東京・渋谷の幡ヶ谷に、アーティスト、カメラマン、編集者が運営する、インディペンデントなイベントスペース「FORESTLIMIT(フォレストリミット)」がある。オープンは2010年3月だ。
運営メンバーは4人で、全員30歳。オーナーは編集者のナパーム片岡さん、プロデューサーはフォトグラファーの清木英夫さん、アートデザインなどを務めるのはアーティストユニット「20tn!(ニジュッテン)」のメンバーである浮舌(ふじた)大輔さんとドラムの人さん。全員、武蔵野美術大学出身者で、片岡さんと清木さんは学生時代からの友人。クリエイター仲間が集まれて、情報交換や表現活動を行う場所を作ろうと考えたのがきっかけだったという。
「2009年夏に世田谷ものづくり学校で、トールバイクのワークショップを企画運営したんです。壊れた自転車を2台つなげてリメイクするトールバイクはブルックリン発のカルチャーで、その当時アーティストが来日しました。ワークショップでは自転車好き、音楽好きなどいろいろなジャンルの方が集まって、とても楽しかったんです。そんな、ジャンルにとらわれずにいろいろな人が集まる場を作りたかったんです」(プロデューサー/清木英夫さん)
当初はもっと小規模な、文壇バーのようなものをイメージしていたそうだが、皆で方向性を話し合い、より多くの人が集まれるイベントスペースにすることに決めた。2009年10月から内装を全員で「DIY」しながら作り、2010年3月にオープンした。
コンセプトは“オープンハウス”。クリエーターであり、同時に自分たちも楽しみたいというオーディエンスでもある片岡さんらが、最高だと思う空間で最高のホームパーティー(=イベント)を提供し、顧客にも楽しんでもらおうという思考だ。
「オープン準備を始めた2009年後半頃は、カルチャーを取り巻く状況がちょうど激しく変化していた時期だったんです。雑誌の休刊が相次ぎ、なかでも『STUDIO VOICE』が休刊したときは怖くなりましたね。今はおもしろいことに果敢に挑戦するスペースが少ないので、自分たちでそれを仕掛けていきます。当店はおもしろいと思うことをジャンルにとらわれずにミックスし、アンダーグラウンドでインディペンデントなことがビジネスとして成立するのかを試すチャレンジの場でもあります」(オーナー/ナパーム片岡さん)。
イベント内容はライブ、DJ、トーク、アート展示、映像上映など幅広い。企画する上でのこだわりは、他のスペースでやって「いない」ことかどうか。音楽やアートなど複数のジャンルを掛け合わせて新しい展開ができるか、という視点も大切にしているそうだ。持ち込み企画でもイベントを一緒につくりあげていく。利益よりもクリエイティビティを重視し、彼らがやりたいことをきちんと表現したうえで、クリエーターも観客も楽しめる環境を目指している。これまでには、アートユニット「ドキドキクラブ」の展覧会、アンビエントミュージックで参加者に眠りを促す、寝るためのDJパーティ、ミュージシャン前野健太さんのライブドキュメンタリーの爆音上映×生ライブなどが行われた。
場所は、京王新線・幡ヶ谷駅北口から徒歩1分ほどの細い路地。物件探しは、新宿・下北沢・吉祥寺などの独自文化を形成するエリアに近い場所で、大きな音を出せる地下物件が条件だったそうだ。以前はIT企業のオフィスで、カーペットが敷かれ、天井には蛍光灯、壁には白いクロスが貼られていたが、それらを全て手作りで改装した。クロスを剥がして出てきた壁の落書きや糊の跡などをそのまま残してコーティングしたり、棚やバーカウンターは日々改造して変えるといったように、クリエイターならではの発想で作られたアーティスティックな内装になっている。また音響は、通常クラブやライブハウスに設置してある耐久性重視のスピーカーではなく、自然でやわらかな芯の有る音が出るかつてシアタースピーカーの定番だったヴィンテージのALTEC A7を設置。Ustreamなどのインターネット配信に対応する機材も揃えている。広さは約80平米。収容人数はスタンディングで80人。
ターゲットは、オリジナリティがない現在の消費カルチャーに飽きている大人や、クリエイティブに興味がある若者。そのほか、アラウンド30歳の同世代にも刺激的なカルチャーを伝えたいそうだ。例えばジャズイベントは年配の方、テクノやHIPHOPは20代、ハウスは30代というように、イベントによってがらりと客層が変わるのではなく、様々な客層が同居するのが醍醐味だという。
「口コミで特に種々のクリエーターの方への知名度が上がっているようですが、当店でイベントをつくってくれるクリエーターの方からは、『こんな内容のイベントができるのは他にはない』と喜んで頂いています」(片岡さん)。
雑誌の休刊・廃刊が相次ぐなど、クリエーターの表現の場が少なくなっている昨今。モノは溢れているが景気は不安定で、内面の豊かさは得にくい。カルチャー消費ができる場が少ないなか、同店のように閉そく感を覚えるクリエーターたちが自分たちで場所をつくろうという動きは、これからも続きそうだ。
今後は、培ったノウハウを活かして野外イベントにも挑戦したり、独自のカルチャーを海外の同志と連携して世界に発信していきたいそうだ。
取材・文:緒方麻希子(フリーライター)