Kino Iglu(キノイグルー)
レポート
2010.01.13
カルチャー|CULTURE

Kino Iglu(キノイグルー)

カフェやギャラリーなどで映画を上映するシネクラブ

Kino Igluを主宰する有坂塁さん(34歳)。
10年前から、出会った人に好きな映画を
書いてもらう“映画手帳”を付けているそう!
12月13日に原宿のカフェAnnon cook
(アンノン・クック)で行われた
イベントのようす。『ピングー』
などが上映された。
お客さんとのコミュニケーションを
大切にしており、イベントでは設営
から受付まで有坂さんが行う。
ファン層は9割以上が女性。「マニアック
な映画ファンというより、ライフスタイルの
ひとつとして映画を楽しみたい、という方が
多いです」(有坂さん)。
宣伝はホームページとフライヤーのみ。
フライヤーは設立当初から変わらない
デザインで世界観をアピールしている。
 映画館やカフェ、ギャラリー、本屋、雑貨屋、学校、シャンソニエなど様々な空間で、世界各国の映画を上映しているシネクラブKino Iglu(キノ・イグルー)が20代から40代女性を中心に支持を得ているようだ。もともと「シネクラブ」とは1920〜50年代のパリ・カルチェラタンで毎週のように行われていた会員制の映画上映会のことをいう。個人でフィルムを手配し、鑑賞後は作品について議論を繰り広げるなど、シネクラブは通常の映画館興行とは異なる文化的実践の場でもあった。そんなシネクラブの精神を現在の価値観で表現すべく、Kino Igluも映画館や自宅でのDVD鑑賞とは異なる映画との付き合い方を提案している。

Kino Iglu(キノ・イグルー)を運営するのは有坂塁さん(34歳)渡辺順也さん(34歳)。有坂さんが運営から映画のセレクションまで行っており、渡辺さんは広告代理店に勤めながら運営を手伝っている。

映画のセレクターともなれば、有坂さんもさぞや幼い頃から映画マニアだったのだろうと思いきや、青春時代はサッカーに打ち込むばりばりのスポーツ少年で、プロを目指して専門の学校に通っており、映画とは縁のない生活を送っていたそうだ。19歳頃から映画の魅力に目覚めると、のめり込む様に、役者別や監督別で観るようになる。プロ試験に落選し、サッカー選手という夢が遠のいたこともあり、映画の世界に飛び込むことを決意。映画に近い環境を求めて新宿のTSUTAYAでアルバイトとして働き始める。新宿という場所柄、様々な年齢、趣味、職業の人々が訪れる同店で、お客さんとの会話を通じて映画史や好みを聞き出し、これはと思う作品を推薦する事に面白さを感じるようになっていったという。

「泣ける映画を観たいという女子高生や、任侠モノを探しているという極道らしき男性など、様々な人に作品を紹介する機会がありました。作品を気に入ってもらえれば、返却時にわざわざ会いにきて声をかけてくれる。一度信頼を得ることによって、次回からその人の『ど真ん中』でない作品も紹介できるようになり、その人の趣味が広がるきっかけを作れるのが楽しかったんです」(有坂さん)。

この時の経験が、映画をセレクトして届けるという現在の活動の原点となる。その後、アルバイト仲間11人でコアな自主制作映画の上映活動を経て、さらにマニアだけでなくもっと幅広い層に映画を届けたいという気持ちが強くなった事から、2003年に中学校の同級生だった渡辺さんを誘ってKino Iglu(キノ・イグルー)の活動を開始する。幅広い層に向けて活動したいと考えるようになった背景には、カルチャーシーンが閉鎖的になりつつあるのでは、という危機感もあったという。

「カルチャーに対して皆すごくオープンだった90年代の雰囲気は理想だと思っています。特に幅広い視点から音楽を紹介する橋本徹さんに影響を受けました。当時はオールナイト上映も頻繁にやっていて、渋谷シネセゾンでオールナイトを観た時の観客席の一体感など、よく覚えています。現在は映画マニアと映画に全く興味がない人、あるいはメジャー作品とマイナー作品、という風に二極化してしまっているように思います。Kino Igluではもっと幅広い層に幅広い作品を発信したかった」(有坂さん)。

 それまでは奥沢の「CUPID(クピド)吉祥寺のギャラリー「feve(フェブ)神楽坂の饅頭カフェ「Mugimaru2(ムギマルツー)」など、個人経営のお店での上映が中心だったが、09年には青山スパイラルマーケッ目黒のホテルCLASKA(クラスカ)六本木TORAYA CAFE(トラヤカフェ)でイベントを行うなど大手企業との取り組みも実現させている。また、札幌、静岡、名古屋、金沢、京都など東京以外のイベントにも積極的だ。

活動を始めた当初から営業活動は一切行なっておらず、宣伝もフライヤーとホームページだけとシンプルだ。フライヤーを設置している店の方から「自分の店でもやってみたい」と声をかけてもらうこともあれば、上映会を開催した店の方から別の店を紹介してもらうこともある。人と人とのつながりが活動を支えているという思いから、フライヤーは有坂さんが直接店に届けているそうだ。

上映作品は、空間やシーズンイベントに合わせてセレクト。基本的にはプロジェクターとデッキ、スクリーンを持って移動するが、決まった上映の仕方というものはない。その都度、お店の方とアイディアを出し合って一緒に企画を盛り上げる。例えば、空間に合わせて柔らかい雰囲気を出すためにスクリーンの代わりに白い布を使ったこともあるそうだ。ジャンルについてもこだわりはなく、テーマや空間にふさわしい時間を過ごしてもらえるような作品をセレクトしている。

「僕自身はヨーロッパ映画からハリウッドアクション、新旧日本映画までオールジャンルOKな映画マニアですが、Kino Igluでは、僕のような人間に向けて発信するのではなく、日々の生活を幅広く楽しんでいる人たちに観て欲しい。料理や雑貨を楽しむのと同じように日常の一場面として映画を楽しんで頂ければ、と思います。Kino Igluでは、食事や生演奏、上映後のコーヒーなど『映画』だけでなく『時間』を楽しめる空間を提供するように意識しています。」(有坂さん)。

12月13日に行われた、原宿のカフェAnnon cook(アンノン・クック)での上映会イベントに参加してみた。会費は3000円。1週間の開催期間中、定員15名程度のアットホームな空間は連日満席である。Kino Igluにとって通算82回目の企画で、Annon cook(アンノン・クック)特製のクリスマスディナーとKino Igluセレクトのクリスマスアニメーションを楽しもうというクリスマスパーティー。食事で気分が和んだ頃、上映がスタート。小さな空間で同じ時間を共有することの一体感が徐々に会場を包み、この日最後に上映したの『ピングー』では、愛らしいキャラクターのハイテンションぶりに会場が暖かい笑い声に包まれた。
Annon cook(アンノン・クック)</a>のスタッフによるメニューの説明や、有坂さんによるBGMのセレクトなど、作品上映以外からも「時間を楽しむ」というコンセプトが伝わってくる。

客層は20代後半〜40代の女性が9割。コアな映画マニアというよりは、映画は月に1〜2本観る程度のライトな映画ファンが中心。「雑誌で言うと『Olive』を読んでいたような人達」(有坂さん)が多く訪れるという。

リピーターも多く、上映会で募っているメルマガ会員は現在3,000~4,000人程度。イベントの予約を優先的に受付けており、ホームページでの一般受付の前に満席になることもあるそうだ。
次回上映会は1月23日(土)に、六本木ヒルズのCafe Rで、親子で楽しめるイベント「こどもえいがかん」を予定している。

これまで上映会の他にもデザイナーズホテルのDVDセレクトなどを行っており、現在はブックセレクターの幅允孝さんと共同で本と映像のライブラリーの立ち上げの仕事に携わっている。今後は映画のコンシェルジュというコンセプトで一人一人に合った映画をセレクトするような活動が出来ないか考えているという。

有坂さんが影響を受けたという橋本徹さんや、ブックセレクターの幅允孝さんなど様々な分野で顔の見えるセレクターが活躍している。Kino Igluの活動は、「アクセス可能なモノや情報が増えるほど、そこから何をセレクトするかが重要になってくる」という時代のニーズに対する映画界からの1つの回答かもしれない。

[取材・文/『ACROSS』編集]


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