アーティスト・村上隆の個展「Inochi」が09年4月3日からカイカイキキ・ギャラリー(港区元麻布2)で開催されている。個展のテーマとなる作品「Inochi」は、04年にロサンジェルスのBLUM&POE(ブラム&ポーギャラリー)で開催された村上の個展「Inochi」展で初公開され、ヨーロッパにも巡回展示されたプロジェクトだ。製作には実に6年という時間が費やされている。
「子供型ロボットをモチーフに、何が未来の美しい人間なのか?ロボット先進国、日本の『人の形』とは?がテーマの野心作」(同展リリースより)という本展の核となるのは、Inochiくんの1/1頭身大スケールの彫刻作品。スタンリー・キューブリックが構想していた「A.I.」のストーリー(キューブリックの死後、S・スピルバーグにより映画化)に村上がインスパイアされたこのInochiくんは、純然たるロボットではなく生命体。昔でいうとミュータントという趣の子供っぽいキャラクターだ。かわいさとグロテスクさ、ナマモノっぽさ(リビドーまである)と機械っぽさなど、さまざまな要素が入り混じった不思議なクリーチャーだ。展示は、オリジナルの彫刻作品のほか、原型製作から作品完成に至るまでに使用された設定資料や過去のフィギュア作品、メイキング映像、さらに日本的スタイルの広告形式で制作された「Inochi」の映像とポスター作品などが展示され、「Inochi」プロジェクトの全体像を観ることができる構成となっている。
さらに今回の日本における展覧会では、同作品を小スケールで再現した超精密アクションフィギュアが販売されている。このフィギュアの製造を担当しているのはメディコム・トイで、今回、フィギュアの完成までに3年を費やしている。すべてエディション付きで、少量限定販売。作品同様にエディション変動価格制で、各バージョンともエディション120までは15万円という価格である。
ロサンジェルスでのデビューから日本での展覧会開催までの5年というタイムラグは、このフィギュアを販売するための準備、すなわちアートのクォリティを維持しながら大量生産のトイを作る、という極めてハードルの高い作業によるものだ。村上は「日本でInochiの展覧会を開催するには、このフィギュアはなくてはならない要素だった」と言う。欧米におけるアートの顧客層とは異なる、新しいオーディエンスを獲得することが日本においては必要であり、そのためにはフィギュアとして販売することが必須だったのである。
村上の個展ではあるが、このInochi展は広告や映像、写真といった他分野のクリエイターたちとのコラボレーションの積み重ねによって作り上げられてきた複合プロジェクトである。村上のスケッチをもとにした原型製作→1/1頭身大モデルの造形→塗装→フォギュア製作→CM製作というプロセスに関わった制作者は70名以上に及ぶ。
特にこのInochiプロジェクトでは、アート作品の広告を作る、というプロセスが作品の一部でもあるといえる。これはフィギュアを製作/販売するという着地があるからということではなく、04年のアメリカにおける個展での発表時点で、既に日本の広告の文法で製作された映像とポスター作品がフィギュア作品とともに提示されていた。
映像作品を担当しているのは日本を代表する広告クリエイター集団であるシンガタと、近く公開される映画『鈍獣』で劇場用映画監督としてデビューする映像クリエーター・細野ひで晃。ポスター作品の撮影は写真家・瀧本幹也とトサキミワの2人が担当している。
4月8日に展覧会会場で村上とシンガタの水口克夫(アートディレクター)と権八成裕(CMプランナー)の3名によるトークイベントが開催され、シンガタの作る広告作品の紹介やInochiプロジェクトの製作過程でのエピソードなどが披露された。
村上はトークショーの中で「シンガタの方たちがこのプロジェクトに関わってくれたおかげで、プロジェクトそのものが大きく変わっていったんです。広告業界の方たちは分業が進んでいて、僕は最初、誰が何をしているのかがよく把握できなかったんです(笑)。このプロジェクトを経て分業化を進めたことで、僕らの仕事もずいぶん効率が上がったし、若い担当者の力量も引き出してあげられるようになりました。日本のトップの広告制作集団と仕事をしたことで、随分学ばせてもらいました」と語っている。
当初キューブリックのストーリーのまま「A.I.」と呼ばれていた作品名を「宣伝屋としての話をさせてもらえれば『A.I.』はいまや世間的にスピルバーグのものだから変えた方がいい」と村上にリネームを決断させたのも彼らだという。村上隆と長い間仕事を共にしてきたフリーライター/エディターのあさのまさひこも、“1/1モデルが完成したことをゴールとせず、「日本のCM」形式の映像「日本の広告」形式のB倍ポスターを制作したことが見事にハマった”と展覧会パンフレットの中で指摘している。
興味深いのは、アートの外部にいるクリエーターとのコラボレーションにおいて、村上は必ずしもプロジェクトのゴールを明確にしなかったり、途中でゴール地点を大きく変更することがあるという点だ。「やりたいことはっきり判っているのだったら1人で作れるんです。僕は自分以上の力がなければできないことをするために、コラボレートするんですよ。でも、その(コラボレートする)人たちに対してもMAXが見たくなってしまうので、現場は凄惨なことになるわけです(笑)」と村上は語っている。
プロセスはおろか着地点すらも大きく変更させながら、多様なジャンルのクリエイターとのコラボレーションを行った末に、Inochiはアートやフィギュア、広告表現など、どのアングルから見ても微妙な違和感を観る者に抱かせる不思議な生命体として日本のオーディエンスの前に現れた。作品そのものの完成度の高さに対峙してみると、この微妙に割り切れない奇妙な面白さはさらに実感できるはずだ。
[インタビュー/文:本橋康治(フリーライター)]
村上隆個展「inochi」
開催期日:4月16日(木)まで。
開館時間:11時〜19時
月曜・日曜休廊
入場無料
■カイカイキキ・ギャラリー
住所:東京都港区元麻布2-3-30 元麻布クレストビル 地下1階
開催期日:4月16日(木)まで。
開館時間:11時〜19時
月曜・日曜休廊
入場無料
■カイカイキキ・ギャラリー
住所:東京都港区元麻布2-3-30 元麻布クレストビル 地下1階