オープニングを飾った企画は広島市現代美術館での展示が中止になったことで逆に注目を集めたChim↑Pom(チン↑ポム)の展覧会『広島!』。その後もリトルモア主催の『littlemoreBCCKS(リトルモア・ブックス)写真集公募展』の受賞作品展、アーティスト/ファッションデザイナーとして活動するスーザン・チャンチオロ(Susan Cianciolo)の展覧会、細野晴臣&ウィスット・ポンミニットのライブ『タムくんvsほそのくん』などジャンルレスな企画を立て続けに開催し、クリエティブクラスの間で急速に存在感を高めてきた(過去のイベントのアーカイブはこちら)。
運営は「NO IDEA」。代表を務める永井祐介さん(24歳)を含め、スタッフ5名は全員が20代(2010年4月現在)だ。永井さんがロンドン留学中に出会った仲間とともに、Tシャツの制作・販売などやウェブサイトのデザインを手がけたのが始まりだが、現在の物件に出会ったことを機に「VACANT」の運営をスタート。以来、店内の内装からウェブサイトの制作、フライヤー等のデザインに至るまで、運営は基本的に自分たち自身で手がけているという。外壁の打ちっぱなしのコンクリートとは一転、木が多用された内装はDIY精神溢れるオルタナティブな雰囲気。1階では飲食や展示などの他にも本やアートグッズ等の物販も行っているが、おもしろいのはふだん客が出入りする1階のスペースで「NO IDEA」のスタッフがパソコンを並べて仕事を行っていること。スタッフ用の特定の席は設けず、机も可動式にして、月に1度は“模様替え”と称してレイアウトや内装をいじったりするという。こんなところにも、「VACANT」ならではの、型にはまらない姿勢が表れているようだ。
これまで「VACANT」で開催された企画は、「NO IDEA」自らが主催するイベントと、外部から持ち込まれる企画が混在している。自主企画に関してはメンバーそれぞれが企画のアイデアを持ち寄り、自分たちがやりたいと思うことを、ジャンルを問わずに開催してきたという。
「あまりきっちりと決め込みすぎずに“来月こんなことやりたいんだけど、どう?”なんていわれた時にも対応できるくらいのスタンスでいたいと思うんです」(永井さん)。
アートギャラリーとも貸し会場とも異なる、まさにフリースペースという形容がしっくりくる空間なのだ。
「VACANT」のプロジェクトがスタートしたのは08年の終わり頃。永井さん自身が留学していたロンドンのように、アートを鑑賞したり、気軽に話し合ったりできる場所が東京にあってもいいのではないか、と考えていたところに、ちょうど現在の物件の話が舞い込んだという。
「“VACANT=空っぽ”という名前も、来る人自身が自発的に場を作っていってほしいという思いからで、あえてターゲットは限定していません。建築家の青木淳さんに刺激を受けたんですが、用意されている場所、例えば遊園地ではなくて、子どもの頃に自由に遊びを生み出した“原っぱ”のような場所を作りたいと思ったんです。ここを“フリースペース”と呼んでいるのも、ショップとかカフェといった規定をしたくないから。ここで出会った人同士が何かを作っていくような作業場にしていきたい」(永井さん)という。表には目立った看板がないのも、この「Vacant」の特徴だ。
「探索するように“ここは何だろう?”と中の様子をうかがいながら入って来てもらうようにしたかった。道路に面したところにあえて植栽を作ったのも、そういう狙いからです」(永井)。
また、コミュニケーションの要素として食は不可欠だと考え、「Vacanteen(ヴァカンティーン)」と名付けたフードメニューも用意している。自宅に客を呼んでもてなすように、美味しいものを無理なく楽しんでもらおうというスタンスだ。週末は専門のシェフによるヴィーガンフードのランチプレート、平日はシェフのレシピで作る手作りサンドイッチを提供している。
2010年2月21日(日)には、「NO IDEA」の自主企画として、これまで関わりのあるクリエイターやアーティストが参加する蚤の市「原宿蚤の市〜年寄りのミラーの家の上に若いヘラジカ」を開催し、多くの人で賑わった。エド・ツワキ(アーティスト)、東野翠れん(モデル)、eri(ファッションブランド「mother」デザイナー) 、江口宏志(書店「ユトレヒト」代表)、サナイガ(佐内正史(写真家)+伊賀大介(スタイリスト)によるユニット)、シアタープロダクツの金森香さん、林靖高(アーティストグループ「Chim↑Pom」メンバー)などファッション、アート、デザインなど多彩なジャンルのクリエイター約20組が参加。本やCD、衣類、雑貨からオリジナルのアートワーク、さらにはフードまで、普通のフリマとは違う“癖モノ”が会場に並んだ。この長いタイトルは、永井の好きなアーティスト、ヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys)の作品名から引用されたものだ。
※敬称略
会場には上下の2フロアをすべて使用。海外のバザールに見立て、ブースごとに天井からオリエンタルな布を吊り下げるなど独特の空間演出を施すなど、屋内開催ならではの楽しさが醸し出されていた。1Fの飲食カウンターではドリンクやフード類を提供してることもあってか来場者の滞在時間が長く、会場中にどこかアットホームなゆったりとした雰囲気が漂っている。
告知は店頭とウェブサイト、そして各出店者のブログ程度だったというが、オープン1時間もしないうちにフロアはほぼ満員状態の盛況。参加クリエイターそれぞれのファンと、出店者の友達と思われる、明らかにクリエイティブな仕事をしていそうなおしゃれ感のある“クリエイティブクラス”の人が多かった。一般の参加者も、ファッションやアートへの関心が高そうな客層が集まっていたようだ。会場の雰囲気は、フリマというよりも、例えていえば展覧会のレセプションに近いといえばご理解いただけるだろうか。親密な空気が漂っているが、内輪だけというクローズ感が薄いのが面白い。
「今回の蚤の市は、この『Vacant』そのもののコンセプトと同様に、この場でなければ体験できないようなリアルなコミュニケーションを提供する場にしたいと思い、企画したものです。出店者には以前から関わりのあった方々を中心に声を掛けたので、そういう意味では僕らも安心感がありましたね。出店者のみなさんからも楽しかったと言っていただきましたし、今後も3ヶ月に1回くらいのペースで定期的に行いして、定着させていきたい」(永井さん)
蚤の市の第2回はすでに5月1日(土)に開催が決定しているが、今後もこの蚤の市のほかにワークショップやセミナーなど、参加型の自主企画の定期化を目指す。
「こちらから提供するのは“きっかけ”と“仕掛け”のふたつだけ。あとは集まった人が自発的に動いてくれればいいんです。僕らの問題意識としては、いまは言葉を使ったコミュニケーションの機会が減っているので、言葉を大切にした企画も考えていきたいと思っています。これまで展示以外にもライブ感のあるパフォーマンスや演奏の企画を開催して好評だったのですが、既存のライブハウスやクラブとも違う、この器ならではのやり方をアーティストと共同作業で探して、いいものを作っていきたい」(永井さん)
70〜80年代、セントラルアパートなどを拠点として多様なジャンルのクリエイターたちが交流し、独自の原宿カルチャーを作り出した時代があった。そしてテン年代に入り、90年代生まれが街に台頭すると共ににわかに活気付く原宿だが、「VACANT」という“原っぱ”に人が集まり、交流するクリエイターたちの間から新しい文化が発信され周囲に広がっていけば、さらに面白くなっていくはずだ。
ゴールデンウィーク中には、「VACANT」1周年アニバーサリー企画として“WRONG DANCE, RIGHT STEPS”
[取材・文/本橋康治(フリーライター/エディター)+『ACROSS』編集]