*Think of Fashion 023:改めて、ディオールとは何かを考える
レポート
2015.03.13
ファッション|FASHION

*Think of Fashion 023:改めて、ディオールとは何かを考える

人々の装いについての文化や社会現象などを考えていく会「Think of Fashion」 023:改めて、ディオールとは何かを考える、開催/講師:西谷真理子(京都精華大学特任教授)@coromoza

3月14日から、ラフ・シモンズクリスチャン・ディオールのクリエイティブ・デザイナーとして初めて手がけたコレクション(2012年A/W)の舞台裏に迫ったドキュメンタリー映画「ディオールと私」が日本でも公開される。通常は取材を受け入れることのないディオールのアトリエに密着して撮影されたと言うだけあって、単なるデザイナー讃美に終わらない現場の苦悩や葛藤までをもとらえた貴重な作品だ。

それにしても、クリスチャン・ディオールが偉大な存在であることは確かだとして、具体的に、その何が素晴らしいのかということを説得力のある言葉とともに語るのは難しい。ディオールに限ったことではないが、ことファッション・デザイナーやファッション・ブランドの素晴らしさを語る言葉は、ともすると、語り手個人の趣味や嗜好の押しつけに陥りがちで、そのことを思うと、筆者などは、自分の好きな対象であればあるほど語ることを躊躇ってしまう。

そういう困難を踏まえてみた時、昨年12月23日に明治神宮前のcoromozaを会場に行われたトークイベント「Think of Fashion 023」は、とても貴重な機会であったように思う。
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これまで様々なテーマで回を重ねてきた「Think of Fashion」だが、「エスプリ ディオール—ディオールの世界—」展の開催を受け、「改めて、ディオールとは何かを考える」とサブタイトルが付された今回の講師は西谷真理子氏。西谷氏は、文化出版局パリ支局勤務を経て、『装苑』『ハイファッション』などの編集に携わってきた人物だが、わかりやすい言葉と適確な例示とともに続けられる論証は、そうした経歴とは無関係に、ディオールの魅力の本質に迫ろうとする氏の純粋な探究心に裏打ちされたものだろう。
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2014年10月31から2015年1月4日まで銀座で開催されたエキしビジョン『ESPRIT DIOR(エスプリ ディオール)-ディオールの世界』には、入場無料、撮影可ということもあって、大勢の人で賑わった。写真は仏ディオール本社にある工房を再現し、専門家による実演に見入る人々のようす。
西谷氏は、まず、創業者であるクリスチャン・ディオールの仕事の意義を「エレガンスの可視化」と「トレンドの可視化」という点から説明した。「ニュー・ルック」として知られるバー・スーツ(1947年S/S)をはじめとして、アンヴォル(1948年S/S)ジグザグ(1948年A/W)ミッドセンチュリー(1949年A/W)オブリーク(1950年A/W)など、ディオールは、1940年代後半から50年代にかけて、構築的で明快なフォルムを持った新しいラインを次々に世に送り出していった。それは、成熟した女性が醸し出すエレガンスという本来目に見えない概念の表現であると同時に、シーズンごとに塗り替えられる「新しさ」の分かりやすい表現でもあり、「はっきりと新しいものが出てきたと分かるようなパリ・モードのシステムの最初を作ったのではないか」とのことであった。
それだけではない。ディオールは、一握りの富裕層だけを相手にしてきたそれまでのオート・クチュール・メゾンとは異なる新しいビジネス・モデルを提示してみせたという点でも先駆的な存在だったようだ。1947年には、早くも、香水の会社を設立。靴やバッグやサングラスといったライセンス商品の販売にも積極的で、さらには、ニューヨークやロンドンを拠点に既製服の事業に乗り出すなど、彼の試みは、確かに、名声をほしいままにするオート・クチュール・メゾンとして可能なビジネスの幅を大きく広げるものであった。

そして、何より、こうした試みの全てにおいて、服作りや経営のプロを適切に配置していったところにディオールの成功の鍵が隠されていると西谷氏は言う。ディオールの仕事は、なるほど、クリスチャン・ディオールの創造性を不可欠の条件として生み出されるものであったが、一方で、ディオールを「ディオール」たらしめているものが何であるかを熟知したスタッフ全員を担い手とするチームプレイでもあった。だからこそ、1957年にディオールが急逝した時も、ディオール・メゾンは、大きな混乱に陥ることなく、彼らに支えられながら、イヴ・サン=ローランという若き才能とともにその歴史の第二章を始めることができたのである。
 
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左から、Dior: New Couture (英語) ハードカバー – 2014/11/25,Cathy Horyn (はしがき), Patrick Demarchelier (写真)/Dior Couture (英語) ハードカバー – 2011/11/16,Ingrid Sischy (著), Patrick Demarchelier (写真)ともにRIZZOLI
サン=ローラン以後のディオール・メゾンの展開をめぐって、西谷氏が「ディオールのDNAの継承」という表現をしていたのは特に印象的だった。サン=ローランからマルク・ボアンジャンフランコ・フェレを経てジョン・ガリアーノに至るディオールの歴代のコレクションを辿っていくと、そこには、確かに、繰り返し立ち現れる要素があると言う。

例えば、クリスチャン・ディオールが生み出したバー・スーツをはじめとする肩を強調し過ぎずにウェストを絞ったラインや彼が好んで用いた元々は紳士服の素材である千鳥格子の再解釈、あるいは、赤とピンクを効果的に配することによる「女性性」の表現などがそれだ。DNAという言葉に示唆される通り、クリスチャン・ディオール以来の「ディオールらしさ」は、それら一つ一つの要素を通じて遺し伝えられ、同時に、メゾンを代表するデザイナーが代わるたびに、新しいものへと生まれ変わり続けてもいるのだろう。

ディオールは、2012年、あのスキャンダラスなガリアーノの解任劇以来1年間空席だったクリエイティブ・ディレクターのポストにラフ・シモンズを迎えて現在に至る。一見したところ、そのコレクションは、彼の個性をあえて抑えてディオールらしく仕上げられている印象だが、西谷氏は、例えば、そこにさりげなく登場した工業資材のような素材を用いた一着を見逃すことなく、そうした試みの中に、「ラフ・シモンズは新しいページを開けるか?」という問いの答えを見出しているようだ。おそらく、そこでは、既に、西谷氏の言うディオールのDNAとラフ・シモンズの才能とが激しい化学反応を起こしながら、新しいディオールの歴史が始められているのである。

文/安城寿子(服飾史家)
お茶の水女子大学大学院博士後期課程単位取得満了退学。博士(学術)。大手前大学、横浜美術大学ほか非常勤講師(2015年現在)。論文に「コムデギャルソン,初期のコレクションをめぐる言説の周辺——同時代言説に見るその位置づけ・イメージと昨今の言説との距離」(2005)、「日本服飾の近代化をめぐる一つの挑戦と挫折——斎藤佳三を中心に」(2008)、「明治末から大正期における裁断技術の向上を図る動きについて——男性洋服の製作的側面に見る日本服飾の近代化の位相」(2011)ほか。共著に『ファッションは語りはじめた——現代日本のファッション批評』(2011)など。

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