1階のショップは約10坪。現在、ショップで取り扱うのは、「starnet foods(スターネットフーズ)」のはちみつやジャム、コーヒー、お茶、クッキー、豆製品から、益子近隣から届けられた旬の無農薬野菜や米、卵、益子のパン工房「パネム」のパン。そして、益子のアトリエから生まれた「organic handloom(オーガニックハンドルーム)」の陶器や雑貨、さらにオリジナルレーベルのCDなど。人気は「starnet foods」のクッキーや、2500円前後の「organic handloom」の湯飲みといったふだん使いの器などだそう。「organic handloom」の器は「starnet」がディレクションし、益子の職人とともに作り上げた4ラインが揃う。
「starnet」を運営する遊星社は、1991年にプランニングやプロデュースを手掛ける会社として東京で設立。その後、1998年にその拠点を益子に移し「starnet」をオープン。カフェ、ギャラリー、ショップを展開し、クリエイティブで持続可能なライフスタイルを提案してきた。代表の馬場浩史さんが、東京での仕事に疑問を感じ、東京を離れて「starnet」をオープンした経緯などは『自分の仕事をつくる』(晶文社/西村佳哲 著)にも掲載され、多くの人の生き方にも影響を与えている。益子という土地に真摯に向き合う姿勢に惹かれて、「starnet」を目当てに益子を訪れる人は後を絶たない。
7年前から「starnet」に参加し、益子と東京を行き来しながらショップの立ち上げに携わってきたスタッフの八田英子さんは「うちは、ものづくりをする会社。もっと広く、私たちのものづくりを見てもらう場所が必要だと感じたから」と東京店オープンの理由を説明する。
大きな契機となったのは、益子町が主催となり2009年秋に開催された「土祭(ヒジサイ)-Earth Art Festa 2009 in Mashiko-」。「土祭」は窯業と農業が支える益子の原点=「土」をテーマにした益子町発の催しで、馬場さんが総合プロデューサーを務め、地元を巻き込んだ一大イベントを作り上げた。しかし、期間中に行われた朝市に、若い農家の作り手が少ないことが気がかりだったという。
「若い農家がいないわけではないけれど、現実として、若者が農業を生業に生きていくことは難しい。生産者はご高齢の方が多く、10年後、20年後、自分たちが食べる物さえなくなってしまうのではないかと危機感を感じました。もっと多くの人に、改めて命を育む食の大切さを伝えなければと思いましたし、若い作り手にはイキイキした場を提供したいと考えたんです」(八田さん)
「土祭」の後、「starnet」は新たにふたつのプロジェクトを立ち上げた。まず、安全でおいしい食を提供するフードプロジェクトとして、2010年1月に「starnet foods」をスタート。これまで培ってきた生産者とのつながりを生かし、バラエティ豊かなオリジナルの食品を新たに企画している。同時にアトリエ「art workers studio(アートワーカーズスタジオ)」を構え、器や衣服など手仕事を主体にした新たなものづくりのプロジェクトとして、2010年6月に「organic handloom(オーガニックハンドルーム)」を立ち上げた。「starnet foods」や地元農家が手掛ける自然農の野菜を販売する売り場を拡大し、「organic handloom」のものづくりがかたちになっていく中で、「そろそろ、東京に出ていこうか」という気持ちになってきたのだという。それにはこんな背景がある。
「わざわざ益子まで来て頂かなくても、東京なら丁寧に作られているもの、その作り手の思いを、もっといろんな方にダイレクトに伝えられるのではないか、と考えました。東京にショップをオープンしたのも、日々の積み重ねから始まったこと。馬場はいつも『今日と明日は違うから』と言うんです。変わろうと思って変わるのではなく、必要があるから変わるんだって。馬場にとって、益子は自分の居場所です。東京にショップをオープンしたからといって益子を離れる気はないですが、馬場に会いに益子まで来てくれる方も多く、講演などに呼ばれる機会も増えていて、『もっと多くの人と会うことが、これから自分がやらなければいけないこと』と感じているようです。益子を離れるとストレスを感じるようですが(笑)、週に一度は東京のショップに顔を出しています」(八田さん)
出店先に馬喰町を選んだのは、「starnet」のものづくりに携わる仲間に「東京R不動産」に関係する方がいて、雰囲気に合うこの物件が偶然、見つかったから。現在の物件は、長年、借り手がおらず、内装は老朽化がひどく雨漏りもあったが、大工として独立した「starnet」の元スタッフが施工に参加したり、益子から職人を呼び寄せたりと、「いつもの仲間が、いつものように集まって」、リノベーションを手掛けた。店舗づくりのいきさつからも伺えるように、「starnet」にとって何より大切なのは、人と人との有機的なつながりなのだという。
「ご縁があって、つながりができた人と深く付き合っていくことで、ものづくりが始まっていくんです。『こういうものを作りたい』ではなく、『この人がいるからこれを作ろう』という感じ。例えば『スターネットフーズ』の基準は、単純に、おいしいということ。食べ物が作られる現場から、作り手の性格までわかっているからこそ、すべて省いて『おいしい』という基準ができる。流行っているとか、流行りそうだとか、そんな情報とは無縁の益子でやってきた年月、人とのつながりがあるからこそのやり方からもしれません。必要なことに必要な仲間がいるなって、いつも実感しています」(八田さん)
オープン初日は、ほとんど告知をしなかったにも関わらず、友人や知人が訪れ満員電車のような賑わいだったという。その後も、20代、30代の男女を中心に噂を聞きつけた多くの人が訪れているそう。取材中も、平日の、決して広くはない店内にひっきりなしに人が訪れ、パッケージに書かれた説明書きを熱心に読みながら、楽しそうに商品を選ぶ人の姿が見受けられた。自然を思い起こさせる美しい色、無駄をそぎ落としているのに温かみのあるかたち。店内で丁寧な作られたものたちに触れていると、「大切なものを教えてもらえた」という気持ちが湧いてくるから不思議だ。
「益子に比べて若い方の来店が多いこと、『starnet』を知らない地元の方も気軽に寄ってくれることが嬉しいです。馬喰町には下町らしい人付き合いも残っていて、この界隈のみなさんから温かく迎えていただいています。今後は、東京だからこそできることにも力を入れていきたい。益子以外からもおいしいものを集めてマルシェを開いたり、冬には音楽イベントも企画しています」(八田さん)
「starnet」の活動は一般的なマーケティングの手法とはまったく異なり、情報収集や宣伝を「もう少し、やった方がいいよと言われるくらいなんです」と八田さんは笑う。でも、「starnet」のやり方はどこにも真似ができないものだ。人と人との有機的なつながりを大切にしながら、新しい未来を繋げること。自然や伝統を生かしたモダンなセンスが光る商品の魅力もあるが、ここを訪れる人は背景にある信念や、そこに関わる様々な人を感じ取ることに喜びを感じている。
3.11の震災が起こり、益子も大きなダメ—ジを受けた。
登り窯や作品の破損により、町の主要な産業である窯業やその文化が大きく崩壊、そして里山での農業も、福島や茨城、群馬、千葉県と並び、人災である放射能汚染の被害を受け、その影響はまだ計り知れない。
そんな状況を受け、「starnet」は急遽、震災後の4月23日に「starnet大阪(スターネットオオサカ)」(大阪市中央区瓦屋町2-14-9)をオープンしたという。東京と益子を行き来していた八田さんも現在は大阪店に立っているそうだ。
「益子へは、『あの日』以来、まだまだ、これまでのように集客は回復していません。これから、元通りになるのに、どのくらいの時間がかかりどんなふうになってゆくのかはわかりません。でも、わたしたちは変わりません。
大阪は、益子とはぜんぜん違う、人や、文化や、環境ではありますが、今回の出店は、スターネットのものづくりに関わる多くの益子の仲間とともにこれからも生きてゆく、そんなためでもあります。
[取材・文/佐久間成美+『ACROSS』編集]