ACROSS海外レポート:「ニュー・ノーマル」での図書館とわたしたちの暮らし
レポート
2020.05.14
ワールド|WORLD

ACROSS海外レポート:「ニュー・ノーマル」での図書館とわたしたちの暮らし

ニューヨーク公共図書館(NYPL)にみる、“オンライン版パブリック・スペース“という試み。

実は、パンデミック以前から「ニュー・ノーマル」での図書館のあり方を模索していた?!

新型コロナウィルスの影響で、博物館や美術館、図書館など国や全国の自治体が運営する施設の閉館が続いている。米ニューヨーク公共図書館もその例外ではなく、3月以来閉館しているが、その運営をみていくと、図書館のそもそものあり方、コンセプト、そして人びとにとっての役割や関係性が大きく違うことが明らかになった。

都市生活者にとっての図書館とは? NY在住20年以上のコンサルタントYoshiさんの(久しぶりの)寄稿です。
 
ニューヨークのサウンドスケープを収録した“MISSING SOUNDS OF NEW YORK”, The New York Public Library。
人気コーヒーショップ「La COLONBE」の張り紙。2020年4月撮影。

“Missing Sound of New York"、 ニューヨーク公立図書館(NYPL)がNYのサウンドスケープをオンラインでリリース。

COVID-19の犠牲者を多数出している米・ニューヨークでは、3月22日から外出制限が続いている。クオモ州知事が発令した州令の「PAUSE (一時停止)」は、食料品店など生活に必要不可欠なビジネス以外の営業を停止し、住民には不可欠でない限り外出を控え、そして屋外では他の人と一定の物理的距離をとることを厳しく求めている。

眠らない街と言われたニューヨークの歩道から夕方にはひと気がなくなり、夜中になるとどこからか聞こえてくる空調が呻るような低い音以外には物音ひとつしない。人が減ることから、ニューヨークで過ごすのに最も快適な日はクリスマスと元日だとニューヨーカーはよく言ったものだが、元日よりも時間が止まったかのようで、外に誰もいない夜が一ヶ月半も続いているのだから、もはや喧騒のニューヨークは「オールド・ノーマル」へと早送りされてしまったのかもしれない。なにしろ115年におよぶその歴史で初めて地下鉄を24時間走らせることをとりやめたのだから、この都市がちょっとしたアイデンティティ・クライシスにあるのは間違いない。

そうだとすれば、ニューヨーク公共図書館(NYPL)は抜群のタイミングで新しいアルバムをリリースしたことになる。「Missing Sounds of New York」というタイトルで公開されたそのアルバムは、タクシーのクラクションや鳩の鳴き声、路上で人が噂話をしている声など、ニューヨークのサウンドスケープを集めたものだ。長引く外出制限で失われた都市生活の聞き慣れた音の周りにニューヨーカーを結びつけるものであり、NYPL自身の言葉によれば、それは「ニューヨーク市に宛てたラヴ・レター」なのだという。

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入店者の数を制限している「トレーダーズ・ジョー」に入るのを距離をおいて並んで待つ人たち。2020年4月撮影。

「公園」にも似ている、公共図書館。

NYPLといえばマンハッタンの42丁目、大理石のライオンが五番街に向かって座る「ステファン・シュワーツマン館」を思い浮かべる人は多い。週末でも利用者が開館前から長い列をつくって待ち、入口の回転ドアが動き始めると同時に上階の閲覧室へと消えてゆく。毎日この図書館に通う研究者や物書きは多く、クロード・レヴィ=ストロース (「親族の基本構造」) ロバート・カロ (「パワー・ブローカー」) をはじめ、ここで生まれた本の例は枚挙にいとまがない。

リサーチ向けの「ステファン・シュワーツマン館」が知の拠点だとすると、市内のネイバーフッドを繋ぎとめるように点在する分館は、ニューヨークの住民にとってライフラインと言える。 

2020年5月現在、ニューヨーク市内には213ヵ所の分館が存在し、市内のほぼ全域を余すところなく網羅している (*1)。なにしろ生活のインフラなのだから、自宅や仕事場の近くにないと困るというわけだ。その意味では公共図書館は「公園」と似たところがある。マンハッタンの真ん中に横たわる広大なセントラル・パークは確かに素晴らしいかもしれないが、それ1つだけではダメなのだ。毎日立ち寄り休憩し、ランチをとることができる小さな公園が市内のあちこちになくてはいけない。同じように図書館の分館は市内各所に多く分散している必要がある (*2)。 

それでも分館が近くにない地区にはNYPLの専用モバイル・トラックが本や資料を積んで定期的に巡回し、利用者がオンラインでオーダーした資料を届け、またトラックに積んだ本や資料を閲覧することができるサーヴィスがある。どのネイバーフッドもどんな人も取り残すことなく、ニューヨークに住む誰に対しても分け隔たりなくアクセスを与えることは、公共図書館にとって最大の使命の1つなのだ。

ニューヨーク州に住む人、州内で働く人、州内の学校に通う人は誰でもNYPLのカードを取得し、図書館を利用することができる。メンバーになるのに料金はかからない。NYPLのカード保有者数は17百万人を上回っている。

 

(*1) マンハッタンとブロンクス、そしてスタテン島には合計92ヶ所の公共図書館があり(リサーチ向け図書館4ヶ所と88ヶ所の分館)、ブルックリンには59ヶ所、クイーンズには62ヶ所の公共図書館が存在する。

(*2) ニューヨーク市内には1,700ヶ所以上の公園、遊戯場、娯楽施設がある。


アンソロジー・フィルム・アーカイヴス、次の告知まで上映は中止(左)/臨時休業中の書店(右)。2020年4月撮影。

図書館は、人が交流する物理的な場所としての「社会インフラ」。

図書館のサーヴィスは資料の閲覧や貸出にとどまらない。分館ごとにいろいろなプログラムを実施している。例えば、ブロンクスの分館では若年層に就職の面接についてのガイダンスを実施し、就職の準備に備える手助けをしている。チャイナタウンのような移民が多いネイバーフッドの分館では、英語を教えるクラスがあったり、米国市民権取得の申請手続きを説明するワークショップが開催されている。もちろん全て無料だ。


分館で実施されているプログラムの内容から、そのネイバーフッドのプロファイルを知ることさえできる。フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー映画「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」は、「ステファン・シュワーツマン館」入口のホールで進化生物学者リチャード・ドーキンスがトークをする様子から始まり、その後マンハッタン、ブロンクス、スタテン島の分館を移動する (*3)。

特定のネイバーフッドを示唆するランドマークや通りの名前を示す標識のショットに続いて、高齢者が集まってダンスをする分館など、その特定の場所で実施されているプログラムや活動をみせてゆく。分館から分館へと移動するワイズマンの作品を観ていると、もはや図書館の映画ではなく、市内ネイバーフッドのサーヴェイを続ける国勢調査の映像版にさえ思えてくる。

分館の中はというと、最近は書庫というよりもシェア・オフィスといった趣のところが多く、館内のレイアウトはコワーキング・スペースさながら電源が完備された共有の大きなデスクがあちこちに設置されていて、そこに座って黙々とラップトップに向かう人たちが目立つ。オフィスに行くのは週に一度の打合せだけ、仕事をするのはもっぱら自宅や図書館やカフェという従業員やフリーランサーが増えている。ビジネスプランの作成の仕方を指南するワークショップが分館で開催されているのは、近年のビジネスのありようを反映してのことなのだろう。

小さな子ども連れで分館に通う親も多い。子ども向けの読み聞かせの時間が定期的にあり、初めて子どもをもった母親が、NYPLの分館で初めてのママ友をつくるのはよくあることらしい。図書館にやってくる人の目的は人それぞれ違うし、期待するものも異なる。オンラインで取り寄せた本を受け取りにくるだけの人もいるし、コンピュータを使いにやってくる人、真夜中に閉まった分館の窓のそばで無料のwifiを拾う人もいる。

夏の暑い日にはエアコン目的で分館にやってくる人も少なくない。昨夏は酷暑に備えて、通常日曜日は閉館する7ヶ所の分館が臨時で日曜日に開館し、近隣の住民に涼を与えた。安全な避難場所を提供することも公共図書館の役割の一つなのだ。

およそ図書館らしくないいくつもの役割を忙しくこなすNYPLの分館が、物理的な場所としての存在に重きを置いているようにみえるとしたらそれは偶然ではない。ロウワー・イースト・サイドの「スーウォード分館」では、火曜日と木曜日の午後に紅茶がふるまわれる。発案者によると、飲み物を手にすると不思議と人は他の人と言葉を交えるようになるのだという。火曜日と木曜日には近所の隣人たちが集まる。人に会うためにNYPLの分館にやってくる人は少なくないのだ。

社会学者のエリック・クライネンバーグは、人が交流する物理的な場所としての「社会インフラ」としてNYPLを例に出すことが多い。人と接触し、相互支援や協働を促すインフォーマルな場所、それが社会インフラだ。


(*3) NYPLはマンハッタン、ブロンクス、スタテン島の公共図書館から成っていて、ブルックリン公共図書館とクイーンズ公共図書館は、NYPLとは異なるそれぞれ独自のシステムを利用している。ワイズマンの作品にブルックリンとクイーンズが出てこないのはそのためだ。
 

ベトナム・フォーのお店の貼り紙。2020年4月撮影。

充実の電子書籍ライブラリーは、NYのストーリーテラー!
書籍の他にも、NYのレストランのメニュー・コレクションなどが、
24時間借りることができる!

そのNYPLが3月14日から分館を含めて全館閉鎖した。一時的な措置とはいえ開館の目処はいまだ立っていない。多くの人が行き場を失なったことになるが、その数日後には州全域で外出制限が出されたわけだから仕方がない。それでもNYPLは活動を続けている。その活動場所はオンラインへと移行している。

ここ数年のNYPLのオンラインでの活動には目覚しいものがある。電子書籍を24時間借りることができるのは当たり前。閉館した3月14日以降も新刊の電子書籍ライブラリーは増え続けている。新しいイラストと共に「不思議の国のアリス」やカフカの「変身」をインスタグラムで読むことができる独自のプロジェクト「インスタ・ノヴェル」も進行中だ。デジタルの時代に図書館は無用になりはしない。デジタルだからこそ図書館は一層必要になる。

ニューヨークに関するものならどんな些細なものでも収集し保存する、それもNYPLの役割だ。NYPLが所蔵するニューヨークの古い写真や個人が所有していたスクラップ・ブックまで、現時点で90万点近くの資料がデジタル化され、オンラインで公開されている。これまでに存在したニューヨークのレストランのメニューもコレクションしていて、1840年代にまで遡る約4万5千点のメニューをオンラインで閲覧することができる。20世紀初めのプラザ・ホテルやピエールのメニューを誰でも見ることができるというわけだ。

昔のメニューに書かれた手書きの文字は自動で読み取ることができない。そこでメニューに記載された食事の内容を転写するヴォランティアを市民から募り、その結果数百万点に及ぶ食事のリストの転写がすでに完了している。オンラインにはオンラインなりの市民とのエンゲージの方法があるのだ。

メニューがデータ化されたことで、ニューヨークで人気の食事がどう変遷したのかを知ることができるし、新たな事実が判明することもある。ニューヨークにスシが最初に登場したのは1960年代というのが定説だったようだが、かつて47丁目に存在した「ヨシノヤ」という日本食レストランのメニューによると、1932年にはもうスシを出していたことがわかった。その他にも列車の食堂車のメニューやニューヨークにおける中国料理の独自の進化など、メニューのコレクションから新たに発見されたことをブログで読み物としてアップしている。

ありとあらゆるストーリーを集めて伝えるNYPLは、ニューヨークのストーリー・テラーでもある。ここはニューヨークであり、あなたはニューヨーカーなのだ。この街をつくるのはあなたなのだということを、住む人たちに常に意識させること。多くの人たちにとってこの都市を特別なものにしていることを思い出させるためのものだというサウンドスケープのアルバムは、図書館が果たすべき最も重要な仕事だと言える (*4)。


(*4) ニューヨーカーといえば、2013年に亡くなったルー・リードが残した大量の個人所有物や資料は、リンカーン・センターのパフォーミング・アーツ分館で誰でも閲覧が可能になっている (事前予約が必要)。ローリー・アンダーソンがNYPLに寄贈したもので、彼が所有していたレコードや写真はもちろん、五十年に及ぶツアーに関する書類 (旅程、契約書、レシート、支払明細等々) や数々の音源が図書館員の手によって分類され、保存されている。彼のようなアイコニックなニューヨーカーの資料を保存する場所はNYPL以外に考えられない。ミュージアムではなくNYPLが所蔵することで、誰でもいつでもその膨大な資料を閲覧することができる。ルー・リードの生涯とキャリアを改めて再構築する研究書が現れる日も遠くはないはずだ。
 
 

rag & boneのショップ、店を閉じた後にウィンドウ。2020年4月撮影。
イスラエルレストランの店頭。2020年4月撮影。

NYPLが目指すのは、
“オンライン版パブリック・スペース“。

外出が制限され、多くの人が自宅で働くようになってからというもの、顔をつき合わせる対面と遠隔のコミュニケーションのどちらが好ましいのか、どちらがより生産的なのかという、それ自体とても生産的には思えない議論があちこちでまたぞろ蘇ってきている。
 
NYPLに関する限り、物理的な分館であれオンラインであれ、その役割は変わることはなく、その2つを区別して考えることにさほど意味があるようには思えない。パンデミック以前から「ニュー・ノーマル」での図書館のあり方をNYPLは模索していたように思えるし、それはオンライン版のパブリック・スペースをつくる試みでもあるようにみえる。
 
分館は物理的に人が集まるプログラムを運営していたが、今の状況下では集まらないことが他の人たちをケアすることになる。冷たい距離の近さもあるのだ。ソーシャル・ディスタンシングの世の中では、クライネンバーグが主張する物理的な社会インフラは意味をなさなくなるようにも思われたが、外出できなくなってからというもの、あちこちでクライネンバーグに言及する人がかえって増えていることも興味深い。
 
3月から多くの人がニューヨークを離れて遠くの場所に避難している。いつ戻ってくるのかわからない。いつか戻ってくるのかどうかもわからない。夏どころか今年いっぱい自宅で働く選択肢を与えることをすでに決めた企業も出てきた。1980年代のように人もビジネスも郊外へと離れてゆく「オールダー・ノーマル」に戻るのではないかという憶測も早速流れ始めたところだ。来るべきノーマルがどんなものであれ、この都市におけるNYPLの役割と必要性が変わることは考えられない。

[文責・写真:yoshi(NY在住コンサルタント)]
 
 


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