音楽の街として知られる東京・渋谷区宇田川町に、2010年9月、ライブハウス「STAR LOUNGE(スターラウンジ)」がオープンした。場所は東急ハンズ向いの、トウセン宇田川ビル。1階の路面店である。
運営元は株式会社LD&K。同じビルの地下1階にあるライブハウス「CHELSEA HOTEL(チェルシーホテル)」も運営している。同社は「ガガガSP」「かりゆし58」などのアーティストを抱えるインディーズレコードレーベル事業も行っているが、その他にも、渋谷の「宇田川カフェ」新宿区歌舞伎町の「O’bo(オーボ)」などの飲食事業、デザイン事業なども手掛けている。2003年2月に、自社アーティストのライブを行うことを目的にライブハウス事業に参入し、「チェルシーホテル」をオープン。以降、05年に大阪には「シャングリラ」、07年に沖縄には「桜坂セントラル」を手がけている。
「おかげさまで、チェルシーホテルでライブをやりたいという依頼が増えており、手狭になっていたこともあって、2店舗目を作りたいと思っていました。また、2店目の出店は、ライブハウスやクラブ、レコードショップが多く音楽が根付いている渋谷でと以前から決めていました。まさかチェルシーホテルと同じビル内に出店するとは想像していませんでしたが、天井が高くて柱がない物件を探しているなかで、この物件が最適だったんです」(支配人/川崎秀一さん・34歳)
同ビルでは2010年に入って、7月に3階にライブハウス「milky way(ミルキーウェイ)」、8月に2階にクラブ「SHIBUYA THE GAME(シブヤザゲーム)」がオープンするなど、ライブハウスやクラブが集積していたことも、出店の決め手になったそうだ。
内装のイメージカラーは赤。壁や暗幕を赤、床やカウンターはウッド調で統一。天井にはシャンデリアが輝き、壁一面にクリムトの絵画「Acqua mossa」が飾られた店内は、ライブハウスらしからぬ、ゴージャスでクラシカルな雰囲気だ。さらに、これまで「チェルシーホテル」で不都合を感じていた部分を解消。客やバンドの使い勝手を良くするために、ロッカーの数を増やしたり、楽屋を広くしたり、カウンターで食事が調理できるようにするなどの工夫をしたそうだ。フロア面積は63平米、ステージ面積27平米、楽屋16平米。収容人数は、スタンディングで250人。
バンドによっても異なるが、主な来客層は20代のコアな音楽ファン。2010年になって同ビルがライブハウスの集積するビルへと変貌したことで、それぞれの箱を行き来する客やバンド関係者が増えたという。
「チェルシーホテル」の出演バンドはロック系が中心。一方「スターラウンジ」は、ロック系の他にもビジュアル系やインディーズ女性アイドル系、ヒップホップ系など、ジャンルが幅広くバラエティに富んでいるのが特徴だ。こけら落としでは、サイケデリックジャムバンド「DACHAMBO(ダチャンボ)」などのライブを行ったそうだ。
「チェルシーホテルもスターラウンジも、ライブハウスから何か決まったものを発信するのではなく、ライブをしたいという多彩なジャンルのバンド、アーティストに柔軟に対応しています。同じ畑の音楽ばかりでは、おもしろくありませんから。例えば下北沢ではヒップホップのライブはないでしょうが、渋谷は何の音楽ジャンルでも違和感がない。渋谷は多様な上に移り変わりが速いので、後から振り返った時に『あの頃はこんな音楽が流行っていた』というのがはっきりと残ると思うんです。様々なことができる懐の深さが渋谷の魅力だと思います」(川崎さん)
2010年以降、実は渋谷ではライブハウスの出店が続いている。同店や「ミルキーウェイ」の他、3月には道玄坂の渋谷プライム内に劇場スタイルの「Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE(マウントレーニアホール シブヤ プレジャープレジャー)」、11月にはスペイン坂にスペースシャワーTV(株式会社スペースシャワーネットワーク)が手掛ける「WWW(ダブリュダブリュダブリュー)」がオープンしている。
その背景には、ライブやパフォーマンスをしたいというインディーズ/アマチュアのバンドやミュージシャンが実は増えているという現状がありそうだ。川崎さんによると、同店では2004年頃から、ライブのオファーが増えているという。
「パソコンの普及で、特別な技術がなくても音楽が作れるようになり、音楽を作ることのハードルが劇的に低くなりました。それに伴って、ライブやパフォーマンスをやりたいというかたも増えているんだと思います」(川崎さん)。
さらに、同店のような小〜中規模のオルタナティブなライブハウスの場合、個人でもmixi(ミクシィ)やtwitter(ツイッター)などのSNSを使って告知することができるようになり、観客を動員しやすくなっているというのも一因だろう。
2010年8月に「HMV渋谷」が閉店するなど、音楽のネット配信とネット通販の拡大に伴い、音楽産業の低迷が叫ばれている。しかし、ユーザーは決して「音楽離れ」している訳ではなく、音楽との関わり方が変化しているにすぎないのではないだろうか。実際に足を運ばなければ見られないライブ、足を運ばなくてもウェブやモバイル、放送などのコンテンツとして加工ができるライブが、今後の音楽シーンの隆盛のカギになりそうだ。
取材・文:緒方麻希子(フリーライター)