東京・渋谷に、2010年3月にオープンしたライブハウス「Mt. RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE(マウントレーニアホール シブヤ プレジャープレジャー)」がある。場所は道玄坂にある渋谷109横、「ユニクロ」が路面店を構える渋谷プライムの6階である。
運営元は、「麺匠の心つくし つるとんたん」などの飲食店や「東京第一ホテルOKINAWA GRAND MER RESORT」などのホテル運営といったレジャー事業を展開するカトープレジャーグループ。ライブハウス運営は、今回が初となる。ファシリティマネジメントなども手掛ける同社に、松竹系映画館・渋谷ピカデリー閉鎖後の同物件の開発オファーを持ちかけられたことをきっかけに、ライブハウス事業に参入。同社代表の加藤友康さんが学生時代にバンドを組みアーティストを目指していた経緯があり、ライブハウス事業の構想を元々抱いていたことから、出店を決めたという。
「新宿の「つるとんたん」には店内にステージがあります。インディーズやアマチュアのアーティストのフリーライブを行い、アーティストのチャンスの場として提供してきましたが、主役はあくまでも食事。サービス業のリーディング企業として培ったノウハウを活かして、「つるとんたん」で行っているエンターテインメントをさらに拡大したいと考えていました。また、既存のライブハウス以上に、当社ならもっと上質なサービスを備えたライブハウスをつくれるという強い思いがありました」(カトープレジャーグループ・同ホールスタッフ/谷口清子さん)
当初は「SHIBUYA ENTERTAINMENT THEATER PLEASURE PLEASURE(シブヤ・エンターテインメントシアター・プレジャープレジャー)」という名前でオープンしたが、2010年6月に森永乳業とネーミングライツ契約を締結し、現在の名前になった。森永乳業初のネーミングライツ契約である。
コンセプトは、音楽・食・空間というエンターテインメントを提供する場所。ラグジュアリーな空間で上質な音楽・パフォーマンスとおいしい食事を楽しんでもらいたいという。アクセスが良い場所であるため、会社帰りに「今日は何のライブだろう」とふらりと寄ってもらえるような場所にしたいという。
「つるとんたん」と一線を画すため、同ホールはメジャーアーティストをブッキングしている。音楽はロック、アコースティック、ラテンなど多種多様で、20代から活躍し30〜50代になっても現役であるアーティストが中心という。そのほか、落語やお笑いなど、幅広いジャンルのライブ・パフォーマンスを発信。また、自社企画ライブも行っている。3月10日のこけら落としでは、1975年にメジャーデビューしたロックバンド「センチメンタル・シティ・ロマンス」のライブが行われた。現在は一般企業への貸出しもしており、入社式や株主総会などにも利用されているそうだ。
「音楽・お酒・食事を楽しんでいただきたい」(谷口さん)ということから、映画館当時の座席と傾斜はそのまま活かしている。幅9m×奥行き4.5mのステージは新設した。座席は1〜2階までに設けてあり、収容人数は、着席のみで318人、着席+立見で352人。館内全体はラグジュアリーな空間づくりに注力したそうだ。本格的なバーカウンターでは、ワインからカクテル、焼酎までの幅広い酒と食事を提供する。また、出演者への配慮から、楽屋にも力を入れた。ホテルをイメージした内装に、冷蔵庫や加湿器、空気清浄機、鏡などの設備のほか、コットン、綿棒、ロクシタンの石けんなどアメニティグッズも充実している。
メインターゲットは20代後半以降の男女。なかでも空間や音楽に上質さを求める、人生経験を積み重ねてきた“大人”にアプローチしていく。来客層はアーティストにより異なるが、20代後半から40代前半が多い。
同社は、音楽専門チャンネル・スペースシャワーTV(スペースシャワーネットワーク)とコラボレーションしたミュージックレストラン「SPACE SHOWER TV THE DINER(スペースシャワーティーヴィー・ザ・ダイナー)」を同ビル5階で運営している。同ホールでライブを楽しんだ後の遅い時間帯でも食事ができるように24時間運営をしており、相乗効果を狙っているそうだ。
「渋谷は若者の街と言われがちですが、20代後半以降の方がたくさん来てくださっています。渋谷は各町内会もしっかりしていて、若者だけの街ではないと感じています。特に道玄坂辺りは若者が少ないので、大人にアプローチしたい当社も出店に抵抗はありませんでした」(谷口さん)
飲食店が集中するセンター街や、商業施設やアパレルのショップが集まる宇田川町〜神南エリア。一方で、道玄坂上〜円山町〜神泉駅前周辺は小中規模のオフィスビルが集中するオフィスゾーンであり、さらに現在、建設中の「hikarie(ヒカリエ)」を含む渋谷区渋谷エリアには、ベンチャー向けのインキュベーションオフィスが多数作られており、完成すれば一大オフィスゾーンになると思われる。90年代のイメージのまま、「若者の街」と表層的に語られがちな渋谷だが、昨年シブヤ大学とのコラボレーションで実施した「シブヤ大学定点観測学科」の調査でも明らかになったように、実は、渋谷はエリアによって異なる特徴を持ち、大人を含む幅広い年齢層が来街している、多様性を持った街なのである。
これまで、同ホールの他に「STAR LOUNGE(スターラウンジ)」「WWW(ダブリュダブリュダブリュー)」と2010年に誕生したライブハウスの取材を行ったが、運営主体も事業目的も三者三様だったが、共通していたのは、「どんなジャンル、どんな客層でも違和感がないので渋谷に出店した」という点だ。
「ライブの後に味わえるすっきりした感覚やアーティストからもらうエネルギーなどは、CDやネット上では得られないこと。人は人に感動するのですから。渋谷は情報発信地、音楽などの文化の発信地であり、来街者が欲しいものを受け取れる場所です。そこにライブハウスが増えるのは、とても良いこと。住み分けができているのでお客様が割れることはなく、エンターテインメントの街として栄えることで、結果的にお客様は増えると思います」(谷口さん)
今後は、アーティストが毎年メモリアル公演をするようなホールにしていきたいそうだ。
取材・文:緒方麻希子(フリーライター)