街の時計・時代の時計/
「岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ」展
藤本由香里
レポート
2015.03.24
ファッション|FASHION

街の時計・時代の時計/
「岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ」展
藤本由香里

2015年1月24日より世田谷文学館で「岡崎京子展」が開催されている。代表作のひとつ「ヘルタースケルター」が映画化され話題になってから約2年。2015年のいま、80年代の「バブル」時代、90年代の「ガールズブーム」を体感した70年代生まれ以前にとってはもちろんのこと、90年代生まれにとってはある種のレジェンダリーな対象として、いまも色褪せない魅力とは何かについて、マンガ研究家の第一人者である明治大学国際日本学部の藤本由香里教授に執筆いただいた。

世田谷の昔ながらの大きなお屋敷が途中にある、落ち着いた暮しやすそうな住宅街を抜けて、徳富蘆花の旧宅を廻り込むと世田谷文学館がある。いかにも「佳き暮し」が営まれていそうな一帯。岡崎京子とは対極にあるような…と思いかけて、いやここも「東京」である以上、岡崎京子の一部であるに違いないと思い直す。

「岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ」展、世田谷文学館で3月31日まで開催中。


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会場に入るとまず、大きく壁に掲げられたこんな言葉が目に入る。


いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。
  
いつも、たった一人の。一人ぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを。
[岡崎京子「ノート(ある日の)」『ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね』2004年、平凡社]

原画と資料の量が圧倒的だ。デビュー前のイラストも、小学校の時の文集もあり、思わず解説や文字まで読んでしまうので鑑賞にはたっぷり2時間かかる。

それらの膨大な原画や資料は、いくつもの印象的な仕掛けが施されたコーナーに分けられ、岡崎京子の原画や言葉だけでなく同時代の「カルチャー」の資料がその隣にならべられている。

「“時代と切り結ぶ”とはこういうことか!」——と、九州から来ている知り合いが感嘆の声を上げた。

「退屈な日常」の中で河川敷の草に隠された死体が腐敗していくことだけがリアリティを感じさせ、「平坦な戦場で僕らが生き延びること」というウィリアム・ギブソンの詩の一節が衝撃的なまでに象徴的な作品『リバーズ・エッジ』や、一作年、沢尻エリカの主演で蜷川実花が見事に映画化してみせた、全身整形美女の凄まじい物語『へルタースケルター』もさることながら(展覧会場に展示されている真っ赤なドレスは圧巻である。これを着こなすことができるエリカさまはやっぱりスゴイ、と改めて思った)、今回、私にとって一番触発されたのは、80年代を描いた作品群とその周辺の資料だった。
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 私はかつて、<岡崎京子は「街と地続きの少女マンガ」を描いた初めての作家なのではないかと思う>と書いたことがある。[「岡崎京子以後」AERAムック『ニッポンのマンガ』所収]

「少女マンガ」というのは、少女の「内面」を描くものだとされるが、その分、内へ内へとこもるところがある。とくに作品が「少女マンガ誌」に掲載されている場合はそうで、そこはかなり「現実」からは隔離された場だ(だからこそ自由だ、ともいえるが)。だが岡崎京子は、大島弓子を代表とする繊細な「少女マンガ」に出自をもつ一方で、その後「ニューウエーブ」に影響を受けたその作風から、デビュー当時、「少女マンガ誌」の中にその居場所を確保することができず、サブカルエロ漫画誌「漫画ブリッコ」などを皮切りに、やがてマガジンハウスや宝島系の雑誌に作品を掲載するようになる。ファッション記事の合間に読まれるマンガ作品——それが、岡崎京子の作風を、より「街と地続き」のものにしていったように思う。

80年代の作品にはとくにそれが顕著で、『東京ガールズブラボー』で、上京するサカエが、「ツバキハウス」「ピテカントロプス」「キョージュ」という言葉を発しているのを久しぶりに見て、頭が沸騰した。懐かしー!! 「ツバキハウス」も芝浦の「GOLD」もど真ん中の世代だったから、その固有名詞だけで、80年代が一挙に押し寄せてくる気がした。
岡崎京子は書く——その時代は「週末が来る前のお祭り騒ぎ」[岡崎京子『東京ガールズブラボー』]であり、「“ラストダンス”っていうのがキーワードっていうか」[「岡崎京子の80'sグラフィティ」『宝島』1991年3月34日号]。「あたしはその80年代が、どーせみんな忘れて思い出しもしなくなるだろうけど、その前に一度ケリっつーか、ケジメをつけよーと思って『東京——』を描いたんですよ」[岡崎京子「80年代でポンッ!!」『CuTiE』1993年1月号]。

なかでも強い印象を受けたのは、岡崎京子が表紙を描いている当時の出版物がずらっと並べられているのを見た時だ。

当時、編集者をしていた私にとってそれはただ「懐かしい」というより、ある種、共に戦っていた時代の仲間に再会したような感覚でもあったのだが、同時に、そのどれもが「過ぎ去ってしまった」という感じを受けた。半分以上まだ自分の本棚に並んでいるのに、である。

何なのだろう? この時代のすべてが「過ぎ去ってしまった」のに、岡崎京子だけが、「今、ここ」にいる。かつてよりもっと強度をもって。かつてよりもっと、時代の真ん中にいる。何もかもわかっていて、何もかも呑み込んで、何もかもぶっ飛ばす! そういう強度を持って、彼女の絵は、作品は、まさに今、時代の真ん中にいる。

この街の、いったい何が変わって、何が変わらなかったのだろう?
 
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オシャレであることと、街を好きなこととはイコールだ。
オシャレであることは、街の気分を読まないとできない。
時代の気分を読まないとできない。
そしてその<気分>は、日々刻々と移り変わっていく。
その奥には見えない巨大な歯車があって、それはするするとお祭りのように回る時もあれば、突然音を立てて軋み始めたりもする。

それは、時には河川敷の草むらの中に隠された死体の腐敗の進み具合で測られることもあれば、女の子が飼っているワニのお腹の中でゆっくりと時を進めていくこともあれば(そうだ!『Pink』 のワニはきっと海賊・フック船長の片腕ごと時計を呑み込んだあのワニに違いない!)、『へルタースケルター』の場合のように、定期的な投薬治療と手術を受けなければしだいに崩壊していく身体に対して、破滅への時間を刻一刻と刻んでいくこともあるのだ(でも「タイガーリリーの冒険」は、破滅の後から始まるんだけどね)。

そうだ、街の中では時計が動いている。
岡崎京子はそのことに誰よりも敏感な作家であったように思う。
そしてその時間は、場所によって進む速さが違うのだ。

もちろん田舎では時間はゆっくりと流れるし、都会では早い。とりわけTOKYOでは、ビルはすぐに壊され、また新しいビルが建てられる。『ジオラマボーイ・パノラマガール』で何度も描かれているように。しかし一方で、海外から来た青い目の女の子が東京を見物して回る『東方見聞録』では、そこに出てくる、銀座・国会議事堂・中野ブロードウエイ・国立・原宿・江の島・井の頭公園・代々木公園・青山墓地・神田神保町……などは、30年近くたった今でも、風景の小さな変化はあれ、そのたたずまいはそれほど変わっていない。
変わらぬゆりかごとしての東京と、変化するTOKYO

この街は、いったい何を失って、何を失わなかったのだろう?
そして私たちは、90年代半ばから今なお変わらない何と、対峙し続けているのだろうか。








文/藤本由香里(明治大学国際日本学部教授/マンガ研究家)
明治大学国際日本学部教授。東京大学教養学科卒業後、筑摩書房の編集者を経て、2008年4月より明治大学にて教鞭を取る。専攻はマンガ文化論。コミック・女性・セクシュアリティなどを中心に評論活動を展開。講談社漫画賞、手塚治虫文化賞の選考委員、日本マンガ学会理事。著書に『私の居場所はどこにあるの?—少女マンガが映す心のかたち』(学陽書房)、『快楽電流 女の、欲望の、かたち』(河出書房新社)、『少女まんが魂 現在を映す少女まんが完全ガイド&インタビュー集』(白泉社)、『愛情評論「家族」をめぐる物語』(文芸春秋社)、『きわきわ「痛み」をめぐる物語』(亜紀書房)など。

岡崎京子展
戦場のガールズ・ライフ
 
2015年1月24日(土)~3月31日(火)
[会場]世田谷文学館2階展示室
[休館日]月曜日
[料金]一般=800(640)円、高校・大学生、65歳以上=600(480)円、小・中学生=300(240)円、障害者手帳をお持ちの方=400(320)円
※( )内は20名以上の団体料金
※1月30日(金)は65歳以上無料
※「せたがやアーツカード」割引あり
※障害者手帳をお持ちの方の介添者(1名まで)は無料
[主催]公益財団法人せたがや文化財団 世田谷文学館
[後援]世田谷区
[助成]芸術文化振興基金
 

藤本由香里 twitter


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