東京湾岸エリア、日の出桟橋近くの元印刷工場にコンバージョンを施し、全く新しい用途のオフィス/商業複合施設として再生したビル「TABLOID(タブロイド)」が2010年5月にオープンした。
建物は地上4階/地下1階建て、延べ床面積約4,380平方メートル。デザイナーやアーティスト向けのオフィス/アトリエとして貸し出されるほか、アートギャラリーやスタジオ、イベントスペース、飲食などもテナントとして入居する、大規模な複合施設である。
かつては産経新聞社の印刷工場としてタブロイド紙の「夕刊フジ」などを印刷していたことに由来したネーミングであり、このビル自体がタブロイド紙のように雑多な情報を編集/発信するメディア化していこうという狙いが込められている。
立地は新都心交通ゆりかもめの「日の出」駅の目の前。国道15号線に面し、反対側からはレインボーブリッジが間近に見えるというロケーションだ。JR「浜松町」駅から徒歩10分。汐留、新橋などのビジネス街から近いだけでなく、麻布や六本木などとも近い、利便性の高いエリアである。
このプロジェクトは、かつて廃墟となっていた工場や倉庫をアーティストたちが活用し、文化の発信拠点として注目を集めたNYのSOHO、LONDONのSOUTH BANKを参照している。アート、デザイン、ファッションなどのクリエイティブワークに携わる個人や企業が集まり、多様な職業の人々同士がコミュニケートできる空間を提供するのが狙いである。
元は印刷工場という特性もあって建物の構造は重厚。コンバージョンを施された現在でも、インダストリアルな感じはあえてそのまま残されているのがTABLOIDの魅力になっている。
外壁に描かれたペインティングはインパクト大。かつて渋谷パルコの壁画を描いていたという壁画家・神谷節さんの手によるもので、館内のサインも氏の手書きによるもの。出力ではない、手書きならではの工夫が込められているという。
1Fの多目的ホール/スタジオとして使用される181.0平方メートルのスペースは3層吹き抜けで、かつて輪転機が回っていたというTABLOIDを象徴する区画。本格オープンに先立ち、4月20日にレディー・ガガのシークレット・ライブが行われた場所である。ファサード前面にはオープンのカフェ「オーバーオール」が入居し、こちらは入居者/ゲストを問わず利用できる。
2〜4Fはオフィス、スタジオとして貸し出される。こちらもこの建物が持っている工場っぽさを残しながら、入居者のオリジナリティを発揮できるよう、改装などのアレンジが可能である。
TABLOIDがターゲットとしているのは、仕事と遊びが不可分に結びついたライフスタイルを送る、「クリエイティブ・クラスタ=クリエイティブクラス」であり。それに合わせて入居者向けの付帯サービスも、レンタサイクル、シャワー/ランドリー、屋上のデッキスペースなどを用意。さらに施設内にあるギャラリー/スタジオ/イベント会場を利用して、自らのクリエイションを外部に向けて発信することもできるわけだ。
このプロジェクトの企画およびトータルプロデュース、マスターリースを担当するのは東京電力グループのリノベーション会社、リビダである。同社の環境対応ノウハウを活かし、高効率な空調機器の導入や、カフェのキッチンに至るまでオール電化にすることでエネルギー使用量を押さえるための工夫が各所に施されているという。
トータル・ディレクションは(株)オープン・エー、ブランディング・プロモーションは(株)トランジット・ジェネラルオフィスがそれぞれ担当。東京R不動産の(株)スピークもマーケティングに携わっている。施設のオペレーションに当たるのは、コーポラティブハウスや商業施設の運営/マネジメントを行っている(株)シンクグリーンプロデュースが担当している。
5月11日の開業日にはオープニング・イベント「COME TO THE WORLD」が開催され、アート、ファッション、デザインなど各ジャンルの関係者やクリエイターが多数来場する盛況となった。(株)アミューズのアート・プロジェクト、ART JAM TOKYOが企画する4人のアーティストによるエキジビション「BIRTHDAY COMES AGAIN!」、売上金を開発途上国の学校の図書館建築につなげる、というチャリティアート・オークション「ART FOR BOOKS」、mashcomixのライブペインティングなど、ここを拠点としたアートの発信にフォーカスしたイベントをラインアップしていた。
4Fでは、多彩なジャンルのクリエイターが各ルームを舞台に作品をプレゼンテーションする「WONDER FACTORY」が行われ、オープンから6日間のみ限定公開された。2009年11月から2010年1月末まで解体前の旧フランス大使館で開催された「NO MAN’S LAND」のような、建物や環境とともに鑑賞するアートのインスタレーションである。
この芝浦は今でも工場や倉庫が多い強いエリアだが、かつて“ウォーターフロントブーム”としてトレンドの発信地となった時期があった。80年代後半から90年代前半、「インクスティック芝浦ファクトリー」(86年)「インクスティック鈴江ファクトリー」(90年)「ゴールド(89年)」、そして「ジュリアナ東京」(91年)のオープンへと至るバブル経済全盛期である。当時は、クラブがブームとなって大箱化が進む過程で、都心から近くなおかつ賃料も低いというメリットから、このエリアの倉庫群が利用されたのである。テイストは全く違うが、大型コンバージョンの先駆けと言えるだろう。
やがてブームの沈静化とともに大箱クラブ群は姿を消したが、その後もお台場の開発やゆりかもめ開通などを経て、さらに近隣では汐留エリアなど周辺へのオフィス/商業施設や住宅開発が進行し、社会的なインフラの整備が進んだ。ビジネス/都市型レジャー両方の面で利便性が向上した現在、このエリアのポテンシャルはここ10年で格段に向上した。
このTABLOIDの興味深い点は、かつて印刷工場であった建物を再生することで、“空間のダイナミズム”を新しい用途に生かすだけでなく、この建物が過ごしてきた“時間への敬意”をブランディングに盛り込んでいることだ。これまでの湾岸エリアにおける開発には見られなかった視点であるし、また、イースト東京のリノベーション群よりもスケールが大きい。
さらに、企業やクリエイターたちが知恵を重ねながら、いわば集合知によって開発プロセスが進行してきた点もポイントだ。直近ではトランジット・ゼネラルオフィスがプロデュースしたレンタルオフィス/SOHOビル「the SOHO」(tppp://www.aomi-project.com)が青海地区に開業したが、こちらも片山正通やグルーヴィジョンズなどのクリエイターをブランディングに活用している。
こうしたクリエイター同士のネットワークは、オープンの時点で完結するのではなく、むしろオープン後の施設運営においてこそ真価が問われるだろう。多彩な個人や企業が交わり、クリエイター同士の新しい界隈性のようなものが形成されれば、もっと面白い都市の遊び方がここから拡張されるかもしれない。
[取材・文/本橋康治(フリーライター)]
TABLOID(タブロイド)
〒105-0022
東京都港区海岸2-6-24
ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線「日の出」駅徒歩1分/「竹芝」駅徒歩7分
JR山手線、京浜東北線「浜松町」駅徒歩13分
東京モノレール羽田線「モノレール浜松町」駅徒歩13分
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