かつて90年代に「世界一のレコードタウン」と称された宇田川町。05年以降、音楽のネット配信とネット通販が拡大するとともに、相次いでアナログレコード店が閉店。実店舗を閉め、オンラインストアのみの営業に移行したり、warszawa(ワルシャワ/2010年下北沢に移転)のように渋谷を離れるレコードショップも少なくない。今年8月にはHMV渋谷店も閉店するなど、レコードショップを取り巻く環境が大きく変化している。
そんななか、2003年から渋谷区宇田川町で運営していたレコードショップ「JAZZY SPORT MUSIC SHOP(ジャジースポートミュージックショップ)」が、2010年5月8日に目黒区五本木に移転し、規模を拡大してリニューアルしたというので、早速取材を行った。
運営元は(有)JAZZY SPORT(ジャジースポート)。代表取締役の小林雅也さんは、インディーズレーベル(株)ファイルレコードを経て独立。アーティストのマネージメントやレーベル活動を展開する中、02年に相棒の吉田 直さんが岩手県盛岡市にレコードショップをオープン。その後、03年には渋谷宇田川町のレコードショップでの勤務経験を持つ仲間とともに、レコードの激戦区、渋谷区宇田川町に2店舗目をオープンした。現在も、レコードショップと並行して、CRO-MAGNON(クロマニヨン)、COMA-CHI(コマチ)、GAGLE(ガグル)、TWIGY(ツイギー)などの作品をリリースし、さらにはディストリビューション(卸)や、ミュージシャン、DJ、ダンサー、デザイナーが所属するプロダクションを運営するなど、ユニークなスタンスで活動を行っている。現在、常駐スタッフは6名で、所属アーティストは約30名。
「もともとプリプロスタジオが学芸大学にあって、レコードショップは渋谷、ディストリビューションの事務所が杉並にあったんです。以前から、それらを一緒にしたいと考えていました。とはいえ、渋谷で1つの物件を借りるのは広さや家賃の面から考えて難しい。また、ここ数年、宇田川町ではレコード屋を買い回る人たちが少なくなり、来店する人が減っていたことも理由のひとつです。渋谷からも近く、小さなレコード店が点在している五本木への移転を決めました」と話すのは、かつて渋谷のギネスレコードにて勤務していた店長・佐々木岳洋さん)。
今回、移転したのは、東急東横線学芸大学駅から徒歩約5分の駒沢通り沿い。元は材木店だったという一軒家は、2階まで吹き抜けになった開放感ある造り。内装は中目黒のセレクトショップ「vender(ベンダー)」なども手がける(株)メトロノームの山嵜廣和氏によるもので、1階がレコードショップとディストリビューション部、2階にプロダクション部と、「BAL(バル)」、(株)メトロノームのオフィスいう構成になっている。さらに、1階のスペースには、「BAL(バル)」のフラッグシップストアが同居。建物内を自由に行き来できる設計になっており、全体が異業種が集うシェアオフィスのような形態となっている。
取り扱うのは、店長の佐々木さんが毎週セレクトするヒップホップやジャズ、ソウル、R&B、ハウスやワールドなど幅広いジャンルの新譜/再発/中古。客層は25歳以上で、6割が男性。現在、通販との売り上げ比は1:1程度。
冒頭でも述べたように、CDやレコードを取り巻く環境は大きく変化している。しかし「ビジネスとしては厳しいが、それでも本当にアナログが好きで買う層は確実にいるし、今後もそれは変わらないと思う」と佐々木さんは話す。渋谷時代からの常連や、遠方から同店を目指して来店するコアなファンはもちろん、路面店になったことで、通りがかった近隣の住民がふらりと来るケースも増えたという。同店のショップの存在とその魅力が、JAZZY SPORTブランドの旗艦店としての役割を果たしているといえそうだ。
建物の各スペースを自由に行ったり来たりできる設計や、店頭に設置されたベンチ。取材中も、DJやデザイナー、ペインターなどが次々と訪れ、店先でスタッフやお客さんと談笑をしており、音楽やデザイン、ファッションなどのカルチャーに関する情報交換が自然になされているようすが伺えた。「BAL(バル)」のスタッフもDJをしていたり、レコードを買いにくる人が洋服をチェックしたりという相乗効果が生まれているという。様々な業種の人々が同じ空間をシェアすることで、それぞれの世界観をより強くしているような印象を受けた。
2010年代のひとつのキーワードとして浮上しているのが、「90s渋谷リスペクト」的な動きである。以前、幣サイトで紹介したカフェレストラン「PIPAL(ピパル)」のように、90年代の渋谷で青春を過ごし、渋谷系やクラブ文化に影響を受けた現在30代〜アラサー世代が独立して、渋谷やその周辺エリアに、自分たちの居心地のいい空間を作るというケースが浮上している。また、つい先日紹介したアパレル&レコードショップ「violet and clair(バイオレットアンドクレア)」のように、90年代の渋谷に憧れていた20代の若者が、当時の渋谷を再現しようと出店するケースも新たに登場。同店もまた、90年代の渋谷によって生まれたカルチャーが五本木という渋谷のサテライトエリアで、成熟し発展しているひとつのケースと言えるだろう。
カルチャーが生まれるためには、やはり“場所”が不可欠。ジャンルをクロスオーヴァーしつつ派生する新たなカルチャーの行方に注目したい。
取材・文 渡辺マキコ+ACROSS編集部