることになり、また経済危機にあることも、それを後押ししている。 瀕死状態にある不動産市場の活性化の名目で、2013年に導入されたゴールデン・ビザのプログラムは、2018年7月にはギリシャ国内の銀行への40万ユーロ以上の預金をした者などを含むように変更され、その資格対象範囲が拡大された。2018年前半だけで、ギリシャは3千件近いゴールデン・ビザを発給し、2013年のプログラム導入以来累計8千件以上、申請者の家族を含むと2万件以上のビザを発給していると言われる。難民よりもairbnbのゲストの方が望ましいと政府は判断したのだろう。そしてアレクシス・ツィプラスが率いる自称左派政権がそれを推し進めていることは、よく覚えておく必要がある。 5. そのツィプラス首相の下で財務相としてEUとローンの交渉にあたり、首相よりもはるかに高い知名度を世界中で得たヤニス・ヴァルファキスは、現在も一部に熱心な支持者を集めている。ゲーム理論家であり、テキサス大学で教鞭をとっていたヴァルファキスはEUとの交渉の役割を引き受け、危機の最中にアテネに戻った。2015年に財務相に就任し、欧州各国の要人を訪れる際に、アテネのタクシーの中に荷物を忘れたヴァルファキスは、借り物の間に合わせの革のコートにジャケットもネクタイもなく、当時の英国財務相ジョージ・オズボーンをロンドンに訪ねたことで、少なくともその服装においては革命的だと取り上げられて、一躍世間の注目を集めた。 ツィプラスと袂を分かち、半年後に政権を離れた後、汎欧州的民主主義運動を組織しているヴァルファキスは、2019年5月に予定されている欧州議会の議員選挙にドイツから出馬することを最近発表している。EU市民は国外で欧州議会の選挙に出馬することが可能であり、ベルリンで友人からアパートを借りることで、彼はドイツで出馬することが可能になる。アパートを買って居住権を得ることも可能だが、国外のアパートを借りることで、その国の政治に参加することもできるとは、アパートは実に万能なツールではないか。 資本と情報に関する限り、国境といえるものはもはや存在せず、自由な移動がほぼ保証されているというのに、人の移動については相変わらず大きな障壁があちこちに立ちふさがっている。自ら英国で学び、その後オーストラリアや米国を転々としたヴァルファキスは、誰に対しても移動の権利を保証することを繰り返し主張している。 国外の不動産を買う人たちの事情は様々なのだろう。彼らが世の中の動向に先んじて、いざという時のためにそれぞれリスクを回避する方法を探っているとしたら、それを非難することはできるだろうか。そもそも不動産の取得を通じて居住権を得ることは合法であるばかりか、国民は別にしても、少なくとも政府はそのプログラムを喜んで推進している。それはギリシャだけではないのだ。 英国のEU離脱を前にして、英国に住むユダヤ人がドイツの市民権取得に動いているし、英国からのアイルランドのパスポート申請数が増加している。安定していた社会が急速に崩壊するのを目撃した人なら、生き残る方法を真剣に考え、自分や家族のための行動を考えるのは当然だ。バブルの中で惰眠を貪っているのでもなければ、いざという時のためにどうしたらいいのか一人一人が考えている。最終的には自分のことは自分で決めて、自分で守るしかないのだ。 歴史が伝えるところによると、大きな出来事よりも先に人の移動は始まる。人が動き始めることでわかることは少なくない。そして人の移動は離れてゆく国にも大きな影響を与える。危機後にはギリシャから多くの人が国外へ出て行き、近年わずかに帰国の傾向が見られるとはいうものの、高等教育とスキルを持つ比較的若い層が国を離れる頭脳流出は、依然この国の大きな問題だ。 6. 短い滞在が終わる頃には天候も回復し、12月にしては暖かな陽気がやってきたと思ったらもうアテネを離れる時だ。案の定時差調整には失敗したものの、なにしろ夜出かけるといったら夜中の12時頃にようやく人が集まり始めるアテネでは、その生活の最も活発な時間帯は深夜なのだから、夜眠くならないのはかえって都合がよかったとは言える。数日の限られた滞在では、ブラジル大使館内で続いていたオスカー・ニーマイヤー展に立ち寄ることもできなかった。 もっとも、アテネにはそうした展覧会や店舗以外にこそ見るべきところがたくさんある。中心地の外れの自動車修理など軽工業ビジネスが多いところに、ボタニコという新しいネイバーフッドが現れつつあり、人通りの少ない薄暗い通り沿いにレストランやバーが少しずつオープンしていた。次にアテネにやってきた時にはもうその通りは人で一杯で、面白い時期は終わってしまっているのかもしれない。ほんのちょっとしたスペースがあればあっという間にカフェなどにしてしまうのは毎度のことで、誰かが勝手に何かを始めて、そこから新しいネイバーフッドが生まれたり変わってゆくことが、止めようもなく常に起きているのがアテネのもう一つの姿だ。 世界の大都市が調子よくダメになり、どんどん都市的な部分を失っているというのに、アテネときたらそれに抵抗するかのように相変わらず都市的なのだ。エクサルヒアに観光客がやってきているのは、ひょっとしたら、いまや目にすることが難しくなった都市性を求めてやってきているのかもしれない。 アテネで何かをやってみるのも面白いかもしれない。一年のうち1-2ヶ月をアテネで過ごすというのも魅力的な生活に違いない。そんなことを話していたら、いい考えがあると、ある友人が提案をしてくれた。25万ユーロで不動産を買えばいい、そうすればここに住めるし、アパートを使わない時はairbnbで貸して…。 Advertisements

FAFSPさん


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