ファストファッションの台頭と世界的な景気低迷の中、ファッションビジネスと教育の新時代を模索するシンポジウム「ファッション・エデュケーション#01ファッションを学ぶために」が9月6日に開催された。
会場となった「野毛Hana*Hana」は、桜木町駅の南西に位置する野毛地区の地域振興を目的として設立された文化発信施設で、構想10年を経て4月に完成したばかり。野毛といえば、かつては横浜の繁華街として親しまれていたが、駅反対側のみなとみらい21開発と桜木町駅の東横線廃線に伴い、近年では飲食店を中心とする夜の繁華街というイメージが強くなっている。
そこで、都市ビジョンに“クリエイティブシティ・ヨコハマ”を掲げる横浜市の協力のもと野毛地区街づくり会の取り組みによって街の活性化と情報発信のために計画されたのが同施設だ。クリエイターの共同オフィス「メディアギルド」、展示やイベントに使えるフリースペース、映像メディアスクール「NOGEDIA」、インターネットテレビ局「NN87*-Network Noge Hana*Hana-」などによって構成されている。
同施設事務局長の嘉藤笑子さんと、シンポジウム開催にあたり企画運営に関わった「writtenafterwords(リトゥンアフターワーズ)」デザイナーの山縣良和さんに話を聞いた。
「横浜開港150周年にあたる今年は、市内で様々なアート関連イベントが開催されますが、その中で『横浜クリエイティブシティ国際会議2009』を軸として、アーティストや建築家のスタジオを一般解放する『関内外OPEN!』の一環として企画したのが、今回のシンポジウムです」(嘉藤さん)。
「最近の潮流であるファストファッションが悪だというつもりはありませんし、可能性も感じます。しかしクリエイションの未来を考えた時、これでいいのか?という危機感があり、ファッションを学ぶ学生や教える側の人と、ファッションの根底にあるクリエイションの精神について考え、情報を共有したいと思い、今回の企画を計画しました」(山縣さん)。
嘉藤さんは、オルタナティブアートシーンの活性化を目的としたNPO「Art Autonomy Ketwork(アート・オウトノミー・ネットワーク)」を主宰。また山縣さんはデザイナーと並行してファッションデザイン教室「ここのがっこう」を主宰しており、ファッション界以外からも大きな注目を集めている。彼らの人脈によって、今回のシンポジウムのパネリストには世代もフィールドも違う豪華な面々が揃った。
アパレル企業や小売業のコンサルティングをはじめ、教育関係でも幅広く活躍する(株)コルクルーム代表取締役の安達市三さんをはじめ、ファッション誌『high fashion(ハイファッション)』のエディトリアル・ディレクター田口淑子さん、ファッション&カルチャー誌『DAZED & CONFUSED JAPAN(デイズド コンフューズド ジャパン)』のエディター山崎潤祐さん、そして山縣さんの4名。「ファッションをどのように学んだか、どう学ぶべきか」「日本のファッション界と海外との違い、これからの展望」などをテーマに進行した。
日本ファッション界の創世記に大きく寄与し、日本のファッション史の生き字引的な存在とも言える安達さんは、同世代のデザイナー三宅一生さんや高田賢三さん、コシノジュンコさん、金子功さんなどそうそうたるメンバーと、学生時代に青年服飾研究会を立ち上げた経緯から、「1950年代は仕立て屋が洋服を作っていた時代だから、ファッションデザイナーという職業がまだ確立しておらず、当然、国際的なデザイン会議にはお呼びがかからない。そんなのおかしいじゃないかと研究会を立ち上げたわけだけれど、今思えば仲間と出会い、切磋琢磨しながら刺激し合えた環境が良かった」と自身のターニングポイントを語った。
長年ファッションエディターとして第一線で活躍して来た田口さんも「『high fashion(ハイファッション)』は、クリエイターがどういった思いでもの作りをしているのかを、デフォルメせずに伝えるメディアとして進化してきました。この仕事を長くやっていますが、常に発見があるのが面白い。そこで思うのは、まずは基礎をしっかり身に付けてほしいということ。イメージだけではないか、他の誰かのまねではないか、常に自分に問いかけて」と励ましながら、世界で活躍する有名デザイナーの経歴に触れた。
「ジャンフランコ・フェレはミラノ工科大学で建築を、ジョルジオ・アルマーニはミラノ大学で医学を学んだ、ミウッチャ・プラダはミラノ大学社会学部政治学科で博士号を取得しています。日本なら、川久保玲さんは慶應義塾大学文学部哲学科卒業後、株式会社旭化成に入社しているし、山本耀司も慶應義塾大学法学部を卒業してから、文化服装学院やセツ・モードセミナーで学びブランドを立ち上げています。デザイナーになるにはファッションだけを学ぶのではなく、様々な道があるので基本を身に付けてから、動機づけることが大切だと思うんです」と、主体的に学ぶ姿勢を説く。
山縣さんもある意味では遠回りした人物だ。大阪にあるファッションの専門学校で学んだ山縣さんは日本のファッション教育に疑問を抱き、1年ほどで退学。靴作りを学びに単身ロンドンへ行くが、ファッションデザインへの思いに改めて気づき、セントマーチンズへ再入学したという。
「セントマーチンズでは単純にきれいでかっこいいものを追求することができる環境でファッション教育に対する疑問が解決し、すべて腑に落ちた。なにより、校舎も生徒も先生も作品も、すべてが格好良かったので、説得力があったんですよね。価値観を押し付けない方針と、面白いことをやっている人を盛り上げる風潮が僕に合っていて自信がついた」。その結果、山縣さんはインターナショナルコンペディションits#3において3部門受賞という快挙を成し遂げる。
27歳の若きファッションエディター、山崎さんは「ファッションが何のためになるのかを道筋を考えること。なぜデザイナーになりたいのかを明確にすることが大事だと思います。自分はファッションエディターとして、ピュアなクリエイションをいかに伝えるか、それを考えることが社会貢献だと思っています。それを見極める目を養うためには、学校教育だけではだめ。自分で考えて、自分のやりたいことを押し通すくらいの気概がないと何も出来ないですね」と勢いよく話す。
告知は野毛Hana*Hanaのホームページに掲載しただけにもかかわらず、定員100名に対し150名ほどの参加者が集まった。参加者は、ファッション業界に従事している社会人や、将来的にファッションもしくはクリエイション活動を目指している20代の若者が8割ほどを占め、男女比は4対6。予定時間を大幅に超過して活発な質疑応答が行われるなど参加者の関心の高さが伺えた。さらに、会場後方スペースには、「ここのがっこう」2期生の卒業制作であるポートフォリオが展示され、多くの人が熱心に閲覧していた。
終了後に何組かの参加者にインタビューしたところ、「普段は消費者として何気なく洋服を買っているけれど、その背景にある社会状況との関係を知ることで、デザイナーという存在について今までより深く考えるようになりました。ミュージシャンを志しているので、もの作りに対する姿勢について考えさせられました」(21歳・男性・大学生/理系)。「ファストファッションは大きな流れだし、自分も買うけれど、クリエイションに敬意を払って買い物をすることも大切なんだと思いました」(21歳・女性・大学生/経済)という意見が聞かれ、参加者がそれぞれの視点からファッション業界や教育、もの作りに関して思慮を巡らせる好機会になっている様子が伺えた。
また、「アパレルで働くことへの不安や閉塞感があり、今後どうなっていくのかという疑問への答えを求めて参加しました。幅広い世代の意見が聞けた反面、深く突っ込んだ話が聞けず少し残念」(25歳・縫製工場勤務)という鋭い意見も聞かれた。
景気後退が深刻さを増す中、ファッションマーケットでは衣料不況が続き、低価格、大量生産のSPAブランドが売り上げを伸ばすという状況が続いている。ファッション産業としてのバランスをどう保つのか、クリエイションをどう継続していくか、また地球環境や社会にどう貢献していくか。日本のファッションビジネスを取り巻く環境が激変する転換期において、未来を模索するこのような企画は今後も増えていくのではないだろうか。
ちなみに同施設では今後も定期的にこういったシンポジウムやワークショップを行っていく予定だ。
[取材・文/編集者・ライター 藤原祥子+『ACROSS』編集部]
レポート
2009.10.22
ファッション|FASHION
fashion education #01 ファッションを学ぶために
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