恵比寿西、大通りから路地を入った住宅街の一角に、セレクトショップ「SML(エスエムエル)」http://www.sm-l.jp/が移転オープンした。「SML」は、運営を手掛けるサーモメーター(有) http://www.surmometer.net/ が2009年10月に立ち上げた食堂バー「ララバイ」(同じく恵比寿西)http://www.lalabye.jp/ に併設するかたちで雑貨の販売をスタート。当初からセレクトショップとして店舗を独立させる計画で、手頃な物件が「ララバイ」から徒歩圏内で見つかったことから移転を決めた。
恵比寿西2丁目は、飲食店が点在する落ち着いた雰囲気の住宅街ではあるが、恵比寿と代官山を結ぶエリアであるだけに人通りも多い。移転にあたってはアパレルのショップとして使われていた8.5坪の店舗スペースに手を加え、「語る器と道具」をテーマに商品を大幅に入れ替えた。
「コンセプトは『人と人、人とモノを繋ぐセレクトショップ』。ロスのベニスビーチにあるセレクトショップを店舗作りの参考に、地元ローカルが集い、地域を巻き込んでそこから何かが始まるような開放感をイメージしました。民藝を中心とした、語りたくなるようなストーリーのあるモノ、世の中に残したいモノを扱っているからこそ、地元の人がふらっと立ち寄っておしゃべりも楽しめるような、ゆったりとした雰囲気を作りたかった」と、同社代表・宇野昇平さん。
「SML」が目指したのは、“語る器”の語りがより多くの人に響くような、いい意味で庶民的な空気感。器を扱う店特有のギャラリーのような静けさや敷居の高さはなく、通りに面した大きな窓は周囲からも目を引き、白を基調にした温かみのある店内の雰囲気が外まで伝わってくる。
近隣住民や周辺で働く人が、地元に根付くセンスのいい雑貨店として繰り返し訪れることが多く、また恵比寿から代官山への抜け道に近いため「こんなお店があったの?」と立ち寄る人も増えているという。食堂バー「ララバイ」に併設していた頃は20代、30代の女性がメインで訪れていたが、新店舗の客層は30代〜40代、50代にまで広がった。現在の男女比は2:8〜1:9だが、代表を務める宇野さんと高橋克治さんがバイイングを担当しているため、同性である男性にももっと器の魅力を伝えたいという。
「ディスプレイは小鹿田焼(おんたやき)の器をあえて床に置いて、ラフに見えるようにすることも」(高橋さん)と、ディスプレイにも男性ならではの視点で工夫を凝らし、新たな器の楽しみ方を提案している。
扱うのは国内の器はじめ、北欧やアメリカなどで買い付けたアンティーク、「どうやって使うの?」と思わず聞きたくなる一癖ある暮らしの道具など。セレクトの中心に器を据えたのは、北欧やアメリカのアンティークを買い付けるうちに、民藝に注目するようなったからという。ただ単純に作られたものではなく、民藝運動からはじまり各地の伝統に支えられて続くモノ作りの成り立ちに惹かれ、自ら鳥取、島根、大分などの窯元を訪れて作り手と対話を重ねながら商品を揃えている。
「鳥取の牧谷窯(まきだにがま)は本州で一番美しいと言われる浦富海岸の近くにあります。ここで生まれて、修行を経て地元で作陶を始めた杉本義訓さんはサーファーでもあります。作陶とサーフィンというふたつのライフワークを共に楽しんでいるところに共感しました。彼独特の模様は波を表しているのかも」(宇野さん)
何気ないようで、作り手の生き方や、作品に投影される思いが伝わるこんな会話(ストーリー)を大切に、本物の温もりを持つモノを意識してセレクト。現在は、前出の牧谷窯や小鹿田焼(大分)、出西窯(鳥取)をはじめ、丹波立杭焼(たんばたちくいやき/兵庫)、桃山窯(とうざんがま/福井)など、国内12〜13の窯元や作家の器を扱っており、ふだん使いができる2,000円〜3,000円の器が売れ筋。常に『人と人を繋ぐことができないか』と考え、新たなプロジェクトとして、器とその土地の日本酒を楽しむためのイベント〜「KuraKama - 地のうつわで、地のお酒を呑む」〜を企画する。「ララバイ」で使用する食器類も、順次「SML」で取扱いのある器に切り替えており、将来的には海外に日本の民藝を発信することも視野に入れているそうだ。
実は「SML」が生まれた背景にも、語りたくなるストーリーがある。「SML」と「ララバイ」を手掛けるサーモメーター(有)は、2004年8月に設立されたデザイン事務所。同店の宇野さんと高橋さんは同社の取締役を務め、企業のブランディング構築やコーポレートデザイン、広告企画制作、スペースプランニングなどを手掛けている。モノづくりへの深い愛情がセレクトに垣間見えるのは、自らもモノづくりをしているから。彼らがこれまで手掛けてきた仕事から考えれば、ブレることのないコンセプトと、丁寧な店舗作りにセンスを感じるのは当然かもしれない。
宇野さんと高橋さんは開店前の午前中に同じく恵比寿にある同社の事務所に立ち寄り、事務所とショップを行き来しながら交代で自ら店頭に立ち、国内外でバイイングを行っているのだという。職業柄、パソコンがあればどこでも仕事はできるというが、多忙のふたりが、なぜ今、仕事のスタンスを変え、自ら店舗に立つ小さなショップを立ち上げたのだろうか?
「会社の規模を広げていく上で、社員に対しても自社のインナーブランディングが必要になっていきました。依頼される仕事をこなすだけではなく、自ら何かを発信したいという気持ちが、人が集まる場としての飲食店=「ララバイ」や、モノを介して人と人を繋げ発信していくショップ=「SML」を作ったことに結びついています。店舗を持って実際運営を手掛けてみることで、既存の仕事での新しい気づきもあるし、閉塞感のある時代だからこそ、思い切ってやってみよう!という気持ちが大きくなったんです」(宇野さん)
さらに、取締役自らがゼロから新しい分野にチャレンジして可能性を提示することで、社員を刺激し、改めてモノづくりを考えるための手本となりたい、という想いもあるという。クリエイティブの最前線で人と人、人とモノを繋げていくふたりの新しい試みは、これまでと違うかたちで人とモノを繋げ、“閉塞感のある時代”だからこそ周囲を巻き込んださらに大きな刺激に成長するかもしれない。
〔取材・文/佐久間成実〕