シリーズ企画「シブレキ」 〜渋谷文化事件調査委員会〜
レポート
2018.01.30
カルチャー|CULTURE

シリーズ企画「シブレキ」 〜渋谷文化事件調査委員会〜

第2回:シネマライズが牽引した、渋谷ミニシアターカルチャーとは?

さまざまな角度から渋谷の文化と歴史を振りかえる「渋谷文化事件調査委員会」。その第2回目のゲストは映画を通じて多様性のある文化を発信していた渋谷のミニシアター、シネマライズの代表者、頼光裕さん(泰和興行取締役)をお招きした。聞き手は編集者、クリエイティブ・ディレクター、京都造形芸術大学教授としても活躍している後藤繁雄さんだ。

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本トークイベントは業界関係者が多数来場。この日も映画業界人がたくさん詰めかけ、最後の質疑応答はディープに。

イベントの冒頭で『アメリ』『トレインスポッティング』などシネマライズの代表作をまとめた映像が流された。

「今日の観客の方もそうかもしれませんが、僕もこの劇場に育てられました。この映画館の作品はちょっと時代よりも早いものをやる預言者的なところがあり、街を変えていく力があったと思います」と後藤さんが劇場の印象を語り、まずは開館当時の話が始まった。

シネマライズの誕生は19866月。2代目社長だった頼さんはスペイン坂に2スクリーンの映画館を作ったが、映画興行は素人だったため、最初は松竹の傘下となり、2Fは松竹の拡大系作品を公開する渋谷ピカデリー、地下はシネマライズとなった(松竹からは90年代に独立)。劇場名はスペイン坂を上る意味のRise(ライズ)とハーブ・アルパートの同名のヒット曲から来ている。オープニング作品はメリル・ストリープ主演の文芸映画『プレンティ』。第2作目はジョン・アーヴィング原作の『ホテル・ニューハンプシャー』(19週上映)。後者は興行収入1億円を超える大ヒット作となり、順調なすべりだしをみせた。

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80年代の上映作で頼さんが最初に衝撃を受けたのはデイヴィッド・リンチ監督の『ブルーベルベット』8811週上映)だったそうだ 

「当時の上映作品は松竹富士が買ったものをまわしていただいていたのですが、会社の“残りもの”にこんなすごい作品があることに驚き、そこから一気にめざめました」と頼さん。


また、デレク・ジャーマン監督のアート映画『カラヴァッジオ』
88年上映)にも惚れ込み、その配給権も入手。 


「当時の映画界はとても閉ざされていたので、映画館が権利を買うなんて完全に掟破りでした」。


そんな保守的な映画界に飛び込み、頼さんは新しい方向を切り開こうとした。

後藤さんが「クセのある映画をセレクトしていますが、そういう審美眼はどこから来ていたんですか?」と訊ねると、こんな答えが返ってきた。


「かっこいいものをやりたいという意識はありました。シックで、パンクで、エレガントというのがうちの方向で、ファッションでいえばヴィヴィアン・ウエストウッドのような感覚でしょうか。映画館の設計はまだ
30代だった北河原温さん、制服はレノマで作ってもらいました。映画単体ではなく、衣食住をひっくるめて何かできるのではないかといろいろ考えました」。
 


「つまり、映画を文化装置にして広げるというやり方ですね」(後藤さん)。


そんな映画館の姿勢を反映して、劇場のパンフレットには作品にインスパイアーされた料理のレシピを毎回掲載し、ファッションに関してはどこよりも早くファッション・ブランドとのコラボを考え、オリジナルのTシャツなども制作した。そして、
92に松竹から離れた後は独立系のミニシアターとして黄金期がやってくる。

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https://www.youtube.com/watch?v=HvWXuXTIM_w&feature=youtu.be

レオス・カラックス監督の衝撃のラブストーリー『ポンヌフの恋人』92年27週上映、興収1億4千万円)ダニー・ボイル監督の青春映画『トレインスポッティング』、(9633週上映、2億3千万円)、ウォン・カーウァイ監督が男たちの愛を描いた『ブエノスアイレス』9726週上映、1億5千万円)、インド映画ブームの火付け役となった『ムトゥ踊るマハラジャ』(9823週上映、2億円)など斬新な感覚の話題作を連発して、渋谷の最先端の映画の発信地となった。

 

特に96年の『トレインスポッティングは当時の宇田川町のちょっとすさんだ雰囲気とスコットランドのジャンキーたちの青春像が重なることで、渋谷のミニシアターの興行記録を塗り替え、社会現象的な大ヒットとなった。さらにブラーアンダーワールド等、90年代のUKポップ満載の映画のサントラ盤もロングセラーとなり、タワーレコードやHMVなど渋谷のレコード店でも売れまくった。21世紀以後は『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』0025週上映、1億8千万円)の公開で埋もれていたキューバの老ミュージシャンに注目が集まり、さらにこの劇場の歴代興行記録1位となった『アメリ』0135週上映、2億8千万円)はフランスのスイーツ、クレーム・ブリュレを世間に広める役割も果たした。

 

また、ガス・ヴァン・サント、トッド・ヘインズ、クエンティン・タランティーノ、ペドロ・アルモドヴァル、ソフィア・コッポラなど、その後、大きく羽ばたくことになる才能も発掘した。

93年にかけられたタランティーノのデビュー作『レザボワ・ドッグス』の場合、当時の興行成績は今ひとつだったが、その後、彼はアメリカ映画界を代表する人気監督となり、来日の際、ライズの近くにあるルノアールのケーキを買って、デビュー作をかけてくれたこの劇場に挨拶に来たという。かつて雑誌『ダ・ヴィンチ』2番煎じはやっていない、という自信はある」と答えたこともある頼さんだ。

そんな中で頼さんのパートナーの頼香苗さん(泰和興行専務)が特に忘れがたい映画人してあげたのが『ガンモ』98年上映)のハーモニー・コリンだ。 

「こんな映画は見たことがなく、彼にはすごい才能があると信じました」(香苗さん)。

また、印象的な時代としてあげたのが『ラン・ローラ・ラン』
20週上映、1億1千万円)『π』(レイトショー、20週上映)が大ヒットしていた99年の夏。

「その頃、隣のシネクイントでは
『バッファロー66シネセゾン渋谷では『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』も大当たり。入れ替えの時、うちやクイントのお客様が重なり合うようにどっと出てくるという光景が、夜な夜な続き、渋谷以外ではああいうことはなかったはずです」と香苗さんが当時を振り返った。

ストリートの活気あふれる90年代の作品が若い観客を集めることで、不思議な熱が生まれていた。


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しかし、いつの間にか、そんな夏の日々も過ぎていった。

 

「渋谷の再開発が始まり、109なども元気がなくなっていきました」と頼さん。

 

「街の新陳代謝が衰え、映画館もシネコンに統合されていき、どこでもブロックバスターばかり上映されるようになりました。猥雑さも消えましたね」と後藤さんが近年の街に対する雑感を語る。

 

「今はかつてのように人と違うことをしたい、と思う時代ではなく、人と同じことをしたがりますよね。映画も“泣く”、“笑う”みたいに分けられ、複雑な感情には喜びが見出せないようです」と頼さん。

観客が映画に求めるものが変化していく中、シネマライズの閉館が発表され、
161月7日、『黄金のアデーレ』を最後に30年間の歴史にピリオドが打たれた。劇場はふたつのライブハウス(WWW)となった。

「関係者たちはライズの上映作品を本当によく見ていて、“場”に対するリスペクトがすごかったので、音楽という生もので盛り上げてくれるのもいいと思って閉館を決意しました」と頼さん。

後藤さんのコメントにあるように、シネマライズには人を育てる力があった。その結果、スペイン坂のライズビルは、今は音楽の新しい発信地となり、この劇場に育てられた次世代に受け継がれ、音楽ファンに支持されている。

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現在の渋谷では100年に一度と言われる大規模な再開発が進行中で、シネマライズ以外にも、駅の周辺にあった映画館が次々に消え、街のスクリーン数が以前より減ってしまった。今、最も集客率のいい映画の街は新宿で、3つの大きなシネコンを中心に人の流れができて、その結果、シネマ・カリテなどのミニシアターにも観客が集まっている。

 

一方、渋谷ではアップリンクシアター・イメージ・フォーラムといった21世紀以降に誕生したミニシアターはいずれも好調を維持している。前者はスマートフォンで情報を収入する観客たちを意識して情報を発信し、刺激的なイベントも組むことで観客をひきつける。後者はこの劇場でしか上映できない個性的な番組作りに取り組むことで固定ファンをつかんでいる。また、ドキュメンタリーのヒットが目立つ点も注目される。

 

また、10年にいったんは閉館したものの、15年に再開した恵比寿のEBISU GARDEN  CINEMA『スモーク』『男と女』などかつての名作のリバイバル上映を成功させることで新旧の層をつかんでいる。

街の大規模再開発はもとより、周辺での新しい試みなどによって、どのように渋谷周辺の映画館地図が変わっていくのか、そのゆくえも見守りたい。

[取材/文:大森さわこ(映画ライター)]

次回第4回めは、2月4日(土)19:00〜21:30(開場18:00)「公園通り、道玄坂、宮益坂…坂と川、谷の街から生まれた都市型ポップミュージックとは? と題し、昨『渋谷音楽図鑑』を発表された音楽プロデューサー、牧村憲一さんをゲストに、聞き手には劇作家の宮沢章夫さんをお迎えして開催されます。
*残念ながら定員のため申込は締め切っています。



http://li-po.jp/?p=4914

連載は、第3回目として開催された「雑貨からZAKKAへ。渋谷ファイヤー通りのカオス、文化屋雑貨店」。ゲストに長谷川義太郎(文化屋雑貨店店主)、聞き手にファッションデザイナーの横森美奈子さんをお招きして開催された内容を掲載する予定です。
 

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