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■都市のコード論:NYC編  vol.04 
レポート
2015.07.24
この記事のカテゴリー |  カルチャー |    | 

■都市のコード論:NYC編 vol.04 "Coffee Shop"の分布からみる都市の構造とライフスタイル

在NYC10年以上のビジネスコンサルタント、Yoshiさんによるまち・ひと・ものとビジネスの考察を「都市のコード論:NYC編」と題し、不定期連載しています。

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凡例:オレンジがマンハッタン、ライトブルーがブルックリン、イエローがクィーンズ

ここ数年、コーヒーの話をよく耳にする。ニューヨークではコーヒーハウスがあちこちでオープンしており、そのなかのいくつかは日本にも出店し、話題となっている。書店でコーヒーが飲めるのは当たり前になり、コーヒーを出すアパレルの店舗も少なくない。

フード・ジャーナリズムとでもいうべきGrub Street(www.grubstreet.com/)は、いつもコーヒーの情報が紹介されている。厳選したコーヒーハウスを集めたアプリもある。だがコーヒーハウス全体のロケーション分布についてはほとんど目にすることがない。そこでマップをつくってみた。

ニューヨーク市保健精神衛生局による市内の全飲食店を対象とした例年の衛生検査の結果が、オープン・データ (https://nycopendata.socrata.com/) として公開されている。

49万行から成るデータセットから「コーヒーハウス」と考えられる店舗を抽出した結果、2015年時点で市内には1,804件の「コーヒーハウス (一部お茶を含む)」 があることがわかった。

市の人口は8.5百万人だ。住民約4,700人あたりに1件のコーヒーハウスがあることになる。ニューヨーク市は5つのボロウ (区) から成り立っている。ボロウ別にみると、コーヒーハウスの半数近くがマンハッタンに集中していることがわかる。 

map
https://fafsp.cartodb.com/viz/f282ca08-1c7d-11e5-8c3a-0e8dde98a187/public_map


<表1. コーヒーハウスの店舗数>
マンハッタン  865件
ブルックリン  429件
クイーンズ   344件
ブロンクス 116件
スタテン島    50件    
------------------------------         
ニューヨーク市 1,804件

人口あたりでみると、最も簡単にコーヒーにありつけるのはマンハッタンで、最も苦労するのはブロンクスだ。人口あたりのマンハッタンのコーヒーハウスの数はブロンクスの6.5倍になる。

マンハッタンは市の中心だ。そこに住んでいなくても、仕事や学校で毎日マンハッタンに通う人は多い。コーヒーハウスの密度が高いのも当然かもしれない。
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ニューヨーク・ミッドタウンは“歩き飲み族“が多い。
 
独立系のコーヒーハウスが増える理由

近年増えているのはインディペンデント (独立系) のコーヒーハウスだ。大規模な展開を行うチェーンとは違い、「クラフト・コーヒー」を標榜し、メニューから店舗のつくりまで、新しい試みに取り組むところが多い。

コーヒーといえばスターバックスを連想する人もいるかもしれないが、ずいぶん前からスタバはコモディティ化しており、“スタバに行かない人”という消費行動グループのマーケティング分析も盛んになっている。その結果、ニューヨーク市ではコーヒーハウスの過半数 (56%) を独立系が占めるようになったともいえる。

イスを置かないイースト・ビレッジのアブラソ (http://www.abraconyc.com/) 」や、缶入りのラテを始めるラ・コロンビ (http://www.lacolombe.com/) 」などは人気のコーヒーハウスだ。

ボロウ別にみると、マンハッタンでの独立系の比率は59%ブルックリンは66%と高い。一方ブロンクスは32%スタテン島は28%と独立系が減り、チェーン比率が一気に高まる。

<表2. 独立系コーヒーハウスの比率>
マンハッタン 59%
ブルックリン 66%
クイーンズ 50%
ブロンクス 32%
スタテン島 28%
---------------------------
ニューヨーク市 56%

map
https://fafsp.cartodb.com/viz/53477c06-1c8f-11e5-bea1-0e5e07bb5d8a/public_map


ニューヨーク市内のコーヒーのチェーン店の98%はスタバとダンキンドーナツが占めている。そこで、今度はスタバダンキンに限定してその分布をみてみよう。

すると、マンハッタンではスタバがチェーン店の60%ダンキンは38%を占めていることがわかった。ところがブルックリンではダンキンの比率が79%に逆転し、クイーンズでは82%、ブロンクスではさらに92%まで高まる。マンハッタン以外のチェーンはほぼダンキンといっていいだろう。同じチェーンとはいっても、ダンキンと比べるとスタバは依然高価なブランドだ。マンハッタン以外で「ダンキン比率」が一気に高まる理由のひとつには、当たり前だが、住民の所得が関係しているのだろう。

<表3. チェーン店舗に占めるダンキンの比率>
マンハッタン 38%
ブルックリン 79%
クイーンズ 82%
ブロンクス 92%
スタテン島 81%
----------------------------
ニューヨーク市 62%
 
map
https://fafsp.cartodb.com/viz/dd14d58a-1c91-11e5-8d6f-0e6e1df11cbf/public_map

 
 

コーヒーハウスが語る街のボーダー

次にそれぞれのボロウ内での分布をみてみよう。同じボロウの中でもそのロケーションや分布は大きく異なる。

マンハッタンは全域でコーヒーハウスが多いが、ダウンタウンはそれぞれ個性のある独立系の店が多く、ミッドタウンはチェーンの比率が高いことがわかる。

高層のオフィスタワーが林立するミッドタウンと、低層中心でスタートアップやデザイン・ビジネスが増えているダウンタウンの性格を反映しているといえるだろう。タイムズ・スクエアやグラウンド・ゼロ近辺のロウワー・マンハッタンなど、観光客が多い場所にはスタバが密集している。なにしろニューヨークには世界中から1年に54百万人が訪れる。いまやグローバル企業であるスタバにとっても大きな商機のはずだ。

ブルックリンはイースト・リバーの東のウォーターフロントで密度が高く、その多くは独立系の店だ。近年さかんに伝えられるブルックリンのイメージと合致するだろう。

ブルックリンの後を追うかのようににわかに注目されるクイーンズも、ロング・アイランド・シティやアストリアなどのイースト・リバー近くに独立系のコーヒーハウスがみられる。

だがブルックリンやクイーンズでは、ウォーターフロントからさらに東へ行くにつれてコーヒーハウスの数は少なくなり、代わりにチェーン店が増えてくる。

趣向をこらした独立系のコーヒーには個性があるが価格は高い。ジェントリフィケーションが加速する一方で、ブルックリンの東部は依然貧しく、生活水準はむしろ悪化しているのが現状だ。独立系店舗とダンキンへの二極化が、ふたつに引き裂かれる今日のブルックリンを示している。

独立系の店舗は互いにひきよせ合うようにクラスターを形成していることが多い。だがブルックリンやクイーンズの東部では、大きな道路沿いにダンキンが一定の間隔をおいて点在する。

ニューヨークは米国で最も自動車に依存しない都市だ。マンハッタンでは世帯の23%しか自動車を保有していない。だがマンハッタンから離れるにつれて自動車の保有率は高くなる。

<表4. 自動車保有率>
マンハッタン 23%
ブルックリン 44%
クイーンズ 64%
ブロンクス 46%
スタテン島 84%
----------------------------------
ニューヨーク市 44%


そして、同じブルックリンやクイーンズの中でも、東に行くほど自動車の保有率が高くなることが統計でわかっている。マンハッタンから離れるほど、自動車中心の「アメリカ」に近づく

チェーン店と自動車には密接な関係があるようだ。「ウォーカブル」なマンハッタンやブルックリンのウォーターフロントに独立系が多いこともそれを示唆している。

「ニューヨーク市内の郊外」といわれるスタテン島にチェーンのコーヒーハウスが多いのも不思議ではない。
 
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<NYCのコーヒーハウスの分布:店舗数とブランド(資本)の関係>凡例:キミドリが1店舗のみ、イエローが2〜5店舗展開、ホワイトが6~9店舗、ブルーが10〜199店舗、赤が200店舗。詳しくは本文にあるmapのリンク先へ。
“88%が独立系“というNYCのコーヒーハウスビジネス

コーヒーハウスの分布が教えてくれることはロケーションだけではない。

市内の1,804件のコーヒーハウスは、818種類のブランド/ビジネスが経営している。平均すると、1ブランドあたり2.2件の店舗を展開していることになる。

ところが実際には、1,804件のうち723件は1店舗のみ運営するコーヒーハウスだ。市内に存在する818種類のコーヒー・ブランドのうち、88%は1店舗経営ということになる。

その一方で、スタバとダンキンの2社だけで775店舗を展開し、市内のコーヒーハウスの43%を占める。

市内に展開する店舗数別にブランドの数をみてみると、店舗数が減るにつれて、それを運営するブランドの数が急速に増えていくことがわかる。

<表5. 展開店舗数別のブランドの数>
491店舗    1 (ダンキン)
284店舗    1 (スタバ)
14店舗    1 (バーンズ・アンド・ノーブル)
12店舗    2
 9店舗   1
 7店舗   2
 5店舗   6
 4店舗   9
 3店舗   15
 2店舗   53
 1店舗   723

 
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ソーホーとブルックリンに計3店舗運営している“Gimme! coffee”は、毎朝〜夕方まで地元の人で賑わっている。

「多様性と偏り」 が示す、都市生活者(メトロポリタン)像


圧倒的多数のスモール・ビジネスがひしめく一方で、一握りの巨大なプレーヤーが市場の大多数を支配する。

ウェブサイトのアクセス数や投資のリターンなど、およそ社会とよばれるあらゆる局面でこのことは観察されている。ニューヨークのコーヒーハウスにもよく似たことが起きている。

ニューヨークには平均が存在しないとよくいう。「平均的なニューヨーカー」ほど想像しづらいものはない。

もちろん多くの都市で同様の傾向はみられるだろう。だが多くの点で、ニューヨークはその偏りがとりわけ大きい。「多様性と偏り」。これほどニューヨークを適切に表す言葉はないだろう。

個人の富から住民の人種、土地のロットのサイズまで、平均値が意味をなさないのがニューヨークだ。コーヒーハウスの分布も同様の「ニューヨークのふるまい」をみせている。

東京にも同じ傾向がみられるのだろうか。パリはどうだろう。ほかの都市も気になってくる。分布や偏りの特徴に、それぞれの都市の個性をみることができるのかもしれない。
 


 
  
●NYCのCOFFEE SHOPシーンを知るためのガイド
 
The New York Coffee Guide 
(NYCにあるコンサルティング会社Allegra STRATEGIESによるコーヒーガイド。16.99ドルでコーヒーハンドブック2016年版も販売している)

NEW YORK EATER: “25 Outstanding Coffee Shops in New York City”
(NYの食文化関係の情報サイトの特集ページ:NYCは独立系のコーヒーショッップがたくさんあるので、どこがいいのかを探すのが難しい人のためのベスト25ガイド)


 
THRILLIST:”Best 30 Coffee Shops in NYC”
(THEILLISTメディアグループが世界各国約15百万人に対して配信しているニューズレター・メディア(ECも行っている)で、NYCのベスト30のコーヒーショップを紹介している)


“ZAGAT”:“10 Hottest Coffee Shops in NYC”
(ガイドブック“ZAGAT”でも今イケてるコーヒーショップベスト10を紹介)している

 

 

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25万ユーロ (シーズン2)
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25万ユーロ (シーズン2)

時差ボケを治す効果的な方法の一つは、外に出て日光を浴びて歩くことだとされている。確かにそうなのだが、時差ボケであろうとなかろうと、遠く離れた場所に着いてまずはとにかく外に出て歩くのは当たり前のこと。そのために数千マイルも離れた別の大陸からやってきたのだ。 11月の半ばだというのにアテネの気温は連日25度近くに迫り、季節を忘れたとしか思えない眩しい陽光が差し注ぐ。肌寒く感じる午前中に着込んで外に出ると、10分も歩けば上着をとることになり、しばらくするとセーターを脱ぎ、最終的には半袖になる。夏はまだまだ終わらない。時差ボケにいいし、何より歩くのには好都合の天候だ。留守にしていた分を取り戻すべく、早速歩き始めよう。 一年ぶりに訪れたアテネはずいぶん忙しない街になっていた。モナスティラキの広場にはいつも以上に多くの人たちが溢れていて、この都市の心地よい混沌ぶりをひときわ主張している。路地のような狭い通りがいくつも走り抜ける中心部の歩道を、それぞれ思い思いの目的のために行き交う人の多くは必ずしも観光客ではなさそうだ。 長いウォークの一日はコーヒーとともに始まる。世界の都市の例にもれず、アテネも店舗の入れ替わりが激しく、ここ一年のうちに多くの店舗が新しくオープンしている。数ヶ月前にオープンしたばかりのアトリウムに席を設けたコーヒー・ショップにまず座り、数時間後には二杯目のコーヒーを求めて、倉庫を改修してやはり最近オープンした別のロースターに座ることになるというわけだ。 インスタ映えする体験型小売店がいくつか出現しているのを目にしては、消費の流行が世界を飲み込むそのスピードに驚かされる。とはいえそうした小売店が斬新なフレーバーのタヒニを扱う専門店だったり、ハルヴァに新しい解釈を加えていたりするところはアテネらしさなのだろう。 そういえば、アテネのマクドナルドは (まだ) ミートレス・バーガーを扱ってはいないが、ギリシャ国内のファーストフードのチェーンがミートレスのハンバーガーをすでに提供しているところをみると、グローバルな消費傾向を指向しているのはグローバルな巨大チェーンよりも、むしろローカルのビジネスの方なのかもしれない。 中心部の歩道を歩くと、あちこちに大型トラックが停まり、埃っぽい建設作業の音が響いている。いずれもホテルの建設らしい。昨年見学した警察本部裏にある、レバノン人投資家向けのアパート改修物件はすでに工事が進んでいて、ラグジュアリー物件を謳うバナーが建物を覆っている。最終的にはレバノン人、中国人、ロシア人投資家のコンソーシアムになったという。 ホテルの建設だけでなく、airbnb向けの改修も至る所で進んでいる。中心部では建物の上階のフロアが短期貸しになっていることが多く、中心部を取り囲むネイバーフッドでは低層の建物全体がairbnbになっていることがしばしばだ。 アクロポリスの麓に広がるクカキは落ち着いた高価な住宅地だが、ここにもairbnbの物件が急速に増えている。観光地へのアクセスの良さが何よりの利点なのだろう。いかにも最近改修したばかりという建物の一階に入口が複数ある場合は、airbnb向けの物件である可能性が高い。宿泊するお客様が互いに顔を合わせることのないようにとの配慮らしい。さらにその前にeスクーターが放置されていたら、そこはまず間違いなくairbnb専用の建物といえる。建材はおよそ考えられる限り安いものを利用しているようだが、お客様はそんなことには頓着しないとみえる。 友人の建築家たちはやけに忙しい。一年ぶりに訪ねたオフィスを再び訪れてみると、挨拶もそこそこにさっさと仕事に戻ってゆく。昨年とは大きな違いだ。ホテルやairbnb向けの短期貸しへの改修だけではなく、アパートの改修も増えているらしい。友人の一人の例でいえば、ギリシャ人オーナーのホテル改修案件が二件、アパレル店舗一件、個人のアパート改修を一件、それ以外にもいくつかの補修案件を抱えているという。大きな事務所で働くことを嫌って数年前に二人で建築事務所を立ち上げた彼女は、最近従業員を二人追加雇用した。建設需要はどこも強いらしく、気がつくと配管工が見つからない状態なのだという。 つい先日改修が終わったばかりの中心部にあるアパートで、子供と住み始めるために引越し作業中の知人の部屋を見せてもらうと、窓から鮮魚や精肉を売るのに忙しい中央市場と、喧騒が支配する道を挟んだその反対側には、昼間から人目を気にせず薬物を打つ者が集まるニードル・パークが視界に入る。その周りは果物やオリーブやナッツを売る無数の露店が取り囲み、すぐそばで続いている殺風景な光景を気にかける気配は少しもない。 外国人がアテネの不動産を取得する動きは相変わらず活発だ。何しろ25万ユーロでEU国の居住権を得られるのだから、政治的に不安定な国に住む者にとってはいざという時のためのバックアップとしては安い買い物に違いない。アパートを買ってもそこに住む必要はない。airbnbで回していればキャッシュフローは少なくともある程度は確保できる。ホテルを買うようなものだ。子供の教育を考える親にとってもEUでの居住権は大きな魅力だ。本国でもし何かが起きた時にはここに引っ越してくればいい。 公式統計によると、2018年にギリシャが発給したゴールデン・ビザの数は前年に比べて47%増加し、その発給件数はゴールデン・ビザの人気国として知られるポルトガルを上回った。そしてビザを伴う不動産取得の76%はアテネを含む都市圏のアッティカに集中している。 中国人投資家が買いたいと話をもちかけてきている物件を見に行くことにした。中心部から少し離れた住宅地にある五階建ての建物は概ねオフィスとして利用されている。地下鉄の駅からさほど遠くはなく、ルーフトップからはアクロポリスの眺めが得られる。中国人によるアテネでの不動産取得熱は高まる一方で、その間に立つブローカーとして働くギリシャ人があちこちの物件に声をかけて活発に動いている。この物件もギリシャ人ブローカーから声がかかったものだ。売りに出していたわけではない。 この建物の所有者の多くは、相続として不動産を引き継いでいる。そうしたことも関係しているのか、歯科などが入るオフィスは十分に利用されているとは言い難く、かなりの部分が遊休状態にあるのはすぐにわかる。同様の理由からアテネには十分稼働していないオフィスが多いというが、アパートは不足している。 相続物件のため一つのフロアを数人で共同所有していて、この建物全体では所有者が14人存在し、さらに所有比率はそれぞれ異なる。頭数が多いことから、売却しても一人あたりの身入りはさほど多くはなく、手放すことに乗り気でない人もいるという。税金を払って遊ばせておくよりはマシだという考えもあるものの、ただでさえ他人と合意することが不可能なことで知られるギリシャ人が14人集まり条件に同意するとなると、不可能^14というわけで、売却に向けての話は実質的に頓挫している。一方ディールを急ぐ投資家は、別の案件も物色していることを匂わせつつ、二週間以内にクローズしたいと迫ってくる。 その中国人投資家は、物件を買った後はアパートに改修し、個人の中国人に売ることを考えているらしい。各フロアの入口の場所やテラスの状態など、アパートにするには少なくない困難が伴うはずだが、そのあたりのことをどこまで考えているのかは定かではなく、買った中国人がアパートをどれだけ長期的に保有するのかもわからない。 不動産の多くが米国でいうコンドミニアムとコープの折衷のような形態で所有されているアテネでは、しばしば所有関係が複雑で、売却が容易ではないことが多い。弾力性に欠けるアテネの不動産市場で果たしてフリップできるのかも不透明だ。それだからこそ、このオフィス棟を買いたいと言っている投資家は、アパートにして別の中国人に売りさばいてしまいたいのかもしれない。ゴールデン・ビザがついてくるのだから買いたい人はいるだろう。なにしろ2018年のギリシャのゴールデン・ビザの半分以上は中国人に対して発給されている。買った後にどうなろうと、それは買った人が悩むべきことなのだ。 多くの中国人がゴールデン・ビザを求めてギリシャの不動産を取得していることから、前シリザ政権下では、中国人向けのビザの発給を政府が意図して遅らせていたと言われる。その後ギリシャには中道右派の新政権が誕生し、中国人向けのビザの取得を容易にすることに協力し、発給を迅速化することをすでに明らかにしている。 ***** アテネの空港は中心地から一時間程度の距離にある。どういうわけか午前6時20分にアテネを発つチューリッヒ行きスイス航空の便を一週間に二度も乗ることになり、早朝のフライトに間に合うように空港に着くにはどうしたらいいのか迷っていた。空港に向かう電車は午後11時過ぎには終わってしまい、朝一番の電車では間に合わないそうにない。およそ20分おきに空港行きのバスが一晩中出ていることを友人から聞きつけて、ヒルトンの前から午前3時5分のバスに二度乗ることになった。 深夜の道は空いていて30分もあれば空港に着く。おまけに6ユーロと安い。車内は混んではいないが、旅に向かう人たちに特有の高揚感はない。大きな荷物を持っているわけでもなく、バスに乗り込みすぐさま席で眠りに入る乗客を目にして、空港で働く人たちがこのバスを利用していることに気づいた。世界の空港の多くは午前6時頃に離発着が始まり、チェックインのカウンターは午前4時にオープンする。アテネの国際空港も同じだ。深夜の最後の離発着から午前4時までの人のいない数時間に清掃を行う。観光はギリシャ経済で最も大きな部分を占めている。空港行きのバスが夜を徹して走っているのは、旅行客ではなく、外国のお客様に仕える空港で働く人たちのためなのかもしれない。 ここ一年のアテネで最も大きく変わっていたのはエクサルヒアだった。中心部から東の緩い坂に張り付くこのネイバーフッドには、1973年に軍事政権と衝突して20人以上の学生が死亡したアテネ国立工科大学があり、今日も多くのアナーキストが集まる。2008年12月にはギリシャ全土に暴動が広がるきっかけとなった、15歳の少年が警官に射殺された場所でもある。 少年が射殺された場所のすぐ近くには有志が間に合わせの公園を自力でつくり、ネイバーフッドの共有地として利用している。自主と集産にもとづく自助的な試みが散見される場所だが、今年の7月に誕生した新政権は、エクサルヒアの浄化を宣言し、取り締まりを強化している。 スクワッターが占拠した建物をアナーキストに引き渡し、アナーキストが難民にその場所を譲ったことで、多くの難民がエクサルヒアで暮らしていたが、新政権の捜査の手はその難民に向かっている。今年の8月には暴動対策の機動隊がエクサルヒアの放棄された建物4件を夜明けに手入れし、143人の難民が連行され、そのうちの数人は国外に強制送還された。 同時にエクサルヒアの治安は悪化し、モロッコ人の集団強盗が店舗を襲撃し、ドラッグがドローンでアパートのバルコニーに届けられていると言われる。取締りを宣言した当局の手は、ドラッグ・ディーラーなどの犯罪ではなく難民に向かっていると非難する声も強く、緊張が高まる中で、11月17日には大規模なデモが組織された。アテネで行われるデモの通例として米国大使館まで行進する概ね平和な示威行動だったが、デモ後の人ごみを避けて、その夜に出かける予定にしていた場所を変更しなければならなかった。 エクサルヒアでは中国人をはじめとする外国人が引き続き不動産を物色している。中心部から少し離れていながら、ここはairbnbの数がアテネで二番目に多いネイバーフッドなのだ。最近ではエクサルヒアでアジア人が強盗に遭う事件が数件続いたという。アジア人という点がひっかかるところなのだが、友人からは (エクサルヒアを歩くときには) 一応気をつけろよと言われる始末だ。 これまで何度エクサルヒアを歩いたかわからない。午前三時に外国人の風変わりな男が一人で歩いていてもじろじろ見られたり、どこから来たのかと言われたりすることは一度もなかったというのに。人のことを気にかけない、人に気にかけられないでいられる、それが最大のリスペクト。それはニューヨークでも同じこと。誰にでもなれるし、誰にもならないでいい。その匿名性は都市に固有のものなのだ。 エクサルヒアで変わっていなかったことといえば、airbnbを糾弾するタグがあちこちの壁に書き込まれていたことだった。airbnbに対するアナーキストや住民の反感は一層強まっている。観光客が大挙してやってくることで家賃が高くなるからだという指摘もあるが、そして実際にエクサルヒアの家賃はここ数年で大きく上昇しているのだが、その怒りはむしろ別のところにあるように思える。 住民の反発について、airbnbは、観光客が来ることで現地にマネーをもたらしているのだからその場所に貢献しているのだとコメントしている。マネーを落としているから貢献している—。まさにその考え方こそが世界のあちこちでようやく再考されようとしているというのに、そこまで考えが及ばないのか、それともそうした考えが存在すると都合が悪いということなのか、そこに触れることはないらしい。 マネーを落としてもらう必要はない。問題はマネーではないのだ。この回路に取り込まれずにいることがいよいよ難しくなっている。もちろんそこに回収されていないからこそ、世界の隅々までその回路に取り込まなければならないマネーはそこにやってくる。マネーこそが問題なのだ。 格差などマネーが必然的にもたらす副産物はしばしば指摘されるところだが、マネーの何よりうんざりさせるところは、あらゆるものをとことんつまらなく希薄化するところなのだ。 ***** アテネの地下鉄にはくまなくグラフィティが描かれている。おそらく世界の中でもグラフィティのメッカと言えるだろう。その車両を指して「こういう地下鉄はもうニューヨークにはないのか」と友人に聞かれて、どう答えるべきか困ってしまった。 地下鉄からグラフィティが消えた今日のニューヨークでは、あちこちで1970-80年代のニューヨークがフィーチャーされ、その姿を消したグラフィティや当時十分に知られてはいなかった写真家やドキュメントを回顧する動きがいよいよ盛んだ。そこに見えてくるのは遡行的に再発見される当時の豊かさではなく、むしろグローバルなゼロ金利に支えられて記録的な好景気が続く今日のニューヨークの貧しさの方なのだ。見せかけ以上にこれといって新しいものは何もなく、あっけらかんと奥行きのないポジティヴィズムの下で、それでもマネーだけは回っている。 一年ぶりのアテネは経済が上向いているように見えた。特に建設業は繁盛している。そうだとすれば、観光依存の一層の強化やゴールデン・ビザを含む投資誘致プログラムが効果を示していると言うべきなのだろう。ギリシャ政府はゴールデン・ビザのプログラムの見直しを検討しているといわれ、ビザ取得に必要な25万ユーロの最低限度額を廃止し、地域に応じて求められる最低限度額を変動させることを考えているという。不動産需要が強いところでは限度額を高くし、不動産の動きが遅い地域ではその限度額を引き下げるというわけだ。マネーをもたらすことが地域への貢献なのだ。 近年のアテネは国際ニュースの主役になることはない。とはいえ、いやそれだからこそ、人目をひく危機や事件とは無縁にみえるところで、静かに着々とより深刻な侵食が進んでいる。他に選択肢はないのだから、そう耳元で囁かれながら、不自然に終わらない夏の光の下でより強いドラッグを打ち続けなければいけない。

FAFSPさん


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