昭和ポップカルチャーの巨人・手塚治虫の生誕80周年を記念して、30組以上のアーティストが手塚治虫の世界を表現するトリビュート展覧会「手塚治虫の遺伝子 闇の中の光」展が渋谷パルコファクトリーで開催中だ。
展覧会は“手塚作品の光と闇”をテーマに、3つのセクションで構成されている。手塚治虫作品の原画とアニメーション展示および手塚作品の紹介と30組のアーティスト、デザイナーによる手塚作品のカバーアートとインスタレーション作品の展示、参加アーティストのデザインによるプロダクツ販売コーナーとなっている。
本展に参加する30組のアーティストは、エンライトメント、グルーヴィジョンズ、松本弦人といったグラフィックデザインから、白根ゆたんぽ、IMAITOONS、五木田智央、青木京太郎、福井理佐のようなアート〜イラストレーションにまたがるフィールドで活躍するクリエーターまで、国内外で活躍するアーティストが顔を揃えている。展覧会の企画/制作は、グラフィックアート関連書籍の出版やライセンス業務を手がけているガスアズインターフェイス株式会社が担当している。
展示のハイライトは、この多彩なクリエーター陣による手塚作品のカバー・アートの競作だ。それぞれがリスペクトする手塚作品をコミック・カバーというフォーマットの中で表現するもので、平面作品としての展示のほか、コミックとして装丁された形で書架に並べられている。来場者は思い思いに気になる作品を手にとって眺めることができるという趣向だ。エンライトメントの映像作品や宇川直弘、ten_do_tenによる立体作品も、手塚治虫作品の持つイメージ喚起力の強さを再認識させてくれるものだ。
展覧会のテーマとなっているように、手塚治虫の作品には光と影の強力なコントラストがある。『ジャングル大帝』『鉄腕アトム』『リボンの騎士』に代表される、子供向けコミック/アニメ作品の一群を“光”とするならば、一方には『奇子』『アドルフに告ぐ』『きりひと讃歌』のように人間の欲望や暴力、差別などを題材としたダークな作品も多く、最近ではこうした手塚作品の“闇”の側面を表わす作品にもスポットが当たっている。
商品として扱われた“無性人間”が起こした人間への反乱を描いたSF『人間ども集まれ!(1967〜68年)』、一人の男の妄想世界が暴走して世界を巻き込んでいく『上を下へのジレッタ(1968年〜1969年)』は、08年10月に完全版が実業之日本社から刊行された。エリート銀行マンの仮面をかぶった狂気の連続凶悪犯罪者を描くピカレスク・ストーリー『MW(ムウ)(1976年〜1978年)』は玉木宏主演によって映画化され、09年に公開を控えている。
手塚治虫の作品は、表現手法の革新性だけでなく、マンガやアニメーションの制作のあり方そのものにも大きな影響を与えてきた。マンガに長編ストーリーものというジャンルを切り開いたことにはじまり、マンガ制作における分業化とプロダクション化、アニメ制作会社「虫プロダクション」の設立(1962年)、大人のマンガファン層に向けたコミック誌「COM」の創刊(1966年)など多くの変革をもたらしてきた。今日、日本のポップ・カルチャーにおいてマンガやアニメーションが確固たるポジションを占めるに至るには、手塚治虫の存在は欠くことのできない存在だった。
手塚作品のルーツには、ディズニーのアニメーションやアメリカ映画の影響が見られるのはよく知られている話だが、一方で手塚作品は海外のクリエーターにも影響を与えている。『鉄腕アトム』は日本での公開から僅か半年というタイムラグでアメリカのNBCでテレビ放映されているし、スタンリー・キュ—ブリックからプロダクション・デザイナーとして作品への参加を依頼されたことがあるという。
谷川健司(早稲田大学教授)は、日本のマンガ、アニメのコンテンツが欧米のマーケットで確固たる評価を得た現在、その源流にある手塚作品を再確認する動きがあると指摘している。07年には「手塚治虫展」がオーストラリアのシドニーとメルボルン、アメリカのサンフランシスコで開催され、それぞれ4万人・8万人を越える動員を獲得したという(『海を越える手塚治虫。』「東京人」08年12月号)。
国内でも、この展覧会以外に生誕80周年に合わせたさまざまなプロジェクトが展開されている。手塚治虫が創作の現場で愛聴した音楽をコンパイルしたCD『手塚治虫 その愛した音楽』(エイベックス・マーケティング)や手塚治虫のドキュメンタリー映像を収録したDVD『手塚治虫 創作の秘密』『天空に夢輝き〜手塚治虫の夏休み』(TCエンタテインメント)が相次いで発売され、鬼太郎×アトムのコラボレーションによるオリジナルグッズを集めたイベント「KITARO×ATOM」も全国を巡回開催中だ。08年12月には『ブラック・ジャック』を原作とした狂言が上演されるなど、手塚作品はメディアやハコを選ばない広がりを見せている。
今回のテヅカ・トリビュート展も、たとえばもっとポップアートのフィールドに踏み込んでも面白いのではないかと思えるものだった。大きな美術館を舞台としても十分再構成が可能なポテンシャルがあるだろう。今後も多様なステージで手塚治虫作品の世界は広がっていくはずだ。
手塚治虫という“昭和のポップ・カルチャーの巨人”がクリエイトした世界にはまだまだ膨大なコンテンツが残されている。浦沢直樹による「アトム」のリメイクなどが記憶に新しいが、これからも現在を生きるクリエーターとのコラボレーションを通じて、手塚作品もまた新たな生命を得て読み継いでいかれるのだろう。
『取材・文/本橋康治(フリーライター)+ACROSS編集部』
■手塚治虫生誕80周年記念展
『tezuka gene Light in the Darkness 手塚治虫の遺伝子 闇の中の光 展』
■会場:Parco Factory(パルコファクトリー)
渋谷パルコ パート1/6階
■期間:08年10月24日(金)〜08年11月10日(月)
■開場時間:10:00〜21:00
*入場は閉場の30分前まで
**最終日は18:00にて終了
■入場:一般300円・学生200円・小学生以下無料
■問い合わせ:03-3477-5873(パルコファクトリー)
『tezuka gene Light in the Darkness 手塚治虫の遺伝子 闇の中の光 展』
■会場:Parco Factory(パルコファクトリー)
渋谷パルコ パート1/6階
■期間:08年10月24日(金)〜08年11月10日(月)
■開場時間:10:00〜21:00
*入場は閉場の30分前まで
**最終日は18:00にて終了
■入場:一般300円・学生200円・小学生以下無料
■問い合わせ:03-3477-5873(パルコファクトリー)