キヌアやアサイー、チアシードなどの南米原産のスーパーフードや、Guzman y Gomez(グズマン・イー・ゴメズ)やTaco Bell(タコベル)などのメキシカン・ファストフード店が相次いで上陸するなど、この1〜2年、飲食業界では中南米フードがちょっとしたトレンドになっている。そんななか、代々木上原にある日本初のアルゼンチンのファストフード、チョリパン専門店「Mi Choripan(ミチョリパン)」が連日多くの人で賑わっているので取材した。
「チョリパン」とは牛肉を使った「チョリソー(ソーセージのこと)」をパンに挟んだ料理のこと。南米アルゼンチンの庶民の味で、家庭はもちろん、街中や公園、サッカースタジアムに多くの屋台があり、世代を超えて親しまれている、いわゆるファストフードである。
「世界中を巡って帰国した時、その経験を生かして何かしたいという思いがありました。チョリパンは日本にないし、ネーミングもキャッチー。おいしいし、誰もやっていないから面白いと思ったんです」と語るのは、オーナーの中尾真也さん(33歳)。
中尾さんは大学卒業後に1年かけてアジアを一人旅。帰国後は旅行中に出会った日本人が経営するつけ麺屋に就職し、4年間で3店舗の店長や新規立ち上げを経験した。その後28歳になった2010年から1年6カ月間、今度は夫婦で世界一周旅行へ。2人ともアルゼンチンで食べたチョリパンに魅了されたことから、帰国後の2013年1月にチョリパン専門店を立ち上げた。
「海外のB級グルメの店をやりたかったんです。例えば外国人がイメージする日本食は寿司や天ぷらだけど、僕ら日本人にとってはラーメンや焼きそば、おにぎりが身近だったりする。チョリパンはまさにアルゼンチンの国民食で日常的な食べ物なんです」(中尾さん)。
日本人向けにアレンジされたものではなく、本格的なチョリパンを作るため、中尾さんは出店前に再びアルゼンチンに渡ってブエノスアイレスのチョリパン屋やチョリソー工場で3カ月間修業を積んだという。本場仕込みのチョリソーは、新鮮なひき肉と10種のスパイスを混ぜ合わせて炭火であぶった自家製のもの。味の決め手にもなる「チミチュリ」という、酢と油、オレガノなどの香辛料を合わせたアルゼンチン流ソースも店内で作っている。
現地の味と大きさにこだわったメニューは「チョリパン」(750円)、レタスやトマト、炒め玉ねぎなどの野菜をトッピングできる「カスタムチョリパン」(1,100円)。焼き立てのチョリソーは粗挽きの食感が良くジューシーで、チミチュリの気持ちの良い酸味も口に広がる。ソースや野菜はセルフでトッピングできるため、参加できる楽しさも醍醐味だ。
アルゼンチンでは、公園やスタジアムなどにチョリパンの屋台があるのに倣い、公園が近い物件を探した。井の頭通り沿いに一際目立つ赤や黄色、青などの色鮮やかな屋根が同店の目印。外観のモデルは、カラフルな建物が軒を連ねるブエノスアイレス市のボカ地区。アルゼンチンや赤と黄色の配色が多かったという現地のチョリパン屋の世界観を大切にした店内は、シンプルなキッチンと、元気な色の壁や現地で調達したポスターが飾られている客席とがミックスされており、座る場所によって様々な表情が見える。テーブルを作ったり、屋根を塗ったりとスタッフによる自作部分があるのも店舗の味だ。広さは約12坪。
客層は男女比や5:5、世代は子どもからお年寄りまでと幅広い。というのもチョリソーが辛くないため、小さな子どもでもOKだからだ。また、約3割がアルゼンチン人を含む外国人というのも特徴。オープンから2年になるが、リピーターも多く、常連客が新たな客を連れて来るケースも多いそうだ。
リオデジャネイロ五輪を来年に控え、今後も南米フードの注目が高まるのは必至だが、中尾さんはブームに警鐘を鳴らす。
「チョリパンはもっと多くの人に知ってほしいけれど、一過性の流行だと廃れるのも早いので、ブームにはならない方がいいと思ってます。出店する時にワールドカップのブラジル大会とリオ五輪が決まっていたので、南米フードは盛り上がるだろうなと思っていましたが(笑)。それでも、僕らは流行に左右されないものを作る。もし、チョリパンのブームが来たとしても、きちんとしたものを出していればその後も大丈夫だと思います。ゆっくり、確実にやっていきたいですね」(中尾さん)。
ここ数年、サードウェーブコーヒーにクロワッサンドーナツ、かき氷、スティックジェラートなど、「ファッションフード(シーン)」が次から次へと浮上し、ブームになっている。さらに、ロブスターロールの「LUKE'S(ルークス)」やグルメバーガーの「Carl's Jr.(カールスジュニア、2015年秋)」、「SHAKE SHACK(シェイク・シャック、2016年中)」などの外資系ファストフードチェーンも上陸が予定されており、成熟した日本の外食マーケットで受け入れられるには、目新しいブランドであること、話題性やトレンド感、SNS映えするビジュアルに留まらず、そろそろ「味」が重要な要素になるのではないだろうか。
これまで約50か国を訪問した経験を持つ中尾さん。自信の根底にあるのはチャレンジ精神と語る。
「世界を回るのは大事で、そこで色んな価値観に触れられます。それをやってきたからこそ始められたもので僕は生きている。家庭を持ったり30歳を過ぎると仕事を辞めるのが怖かったりと、守りに入ると思いますが、もっと攻めていこうよというメッセージもありますね」(中尾さん)。
次の目標は、多店舗展開だそうだ。
取材・文 緒方麻希子(フリーライター+エディター)
Mi Choripan(ミ・チョリパン)
東京都渋谷区上原2−4−8