東京都世田谷区——環状七号線が小田急線の下をくぐる立体交差の道路沿い、一見辺ぴとも思われるロケーションに、靴のリペアとオリジナルシューズの製造から販売までを行うファクトリー・ショップ「BRASS(ブラス)」がある。これは、代表の松浦稔さんとデザイナーの佐藤正兼さんの2人が2007年7月にオープンしたもので、店内には修理・加工用の機械類が並び、皮革と塗料、接着剤などの匂いが漂うまさに工房という空間である。
「店を作るにあたり、まずお客さまと対面してゆっくり話ができる場にしたいということがありました。そのため内装ではイギリスのパブをイメージし、くつろいで頂けるようにしています。お客さまが実際に作業を行う職人とじっくり話をできる店は他にありませんでしたし、間に人を挟まないほうがお客さんとこちらの双方の熱が伝わりますから。靴のオーダーや修理にあたって、お客さまの好みやご希望をしっかりと反映させたいんです。
もうひとつは あえて“わざわざ来ていただくような場所”を選んだということ。店を探して足を運んでくださる、靴が本当に好きなお客さまを大事にしていきたいと考えています」(松浦さん)。
高級輸入靴の修理・販売専門店の先駆といえる渋谷の「UNION WORKS(ユニオンワークス)」(94年オープン)から独立・開業した2人は、靴業界に入ったのもほぼ同じ5年前。佐藤さんは、靴の専門学校で製作技術を学びながら同店で働いていたそうだ。やがて自然と、お客さまと実際にコミュニケーションを取りながら靴のリペアを行いたい、オリジナルのデザインなども打ち出していきたいと考えるようになり、靴やファッションに対する感性が合い、イメージを共有しやすい2人でショップを立ち上げることにしたという。また、ソールのリペア・製作を得意とする代表の松浦さんと、アッパーのリペアと靴の製作技術を持つデザイナーの佐藤さんは、得て不得手をフォローし合えるパートナーとしても合致していたそうだ。
工房の機能を備えた“ファクトリー・ショップ”ゆえ、作業時の音やシンナー系溶剤の匂いなどが問題にならず、作業に専念できる物件を選ぶのが最優先事項だった。また、靴に対するファッション感度の高いユーザーが集まる渋谷、原宿、青山というエリアからさほど遠くないという点もポイントだったという。環七沿いのこの立地は必然ともいえる選択だったわけだ。
近くには他にファッションや飲食の店が並ぶわけでもなく、むしろかなり殺風景な立地であるが、それゆえ夜になり店の灯が燈ると環七や反対側の歩道からも非常に目につく。クルマで通りすがりに見かけて、後で改めてお店を訪れるケースも多いという。また、欧米ブランドの高級靴にハマった靴好きだけでなく、近隣からもごくふつうのお客さまが修理に訪れるそうだ。
靴の修理に関しては、パーツをそれぞれの国から取り寄せるなど、できる限りオリジナルに忠実に再現できるように心がけている。オールソール交換からアッパー縫いまで全工程の修理が可能で、客層は約7:3でメンズが中心。レディス靴の方がトレンドの移り変わりが激しく、ライフサイクルが短いせいもあるだろう。
≪“エイジング”を楽しむ靴≫
「BRASS(ブラス)」オリジナルの靴もこの場所で製造し、販売している。現在はメンズブーツ一型のみの展開で、素材のバリエーションはあるが色はブラックのみに限定。セミオーダーの受注生産という形をとっており、お客様の好みやイメージを伺いながら素材やパーツなどを決めていく。納期はオーダーから約3ヶ月後。価格は15万7,500円からで、4型あるアッパーのデザインや素材、オプションの部材などによって価格が変わる。
「オリジナルの木型はまだ一型だけですが、納得のいく木型やデザインを完成させるまでにじっくり時間をかけて試作を重ねました。現在、メンズの革靴も黒と茶だけではなくさまざまなカラーが流通するようになりましたが、やはり黒のエイジングが最もカッコいいと思うんです。黒だけでも型と素材の選び方でかなりのバリエーションが出せますよ。基本的には今後もブーツのみで展開し、当面それを崩すつもりはありません。ブーツは履かずに置いた時の存在感や形の美しさも魅力的なので、それを伝えていきたいという想いもあります」(松浦さん)
また一般の既成靴の場合、できるだけ多くのユーザーの足に合うよう、土踏まずや踵、足幅などの形状は大きめに作られていることが多い。しかし佐藤さんが手掛ける「BRASS(ブラス)」オリジナルは、踵と土踏まずで足をしっかり支えるというのがポイント。足のサイズを採寸し、それに合わせて踵は小さめでタイトに、土踏まずはしっかり盛り上がって足裏を支えるようにしているのだという。
さらに同店のデザインの特徴といえるのが、やや後ろ側に傾斜をつけることで、履きだしたときにアッパーに深い皺(しわ)が綺麗に入るようにしていること。
「靴の皺ひとつ一つもエイジングとして考えているんです。皺を全くつけたくない、という考え方の方もいらっしゃいますが、僕たちはあえて逆の考え方をしています。皺の入らない靴というのはありえないですし、綺麗な皺が入った方が陰影もあり、革の質感も増します。しっかりと、カッコいい皺が入るのがむしろ大事。皺が入れば入るほどその人の靴になって完成していく、エイジングを楽しめる靴を作っていきたいですね」(佐藤さん)
「オリジナルの木型はまだ一型だけですが、納得のいく木型やデザインを完成させるまでにじっくり時間をかけて試作を重ねました。現在、メンズの革靴も黒と茶だけではなくさまざまなカラーが流通するようになりましたが、やはり黒のエイジングが最もカッコいいと思うんです。黒だけでも型と素材の選び方でかなりのバリエーションが出せますよ。基本的には今後もブーツのみで展開し、当面それを崩すつもりはありません。ブーツは履かずに置いた時の存在感や形の美しさも魅力的なので、それを伝えていきたいという想いもあります」(松浦さん)
また一般の既成靴の場合、できるだけ多くのユーザーの足に合うよう、土踏まずや踵、足幅などの形状は大きめに作られていることが多い。しかし佐藤さんが手掛ける「BRASS(ブラス)」オリジナルは、踵と土踏まずで足をしっかり支えるというのがポイント。足のサイズを採寸し、それに合わせて踵は小さめでタイトに、土踏まずはしっかり盛り上がって足裏を支えるようにしているのだという。
さらに同店のデザインの特徴といえるのが、やや後ろ側に傾斜をつけることで、履きだしたときにアッパーに深い皺(しわ)が綺麗に入るようにしていること。
「靴の皺ひとつ一つもエイジングとして考えているんです。皺を全くつけたくない、という考え方の方もいらっしゃいますが、僕たちはあえて逆の考え方をしています。皺の入らない靴というのはありえないですし、綺麗な皺が入った方が陰影もあり、革の質感も増します。しっかりと、カッコいい皺が入るのがむしろ大事。皺が入れば入るほどその人の靴になって完成していく、エイジングを楽しめる靴を作っていきたいですね」(佐藤さん)
≪オトコ靴のマーケット≫
メンズファッションではクラシコ・イタリアを中心とするビスポーク(オーダーメード)のブームとともに、高級靴のマーケットが90年代後半から一気に拡大した。それに伴って靴のリペアやケアに対する需要も拡大し、特に伊勢丹メンズ館の成功を契機に、百貨店各店は高級紳士靴のリペア工房を売り場に設け、顧客の定着を図るようになった。この動きは現在も続いているといえる。
「BRASS(ブラス)」の2人がキャリアをスタートした「UNION WORKS(ユニオンワークス)」が3店舗めのショップとして外苑前に路面店をオープンしたのが2004年。エスクァイア・ジャパンが靴の専門誌『LAST(ラスト)』(年2回刊)を刊行したのも同年のことだ。2000年代後半になって輸入高級ブランド靴のブームは落ち着いた感があるが、靴をケア/リペアして使い続けるという行為は、一部の高級靴ユーザーだけではなくより一般的なユーザーの間にも広がっている。メンズファッションにおける靴への意識はむしろ高まっているといえるだろう。
ドレスシューズではなくブーツを核に、カジュアル/ドレスという大括りでは計れなくなってきた現在のファッションの流れに沿いながら、靴への感度が高い層に訴えるものづくりを行っている点が「BRASS(ブラス)」の新しさだ。“売れる靴”の公式を探すのが難しくなってきた現在だからこそ、靴が好きで店をやっている、という姿勢から生まれる「BRASS(ブラス)」のスタイルは一番の個性であり、強みとなっていくはず。伝統的な靴の美しさがあり、かつ今のファッションのなかでカッコよく履ける、新たなクラシックとなり得る靴がこのファクトリーから生まれてくることを期待したい。
[取材・文/本橋 康治(フリーライター)+『ACROSS』編集部]
「BRASS(ブラス)」の2人がキャリアをスタートした「UNION WORKS(ユニオンワークス)」が3店舗めのショップとして外苑前に路面店をオープンしたのが2004年。エスクァイア・ジャパンが靴の専門誌『LAST(ラスト)』(年2回刊)を刊行したのも同年のことだ。2000年代後半になって輸入高級ブランド靴のブームは落ち着いた感があるが、靴をケア/リペアして使い続けるという行為は、一部の高級靴ユーザーだけではなくより一般的なユーザーの間にも広がっている。メンズファッションにおける靴への意識はむしろ高まっているといえるだろう。
ドレスシューズではなくブーツを核に、カジュアル/ドレスという大括りでは計れなくなってきた現在のファッションの流れに沿いながら、靴への感度が高い層に訴えるものづくりを行っている点が「BRASS(ブラス)」の新しさだ。“売れる靴”の公式を探すのが難しくなってきた現在だからこそ、靴が好きで店をやっている、という姿勢から生まれる「BRASS(ブラス)」のスタイルは一番の個性であり、強みとなっていくはず。伝統的な靴の美しさがあり、かつ今のファッションのなかでカッコよく履ける、新たなクラシックとなり得る靴がこのファクトリーから生まれてくることを期待したい。
[取材・文/本橋 康治(フリーライター)+『ACROSS』編集部]
≪リペア/プライスリスト≫
<MEN’S>
ヒール交換(トップピース) 3,150円〜
ハーフラバーソール(半張り) 3,150円〜
つま先 ラバー(ゴム) 2,100円〜
レザー(革) 2,625円〜
オールソール交換 ラバー 10,500円〜
オールソール交換 レザー 15,750円〜
<LADY’S>
リフト 1,260円〜
ハーフラバーソール(半張り) 3,150円〜
サイズアジャスト(革使用) 3,150円〜
ほつれ縫い 2,100円〜
モカ縫い等の手縫い 2,625円〜
ストラップ補修 2,625円〜
ヒール交換(トップピース) 3,150円〜
ハーフラバーソール(半張り) 3,150円〜
つま先 ラバー(ゴム) 2,100円〜
レザー(革) 2,625円〜
オールソール交換 ラバー 10,500円〜
オールソール交換 レザー 15,750円〜
<LADY’S>
リフト 1,260円〜
ハーフラバーソール(半張り) 3,150円〜
サイズアジャスト(革使用) 3,150円〜
ほつれ縫い 2,100円〜
モカ縫い等の手縫い 2,625円〜
ストラップ補修 2,625円〜