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■都市のコード論:NYC編  vol.04 
レポート
2015.07.24
この記事のカテゴリー |  カルチャー |    | 

■都市のコード論:NYC編 vol.04 "Coffee Shop"の分布からみる都市の構造とライフスタイル

在NYC10年以上のビジネスコンサルタント、Yoshiさんによるまち・ひと・ものとビジネスの考察を「都市のコード論:NYC編」と題し、不定期連載しています。

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凡例:オレンジがマンハッタン、ライトブルーがブルックリン、イエローがクィーンズ

ここ数年、コーヒーの話をよく耳にする。ニューヨークではコーヒーハウスがあちこちでオープンしており、そのなかのいくつかは日本にも出店し、話題となっている。書店でコーヒーが飲めるのは当たり前になり、コーヒーを出すアパレルの店舗も少なくない。

フード・ジャーナリズムとでもいうべきGrub Street(www.grubstreet.com/)は、いつもコーヒーの情報が紹介されている。厳選したコーヒーハウスを集めたアプリもある。だがコーヒーハウス全体のロケーション分布についてはほとんど目にすることがない。そこでマップをつくってみた。

ニューヨーク市保健精神衛生局による市内の全飲食店を対象とした例年の衛生検査の結果が、オープン・データ (https://nycopendata.socrata.com/) として公開されている。

49万行から成るデータセットから「コーヒーハウス」と考えられる店舗を抽出した結果、2015年時点で市内には1,804件の「コーヒーハウス (一部お茶を含む)」 があることがわかった。

市の人口は8.5百万人だ。住民約4,700人あたりに1件のコーヒーハウスがあることになる。ニューヨーク市は5つのボロウ (区) から成り立っている。ボロウ別にみると、コーヒーハウスの半数近くがマンハッタンに集中していることがわかる。 

map
https://fafsp.cartodb.com/viz/f282ca08-1c7d-11e5-8c3a-0e8dde98a187/public_map


<表1. コーヒーハウスの店舗数>
マンハッタン  865件
ブルックリン  429件
クイーンズ   344件
ブロンクス 116件
スタテン島    50件    
------------------------------         
ニューヨーク市 1,804件

人口あたりでみると、最も簡単にコーヒーにありつけるのはマンハッタンで、最も苦労するのはブロンクスだ。人口あたりのマンハッタンのコーヒーハウスの数はブロンクスの6.5倍になる。

マンハッタンは市の中心だ。そこに住んでいなくても、仕事や学校で毎日マンハッタンに通う人は多い。コーヒーハウスの密度が高いのも当然かもしれない。
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ニューヨーク・ミッドタウンは“歩き飲み族“が多い。
 
独立系のコーヒーハウスが増える理由

近年増えているのはインディペンデント (独立系) のコーヒーハウスだ。大規模な展開を行うチェーンとは違い、「クラフト・コーヒー」を標榜し、メニューから店舗のつくりまで、新しい試みに取り組むところが多い。

コーヒーといえばスターバックスを連想する人もいるかもしれないが、ずいぶん前からスタバはコモディティ化しており、“スタバに行かない人”という消費行動グループのマーケティング分析も盛んになっている。その結果、ニューヨーク市ではコーヒーハウスの過半数 (56%) を独立系が占めるようになったともいえる。

イスを置かないイースト・ビレッジのアブラソ (http://www.abraconyc.com/) 」や、缶入りのラテを始めるラ・コロンビ (http://www.lacolombe.com/) 」などは人気のコーヒーハウスだ。

ボロウ別にみると、マンハッタンでの独立系の比率は59%ブルックリンは66%と高い。一方ブロンクスは32%スタテン島は28%と独立系が減り、チェーン比率が一気に高まる。

<表2. 独立系コーヒーハウスの比率>
マンハッタン 59%
ブルックリン 66%
クイーンズ 50%
ブロンクス 32%
スタテン島 28%
---------------------------
ニューヨーク市 56%

map
https://fafsp.cartodb.com/viz/53477c06-1c8f-11e5-bea1-0e5e07bb5d8a/public_map


ニューヨーク市内のコーヒーのチェーン店の98%はスタバとダンキンドーナツが占めている。そこで、今度はスタバダンキンに限定してその分布をみてみよう。

すると、マンハッタンではスタバがチェーン店の60%ダンキンは38%を占めていることがわかった。ところがブルックリンではダンキンの比率が79%に逆転し、クイーンズでは82%、ブロンクスではさらに92%まで高まる。マンハッタン以外のチェーンはほぼダンキンといっていいだろう。同じチェーンとはいっても、ダンキンと比べるとスタバは依然高価なブランドだ。マンハッタン以外で「ダンキン比率」が一気に高まる理由のひとつには、当たり前だが、住民の所得が関係しているのだろう。

<表3. チェーン店舗に占めるダンキンの比率>
マンハッタン 38%
ブルックリン 79%
クイーンズ 82%
ブロンクス 92%
スタテン島 81%
----------------------------
ニューヨーク市 62%
 
map
https://fafsp.cartodb.com/viz/dd14d58a-1c91-11e5-8d6f-0e6e1df11cbf/public_map

 
 

コーヒーハウスが語る街のボーダー

次にそれぞれのボロウ内での分布をみてみよう。同じボロウの中でもそのロケーションや分布は大きく異なる。

マンハッタンは全域でコーヒーハウスが多いが、ダウンタウンはそれぞれ個性のある独立系の店が多く、ミッドタウンはチェーンの比率が高いことがわかる。

高層のオフィスタワーが林立するミッドタウンと、低層中心でスタートアップやデザイン・ビジネスが増えているダウンタウンの性格を反映しているといえるだろう。タイムズ・スクエアやグラウンド・ゼロ近辺のロウワー・マンハッタンなど、観光客が多い場所にはスタバが密集している。なにしろニューヨークには世界中から1年に54百万人が訪れる。いまやグローバル企業であるスタバにとっても大きな商機のはずだ。

ブルックリンはイースト・リバーの東のウォーターフロントで密度が高く、その多くは独立系の店だ。近年さかんに伝えられるブルックリンのイメージと合致するだろう。

ブルックリンの後を追うかのようににわかに注目されるクイーンズも、ロング・アイランド・シティやアストリアなどのイースト・リバー近くに独立系のコーヒーハウスがみられる。

だがブルックリンやクイーンズでは、ウォーターフロントからさらに東へ行くにつれてコーヒーハウスの数は少なくなり、代わりにチェーン店が増えてくる。

趣向をこらした独立系のコーヒーには個性があるが価格は高い。ジェントリフィケーションが加速する一方で、ブルックリンの東部は依然貧しく、生活水準はむしろ悪化しているのが現状だ。独立系店舗とダンキンへの二極化が、ふたつに引き裂かれる今日のブルックリンを示している。

独立系の店舗は互いにひきよせ合うようにクラスターを形成していることが多い。だがブルックリンやクイーンズの東部では、大きな道路沿いにダンキンが一定の間隔をおいて点在する。

ニューヨークは米国で最も自動車に依存しない都市だ。マンハッタンでは世帯の23%しか自動車を保有していない。だがマンハッタンから離れるにつれて自動車の保有率は高くなる。

<表4. 自動車保有率>
マンハッタン 23%
ブルックリン 44%
クイーンズ 64%
ブロンクス 46%
スタテン島 84%
----------------------------------
ニューヨーク市 44%


そして、同じブルックリンやクイーンズの中でも、東に行くほど自動車の保有率が高くなることが統計でわかっている。マンハッタンから離れるほど、自動車中心の「アメリカ」に近づく

チェーン店と自動車には密接な関係があるようだ。「ウォーカブル」なマンハッタンやブルックリンのウォーターフロントに独立系が多いこともそれを示唆している。

「ニューヨーク市内の郊外」といわれるスタテン島にチェーンのコーヒーハウスが多いのも不思議ではない。
 
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<NYCのコーヒーハウスの分布:店舗数とブランド(資本)の関係>凡例:キミドリが1店舗のみ、イエローが2〜5店舗展開、ホワイトが6~9店舗、ブルーが10〜199店舗、赤が200店舗。詳しくは本文にあるmapのリンク先へ。
“88%が独立系“というNYCのコーヒーハウスビジネス

コーヒーハウスの分布が教えてくれることはロケーションだけではない。

市内の1,804件のコーヒーハウスは、818種類のブランド/ビジネスが経営している。平均すると、1ブランドあたり2.2件の店舗を展開していることになる。

ところが実際には、1,804件のうち723件は1店舗のみ運営するコーヒーハウスだ。市内に存在する818種類のコーヒー・ブランドのうち、88%は1店舗経営ということになる。

その一方で、スタバとダンキンの2社だけで775店舗を展開し、市内のコーヒーハウスの43%を占める。

市内に展開する店舗数別にブランドの数をみてみると、店舗数が減るにつれて、それを運営するブランドの数が急速に増えていくことがわかる。

<表5. 展開店舗数別のブランドの数>
491店舗    1 (ダンキン)
284店舗    1 (スタバ)
14店舗    1 (バーンズ・アンド・ノーブル)
12店舗    2
 9店舗   1
 7店舗   2
 5店舗   6
 4店舗   9
 3店舗   15
 2店舗   53
 1店舗   723

 
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ソーホーとブルックリンに計3店舗運営している“Gimme! coffee”は、毎朝〜夕方まで地元の人で賑わっている。

「多様性と偏り」 が示す、都市生活者(メトロポリタン)像


圧倒的多数のスモール・ビジネスがひしめく一方で、一握りの巨大なプレーヤーが市場の大多数を支配する。

ウェブサイトのアクセス数や投資のリターンなど、およそ社会とよばれるあらゆる局面でこのことは観察されている。ニューヨークのコーヒーハウスにもよく似たことが起きている。

ニューヨークには平均が存在しないとよくいう。「平均的なニューヨーカー」ほど想像しづらいものはない。

もちろん多くの都市で同様の傾向はみられるだろう。だが多くの点で、ニューヨークはその偏りがとりわけ大きい。「多様性と偏り」。これほどニューヨークを適切に表す言葉はないだろう。

個人の富から住民の人種、土地のロットのサイズまで、平均値が意味をなさないのがニューヨークだ。コーヒーハウスの分布も同様の「ニューヨークのふるまい」をみせている。

東京にも同じ傾向がみられるのだろうか。パリはどうだろう。ほかの都市も気になってくる。分布や偏りの特徴に、それぞれの都市の個性をみることができるのかもしれない。
 


 
  
●NYCのCOFFEE SHOPシーンを知るためのガイド
 
The New York Coffee Guide 
(NYCにあるコンサルティング会社Allegra STRATEGIESによるコーヒーガイド。16.99ドルでコーヒーハンドブック2016年版も販売している)

NEW YORK EATER: “25 Outstanding Coffee Shops in New York City”
(NYの食文化関係の情報サイトの特集ページ:NYCは独立系のコーヒーショッップがたくさんあるので、どこがいいのかを探すのが難しい人のためのベスト25ガイド)


 
THRILLIST:”Best 30 Coffee Shops in NYC”
(THEILLISTメディアグループが世界各国約15百万人に対して配信しているニューズレター・メディア(ECも行っている)で、NYCのベスト30のコーヒーショップを紹介している)


“ZAGAT”:“10 Hottest Coffee Shops in NYC”
(ガイドブック“ZAGAT”でも今イケてるコーヒーショップベスト10を紹介)している

 

 

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パスポート
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パスポート

2010年から続く経済危機に伴い、多くの企業がギリシャ市場から撤退した。マッキンゼー・アンド・カンパニーはアテネにあるオフィスの閉鎖を決定した企業のひとつだが、その際に同社は、ギリシャの従業員に対して、世界中にあるマッキンゼーの支社で働く選択肢を与えている。アテネのオフィスで働く従業員は、世界のマッキンゼー支社に応募し、ポジションの空きと応募者の適性が認められた場合には、ギリシャ以外の支社で働くことができた。 ギリシャ人の多くは英語を話す。英語以外にもフランス語など複数の外国語を操る人は珍しくない。マッキンゼーの社員であれば少なくとも英語はできるはずだし、アテネでもおそらく英語で仕事をしていたのだろう。多国籍企業のプラクティスは他の国でも通用する。サンパウロ支社に移籍しても、シンガポールのオフィスを選んでも、ビジネスの上で問題はないはずだ。 世界中の都市に拠点をもつ企業は、拠点間の転勤制度を設けていることが多い。欧州系金融機関のニュージャージーにあるオフィスで働いている人は、同じ金融機関の香港オフィスで今の仕事と同じポジションが空いていれば、そのポジションに応募することができる。企業にとっても全く新しい人を外から雇うより、その企業ですでに働いている人にポジションを引き継いでもらった方が都合がいいはずだ。 別の大陸へと引っ越し、着いた翌日には新しいオフィスで、以前と全く同じ端末に向かい、同じ英語で、それまでと同じプラクティスに取り組む人たちは世界中に少なくない。世界のどこへ行っても、同じルールで、同じゲームをプレイすることができる人たちにとっては、移動の障壁はおのずと低くなる。所属先や場所が変わっても、スキルとプラクティスはポータブルだ。スポーツ選手、とりわけサッカー選手は、モビリティが高いことで知られる。1995年のボスマン判決で、チーム内の外国人選手の上限が廃止されたことにより、自国以外の国でプレイする選手が大きく増えた欧州のリーグは、壮大な出稼ぎのスキームへと発達した。 多国籍企業では、リーダーシップを必要とするポジションに昇進する前には、外国で働く経験を求めるところが多い。高度なスキルを必要としない仕事には現地で人を採用し、高いスキルを必要とする仕事やシニア・マネジャーのポジションには、同じ会社の国外のオフィスからやってくる。 「浮遊層」とでもいうべき世界を転々とする人たちは、もはや珍しい存在とはいえない。ニューヨークも浮遊層の出入りが激しい都市のひとつだ。多くの人が数年ここに住み、またどこか別の国へと去ってゆく。いい仕事があればそこへ行く。「いい仕事」は多くの報酬を意味することが多く、条件が良ければマドリードでもワシントンDCでもいい。金融のキャリアを求める者なら、望ましいポジションがあれば、チューリヒでも上海でも引っ越してゆくし、弁護士や建築家もチャンスが大きい都市へと移動する。 仕事はどの都市でも概ね変わりはしないし、世界のどこへ行っても現地の言語を習得する必要もない。オフィスの中はもちろん、英語圏の国ではなくとも、都市内に限っていえば、どこもほぼ英語圏になりつつある。むしろ英語に限らず、浮遊層の受け入れ体制が整備されていない都市は、世界の都市間競争から落ちこぼれてゆくことになる。なにしろ世界のグローバル都市は血眼で浮遊層の獲得に勤しんでいて、税制などの優遇策を競うように打ち出しているのだ。 2018年7月にクリスティアーノ・ロナウドのユベントスへの移籍が発表されたが、イタリアが一定以上の高所得者への累進課税を中止し、低率で固定する税制改革を導入したことと無関係と考えるのはむしろ不自然いえる。とりわけスペインでの税問題が泥沼化していたロナウドにとっては、渡りに船というべきところだ。2004年にスペインで導入された、非居住者の税率を24%で固定する通称「ベッカム法」など、税制はサッカー選手のモビリティと移動パターンの形成に大きく影響していることがわかっている。 世界人口のおよそ3%に相当する人たちが、出生国とは異なる国で暮らしている。その比率は1960年以降ほぼ変わってはいないものの、移動している人はスキルのある人たちに大きく偏っているのが現状だ。OECD諸国内に住む、高いスキルを備えた外国人の数は、1990年から2010年までの間に130%近く増加している一方で、スキルを備えていない人の移動は低迷している。そして高いスキルをもつ人たちが向かう先の70%はアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアが占めている。 ***** 「ビリオネアズ・ロウ」として知られるマンハッタンの57丁目には、One57や432パーク、そして近く売り出される予定の111 W.57thなど、超高層コンドミニアム (スーパートール) が並んでいる。1億ドルを超える金額で取引された物件もあるスーパー・ラグジュアリーの住居は、アメリカ国外から買う人が多く、サウジアラビアの富豪やカタールの外交官、そしてヘッジファンドのマネジャーなどが購入する。 57丁目の容積率は周辺と比べて高く設定されていて、そして実際に利用されている容積率の比率が非常に低いことが高層を可能にしている。さらに周辺にはランドマークに指定された低層の建築物が多いため、空中権を集めやすい環境が整っているというわけだ。景観の保存を目的として指定されたランドマークが、その制度の意図とは裏腹に、周辺に超高層をもたらしている皮肉な結果に、保存主義者たちはずいぶん落胆したことだろう。 マンハッタンの眺めはそれ自体がひとつのアセット・クラスとされる。資本の住処としてこれ以上ふさわしい場所はない。世界各所を転々とするスーパー浮遊層であるオーナーたちがその部屋で過ごす時間は限られていて、スーパー・ラグジュアリーの物件に電気が灯るのは一年のうち数週間だけという部屋も少なくない。資本家とは資本の人格化のことであるのだから、資本の場所さえあれば問題はないのだ。同じ現象はロンドンでも起きている。 57丁目に次々と立ち上がる超高層コンドミニアムの市況は、アメリカやニューヨークの経済と共有するところはあまりない。ビリオネアが買うコンドミニアムの価格は、強いていえば、プライベート・ジェットの市場に連動する傾向にある。東57丁目周辺にはヘッジファンドが多いのも偶然ではないのだろう。ローカルなネイバーフッドの中に、グローバルな飛び地が存在している。都市内のネイバーフッドが、線渠を通じてグローバルな世界と直接結びついていることになるが、その線渠はしばしばマネーが媒介する。 ***** こうした浮遊層の間では、二つ目、三つ目の市民権を手に入れる人たちが増えている。家族や資産の将来を考えるなら、パスポートは一つで満足してはいけない。30百万ドル以上の投資可能資産をもつ、上級富裕層とでもいう人たちの34%はすでに二つ目のパスポートをもっているといわれる。 スペイン、ポルトガル、ギリシャ、マルタ、ブルガリア、ハンガリーなど、多くの国が投資を通じて居住権や市民権を取得できるプログラムを提供している。一定金額以上の投資によっては、即座に市民権を得ることができる国もある。マルタは1百万ユーロで市民権を取得することができるため、最もお手軽なEUの市民権として一部に人気がある。一方オーストリアは10百万ユーロと少々お高いが、その価値はあると考え、同国のパスポート取得を求める人もいる。所得税や相続税がない国もある。税の目的でパスポートを買うならドミニカはどうだろう。おまけにかなりのお手頃価格ときている。急いでいるならキプロス。2百万ユーロと引き換えに世界最速の90日で市民権のスピード取得が可能だ。もっとも今年の8月以降は、市民権取得に必要な時間が6ヶ月へと変更になるというから、いますぐ申請した方がいい。 申請手続きが不安なら、コンサルティング会社が市民権や居住権の取得を手伝ってくれる。なにしろ二つ目のパスポートは慎重に選ぶ必要がある。どの国でもいいわけではない。世界のパスポートにはそれぞれ異なる価値があり、その価値はしばしば変動する。ビザを取得することなく入国できる国が多いパスポートほど、グローバルなモビリティを保証することになり、その価値が高いとされる。パスポートのヒエラルキーを示す、各国のパスポート価値ランキングも毎年数社によって発表されている。パスポート選びには、モビリティのほかに、投資、安全性、ヘルスケア、教育、税金、引退、相続、事業継承などが考慮されることが多い。 新しい居住権や市民権を取得したからといって、その国に住む必要はないし、自身をその国の一部と考える必要もない。いわば「経済市民」というわけだ。市民権取得を手伝うアートン・キャピタルによれば、二つ目の市民権はグローバル市民に自由と力を与えることになる。生まれる国は選ぶことができない。不幸にも悪いパスポートの国に生まれたら、もっといいパスポートを買えばいい。リスクを軽減するために投資ポートフォリオに多様化が必要なように、パスポートのポートフォリオにも多様化が必要なのだ。二つ目の市民権を得るための投資額は、世界で20億ドル以上に達しているといわれる。 2016年6月にイギリスがEU離脱を決定した後に、EU国のパスポート取得を急ぐイギリス人が増えたと伝えられている。イギリス人であっても親の出生地や国籍によっては、他国の市民権を取得することが比較的容易になることがある。EUパスポートのモビリティを失うことを恐れる人たちが第二のパスポートを手に入れようと奔走しているが、実際には、二つ目のパスポートを求める動きはEU離脱の決定以前から起きていた。不確実性を生き抜くには、私たちひとりひとりが、自分や家族のためにどうすればいいのかを考えて行動する必要がある。そのためにはまずはモビリティの確保が必要だ。自分の将来を国に委ねて漫然としてなどいられない。国がどんな状況になろうとも、とにかく自分と家族は生き残らなければいけないのだ。 アメリカ人の中には、自国の市民権を放棄する人が増えている。2015年には5.4千人のアメリカ人が市民権を放棄し、その数は2010年から3倍に増えている。多くの国が居住地をもとに課税するのに対して、アメリカは市民権にもとづき課税する。そのため7百万人いるとされる国外に住むアメリカ人は、アメリカに住んでいなくても納税の義務がある。ニューヨーク市で生まれ、イギリスとアメリカの二重国籍を有していたイギリス前外相のボリス・ジョンソンは 、2015年にアメリカの市民権を放棄した人のひとりだった。課税負担が理由だといわれている。 2018年5月にイギリスのヘンリー王子と結婚したメーガン・マークルは、結婚後も王子とその財産を共有しないのではないかと囁かれている。アメリカ人のマークルに資産が譲渡されるとアメリカで課税対象になるのに加えて、マークルが30万ドル以上の資産を有しているとすれば (その可能性は高い)、アメリカ合衆国内国歳入庁に資産の詳細を報告 (様式8938) する義務が生じることになり、王室からの資産があった場合、これまで公表されていなかった王室の資産が明るみに出るおそれがある。マークルがアメリカの市民権を放棄し、イギリスの市民権を取得するのはひとつのやり方だが、イギリスの市民権取得には数年が必要になる。 市民権や居住権はマネーと裏表一体の関係にある。それは国家にとっても同じこと。キプロスの投資による市民権取得プログラムは2002年から存在するものの、2013年以前は少なくとも10百万ユーロが必要だったそのプログラムは、同国が金融危機の打撃を受けた後、2013年には3百万ユーロに、2016年にはさらに2百万ユーロへと変更されている。パスポートは収支をバランスさせるための手段でもある。 人のグローバルな移動は、浮遊層だけのものとは限らない。世界の歴史を少しでも振り返ってみれば、多くの人たちがほかの国や大陸へと移動することを余儀なくされる不幸な事件は繰り返し起きている。アラブの春の後には、中東から市民権を買う需要が高まった。市民権を求めるのは戦争が生み出す難民だけではない。1997年の香港の返還前に、多くの人がカナダなどへと移住したことを思い出そう。気候変動や温暖化によって、今後数千万人の人が将来住む場所を失うことになるともいわれている。いつどこで誰が流民になってもおかしくはないのだ。 ***** 着陸した機体を後にして、パスポートを手に入国審査へと向かうと、そこには長い列が待っている。ロンドンのヒースロー空港はとりわけ入国審査の混雑ぶりで知られ、2時間待ちは当たり前、ときにはその待ち時間は2時間半にも及ぶことがある。そのヒースロー空港でも、長い列で待つことなく、直ちに入国審査を受けられるレーンが存在する。ビジネスとファースト・クラスの乗客、それにそのターミナルの航空会社で一定以上のステータスをもつエリート会員は、審査を待つ者が誰もいないファースト・レーンへと招かれて、すぐさま審査を受け、入国することができる。 3万数千フィートの上空で長い時間を過ごした後に、さらに2時間も列に並んで待つことを回避できるなら、それだけでもプレミアムの席で飛ぶ価値はあるというものだ。エリート会員でない者は、世界中からやってきたその他大勢の人たちとともに、長い列を辛抱強く待つしかない。2時間我慢して、その後にドアが開いたならまだ幸運と考えよう。ドアが開くことのない人もたくさんいるのだ。 アメリカでは、オバマケアや子供の健康保険など、アメリカ国内の公的補助を過去に利用したことがある外国人の世帯には、永住権や市民権を取得することができなくなるよう働きかける動きがある。経済的に完全に自足していて、公的補助を一切利用しないのならばここに住んでもいい、そういうことなのだろう。いまやその国で生まれ育った国民であっても社会保障を十分に得られず、もはや市民権と基本的な社会保障がセットではなくなりつつあることを考えれば、それも当然のことなのかもしれない。その意味では、公的補助を必要としないであろう裕福な外国人のお客様への手厚いおもてなしも理に適っているというものだ。 市民権は主権国家への帰属というよりも、航空会社のマイレージ・クラブのようになりつつある。各社のマイレージ特典を比較するのと同じ手つきで各国のパスポートの利点を調べあげ、自分のニーズに合う国を選ぶ。ファースト・クラスやビジネス・クラスで頻繁に長距離のフライトを飛び続けるエリート会員には様々な特典がついてくる。なにしろ高い航空券を何度も買う上客なのだから当然だ。会員の利点はJFK空港でもリスボンの空港でも、国は問わない。そのステータスは世界中の空港で通用し、パートナーの航空会社のフライトにも利用できるため、エリート会員は世界のどの空港でもファースト・レーンに進むことができる。そしてマイルは買うこともできる。 クラブのメンバーが行き来する、国家を横断する飛び地があちこちに生まれている。そのメンバーシップはほぼ世界中で通用し、会員は国境の制約を受けることが少ない。ポピュリズムや反外国人感情、人種差別が世界を席巻しているといわれるものの、奇妙にもこうした会員はその矛先となる移民として括られることはなく、排外主義の外に存在しているかのようにみえる。 グローバル化によって、明瞭に線引きされたボーダーと、それによって規定される固定した領土にもとづく同一の文化を共有する国民というモデルが侵食されつつあるといわれる。ボーダーはなくなってはいない。ボーダーは新しいところにひき直されている。国と国の間のボーダーよりも、グローバル・クラブの会員と非会員の間を分けて走るボーダーによる分断の方が顕著になりつつある。世界はいよいよクラブ化している。ボーダーレス・ワールドといえる世界があるとすれば、それは資本と情報、そしてそのクラブの会員向けのもの。世の中の多くの人にとっては、移動は依然厳しく制限されている。 ***** パスポートが何なのかを知っている人は少ない。パスポートと搭乗券を手にして空港のゲートに向かえば、いつでもどこにでも行くことができる、少なくとも一時的には。そう考えている人もいるかもしれない。パスポートが何のことなのかがわかるのは、自由に行き来することができなくなった時だ。 … Continue reading

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