前半は、著者が“都市の達人”と呼ぶ、隅田川の「0円ハウス」の住人、鈴木さんの生活ぶりが紹介されている。このハウスは、花見の後に残された巨大なブルーシート、工事現場のごみ置き場にある木材、ガソリンスタンドが廃棄処分するバッテリー、その他大工道具も電気製品も、釘1本に至るまで、捨てられているものから調達しているという。家自体にも、創意工夫がいっぱいだ。入り口はキッチン兼風呂。ドアの外側には取っ手がなく、内鍵付きで、不法侵入者対策も万全。壁の下に隙間をつくり、冬は新聞紙で補強して寒さを防ぐ。月に一度国土交通省のチェックのため撤去しなければいけないが、解体してまた立て直すのも、2時間ほどで終わる。なんだか、楽しい家だ。こんな家もありなんだな、と素直に感心する。路上生活者の、と限定せず、家のあり方そのものを考えるようになってくる。
また特筆すべきは、鈴木さんの行動スタイルだ。工事現場などで廃棄物をもらうときは、ちゃんと許可を得て、後始末も怠らないそうなのだ。そうすることで、逆に材料を手に入れやすくなるという。それは仕事のアルミ缶集めでも同様で、マンションの管理人や個人の家に事情を話して交渉すると、いつのまにか缶をだしておいてくれるとか。話をしているうちに気のあった人から自転車を譲り受けたり、新品の洋服を定期的にもらったりしている。仲間にも家を建てたり、電気のスイッチをつけてあげたりしているうちに、鈴木さんコミュニティが出来ている。
——損得を気にしているのでは一切ない。それよりも人間同士の結びつきの方だけに力を入れている。
「そうやった方が、なんでもうまくいくんだよ」
「そうやった方が、なんでもうまくいくんだよ」
それを実践して本当にうまく生活している鈴木さん、そして彼を先入観なく取材し、感銘を受け、都市や家の意味を再考する、坂口氏。どちらにも素直に感動をおぼえる。
そして後半は、坂口氏のライフヒストリー。唐突に子ども時代の話になりとまどったが、読み終えてみると、著者が0円ハウスに辿り着いた理由も、意義も、必然だったことがわかる。
学習机と椅子に毛布をかぶせた「テント」という建築原体験を経て、漫画やキャラクターグッズの制作、RPGの広大なマップ作りなどに熱中した小学校時代から「自分の好きなものの『構造』をヒントに、独自なものを作る」のが好きだったというが、常に建築家になりたい、と思っていたという。そんな“建築魂”を持ちながら、大学選びでは、衝撃を受けた建築家のいる大学1校のみを志望校にしていたら、奇跡的に推薦で入学。
——僕は会いたい人を見つけることの方が、行きたい大学を見つけることなどより数倍力があることを知った。
とは、何か鈴木さんとシンクロする言葉である。
そんな力を生かしてさまざまな人と巡り合う大学時代だったが、卒業の年に、多摩川沿いを歩いているとき、河原に家を立て生活する人に出会う。その暮らしに興味を持ち、多摩川の河口から源流まで、すべての家を調査する、という計画を立てた。しかも徒歩で。充実した家や生活ぶり、人との出会いに興奮し、多摩川を制覇したあとも、隅田川などで路上生活者調査を続ける。
それらをまとめた卒業論文が評価され、大学院にも進学、さらに大阪・名古屋など大都市のホームレスの家を調査、出版社に持ち込み写真集『0円ハウス』として出版、そしてそれを持って1人でヨーロッパに行き、書店や美術館に売り込み、パリ・ベルギー・メキシコなどで展覧会への出展をとりつけ、バンクーバーでは個展の開催と、すさまじい勢いで活動の場を広げていった。
好きなことを一貫して追求し、無謀な試みもしながらやりたいことを見つけていく物語は、冒険小説やジュブナイル小説のような読み味である。文章が巧みではなく素朴なところも、逆に好感が持てる。ものの見方、生き方の本として、中高生など若い世代が読むのもいいのではないか、と思う。
[フリーエディター:神谷巻尾]