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■都市のコード論:NYC編  vol.04 
レポート
2015.07.24
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■都市のコード論:NYC編 vol.04 "Coffee Shop"の分布からみる都市の構造とライフスタイル

在NYC10年以上のビジネスコンサルタント、Yoshiさんによるまち・ひと・ものとビジネスの考察を「都市のコード論:NYC編」と題し、不定期連載しています。

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凡例:オレンジがマンハッタン、ライトブルーがブルックリン、イエローがクィーンズ

ここ数年、コーヒーの話をよく耳にする。ニューヨークではコーヒーハウスがあちこちでオープンしており、そのなかのいくつかは日本にも出店し、話題となっている。書店でコーヒーが飲めるのは当たり前になり、コーヒーを出すアパレルの店舗も少なくない。

フード・ジャーナリズムとでもいうべきGrub Street(www.grubstreet.com/)は、いつもコーヒーの情報が紹介されている。厳選したコーヒーハウスを集めたアプリもある。だがコーヒーハウス全体のロケーション分布についてはほとんど目にすることがない。そこでマップをつくってみた。

ニューヨーク市保健精神衛生局による市内の全飲食店を対象とした例年の衛生検査の結果が、オープン・データ (https://nycopendata.socrata.com/) として公開されている。

49万行から成るデータセットから「コーヒーハウス」と考えられる店舗を抽出した結果、2015年時点で市内には1,804件の「コーヒーハウス (一部お茶を含む)」 があることがわかった。

市の人口は8.5百万人だ。住民約4,700人あたりに1件のコーヒーハウスがあることになる。ニューヨーク市は5つのボロウ (区) から成り立っている。ボロウ別にみると、コーヒーハウスの半数近くがマンハッタンに集中していることがわかる。 

map
https://fafsp.cartodb.com/viz/f282ca08-1c7d-11e5-8c3a-0e8dde98a187/public_map


<表1. コーヒーハウスの店舗数>
マンハッタン  865件
ブルックリン  429件
クイーンズ   344件
ブロンクス 116件
スタテン島    50件    
------------------------------         
ニューヨーク市 1,804件

人口あたりでみると、最も簡単にコーヒーにありつけるのはマンハッタンで、最も苦労するのはブロンクスだ。人口あたりのマンハッタンのコーヒーハウスの数はブロンクスの6.5倍になる。

マンハッタンは市の中心だ。そこに住んでいなくても、仕事や学校で毎日マンハッタンに通う人は多い。コーヒーハウスの密度が高いのも当然かもしれない。
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ニューヨーク・ミッドタウンは“歩き飲み族“が多い。
 
独立系のコーヒーハウスが増える理由

近年増えているのはインディペンデント (独立系) のコーヒーハウスだ。大規模な展開を行うチェーンとは違い、「クラフト・コーヒー」を標榜し、メニューから店舗のつくりまで、新しい試みに取り組むところが多い。

コーヒーといえばスターバックスを連想する人もいるかもしれないが、ずいぶん前からスタバはコモディティ化しており、“スタバに行かない人”という消費行動グループのマーケティング分析も盛んになっている。その結果、ニューヨーク市ではコーヒーハウスの過半数 (56%) を独立系が占めるようになったともいえる。

イスを置かないイースト・ビレッジのアブラソ (http://www.abraconyc.com/) 」や、缶入りのラテを始めるラ・コロンビ (http://www.lacolombe.com/) 」などは人気のコーヒーハウスだ。

ボロウ別にみると、マンハッタンでの独立系の比率は59%ブルックリンは66%と高い。一方ブロンクスは32%スタテン島は28%と独立系が減り、チェーン比率が一気に高まる。

<表2. 独立系コーヒーハウスの比率>
マンハッタン 59%
ブルックリン 66%
クイーンズ 50%
ブロンクス 32%
スタテン島 28%
---------------------------
ニューヨーク市 56%

map
https://fafsp.cartodb.com/viz/53477c06-1c8f-11e5-bea1-0e5e07bb5d8a/public_map


ニューヨーク市内のコーヒーのチェーン店の98%はスタバとダンキンドーナツが占めている。そこで、今度はスタバダンキンに限定してその分布をみてみよう。

すると、マンハッタンではスタバがチェーン店の60%ダンキンは38%を占めていることがわかった。ところがブルックリンではダンキンの比率が79%に逆転し、クイーンズでは82%、ブロンクスではさらに92%まで高まる。マンハッタン以外のチェーンはほぼダンキンといっていいだろう。同じチェーンとはいっても、ダンキンと比べるとスタバは依然高価なブランドだ。マンハッタン以外で「ダンキン比率」が一気に高まる理由のひとつには、当たり前だが、住民の所得が関係しているのだろう。

<表3. チェーン店舗に占めるダンキンの比率>
マンハッタン 38%
ブルックリン 79%
クイーンズ 82%
ブロンクス 92%
スタテン島 81%
----------------------------
ニューヨーク市 62%
 
map
https://fafsp.cartodb.com/viz/dd14d58a-1c91-11e5-8d6f-0e6e1df11cbf/public_map

 
 

コーヒーハウスが語る街のボーダー

次にそれぞれのボロウ内での分布をみてみよう。同じボロウの中でもそのロケーションや分布は大きく異なる。

マンハッタンは全域でコーヒーハウスが多いが、ダウンタウンはそれぞれ個性のある独立系の店が多く、ミッドタウンはチェーンの比率が高いことがわかる。

高層のオフィスタワーが林立するミッドタウンと、低層中心でスタートアップやデザイン・ビジネスが増えているダウンタウンの性格を反映しているといえるだろう。タイムズ・スクエアやグラウンド・ゼロ近辺のロウワー・マンハッタンなど、観光客が多い場所にはスタバが密集している。なにしろニューヨークには世界中から1年に54百万人が訪れる。いまやグローバル企業であるスタバにとっても大きな商機のはずだ。

ブルックリンはイースト・リバーの東のウォーターフロントで密度が高く、その多くは独立系の店だ。近年さかんに伝えられるブルックリンのイメージと合致するだろう。

ブルックリンの後を追うかのようににわかに注目されるクイーンズも、ロング・アイランド・シティやアストリアなどのイースト・リバー近くに独立系のコーヒーハウスがみられる。

だがブルックリンやクイーンズでは、ウォーターフロントからさらに東へ行くにつれてコーヒーハウスの数は少なくなり、代わりにチェーン店が増えてくる。

趣向をこらした独立系のコーヒーには個性があるが価格は高い。ジェントリフィケーションが加速する一方で、ブルックリンの東部は依然貧しく、生活水準はむしろ悪化しているのが現状だ。独立系店舗とダンキンへの二極化が、ふたつに引き裂かれる今日のブルックリンを示している。

独立系の店舗は互いにひきよせ合うようにクラスターを形成していることが多い。だがブルックリンやクイーンズの東部では、大きな道路沿いにダンキンが一定の間隔をおいて点在する。

ニューヨークは米国で最も自動車に依存しない都市だ。マンハッタンでは世帯の23%しか自動車を保有していない。だがマンハッタンから離れるにつれて自動車の保有率は高くなる。

<表4. 自動車保有率>
マンハッタン 23%
ブルックリン 44%
クイーンズ 64%
ブロンクス 46%
スタテン島 84%
----------------------------------
ニューヨーク市 44%


そして、同じブルックリンやクイーンズの中でも、東に行くほど自動車の保有率が高くなることが統計でわかっている。マンハッタンから離れるほど、自動車中心の「アメリカ」に近づく

チェーン店と自動車には密接な関係があるようだ。「ウォーカブル」なマンハッタンやブルックリンのウォーターフロントに独立系が多いこともそれを示唆している。

「ニューヨーク市内の郊外」といわれるスタテン島にチェーンのコーヒーハウスが多いのも不思議ではない。
 
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<NYCのコーヒーハウスの分布:店舗数とブランド(資本)の関係>凡例:キミドリが1店舗のみ、イエローが2〜5店舗展開、ホワイトが6~9店舗、ブルーが10〜199店舗、赤が200店舗。詳しくは本文にあるmapのリンク先へ。
“88%が独立系“というNYCのコーヒーハウスビジネス

コーヒーハウスの分布が教えてくれることはロケーションだけではない。

市内の1,804件のコーヒーハウスは、818種類のブランド/ビジネスが経営している。平均すると、1ブランドあたり2.2件の店舗を展開していることになる。

ところが実際には、1,804件のうち723件は1店舗のみ運営するコーヒーハウスだ。市内に存在する818種類のコーヒー・ブランドのうち、88%は1店舗経営ということになる。

その一方で、スタバとダンキンの2社だけで775店舗を展開し、市内のコーヒーハウスの43%を占める。

市内に展開する店舗数別にブランドの数をみてみると、店舗数が減るにつれて、それを運営するブランドの数が急速に増えていくことがわかる。

<表5. 展開店舗数別のブランドの数>
491店舗    1 (ダンキン)
284店舗    1 (スタバ)
14店舗    1 (バーンズ・アンド・ノーブル)
12店舗    2
 9店舗   1
 7店舗   2
 5店舗   6
 4店舗   9
 3店舗   15
 2店舗   53
 1店舗   723

 
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ソーホーとブルックリンに計3店舗運営している“Gimme! coffee”は、毎朝〜夕方まで地元の人で賑わっている。

「多様性と偏り」 が示す、都市生活者(メトロポリタン)像


圧倒的多数のスモール・ビジネスがひしめく一方で、一握りの巨大なプレーヤーが市場の大多数を支配する。

ウェブサイトのアクセス数や投資のリターンなど、およそ社会とよばれるあらゆる局面でこのことは観察されている。ニューヨークのコーヒーハウスにもよく似たことが起きている。

ニューヨークには平均が存在しないとよくいう。「平均的なニューヨーカー」ほど想像しづらいものはない。

もちろん多くの都市で同様の傾向はみられるだろう。だが多くの点で、ニューヨークはその偏りがとりわけ大きい。「多様性と偏り」。これほどニューヨークを適切に表す言葉はないだろう。

個人の富から住民の人種、土地のロットのサイズまで、平均値が意味をなさないのがニューヨークだ。コーヒーハウスの分布も同様の「ニューヨークのふるまい」をみせている。

東京にも同じ傾向がみられるのだろうか。パリはどうだろう。ほかの都市も気になってくる。分布や偏りの特徴に、それぞれの都市の個性をみることができるのかもしれない。
 


 
  
●NYCのCOFFEE SHOPシーンを知るためのガイド
 
The New York Coffee Guide 
(NYCにあるコンサルティング会社Allegra STRATEGIESによるコーヒーガイド。16.99ドルでコーヒーハンドブック2016年版も販売している)

NEW YORK EATER: “25 Outstanding Coffee Shops in New York City”
(NYの食文化関係の情報サイトの特集ページ:NYCは独立系のコーヒーショッップがたくさんあるので、どこがいいのかを探すのが難しい人のためのベスト25ガイド)


 
THRILLIST:”Best 30 Coffee Shops in NYC”
(THEILLISTメディアグループが世界各国約15百万人に対して配信しているニューズレター・メディア(ECも行っている)で、NYCのベスト30のコーヒーショップを紹介している)


“ZAGAT”:“10 Hottest Coffee Shops in NYC”
(ガイドブック“ZAGAT”でも今イケてるコーヒーショップベスト10を紹介)している

 

 

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25万ユーロ
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25万ユーロ

一年半ぶりのアテネは生憎の荒天で、パリに備えて詰め込んだ厚手のものを早速引っ張り出して着込まなければいけない思った以上の寒さだった。それでもいくつかのフライトと空港を経由して辿り着いた都市で、最初の一歩を外に踏み出す時ほど、未知の期待に胸が高鳴ることはない。それがアテネとくれば尚更のこと。歩道にテーブルがせり出す多くのカフェの中でもとりわけ世間話が賑やかな店を選んで入り、その日の最初のコーヒーを注文する。コーヒーでもビールであっても、大きな水のグラスが必ずついてくるのがアテネだ。ここの気候を考えれば理に適っている。この寒さで真っ先に水が出てきたのを怪訝に思いつつ、そうかここはアテネだったと気づくのには少し時間が必要だった。 頼りない記憶をGPSで補いつつ、いくつかのネイバーフッドをゆっくり歩きながら、以前のアテネでの出来事とマップを少しずつ呼び戻してリロードしてゆく。18ヶ月も経てば通りの名前はすっかり忘れてしまっている。大雨が降り始めて足止めを食ったファラフェルの店は確かこの辺りだったはずだ。アテネ市長の広報が飛び入りし、パブリック・スペースをめぐる論争が延々と続いたクレタ料理の店が入る小さなアーケードはここだったのか。記憶のあちこちに散乱したピースを一つのマップ上に配置できるようになるには、たっぷり一日は歩くことになる。 二杯目のコーヒーを求めて、何度も通った旧市街地のカフェを探したもののなかなか見つからない。それもそのはず、ようやく発見したのは畳んでしまった店の跡の憐れな姿だった。夜はバーとして人気のあったその店が、常連客にふるまっていたあのドストエフスキーという正体不明のカクテルが実のところ一体何だったのか、その真相が明らかになることはもうないのだろう。 市場の方に向かって歩くと、その界隈は変わりなく混沌としている。市場のすぐ西は以前から移民が多い地区だが、間に合わせの祈祷室に入りきれない多くの人たちが歩道に跪き礼拝しているところをみると、このあたりの移民構成もまた変わったのかもしれない。地中海やアフリカからやってくる多くの難民にとって、EU最南のギリシャは欧州の玄関口の役割を果たすことになる。それなのに難民と移民の流入が何よりも喫緊の大問題として、遥か北の国々で世論を二分しているというのだから何ともおかしな話だ。 昼間から外で薬物を打っている人たちがいるのは以前と変わらない。そこから角を曲がると風景は一変し、ぞっとするほど殺伐とした雰囲気の通りに出るものの、それでも治安は悪くはなく、危険を感じることがないのはアテネの特徴の一つと言える。5年ほど前にこの地区で放棄されていた建物を改修した、スタートアップ向けのオフィスが営業を続けていたことは良い知らせだ。そこから数ブロック先の観光客が多いモナステラキへと歩くと、ハイシーズンもすっかり終わった11月末だというのに随分人が多く混雑している。前回はなかったはずの店が多くオープンしていて、この国の主要産業である飲食店の移り変わりが速いのは相変わらずだ。 中心部のスタディオウ通りに出ると、大規模なデモが行われている。通りは封鎖されていて、暴動鎮圧の機動隊が出動し、デモ隊を取り囲むように動き始めていた。毎日のように何らかのデモが続いているアテネでは、道路が封鎖されるのは毎度のことで、その度にバスや自家用車は迂回して別の道を利用することになる。全身黒ずくめに覆面で、石を手にしたデモの群衆に向かって機動隊が一斉に走り始めたところで、その東に位置するエクサルヒアに向かって歩き始め、友人の建築家の事務所を訪ねてみることにした。 弁護士の父親から引き継いだ、エクサルヒアを見渡す広いバルコニーが特徴的な5階のオフィスで、彼が最近手がけたミコノス島のホテルのことを少し話したあたりで、せっかくだからランチに行こうということになり、数ブロック先の人気店に移動して席に座ってしばらくすると、ワインやクレタ風パスタなどがテーブルに並び始めてしまった。アテネの食事は美味しい。とはいえ時差ボケが重い到着翌日の昼間にアルコールや炭水化物は禁物、明日以降を台無しにするわけにはいかない。なにしろ体はここにあっても、高速で移動できない魂はまだまだフランクフルトあたりで乗継ぎのフライトでも待っている頃のはずだ。適当な事を言って早々にランチを切り上げようとしていた時に、友人が面白い話を始めた。 1. スイスからアテネに遊びにきたバンカーの女性が、エクサルヒアに滞在し、アパートを二件買って帰ったという話だ。50歳前後とみられる彼女はエクサルヒアが気に入ったらしく、個人としてエクサルヒアのアパートを買い、その買ったアパートをairbnbで観光客に貸しているという。アテネの中心地にairbnbが増えていることは随分前から聞いている。誰に聞いても、airbnb向けの改修工事とホテル建設が、出口の見えない経済危機のアテネで唯一活発なビジネスだと口をそろえる。通りを歩いていても外からはわからないものの、観光客が多い旧市街地の建物の上の階はかなりの割合でairbnb向けの部屋が占めているらしく、中心地はちょっとした建設ラッシュの様相さえ見せている。アクロポリスの麓に広がる観光客に人気のクカキは、欧州のairbnb市場の中でも最も高価なネイバーフッドだという調査結果を数年前に聞いたことがある。 中心地の東の坂に張りつくように広がるエクサルヒアは、大学があることから学生も多く、生活感のある落ち着いたネイバーフッドだ。狭い通りがグリッド状に走る小規模なスケール感にふさわしく、個人が経営する書店や小さなカフェがひしめき、週末は朝まで狭い通りに人が溢れる。バーではなく、外の歩道上に一晩中多くの人がたむろしているのは、生活の欠かせない重要な一部が屋外にあるアテネでは当たり前のこと。外に人がいるのはそのネイバーフッドが健全な証でもある。隣接する瀟洒なブティックが並ぶコロナキが暗くなると活気を失うのとは対照的に、エクサルヒアは飾り気こそないものの一晩中人通りが絶えることはない。 一年半前に訪れた時と比べて、エクサルヒアの建物の状態は全般的に悪化しているように見える。改善の兆しのない経済下では仕方のないことなのかもしれない。スクワッターが占拠する建物も少なくなく、建物の多くは隅々までグラフィティが描かれている。それにしても、観光名所が多い中心地でairbnbが増えているのは容易に想像がつくものの、観光地でもなく、どちらかというと荒廃感が漂うエクサルヒアになぜアパートを買うのだろう。友人によれば、エクサルヒアはアテネの中でも左翼活動の中心地であり、アナーキズムの活発な活動の歴史がある、それがクールだと言って観光客がここに滞在するのだという。 2. 2008年12月にエクサルヒアの路上で15歳の学生が警官に射殺されたことで、ギリシャ全土に暴動が広がったことはまだ記憶に新しい。それから10周年にあたる2018年の12月6日にはエクサルヒアで再び暴動が起こり、その一角では火の手が上がり、機動隊との激しい衝突が続いた結果、60人以上の逮捕者を出すことになった。複雑な過去のあるこのネイバーフッドに様々なストーリーがあるのは事実だ。近頃流行りのオーセンティックな体験とやらが、アナーキズムにまで触手を伸ばす世の中らしい。そしてそれをクールだと考える観光客向けにairbnbが増えているとは、自らの尻尾を食い始めた後期資本主義もいよいよ袋小路の奥の奥へと入り込んでしまったというところなのかもしれない。エクサルヒアには政治ツーリズムの一環としてやって来る人も増えているらしく、いまやプラカなどと並んで、欧州でも最も高価なairbnbのネイバーフッドの一つにさえなっているという。 世界の多くの都市では、大学があるネイバーフッドには書店 (そして映画館) がつきもので、その界隈には左翼的な傾向の人が多い。もっとも思想といえるようなものは特になく、煽動的な言語や過激な行動に身勝手に酔いしれて、現実感を欠いた世間知らずもいる。そしてそれを当て込んだ商売が存在するとは、何と抜け目なくよく出来た世の中だろう。アテネを走る地下鉄の車両は、1980年代のニューヨークさながらに、ことごとくグラフィティで埋め尽くされている。清潔になったニューヨークではもう目にすることのできない光景があちこちに存在するアテネは、古き良き壊れた都市を疑似体験するためのテーマパークとでもいったところなのかもしれない。 観光客がエクサルヒアにやってくることを快く思っていない人は少なくない。そのことは容易に想像がつく。エクサルヒアや移民の多いキプセリの通りには、airbnbの観光客を指弾し、その代わり難民は歓迎するという趣旨のタグがあちこちに書き込まれている。どちらも「ゲスト」には違いないairbnbの観光客と難民のどちらがアテネにとって望ましい人なのか、考えてみるに値する問いではある。皮肉なことがあるとすれば、どうやら観光客はこのネイバーフッドの反エスタブリッシュメントでグラスルーツの雰囲気を求めてやって来ているらしく、住民がairbnbの観光客を非難すれば、それがさらに多くのairbnbの客を集めることにもなり得るかもしれず、住民と観光客の対立の構図さえも観光ビジネスの回路に取り込まれていることだ。ありとあらゆるものを希薄化する資本の解体力には目を見張るものがある。 近い将来、世界の都市は裕福な者とそれに仕える移民、そして観光客だけのものになるだろうと言われる。airbnbが占拠して、学生が市内にアパートを借りることができずに市外の遠くから通っているアテネは、すでに未来を半ば体現している。21世紀の経済から取り残されたかに見えるアテネは、実は資本の未来を先取りしていて、ギリシャこそが来るべき未来の姿ではないか。アテネを訪れるたびに、その先頭と最後尾がどこにあるのかわからなくなり、両者の境界線が曖昧になるちょっとした目眩に似たものを感じる。 3. 外国人が不動産を買っているのはアテネに限ったことではなく、ギリシャの島々でも多くの外国人が不動産を買っている。そのマネーは世界中からやってくる。なかでも中国、トルコ、ロシア、イランからが多い。 外国人がギリシャで25万ユーロ以上の不動産を取得すると、取得者とその家族にはギリシャで5年間の居住権を得る資格が与えられる。ゴールデン・ビザとして知られる、投資と引き換えに居住権を与えるプログラムは欧州の多くの国が実施しているが、ギリシャは居住権を得るための最低投資金額が低いことや、EU国であることなどから人気は高い。 レジェップ・エルドアン大統領の下で不安定化するトルコでは、資産を国外に持ち出す人が増えている。政情が不安定な地中海や中東の国に住む者にとっては、ギリシャは比較的近くで好都合なのだろう。国外に資産を保管することができて、いざとなったらEU内に住むこともできるとすれば、25万ユーロは最悪の場合に備えたコンティンジェンシー・プランとしては悪くない。 アパートを買い、ギリシャでの居住権を得ても、彼らの多くはギリシャに住むことはない。その多くは自国での生活を望んでいるものの、予期できない事態によって、いついかなる時に自国を離れることを強いられる状況に陥ることになるかわからない。その時のための備えとしてアパートを買っている。その意味では彼らは自発的な移民ではなく、潜在的な移民予備軍といえる。 ギリシャのアパートそのものに興味があるわけではない彼らは、アパートを買ってもそこには住まず、第三者に貸し出すことになる。airbnbはその便利な方法だ。家賃収入として得たキャッシュはギリシャまたはEU内に保有することができる。トルコや中国だけでなく、自国に送金したくない様々な理由が存在する。そうした投資家にとっては有難いスキームといえる。 レバノンの投資家向けの案件に取り組んでいる友人は、アテネの住宅地にある放棄された建物を改修する準備にとりかかっている。その物件を見に行ってみたところ、5-6階の建物で、もちろん改修の必要はあるものの、それほど状態は悪くない。だが中心地から遠くはないとはいえ、地下鉄の駅のすぐ近くというわけでもなく、特に便利なロケーションではない。建物全体を買い上げ、改修した後にアパートとしてレバノン人に売るのか、それとも短期貸しにするのかはわからないが、レバノン人が買ったとしても彼らがそこに住むことはまずないだろう。 その物件は警察本部の真裏にあり、見学した数時間後の夜中には警察に火炎瓶が投げ込まれたらしい。そうしたことを聞くと、その建物が投資案件として適切なのかどうか疑問に思わずにはいられないが、そういえばアナーキズムがクールだと思っている人がいるらしいのだから、そうした事件も滞在先のアトラクションの一つとして折り込み済みなのかもしれないと思い直したりもした。 4. 居住権取得の資格を得るための不動産投資の最低金額は25万ユーロで、その金額を上回ってさえいればよく、それ以上大きな金額を出す理由は投資する側にはない。25万ユーロを超えていて、25万ユーロに近ければ近いほどいいのだ。とはいうものの、都合よく25万ユーロの物件ばかりあるわけではないから、要件をクリアするために様々な方法を考える。二件の安価な不動産を取得し、合計額が25万ユーロを少し上回るようにすることもある。複数の不動産を買い、利が乗ったところで一件を売却しても、別に保有している物件があることで居住権は維持できる。最近のギリシャでの不動産取引の平均価格は31.2万ユーロということだから、何が起きているのかおおよその見当はつくはずだ。 25万ユーロならどんな物件でもいいわけではない。取得した物件がキャッシュを生み出す必要がある。ある建築家によると、アパートよりも小規模なホテルを好む投資家もいるという。ホテルの方が取得後にキャッシュフローを期待できると考えるためだ。アパートを買う場合でも、すでにテナントがいた方がより確実にキャッシュが入ってくることから、テナントが入っているアパートを探し、テナントごと買うことも多い。airbnbで短期貸しした方が一日あたりの家賃収入は高くなるものの、コンスタントに借り手が続く保証はない。テナントがいるアパートの方が確実と考えることもできるだろう。初めから外国人投資家向けに売ることを目的として計画された建設プロジェクトも進んでいる。 2018年の夏には中国人がエクサルヒアのアパートを100件買ったというニュースが流れたが、それは事実ではないと否定する人もいる。そもそもエクサルヒアの住居ストックはそれほど豊富ではなく、アパートを借りるのも容易ではない。短期間で100件も買うのは難しいはずだ。統計の精度の高さで知られるわけではないギリシャでは、その数字を確認することはできそうにない。2009年にヨルゴス・パパンドレウ政権が誕生した後に、同国の財政赤字がそれまで公表されていたよりも実際には遥かに大きく膨らんでいたことが明るみになったことから財政危機が始まったことを思い出すだけで十分だろう。 ギリシャを訪れる観光客は増え続けている。ギリシャを離発着するフライトの数は増加し、アテネ市内にも観光客の姿は明らかに増えている。近隣諸国が政治的に不安定化していることも、間接的にギリシャに観光客を集める結果になっている。経済的には疲弊していても、圧政に移行するリスクが少なく、比較的安定していることがギリシャにマネーを集めることになり、また経済危機にあることも、それを後押ししている。 瀕死状態にある不動産市場の活性化の名目で、2013年に導入されたゴールデン・ビザのプログラムは、2018年7月にはギリシャ国内の銀行への40万ユーロ以上の預金をした者などを含むように変更され、その資格対象範囲が拡大された。2018年前半だけで、ギリシャは3千件近いゴールデン・ビザを発給し、2013年のプログラム導入以来累計8千件以上、申請者の家族を含むと2万件以上のビザを発給していると言われる。難民よりもairbnbのゲストの方が望ましいと政府は判断したのだろう。そしてアレクシス・ツィプラスが率いる自称左派政権がそれを推し進めていることは、よく覚えておく必要がある。 5. そのツィプラス首相の下で財務相としてEUとローンの交渉にあたり、首相よりもはるかに高い知名度を世界中で得たヤニス・ヴァルファキスは、現在も一部に熱心な支持者を集めている。ゲーム理論家であり、テキサス大学で教鞭をとっていたヴァルファキスはEUとの交渉の役割を引き受け、危機の最中にアテネに戻った。2015年に財務相に就任し、欧州各国の要人を訪れる際に、アテネのタクシーの中に荷物を忘れたヴァルファキスは、借り物の間に合わせの革のコートにジャケットもネクタイもなく、当時の英国財務相ジョージ・オズボーンをロンドンに訪ねたことで、少なくともその服装においては革命的だと取り上げられて、一躍世間の注目を集めた。 ツィプラスと袂を分かち、半年後に政権を離れた後、汎欧州的民主主義運動を組織しているヴァルファキスは、2019年5月に予定されている欧州議会の議員選挙にドイツから出馬することを最近発表している。EU市民は国外で欧州議会の選挙に出馬することが可能であり、ベルリンで友人からアパートを借りることで、彼はドイツで出馬することが可能になる。アパートを買って居住権を得ることも可能だが、国外のアパートを借りることで、その国の政治に参加することもできるとは、アパートは実に万能なツールではないか。 資本と情報に関する限り、国境といえるものはもはや存在せず、自由な移動がほぼ保証されているというのに、人の移動については相変わらず大きな障壁があちこちに立ちふさがっている。自ら英国で学び、その後オーストラリアや米国を転々としたヴァルファキスは、誰に対しても移動の権利を保証することを繰り返し主張している。 国外の不動産を買う人たちの事情は様々なのだろう。彼らが世の中の動向に先んじて、いざという時のためにそれぞれリスクを回避する方法を探っているとしたら、それを非難することはできるだろうか。そもそも不動産の取得を通じて居住権を得ることは合法であるばかりか、国民は別にしても、少なくとも政府はそのプログラムを喜んで推進している。それはギリシャだけではないのだ。 英国のEU離脱を前にして、英国に住むユダヤ人がドイツの市民権取得に動いているし、英国からのアイルランドのパスポート申請数が増加している。安定していた社会が急速に崩壊するのを目撃した人なら、生き残る方法を真剣に考え、自分や家族のための行動を考えるのは当然だ。バブルの中で惰眠を貪っているのでもなければ、いざという時のためにどうしたらいいのか一人一人が考えている。最終的には自分のことは自分で決めて、自分で守るしかないのだ。 歴史が伝えるところによると、大きな出来事よりも先に人の移動は始まる。人が動き始めることでわかることは少なくない。そして人の移動は離れてゆく国にも大きな影響を与える。危機後にはギリシャから多くの人が国外へ出て行き、近年わずかに帰国の傾向が見られるとはいうものの、高等教育とスキルを持つ比較的若い層が国を離れる頭脳流出は、依然この国の大きな問題だ。 6. 短い滞在が終わる頃には天候も回復し、12月にしては暖かな陽気がやってきたと思ったらもうアテネを離れる時だ。案の定時差調整には失敗したものの、なにしろ夜出かけるといったら夜中の12時頃にようやく人が集まり始めるアテネでは、その生活の最も活発な時間帯は深夜なのだから、夜眠くならないのはかえって都合がよかったとは言える。数日の限られた滞在では、ブラジル大使館内で続いていたオスカー・ニーマイヤー展に立ち寄ることもできなかった。 もっとも、アテネにはそうした展覧会や店舗以外にこそ見るべきところがたくさんある。中心地の外れの自動車修理など軽工業ビジネスが多いところに、ボタニコという新しいネイバーフッドが現れつつあり、人通りの少ない薄暗い通り沿いにレストランやバーが少しずつオープンしていた。次にアテネにやってきた時にはもうその通りは人で一杯で、面白い時期は終わってしまっているのかもしれない。ほんのちょっとしたスペースがあればあっという間にカフェなどにしてしまうのは毎度のことで、誰かが勝手に何かを始めて、そこから新しいネイバーフッドが生まれたり変わってゆくことが、止めようもなく常に起きているのがアテネのもう一つの姿だ。 世界の大都市が調子よくダメになり、どんどん都市的な部分を失っているというのに、アテネときたらそれに抵抗するかのように相変わらず都市的なのだ。エクサルヒアに観光客がやってきているのは、ひょっとしたら、いまや目にすることが難しくなった都市性を求めてやってきているのかもしれない。 アテネで何かをやってみるのも面白いかもしれない。一年のうち1-2ヶ月をアテネで過ごすというのも魅力的な生活に違いない。そんなことを話していたら、いい考えがあると、ある友人が提案をしてくれた。25万ユーロで不動産を買えばいい、そうすればここに住めるし、アパートを使わない時はairbnbで貸して…。 Advertisements

FAFSPさん


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