図書館のサーヴィスは資料の閲覧や貸出にとどまらない。分館ごとにいろいろなプログラムを実施している。例えば、ブロンクスの分館では若年層に就職の面接についてのガイダンスを実施し、就職の準備に備える手助けをしている。チャイナタウンのような移民が多いネイバーフッドの分館では、英語を教えるクラスがあったり、米国市民権取得の申請手続きを説明するワークショップが開催されている。もちろん全て無料だ。
分館で実施されているプログラムの内容から、そのネイバーフッドのプロファイルを知ることさえできる。フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー映画「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」は、「ステファン・シュワーツマン館」入口のホールで進化生物学者リチャード・ドーキンスがトークをする様子から始まり、その後マンハッタン、ブロンクス、スタテン島の分館を移動する (*3)。
特定のネイバーフッドを示唆するランドマークや通りの名前を示す標識のショットに続いて、高齢者が集まってダンスをする分館など、その特定の場所で実施されているプログラムや活動をみせてゆく。分館から分館へと移動するワイズマンの作品を観ていると、もはや図書館の映画ではなく、市内ネイバーフッドのサーヴェイを続ける国勢調査の映像版にさえ思えてくる。
分館の中はというと、最近は書庫というよりもシェア・オフィスといった趣のところが多く、館内のレイアウトはコワーキング・スペースさながら電源が完備された共有の大きなデスクがあちこちに設置されていて、そこに座って黙々とラップトップに向かう人たちが目立つ。オフィスに行くのは週に一度の打合せだけ、仕事をするのはもっぱら自宅や図書館やカフェという従業員やフリーランサーが増えている。ビジネスプランの作成の仕方を指南するワークショップが分館で開催されているのは、近年のビジネスのありようを反映してのことなのだろう。
小さな子ども連れで分館に通う親も多い。子ども向けの読み聞かせの時間が定期的にあり、初めて子どもをもった母親が、NYPLの分館で初めてのママ友をつくるのはよくあることらしい。図書館にやってくる人の目的は人それぞれ違うし、期待するものも異なる。オンラインで取り寄せた本を受け取りにくるだけの人もいるし、コンピュータを使いにやってくる人、真夜中に閉まった分館の窓のそばで無料のwifiを拾う人もいる。
夏の暑い日にはエアコン目的で分館にやってくる人も少なくない。昨夏は酷暑に備えて、通常日曜日は閉館する7ヶ所の分館が臨時で日曜日に開館し、近隣の住民に涼を与えた。安全な避難場所を提供することも公共図書館の役割の一つなのだ。
およそ図書館らしくないいくつもの役割を忙しくこなすNYPLの分館が、物理的な場所としての存在に重きを置いているようにみえるとしたらそれは偶然ではない。ロウワー・イースト・サイドの「スーウォード分館」では、火曜日と木曜日の午後に紅茶がふるまわれる。発案者によると、飲み物を手にすると不思議と人は他の人と言葉を交えるようになるのだという。火曜日と木曜日には近所の隣人たちが集まる。人に会うためにNYPLの分館にやってくる人は少なくないのだ。
社会学者のエリック・クライネンバーグは、人が交流する物理的な場所としての「社会インフラ」としてNYPLを例に出すことが多い。人と接触し、相互支援や協働を促すインフォーマルな場所、それが社会インフラだ。
(*3) NYPLはマンハッタン、ブロンクス、スタテン島の公共図書館から成っていて、ブルックリン公共図書館とクイーンズ公共図書館は、NYPLとは異なるそれぞれ独自のシステムを利用している。ワイズマンの作品にブルックリンとクイーンズが出てこないのはそのためだ。