吉本興業が2007年7月、神保町(東京都千代田区)にオープンした首都圏4つめの新劇場が「神保町花月」だ。「ルミネtheよしもと」(新宿)、「ヨシモト∞ホール」(渋谷)、06年秋オープンの「よしもと浅草花月」に続く直営劇場となる。
所在地は古書店街と再開発街区「ジェイシティ東京」の中間というロケーション。小学館のエンターテインメント総合ビル「神保町シアタービル」(地下2階、地上6階建て)のオープンに際し、その2〜3階部分に入居。客席数は126で、いわゆる小劇場と呼ばれる規模のホールである。4階から上には同社のお笑い芸人養成学校「吉本総合芸能学院(NSC)」が西大井から移転した。地下1〜2階は小学館が運営する映画館「神保町シアター」である。ちなみに大正時代から戦中まで、神保町には吉本の演芸場「神田花月」があったという。
「神保町花月」は、お笑い芸人がそれぞれの持ちネタを披露するいわゆる“ネタライブ”を見せる既存3館と違い、同社所属のお笑い芸人たちが「芝居」を見せる劇場だ。上演されるのは必ずしも喜劇ばかりではない。
キャストは吉本興業でも若手に属する芸人たちから抜擢。まだレギュラーの仕事を持たない若手が多く起用されている。脚本は1本毎に書き下ろされ、外部脚本家、出演者が自ら書き下ろす場合などケースバイケースだという。
取材日に上演されていた演目『凛』は主演を務めたコンビ“ピース”の持ちネタだったコントを舞台化するという同館では初の試みで、全公演が完売したという。神保町は学生の多い街だが、満席の客席には社会人らしき層が予想以上に多い。観客の反応を見ていると、やはり個々の芸人の持ちネタに反応するファンこそ多かったものの、いわゆる“お笑いネタライブ”の会場という雰囲気ではない。芸人ならではのアドリブとおぼしき部分で笑いを取る場面はあったが、喜劇ではなくむしろストーリー展開はシリアスなもの。正直、“キャリアの浅いお笑い芸人の芝居”という先入観以上の芝居を見せてもらった。
「お客さんの反応をみて毎日内容を変化させていくこともありますから、次第に出演する芸人たちの個性が加わっていくこともあります。できあがってみると、元の脚本からは想像できないものになることもあります。最初は“芝居っていわれても・・・”という反応だった芸人たちの意識も変わってきましたね。現在は“神保町で主演をすると、∞ホールで行われている超若手の登竜門“AGE AGE LIVE”で上位にランクインする”というジンクスもできています」(神保町花月/土橋俊彦さん)
個々の芸人のファンにとっては、芝居を通じて応援する芸人のさまざまな面を見られるというのは嬉しいだろう。ネタライブであれば10分程度しか見ることができないが、芝居であれば長時間、お目当ての芸人を見ることができるわけだ。興行を通して“皆勤”するお客さんも決して珍しくないという。
一方、吉本興業の狙いは、育成した芸人を、それぞれのキャリアやステージに応じて売り出していける場を作り出すことにある。
「映画のちょっとした端役やエキストラといったものも含めるとお笑い芸人へのオファーはここ数年非常に増えています。そういう時に、曲がりなりにも芝居に舞台で立ったことがある、という経験はやはり大きいです。
例えば神保町のお祭りの警備のような仕事でも、そこで誰かの眼に止まってチャンスが生まれていくような可能性もあります。礼儀等、そのための教育もウチは厳しいです。上に行くためには当然実力が必要ですが、そのためのチャンスは会社が自前で賄えるようになりたい。現在は、まだまだコンテンツが足りないという状態です」(吉本興業/広報センター 粟村香織さん)
5年ほど前のお笑いブームに比べると、現在はお笑いの番組や専門誌こそ減っているが、テレビ/ラジオや雑誌など、どのメディアでも普通にお笑い芸人のポジションが定着している。例えば、千原ジュニア(『ポルノスター』『ナイン・ソウルズ』など)や宮迫博之(『下妻物語』『魍魎の匣』など)などは、俳優としての評価も高い。
しかし吉本の目標とするところは演劇への進出ではない。
「劇団の中でもTEAM NACSさんとか大人計画さんなど、笑いの部分が評価されているところが注目されていますが、劇団の人が見せるコメディは、お笑いの芸人がやるものとは笑いどころが違うと思います。
お笑い芸人は、すべての基礎に笑いがあるので、例えばシリアスな演目の中でも芝居の本質を壊さずに笑いを盛り込むことが得意だと思います。この点に関しては演劇オンリーの劇団にも負けないところです。芸人は空気も読めて演技もしっかりできるもの。“芝居をやらせても吉本の芸人はすごい”と評価していただけるようなクォリティを作っていきたい」(粟村さん)
「神保町花月」の役割は、ネタで勝負できるお笑い芸人を育てるための経験の場である。しかし高速消費されるTVベースのお笑い商品を作るのではなく、演劇にも対応できるキャパシティを持った笑いの才能がここから育ってくるようなことになれば面白いはず。消費スピードの早い新宿/渋谷ではなく、下町のノスタルジアを引きずりかねない浅草でもない。そんな神保町という場から新しい笑いが生まれることを期待したいところだ。
[取材・文/本橋康治(フリーライター)+『WEBアクロス』編集部]
2008.01.22
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