「SLAVE OF PLANTS(以下SOP)」は、雑居ビル1Fの奥にひっそりと佇む小さな3畳ほどのお店である。店内には奇妙で美しい植物がたくさん並び、その多くは塊根植物という多肉植物の一種だ。吊るされた育成用の電灯が明るくその生きものたちを照らしているほかには、黒いシンプルなプラ鉢と、店内の空気を動かし続けるためのファンの音がするだけのストイックな店内。世田谷区の豪徳寺駅(小田急線)/山下駅(世田谷線)から1分の商店街の裏手にある。
世田谷界隈では「松陰神社~上町の次はここか」とささやかれるくらい、豪徳寺ではここ1年ほどの間に良質なお店の出店が続いている。ワイン居酒屋のketoku(ケトク)や、古着屋のGould(グールド)、バインミースタンドのFANSIPAN(ファンシパン)にイタリアンのTEATRO ACCA(テアトロアッカ)にQUATTO(クワット)、食器専門店うつわのわ田など。数年前から、バレアリック飲食店や和菓子のまほろ堂蒼月、行列が絶えないパン屋のユヌクレなど人気飲食店がじわじわとオープンしていた流れもあって、とにかくここ数年の豪徳寺は豊作だ。世田谷線と小田急線が交差する好立地だが、比較的家賃も抑えめということもあり、人気が上がっているのだろう。しかしSOPの店主、池上大祐さん(36歳)はそんなことはまったく知らなかったようだ。
「塊根植物にハマってから2ヶ月くらいで店を探し始めたんですが、通勤で使う小田急線沿線で探していただけで、豪徳寺がそういう感じだっていうのもぜんぜん知らなかったです。駅に降りたのも初めてでした」(池上さん)。
“ハマってから2ヶ月”という言葉からわかるとおり、店ができるまでのプロセスは独特、というかかなり変わっている。2018年9月にお店はオープンしているが、池上さんがこの植物に出会ったのは、同じ年のなんと6月。友人に見せてもらったことがきっかけで一気にのめり込んでいき、毎日育て方の勉強をして植物を買い集めるうち、あっという間に店を出すことになったという。
「日々植物が増えていくし、妻はすこしあきれてくるし(笑)。でも趣味で終わりたくなかったので、植物ともっと関わっていくには、仕事にするしかないなと思ったんですよね」(池上さん)。
塊根植物が最近はけっこうな人気だということもあまり知らないまま、それから3ヶ月でオープンしてしまう行動力はどこからくるのだろうか。じつは池上さんには本業がある。30歳で独立し、数々の人気ブランドのパターンを請け負う会社(株)ミレデザインズを経営しているのだ。もともと岡山から上京したとき、友人といっしょにファッションのブランドを立ち上げてミシンを踏んでいたというから、何か新しいことを起ち上げる起業家精神-アントレプレナーシップがある人なのだろう。
洋服以外にのめり込めるものに出合ったのははじめて、というほどそれまでは仕事もプライベートも洋服のことしか考えられなかったという池上さん。
塊根植物のどこに魅力を感じたのだろうか。
「まず見た目にヤラれましたね。なんでこんなカタチになったんだろうって。かっこいいなあと。そしてなにより、全てがそれぞれ違う一点ものなんですよね」(池上さん)。
中学生の頃に服を見て「かっこいい!」と夢中になった時と同じ気持ちで、いま植物を見ているという。本業では日々、スタッフを抱えて服のパターンをつくっている。ファッションの仕事はシーズン毎に半年~1年先の商品を作らなければならないという非常に早いサイクルの仕事。その忙しない日々の中、植物はまったく別の時間を与えてくれるのだという。
「時間の感覚は変わりましたね。たとえば大きな子(植物好きは愛でている植物のことをしばしば”子”という)なんかは、僕よりも前に生まれてたりする。そしてたぶん、自分よりも後まで生きる。ロマンを感じますね。そういうことを考えていると高まります(笑)」(池上さん)。
生活サイクルも、100~200鉢に増えた(!)植物に水をやったりじっくりと観察する時間も必要だから自然と早起きに。すっかり健康的な生活になったそうだ。自分よりも植物が中心の生活。これが店名、” SLAVE OF PLANTS(植物の奴隷)”の由来である。
「成長がゆっくりなので、枝が出たとか蕾が開いたとか、小さな変化が見つかるとそれだけでほんとうに嬉しいんです」(池上さん)。
ファッションの時間と植物の時間。まったく違う早さの時間が池上さんの日々の中にある。当然、事業のスタンス、商売の仕方も違ってくる。池上さんは主に植物の買い付けなど担当しているが平日はファッションの仕事が中心で、お店は奥さまの遥子さんに任せている。遥子さんは、一点もののハンドメイドアクセサリーブランドpershfar (ペルシュファー)を展開していて、時間のある時は店内でアクセサリーの作業もしていたりする。
営業日は火・水・木・土の週4日のみ。SOPのほうは、”売上をあげて効率よく営業し、店を大きくしていく”、といった考え方ではなさそうだ。気に入った植物があれば、「売れなくてもいいのかなーなんて」思うこともあるし、売りたくないものもたくさんある。
「とにかく植物好きな人を増やしたいんです。だから1000円くらいでも手に入る手軽なもの、初心者にも入りやすいものも並べていますし、土曜日は店に立つこともありますが植物好きの人と話すのが楽しいですね。まだはじめたばかりなので、自分よりも詳しいお客さんもたくさんいます。」(池上さん)
お客さんとしては、近所の人がフラッと来ることもあるが、ほとんどは塊根植物が好きな人たち。特に男性が多く、9割はインスタグラムを見てくるのだそう。値段は1000円程度から10万を超えるものもあるが、高くても魅力のあるかっこいいものはスパッと売れていくという。客層としてはアパレル業界人や美容関係の人が比較的多い。”美しくてかっこいい”ものを追い求める人たちが集まってくる場所なのだ。
「お店をやっていて何よりも自分が楽しいですし、自分が楽しいことを続けていきたいですね」(池上さん)。
“鉢は植物の洋服”と、今年はファッション人らしい視点で、備前の窯で焼いてもらったオリジナルの鉢をリリースするという池上さん。“植物の奴隷”という店名とはウラハラに、副業だからこそできる自由であまりガツガツしていない空気感が店に広がっている。好きなことは仕事にしないほうが...というアドバイスは池上さんには野暮だろう。家族や友人たちと、好きなことにもっとコミットするために、新しい仕事をつくる。思い切りはべらぼうにいいが、無理なことはしていない。植物がゆっくり成長するように、この店の周りにも少しづつ根が広がっていくのだろう。
【取材・文:高田健】