2010年10月22日〜11月23日までの1ヶ月、代官山の駅前「代官山iスタジオ」に<泊まれるアート作品>「LLOVE(ラブ)」が出現。国内外からのアート好きな人たちの間で話題になっている。
これは、2009年の日蘭国交樹立400年を記念して企画されたもので、10月30日から11月3日まで東京ミッドタウンをメイン会場に開催されたデザインのイベント「デザインタイドトーキョー」のエクステンション会場という位置づけでもある。「Still in LLOVE(まだ愛してる)」をテーマに、日本とオランダのクリエーターが元奈良県宿舎をデザインホテルの客室をイメージして制作。インスタレーションの展示に、実際に宿泊することもできるというのが新しい。
「イメージは84年に訪れたときの東京のラブホテルです」と言うのは、本企画のディレクターのスザンヌ・オクセナーさん。スザンヌさんは、アムステルダム市の方針として元刑務所だった建物を、クリエーターたちによるデザイン・リノベーションという方法で<文化的交流を促進するホテルに改修する>というNPO法人「Lloyd Hotel & Cultural Embassy(ロイド・ホテル&カルチュラル・エンバシー)」を主宰するアート・ディレクターだ。
「日本のラブホテルは、江戸東京の美を背景に、六本木などの繁華街のネオンや音などの猥雑なイメージと愛する者たちと、必要最低限のフロントとその日の気分で自由に選べる部屋というシステムに凝縮されたモダンな愛のディズニーランドです。今回オランダ政府からこのプロジェクトの話があった時にそこにクリエイティブな可能性を感じていたことを思い出し、メインコンセプトとしました」(スザンヌさん)。
アーキテクトディレクターは、以前幣サイトでも紹介した「PACO展示(http://www.web-across.com/todays/cnsa9a000002gkr7.html)」や「HAPPA(ハッパ)」「sakumotto(サクモット)」などを手がけたスキーマ建築計画の代表、長坂常さんである。
「期間限定の企画展ということもあり、当初スザンヌは実際に宿泊できなくても構わないと思っていたのですが、僕としては、実際に泊まれることで、アート作品に社会的な接点を見いだしたかったのでこだわった結果、このような形になりました」(長坂さん)。
オクセナーと長坂さんの呼びかけに参加したクリエーターは、客室のデザインに中山英之さん、永山祐子さん、中村竜治さん、ヨープ・ファン・リースハウトさん、ショルテン&バーイングス、リチャード・ハッテンさん、ピーケ・バーグマンスさん。1Fのカフェのディレクションには嶋田葉子さん、バスルーム・ギャラリー(宿泊者のみが利用できる大浴場)にNEW TOKYO CONTEMPORARIES、スーベニアショップ「スーベニア・フロム・トーキョー」のサテライトショップにはアラキ+ササキアーキテクツ、ブックショップ「BOEK DECK」にはユトレヒトの江口宏志さんと門脇耕三さん、2Fのシアタールームやラウンジ、ライブラリーにはパーティ・カンパニーと東京R不動産。さらに、カタログ制作やグッズのデザインサポートにはユトレヒトとWhatever Press(ホワットエバー プレス)、カフェの床などの塗装になかむらしゅうへいさん、パーティシェフにホセ.バラオナ・ビニェスさんと水野仁輔さん、ファッションコーディネートに森美穂子さん、オブジェクトデザインにワダケンジさんなども。
「今年、平城京遷都1300年を迎える奈良県ではたまたまここで、期間限定のカフェをやりたいという企画が持ち上がっていたこともあり、物件を探していたオランダ政府から本プロジェクトの話とのタイミングが合致し、今回の実現となりました」と本プロジェクトの実行委員会のメンバーで広報担当の青野尚子さんは説明する。
オランダ政府としては、これまでもデザインタイドにブースを設置していたが、それよりもインパクトがあって、より幅広い人たちに向けて同国のデザインやアートの力がアピールできる方法を模索していたなか、さまざまな条件がある程度揃ったことから、今回の企画の実現となったのである。
「LLOVEやロイド・ホテルにおけるスザンヌ・オクセナーの役割は、それまでになかったコンセプトを作り出して、実際に形にするというものです。こういった日本ではあまり見ることのない職能をアピールする必要があると考えた長坂は、今回実際に泊まれる展示であるLLOVEを実現させるだけでなく、スザンヌのポジションを『コンセプト・ディレクター』、自らを『アーキテクト・ディレクター』と名付けて、その重要性を理解してもらおうと考えていました」
(青野さん)。
多くのクリエーターの協力による企画ということもあり、公式HPやTwitterのほか、各クリエーターのTwitterやブログなどでの書き込みやRT(リツィート)などから、会期後半はほぼ満室に。実は、先日の大阪出張の際に判明したのだが、「アクロス」編集部が長年共同研究を行っている某プロジェクトの大阪の学生スタッフのひとり(女子)が、シングルの部屋に宿泊していた!
「せっかく東京に行くんだったら、面白いところに宿泊したいと思ったんです」と話してくれた。きっかけは誰かのブログの書き込みで、「LLOVE」に泊まりたいがための上京だったそう。
アートのエキシビションとしての「LLOVE」の見学時間は平日の12時〜15時と限られているものの(宿泊後のクリーニングのため)、週末や平日の夜には、建築やアート、映画など、カルチャー系のトークイベントが催されるなど、「ややカルチャー好きな一般の人」との接点も多数設けることができ、短期間ではあったものの、「見て、食べて、泊まれるアート作品」という日本でも珍しい試みはある程度成功したといえそうだ。
「東京にはいいデザイナーがいっぱいいて、いいホテルもいっぱいあるけど、それぞれがビジネスとして成立するシステムを考えるのは得意だけど、そういったクリエーションが集まる<カルチャーの場>をつくることができていないでしょう。今回、LLOVEではそれができただけでも大成功だと思うわ!」(スザンヌさん)。
オランダの美術館館長だった父の影響もあり、幼いころより多くの美術作品を見る機会に恵まれて育ったスザンヌさん、たとえば、何回も見たことのある絵画であっても、時代・社会の変化や「見る」自分自身の変化によって見えるものが異なり、驚くことも少なくないという。まもなく本企画の会期は終了するが、またいつの日か、このような試みが行われたときに、「一般の人たち」の反応はどう変化しているだろうか。
また、全国に多数存在し、その活用方法に模索を重ねる自治体の不動産物件の有効活用やまちの活性化というソーシャルイノベーションとアートの融合という視点からも、クリエーターの力にますます期待や注目が集まるだろう。
[取材・文/高野公三子(「アクロス」編集部 編集長)]