以前本サイトでも紹介した世田谷代田の「BRASS」(www.web-across.com/todays/cnsa9a00000159nr.html)など、ここ数年、都内では靴のリペアやケアを扱うショップが増えている。中にはシューシャインを媒介に、靴愛好家たちのサロンと化している「Brift H(ブリフト・アッシュ)」など、従来の概念を超えた新たな業態も誕生している。
そんな状況下、また新たなシューズリペアショップがオープンした。場所はR246沿い、大橋のバス停の真ん前、渋谷行きのバスがひっきりなしにやってくる多忙な一角。そこにせいぜい一間程度の間口で靴と鞄の修理店「The Shoe of Life」(shoeoflife.blogspot.com/)は営業している。うっかり通りすぎてしまうほどの、こぢんまりとした佇まいだ。
「ここは、もとはタバコ屋さんだったそうです。4〜5年探して、ようやくここに出合いました」というのはショップのオーナー、勝川永一さん。店舗は、店長である高見雅治さんと勝川さんのふたりで切り盛りしている。
勝川さんの「本業」は、実は靴修理ではない。彼は「H?Katsukawa from Tokyo(エイチ・カツカワ・フロム・トウキョウ)」という自身のブランドにて、メンズ&ウィメンズのシューズコレクションを発表するデザイナーである。また、同僚の高見さんも、修理の傍ら、バッグのデザインを手がけている。本来はモノづくりに携わるふたりがなぜ「修理店」なのだろうか。
大手セレクトショップでのアルバイトで、高級既製靴の魅力の虜となったという勝川さん。好きが嵩じて、大学卒業後日本では少なくなっていた既製靴のファクトリーでの職を得る。しかしその工場もほどなく廃業になり、彼は知人を頼って英国に渡り、トレシャム・インスティテュートという靴づくりの専門学校に入学した。1年ほど靴づくりを学んだ後、英国にてシューズ&ウェアデザイナーのポール・ハーデンのアトリエでインターンとして半年ほど働いた。帰国後は修理の仕事などをしながら、自身のシューズブランドを立ち上げ、現在に至っている。
「最近では、修理のための靴修理店、といったところが、流行っていますよね。でも、僕はああいった感じよりは、デザインと製作とアフターサービスが一体、というような感覚で、修理をやりたいなと思っていたんです」。
イギリスより帰国後、シューズデザイナーとしての物作りの傍ら、百貨店などで、靴修理の仕事も行っていた経験があるという勝川さん彼の中では、自身のブランドのありようを考える上で、リペアという(アフター)サービスは切り離せなかったと語る。ちなみに高見さんとは、この百貨店での靴修理の仕事で出会っている。
高見雅治さんは、新卒でバッグメーカーに入社後、生産現場での経験を経てデザインセクションに移り、その後は直営店でオーダーとリペアを手がけていた。手を使う仕事を続けたいと、6年のキャリアを経て退職した後は、靴の修理を行う会社に入り、靴や鞄のリペアを行っていた。
「前職のバッグメーカーの直営店では、修理などでお客様の相手をしながら、オーダーも受けていくという形でやっていました。今回勝川さんの構想を聞き、またそういうスタイルを一からつくりあげていくことにとても魅力的だと思いいっしょにやることにしました」。
このように同店は、勝川さんのブランディングへの考えから導かれたリペアショップだが、その実際は「町の靴修理店」として、勝川さんと高見さんが歩んできた道のり(経験?)が反映されている。特筆すべきは、修理メニューが基本的には「クイックサービス」であること。1〜2週間お預かり、といったサービスは極力避け、できるだけ短時間で修理をこなすことにこだわった。朝預けたら、夕方には仕上がっているようなイメージだ。
「こだわった靴を履いていたとしても、修理というのはごく日常的なものだと思うんです。だからサービスも、ごく普通の環境や内容でどのようにお客様に満足いただくか、というところが着地点になっています。それでも、クオリティでは、他に遜色ないものが提供できると思っています」
高度な職人技を駆使したリペアもさることながら、まずは日常における、普段使っている靴の補修。それは、百貨店で月に1000足以上修理を行ってきた彼らだからこそ至ったスタンスだといえるだろう。そんな彼らの姿勢が早くも理解されているのか、午前中に行った取材の間も、近隣に在住・在勤とおぼしき人たちが、さまざまなタイプの靴を持ち込んでいた。
友人のカフェオーナーにつくってもらったという古材のカウンターや、自分たちでも手をいれたという床の塗装など、簡素でありながらも、ディテールにはこだわりが見え隠れする。
そして「The shoe of life=人生の靴」というやや大仰な店名。一見すると狭く、さらにサービスは親しみを感じさせるが、それは同時に、つくり手の、靴をめぐる環境に対する真摯な思いが反映された結果でもあるのかもしれない。
[取材・文/菅原幸裕(元「LAST」編集長)]