以前「ヴィヴィアン・ウエストウッド」が出店していた恵比寿・駒沢通り沿いの路面店に、スタイリストや業界人が足繁く通う、ヴィンテージドレス専門店「ALCATROCK(アルカトロック)」がある。2007年2月に代官山・鴬谷町にオープンしていたが、2010年10月に恵比寿に移転した。
オーナーの、岡崎康平さん(25)と尾内貴美香さん(24)が「ALCATROCK」を出店することになったいきさつは、実にユニークだ。知り合った当時、岡崎さんはフリーター、尾内さんは文化服装学院の学生で、お互い筋金入りのファッション好き。渋谷、原宿、高円寺、下北沢など古着屋に通い詰めるうちに、「自分たちで仕入れをすればもっと安く古着が買える!」と考え、アルバイトで稼いだお金をつぎ込んで、古着の卸倉庫で買い付けを始めることになった。
「最初は趣味の延長、遊び感覚だったんです。仕入れた大量の古着から気に入ったものを選び、残りを古着屋に卸したり、フリーマッケットなどで販売しているうちに『お店をやってみたい』と考えるようになりました」(尾内さん)
そして、2007年2月代官山の古いマンションの一室で、メンズ、レディースの古着を揃えたまさに隠れ家のようなショップをオープン。当時、尾内さんはまだ若干19歳の学生だったが、運営しながら古着ビジネスのノウハウを覚え、次第に、岡崎さんが仕入れルートの確立など店舗運営のスキームを担い、尾内さんがファッションの知識を生かしてセレクトやリペアを行う役割分担が生まれていったそう。
「代官山の店舗はわかりにくい場所にあり、わざわざ来てもらえるようなセレクトをしていく必要がありました。すべての商品を入れ替え、仕入れ方法も見直し、状態のいいレディースのヴィンテージ、特にリペアやクリーニングが難しいヴィンテージドレスに特化するようになったのが、オープンから約1年後です」(岡崎さん)
コネも経験もない状態からショップを立ち上げ、自分たちにしかできない店作りを始めたが、場所は、たまたま通りがかるような人もほとんどいないような代官山の住宅街。そこでホームページに力を入れ「ヴィンテージ」「ドレス」などの検索で上位にくるよう試行錯誤した結果、ホームページを見て全国から客が来店するようになった。さらに業界内でも口コミで噂が広がり、『SPUR』(集英社)『VOUGE NIPPON』(コンデナスト・ジャパン)などのファッション誌でも取り上げられるようになると「多くの人に見てもらえる自信がついたところで、タイミングよく物件に出合い移転を決めた」と岡崎さんは言う。
現在の客層は20代後半から40代の女性がメインで、移転後は来店数も増加。42平方メートルの店舗をスケルトン状態から大改装したスペースに、作りやデザインのよさが伝わりやすいブラックドレスを中心に、常時、200〜300点の在庫を揃えている。ドレスは1万円後半から3万円後半がメインで、パーティに使える大振りのアクセサリーは1万円前後が中心。衣裳のレンタルもおこなっている。
セレクトは、パーティのためにドレスを買い求める人や、タレント・アーティストの撮影やパーティ用にドレスを探すスタイリストの要望に応えられるように、写真映えがする、気分がアガるグラマラスなものが中心。店舗の奥には作業場を備え、有料のお直しや、購入後のリメイクやクリーニングの相談、さらにはドレスに付随するアイテム制作の依頼なども受けている。
「ALCATROCK」で商品を手にとって、まず驚くのは、圧倒的なクオリティの高さ。ヴィンテージに造詣の深い人ほど、的確なセレクトと服そのものの状態の良さに感激し、ヴィンテージショップと知らずに入ってきた人は、それがヴィンテージだと気付かないこともあるほど。このクオリティを生んでいるのが、ほかでは真似ができない「ALCATROCK」独自のセレクトとクリーニング&リペア方法だ。
ただえさえ状態が良いヴィンテージドレスは希少だが、同店は、海外の厳選されたヴィンテージ卸しの専門店から、日本人に合う小さめのサイズで状態がよく、個性的なデザインのものにこだわり買い付けている。良いものを買い付けることで信頼関係を築き、他の店舗にはないような珍しいドレスを優先的に紹介してもらえるようになったそうだ。
こうして厳選されたヴィンテージドレスは、まず、岡崎さんらが研究した方法で徹底的なクリーニングを行う。免許のいるドライクリーニングのみ業者に発注するが、クリーニングは岡崎さんの担当。脱臭や除菌が徹底されているか確認を行い、劣化してしまった糸をほどいて縫い直したり、取れやすくなったボタン、壊れそうなホックやファスナーを交換するなど新品同様にリペアするのは、尾内さんの担当。価格を抑えるために自分たちですべての作業を行い、1〜2ヶ月かけた丁寧な作業を経て、やっと商品が店頭に並べられる。
「ヴィンテージショップというより、世界中から集めたデザインを見てもらうためのセレクトショップという感覚。古着としてでなく、ファッションとして、洋服として、販売したい。ふだん、古着を着ない人にも、本来のデザインや作りの良さを見て欲しいから、クリーニングとリペアを徹底するのは当然です。古着やヴィンテージならきっと、どこでも買えるかもしれない。だけど、クリーニングやリペアがここまで徹底されたものは他にはないはず」(岡崎さん)
25歳の岡崎さんと24歳の尾内さんが、お互いの強みを生かし合いながら、ヴィンテージに新たな価値を吹き込み、独自のショップを創造してきたことにも驚くが、尾内さんはそれ以上にパワフルに活動の場を広げている。卒業後、ショップを続けながら雑誌『NYLON JAPAN』(トランスメディア)で半年間インターンを経験し、1年ほど前からスタイリストとしても独立。もともとショップでスタイリストからのサイズ直しなどの依頼を受けており、現在では、スタイリングや衣装制作も手掛けている。
タレントやアーティストのスタイリングでは、特定のブランドイメージを避ける場面があり、1点もののヴィンテージドレスを探すスタイリストからも人気が高い同店。このショップを手掛ける尾内さん自身が、スタイリストとして人気を得るのも頷ける。
尾内さんの活躍を「若い感覚を大切にしながら、服の構造や質もわかるスタイリストとして活躍してほしい。若い僕らに任せてくれた方に感謝して、僕らのできることでお返しする気持ち」と岡崎さんもサポートしている。
ファッションへの情熱たっぷりのふたりとは対照的に、ファッションのファスト化や同質化が進んでいると聞くと、少し寂しい気持ちになるという。
「チープに楽しむファストファッションとは別に、気合いを入れて着飾ることも必要。服自体の強さを見て欲しいし、洋服自体の質の良さを知ってもらう努力をしないと、という危機感もある。何ができるかまだわからないけど、ショップを通して本物の価値を訴えることができたら」(尾内さん)
今後は、「ALCATROCK」で得た経験をもとに、OEMの企画やショップのプロデュースなどを手掛けてみたいと大きな夢を膨らますふたり。「ALCATROCK」の洗練と躍動感を味わえば、あなたもその夢を応援したくなるはずだ。
取材・文/佐久間 成実