音楽専門チャンネル・スペースシャワーTV(運営:株式会社スペースシャワーネットワーク)がプロデュースするライブハウス「WWW(ダブリュダブリュダブリュー)が、2010年11月19日にオープンした。場所は、東京・渋谷のスペイン坂上にあるライズビルの地下。独立系映画館「シネマライズ」のビルである。
同社がライブハウスを手がけるのは今回初。音楽のネット配信、ネット通販の拡大やYoutube(ユーチューブ)の一般化によってCDが売れなくなる一方で、同社が1996年から開催している夏の音楽フェス「スイートラブシャワー」や、インディーズを中心に紹介するライブイベント「スペースシャワー列伝」などの音楽イベントが活況だったことから、同事業に成長性を見出したという。フェスなどの企画・制作・運営をしていた同社の名取達利さん(37歳)が発案し社長に提案、2007年に同事業準備室が開設された。
「WWWは音楽ライブを主軸に、例えば演劇、ダンスや映像なども発信します。いろいろな表現が、“集まる”だけでなく、この場所にインスピレーションを受けて“生まれる” ようなカルチャーの拠点にしていきます」(スペースシャワーネットワーク ライブハウス事業室ブッキング・PR担当/三條亜也子さん)
出店場所については、様々な場所を色々な角度から検討したそうだ。そして2009年秋頃に、名取さんがライズビルのオーナーに縁があって出会った。「シネマライズはかつて90年代に『トレインスポッティング』などを上映して若者にカルチャーを発信してきた。しかし、最近の若者はカルチャーから離れてしまっている」と危惧していたオーナーと名取さんが、「いっしょにカルチャーを取り戻そう」と意気投合し、ライズビル地下への出店が決まった。
「駅から近い立地や、渋谷にライブハウスがたくさんあることも好条件。ライブに行くことがライフスタイルの1つになるには、とても良い環境です」(三條さん)。
80年代にラブホテルだった跡に、シネマライズとしてオープンする際に建築家・北川原温さんによってデザインされた同ビルは、三條さん曰く「一歩踏み入れると渋谷であることを忘れさせるような空間」だったという。今回、ライブハウスへと変貌させるにあたっても、場所・時代・時間がつかめない非現実的な空間であることにこだわったそうだ。内装デザインは大澤二天さんに一任。床に敷き詰められた木材はそのまま活かし、壁はクロスをはがしてコンクリートをむき出しにするなど、元々のデザインを活かしながら、不足のものを足したり、不要なものを取ったりという改修を行った。
オールスタンディングでおよそ400人収容が可能である。ライブホールは、客席に元の映画館特有の段差があるのが特徴。身長が低い観客でも見やすく、アーティストは客全員の顔を見渡せるために向き合っている感覚を強く持てる、と好評だという。音響には特にこだわっており、フジロックでも活用されているイギリスの「ファンクションワン」社のスピーカーを設置。より良い音の表現をめざし、製造された本国の電圧と同じ240Vで繋いでいる。それにより、日本の電圧100Vでは体感できない力強く重みのあるサウンドが実現した。ユーストリームなどで配信できる設備も完備。通路を挟んだホールの向かいにはラウンジがあり、ドリンクを飲んだり喫煙ができたりするほか、ミニライブが開催されるそうだ。
スペースシャワーTVでは毎月、一組のアーティストのプロモーションビデオを、ヘビーローテーションでオンエアする「パワープッシュ」というシステムがあり、若く、新しい才能を発掘する試みを行っている。WWWでも同様に、メジャーだけでなく、無名でも才能があるアーティストを紹介していくそうだ。また、シネマライズとのコラボレーションも展開するそうだ。
こけら落とし公演は、『神聖かまってちゃん』のライブが行われた。スペースシャワーTVでの生中継、ニコニコ生放送とライブストリーミングサイト・DOMMUNE(ドミューン)で生配信を行った。さらにこの日の彼らを追ったドキュメント番組が1月に放送され、その他のライブ映像もスペースシャワーTVの番組内にあるWWWのコーナーで放送しているそうだ。今後も番組のイベントを行うなど、放送やWEBとの連動に注力していくという。
客層はライブによって異なるが、幅広い年齢層をターゲットにジヤンルや世代にとらわれず、むしろそれらをミックスさせるような展開も考えているそう。
「90年代は“渋谷系”というブームがありましたが、今の渋谷は特定の色がないように思います。私たちもそのぶん、いろいろなジャンルの企画ができるし、音楽だけに捉われない試みもできます。WWWはライブによって客層が全く異なるので、渋谷には本当にいろいろな世代、志向の方が居るんだと実感します。確かにCDが売れない時代ですが、ネットによって音楽との出合い方が多様化しているので、脈絡のないところから新しい音楽に出合えるのも事実。自由に音楽を楽しんでいる方が多い印象を受けますし、同時にアーティストが持つ熱も全く失われてないと感じます」(三條さん)
今の20代以下の若者は、インターネットやモバイルを介して多様な音楽に触れるのが当たり前。さらに、様々なアーティストが一堂に会する音楽フェスの浸透によって、ジャンルに捉われずに自由に音楽を楽しむ傾向も強くなっている。おそらく、音楽・カルチャー消費の次代を担う若者の潜在需要の掘り起こしに大きく貢献するのは、こういった“ジャンルに捉われないライブができる場所”といえるだろう。今後は同ライブハウスを旗艦店にし、全国展開を目指すそうだ。
2010年8月に閉店した「HMV渋谷」も、2011年中にも渋谷にイベントホールを設けた新店をオープンする考えを明らかにしている。
取材・文:緒方麻希子(フリーライター)