■都市のコード論:NYC編  vol.06
テーマ:HOTEL
レポート
2018.03.08
カルチャー|CULTURE

■都市のコード論:NYC編 vol.06
テーマ:HOTEL

在NYC17年の日本人ビジネスコンサルタント、Yoshiさんによるまち・ひと・ものとビジネスの考察を「都市のコード論:NYC編」と題し、不定期連載しています。

1年半ぶりの起稿。テーマは“HOTELと都市“です。日本でも異業種からの参入が増え、新しい展開をみせていますが、NYでは? データとともに解析します。


ニューヨーク市内で新しいホテルのオープンが相次いでいる。


2015年時点で市内には696件のホテル (107,000室) が営業していたとされているが、その後新規オープンが続き、2017年10月時点では、ホテル数はおよそ785件、 部屋数は115,000室に達したと考えられている。

ニューヨーク市のマーケティングを担うニューヨーク・シティ・アンド・カンパニーが2017年に発表したレポートによると、2017年末から2019年までに、おおよそ40-50件の新しいホテルのオープンがさらに予定されていて、27,000室が追加されることになり、その結果2019年末には900件近くのホテルが市内に存在することになる。

新しいホテルの業態はさまざまで、部屋数をみても14室のみの小規模なものから600室を超える大型のものまでそのバラエティは幅広く、ターゲットとする市場のセグメントもさまざまだ。とはいうものの、そこには共通する傾向もあり、そして新しい試みも散見される。

ということで、今回はNYマンハッタンのホテルの変化についてデータとともに解析してみることにした。



2015年以降オープンした (そして今後予定されている) ホテルの数を、ボロウ (区) ごとにみてみよう。

ニューヨーク市の中心であるマンハッタンでは、1年に20−30件のホテルが継続してオープンしていることがわかる。少し前に話題になったブルックリンも毎年5-10件ほどオープンしているもののすでにピークアウトしている。

一方、クイーンズでは2017年と2018年にそれぞれ10件前後、2019年には15件のホテルのオープンが予定されており、そのペースはブルックリンを上回っている。


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ボロウ別でなにより注目すべきことは、2017年からブロンクスにもホテルがオープンしていることだ

1980年代の犯罪のイメージから観光とは縁遠かったブロンクスが、いよいよ市内のホテル戦線に参入したことになる。確かに地下鉄に乗ればブロンクスからマンハッタンの中心部まで30分ほどで着くことができるし、近年はブロンクスの南端に位置するサウス・ブロンクスの開発も進んでいて、2017年に市内で家賃の大きな上昇率を示した地区の上位はブロンクスが占めていると報告されている。

ビジネスやエンターテイメントが圧倒的にマンハッタンに集中していた状態から、近年その重心は少しずつ隣接する他のボロウへと分散傾向にある。ブルックリンからクイーンズ、さらにはブロンクスへと、オープンするホテルのロケーションの移動は、人々の注目の移り変わりをも反映しているといえる。

ホテルの新規オープン (2015-2019年)を、マップにしたのが下のリンクである。
バブルの大きさはそれぞれのホテルの部屋数を示し、それぞれのホテル名と部屋数をインタラクティヴにみることができる。

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2017年11月に東京は錦糸町、大阪は本町にオープンしたマリオット・インターナショナルが20〜30代のミレニアル世代を対象とした家具や内装にこだわったデザイナーズホテルブランド「モクシー・ホテル」。ウエブサイトもポップで従来のホテルのイメージとは異なる。

マンハッタンをみてみると、伝統的に観光客とホテルが多いミッドタウンにひき続き新しいホテルが多くオープンしていることがわかる。

たとえば、マリオットが手がける、612室のモキシーNYCタイムズ・スクエア (http://moxy-hotels.marriott.com/en) が2017年にオープンした。

やはりミッドタウンのハドソン川近く、ハイラインの北端に位置するハドソン・ヤーズでは大規模な開発が進んでいる。最新のインフラを備えた大型オフィス・スペースが建設中で、完成と共に多くの企業がミッドタウンからハドソン・ヤーズへと移転することが予想されている。企業が移転する先にホテルができるのは当然なのだろう。ハドソン・ヤーズの隣には巨大なコンヴェンション・センターであるジャヴィッツ・センターもある。部屋数の多い大型ホテルが多いのもミッドタウンの特徴といえる。

マンハッタンの南端に近いファイナンシャル・ディストリクト (旧金融街) からバッテリー・パークにかけても新しいホテルが増えている。グラウンド・ゼロ1ワールド・トレード・センターが完成したことで、コンデナストやデイリー・ニュースなど、多くのメデイア企業がタイムズ・スクエアからダウンタウンへと移転している。そうしたビジネス向けの需要はもちろんのこと、ロウワー・マンハッタンはかつての金融街から比較的若年層の人たちが住む地区へと急速に変化している。伝統的な観光地のミッドタウンを敬遠してロウワー・マンハッタンに宿泊することを選ぶ観光客も増えているということなのだろう。


 
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ハドソンヤードの開発のようす(2018年1月撮影)


ブルックリン
はというと、ダウンタウンウィリアムズバーグからグリーンポイントにかけて、そしてクイーンズではロング・アイランド・シティのほかにジャマイカでもホテルがオープンしている。

ロング・アイランド・シティは、マンハッタンのミッドタウンまでイースト・リバーを超えてすぐの場所にあり、マンハッタンよりも手頃な宿泊料金に設定されている。さらには部屋から川の向こうにマンハッタンの眺めを楽しむことができる。マンハッタンに滞在していたら目にすることができない贅沢だ。JFK空港行きのエアトレインが発着するジャマイカは、空港と市街地との両方へのアクセスの良さからホテルができているようだ。

ホテル数が急速に増えていることから、ニューヨークのホテル需給は緩和すると予想されている。激化する競争に生き残るためのカギは、差別化にあるようだ。

ニューヨーク市シティ・プランニングのレポート
によると、市内のホテルの部屋数のおよそ38%は独立系のホテルだという。チェルシーにあるハイライン・ホテル (http://thehighlinehotel.com/)、ミッドタウンのルーズヴェルト・ホテ (http://www.theroosevelthotel.com/)ロジャー・スミ (https://www.rogersmith.com)、ブルックリンのウィリアムズバーグのウィリアム・ヴェイル (https://www.thewilliamvale.com/) などが独立系に相当する。

これらのホテルは全国展開する大手ブランドとは提携していない。戦略的な選択だ。

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市内に43,600室あるとされる独立系ホテルの部屋のうち、49%は広義のハイエンドに属し、エコノミーのセグメントに相当する部屋数はその28%にすぎない。独立系のホテルがハイエンドをターゲットとしていて、独立系
であること (大手ブランドの一部ではないこと) を高付加価値化に利用していることがわかる。実際に、大手を避けて、独立系のホテルでの宿泊を選ぶ人は増えている。


独立系のホテルは、マンハッタンではダウンタウンブルックリンの一部クイーンズのロング・アイランド・シティなどでオープンしている。典型的な観光地ではない場所の選定がその価値の欠かせない一部であり、ハイエンドのイメージとロケーションが分かちがたく結びついていることがわかる。ロケーションはそのブランドの一部といってもいい。

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トリップ・アドバイザーが買収した現地ツアーの予約ができるプラットフォーム「ヴィアター(www.viator.com)」。

興味深いのは、大手ブランドもニューヨークでは独立系のアプローチを模索していることだ。

テキサスを拠点とするあるデベロッパーは、通常マリオットやヒルトンと提携してホテルを展開するものの、ニューヨーク市内では大手ブランドと提携せずに運営している。

なかには大手ブランドの傘下であることを隠して、独立系にみせて運営する覆面独立系ホテルもあるという。そのため、市内のホテルを独立系と非独立系にホテルに分けることは容易ではない。少なくともニューヨークに関する限り、ハイエンド市場は、独立系としての独自性を提供することが条件となっているようだ。

同時にヒルトンマリオットも、別名を用いたソフト・ブランドのホテルをオープンし、より小規模で、標準化されていない部屋を提供しようとしている。

日本でも2018年の春に軽井沢にオープンする予定のキュリオ・コレクション・バイ・ヒルトン
(http://curiocollection3.hilton.com/en/index.html) や、タイムズ・スクエアとミッドタウンの2カ所にあるマリオットのオートグラフ・コレクション (https://autograph-hotels.marriott.com/) などがその例であり、既存のブランドとは距離を置く位置づけになっている。

ソフト・ブランドはブティック・ホテルとして運営しつつ、同時に大手ブランドの一部として、予約やリウォードのシステムにアクセスできる利点もある。

 
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2017年、マンハッタン31丁目にオープンしたライフ・ホテルは、かつて雑誌『ライフ・マガジン』の本社だった建物を改修したものだ。

ホスピタリティのビジネスにもテクノロジーとデータは欠かせない。
ニューヨークのホテルでは、自分でチェックインを済ませるところが増えているiPadに接続された端末を利用してチェックインする。わからなければ、必要に応じてスタッフが助けてくれる。テクノロジーの利用でコストを抑えるホテルは多い。


ホテル各社はゲストに関する大量の情報を有している。そのデータをもとに、それぞれのゲストにどんなサービスを提案するのかがビジネスを左右することから、ホテル・テクノロジーのスタートアップ企業の買収も活発になっている。

現地ツアーを予約するサイトのヴィアター (https://www.viator.com) を買収したことで、ホテルやレストランの予約サービスを提供するトリップ・アドバイザー (https://www.tripadvisor.com/) では、ホテル以外の売上が31%増加した。マリオットは、データに基づいて、それぞれのゲストが気に入りそうな体験を個別に提案している。


ローカルな体験を提案するホテルは多い。マリオットが最近買収したアロフト・ホテル (https://aloft-hotels.starwoodhotels.com/) は、ローカルのアーチストによる音楽の演奏をスポンサーしている。ホステル感覚のブティック・ホテルを謳うモキシーは、部屋は狭くそれ自体がニューヨークの経験だという。

こうした動向の背景には、ホテルの競合はairbnbだという認識がある。airbnbがマーケットする、これまでのような観光客ではないローカルとしての体験をとりこむべく、宿泊に付随するローカル性をホテルが重視し始めていることが、現地ツアーやアクティビティの予約サイトの買収を後押ししている。ホテル周りのビジネスをいかにして取り込むのかは、これからも大きな課題だ。

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アーチ状の構造を多く手がけた建築家、エーロ・サーリネンによって1962年にTWA航空のターミナル4をホテルに改修したTWAホテル。
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TWAホテルのHPより。独特のレトロモダンな内装はある層にとっては宿泊することが目的となりそう。


新しいホテルを見て回ることで気づくことのひとつは、かつてのように、入口を入ると目の前に巨大なレセプションが広がっているという光景を目にすることはないということだ。ハイエンドのホテルにその傾向が強く、大きなデスクの背後に何人ものスタッフが立って待ち構えているという光景は過去のものになりつつある。

自分でチェックインするためのiPadが並んでいる以外には、入口のフロアにはソファが並ぶくつろぐ場所があったり、レストランがあったりする。2017年にマンハッタンの31丁目にオープンしたライフ・ホテル (https://lifehotel.com/
) のように、入口を入ってもどこにレセプションがあるのかすぐにはわからない、むしろレセプションをできるだけ見せないようしているようにさえ思えるところもある。

ライフ・ホテルはかつての雑誌の『ライフ・マガジン』本社だった建物をホテルに改修している。商品をマーケットする際に、それにまつわる物語を付加する物語マーケティングが一般化しつつあるが、ライフ・ホテルは既にそこにあるライフ・マガジンのレガシーの周りにホテルというビジネスを構築したのが興味深いところだ。

他の場所で再現不可能なプロジェクトには、他にはない固有性がある。オーセンティックなトーンを前面に出している内装にもそれは見てとれる。新しいコンセプトやデザインを考えたところで、ひとたび注目されたらそれはすぐに模倣され、あっという間に世界中でコピーされる。模倣されることを避けるためには、他にないユニークな場所を開発するしかないということなのかもしれない。

他にはないホテルといえば、JFK空港内で工事が進んでいるTWAホテル (https://www.twahotel.com) は、かつてのTWA航空のターミナル4をホテルに改修するものだ。 エーロ・サーリネンの手によって1962年にオープンしたターミナルで、トランス・ワールド航空 (TWA) はもちろんもう存在しないが、
その歴史とアイコニックなターミナルを利用したホテルとして復活する。
 
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1980年代にブティック・ホテルのコンセプトを導入したイアン・シュレージャーが手がけるPUBLIC HOTEL。冒頭のソファーの部屋の写真もここ。日本だと結婚式の会場としてのニーズは必須だが、NYの場合はアートイベントや音楽イベントが開催できるようなスペースを設けるところが多いよう。(https://www.publichotels.com/)
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日本における近年のデザインホテル、ブティックホテルのトレンドは、2012年にブルックリンに暮らす3人のオーナーの手によって開業したこのWHYTHE HOTELが有名だ。1901年に建てられた、精糖所に納める木樽を製造する工場をリノベートしたインダストリアルな意匠は、その後の日本における“ブルックリン・ブーム”や“ポートランド・ブーム”を後押ししたが、そういった表面的なことに留まらず、小資本(インディペンデント)であることをはじめ、レストランのメニュー、バー、パブリックスペース、ジムなど、従来の都市のホテルユーザーとは異なる“新しいラグジュアリー”なライフスタイルを提案していた点こそが新しい(写真は2013年8月に撮影したもの)。
 
ホテル・ビジネスの競争の中心は、部屋よりも宿泊の周辺へと移動している。

昨今の宿泊客の半分はレストランでホテルを選ぶというデータもある。ライフ・ホテルのロビーはレストランをフィーチャーしていて、近所の人たちが立ち寄るような場所を目指しているという。同レストランは、レストラン起業家のステファン・ハンソンが所有・経営している。

ホテルの中のレストランの多くは第三者の業者が経営し、ホテルとのシナジーが欠けていることが多い。ライフ・ホテルではハンソン自身が同ホテルに投資をしており、レストランの売上の一定の率を家賃としてホテルに払う仕組みになっている。

一般的に、レストランをオープンした後、その周辺が人気の地区になったら、家賃が上がり今度は追い出されることになりかねない。不動産価格の高騰に終わりの見えないニューヨークでは頻繁に耳にする話だ。ビジネス面での新しい取り組みは、その防止策でもある。

2017年にロウワー・イースト・サイドにオープンしたパブリック (https://www.publichotels.com/) は、1980年代にブティック・ホテルのコンセプトを導入したイアン・シュレージャーが手がけるホテルだ。

その名が示す通り、誰もが立ち寄ることができるように、コワーキング・スペースパブリックの場所があり、仕事をしたり、打ち合わせをしたりしている人たちが多い。上層階にはフード・ホールバーがあり、地下にはコンサート・ホールもある。エンターテイメントは利益が出せるものの、ホテル産業にノウハウがない部分でもある。その開発の意図がある。

こうしてみると、新しいホテルにはいくつかの傾向がある。宿泊周りの体験をとりこむこと。他にない固有性を求めるところもある。そしてテクノロジーとデータがホテル産業の未来に欠かせないコアであることも間違いのだろう。

[取材・データ/文:Yoshi(在NY・コンサルタント)]

 

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コーヒーショップのこと
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コーヒーショップのこと

パリをよく訪れるアメリカ人の友人が、パリのコーヒーときたらひどいもので、何を飲んでいるのかわかったものじゃないとこぼしている。たしかにパリは美味しいコーヒーで知られるところではなく、特に欧州の南の国々から訪れる人たちは、パリのコーヒーは飲めたものではないと決まって不満を漏らすことになるのだが、それにしても他所のコーヒーにケチをつけるようにまでなったとは、アメリカのコーヒーは信じられない飛躍を遂げたものだ。 東海岸ではまだ温い泥水のようなものをコーヒーと呼んでいた1990年代半ばのある冬に、気まぐれで立ち寄ったシアトルのあちこちにはエスプレッソ店が並んでいて、しかもどの店も美味しいことに驚いたことがあった。川が凍る厳冬の大学街から訪れたシアトルは拍子抜けするほど暖かく、それでもあの鈍重の空から足下を惨めにする小雨が降っていたけれど、シアトルはアメリカらしくなくずいぶんコーヒー偏差値が高いところなのだなとすっかり印象を良くしたのだった。​​いまにして思えば、スターバックスがシアトルから本格的な全国展開に乗り出した頃になる。 スターバックスの躍進のおかげで、アメリカのコーヒーの平均値が引き上げられたことに疑いはない。コーヒーの味は大きく改善した。それならコーヒーにまつわる文化面はどうだろう。パリのコーヒーは冴えなくとも、パリには優れたカフェ文化がある。 それに比類するものをアメリカに求めるとすると、サード・プレイスということになるのかもしれない。ひと頃話題になった言葉だけれど、流行りは過ぎ去ったようだから、そろそろあらためて考えてみるのにはいい頃だ。それは昨今のコーヒーショップについて、どんなことを教えてくれるだろう。 スターバックス大成長の立役者であり、辣腕で知られた元CEOのハワード ・シュルツは、同社をサード・プレイスとして熱心に売り込んだことでも知られている。スターバックスが生み出したのはコーヒー商品ではなく、サード・プレイスをつくりたのだと言ったこともあった。 経営者としてのシュルツの手腕についてはビジネス方面に任せておいて、ここでの関心は場所としてのコーヒーショップである。 サード・プレイスという言葉をスターバックス経由で知った人は少なくないらしく、そのためか、それがシュルツの発案だと思っている人もいるらしいけれど、それは社会学者のレイ・オルデンバーグが考えたもので、サード・プレイス論を展開した1989年のオルデンバーグの著書The Great Good Place​​: Cafés, Coffee Shops, Bookstores, Bars, Hair Salons, and Other Hangouts at the Heart of a Communityの一部がフランスのカフェに割かれて検討されていることをシュルツが大いに気に入り、同社のマーケティングに取り入れたというのがそのいきさつになる。 自宅 (第一の場所) でもなく、仕事場 (第二の場所) でもない、「第三の場所」。それがスターバックスなのだとシュルツは主張した。その規定の仕方はいかにも明快で、それゆえ多くの人たちに響いたのかもしれないが、オルデンバーグの本を読むと、それがサード・プレイス概念のほんの一面にすぎず、実際のサード・プレイスは単純にみえて一筋縄ではなく、機微と矛盾に満ちた、それゆえ豊かな場所であることが、さまざまな角度から吟味されていることがわかる。 そのオルデンバーグのサード・プレイスの考え方を手っ取り早く知るためには、いくらか皮肉なことかもしれないが、スターバックスとの対比をみてみるのがいい。 テンプル大学の​​ブライアント・サイモンは、サード・プレイスの観点からスターバックスをどのように評価するのかとオルデンバーグに尋ねたことがある。それに答えて、スターバックスはいいこともしていることをオルデンバーグは認めつつも、同社のコーヒーショップはサード・プレイスの部分的実践であり、模造だという評価を下している。 その場所がどんなところであるのかを知るには、人がその場所をどのように利用しているのかを見てみるといい。サイモンはスターバックス店内で人が何をしているのかを観察し、そこにはたしかにいろいろな人たちが集まってはいるかもしれないが、セカンド・プレイスとして利用している人が多く、一人でスクリーンに向かっている人も多いことに気づく。典型的なサード・プレイスである近所のダイナー (食堂) に集まり、おしゃべりに興じる人たちとは異なる人たちなのだ。 スターバックスは独りでいるのに優しい場所をつくった。もちろん一人客が悪いというわけではない。その需要も少なくないだろうが、オルデンバーグのいうサード・プレイスからみると、そこには大きな疑問符が付されることになる。というのも彼にとってのサード・プレイスは、なによりも人と人が話しをするところ、特に知らない人と話しをする場所のことであるからだ。​ ことさらシュルツが二枚舌を操ったというのではない。シュルツの理解はオルデンバーグのものとは異なっていたようだけれど、それでも彼流のサード・プレイスを信じていたようだし、その初期にはゆったりとした椅子に深々と腰掛けて店内に長居できるようにしたり、また一時期はホームレスの人たちを店内に招いていたことがあったのも事実である。 それにシュルツ自身は人と話しをする場所を意図していたものの、それにもかかわらず、人はその意図を裏切る使い方をしたのかもしれない。もしそうだとしたら、その方がずっと興味深いことなのだ。 サイモンとの会話で、サード・プレイスを構成する要素として、店主が大事であることをオルデンバーグは指摘している。ここでいう店主は、カウンターの向こうで立ち働く人たちのことだ。コーヒーショップではないけれど、マンハッタンのダウンダウンにある、よく行く馴染みのバーをひとつの例としてみてみよう。 その店は曜日によってカウンターの向こうに立つ人が変わる。月曜の早い時間はタイラーで、火曜日はジョンの日、木曜日の遅い時間はダンといった具合に、曜日と時間帯によって、かかる音楽も客層も雰囲気さえも少しずつ変わることになる。もちろん同じ店である。そのわずかな違いを言葉で説明するのは難しいけれど、たとえばジョンとダンは共にフレンドリーではあるものの、同時に対照的な性格の持ち主でもあり、話し方も、オーダーのとり方も、人との接し方も距離感も、冗談の種類も異なる。二人は別々の人なのだから、違っているのは当たり前ではあるけれど。 店としても「火曜日はこういう感じにしよう」と思ってそれに相応しい人を雇い、運営しているわけではない。ジョンがやっているから火曜日はいわばジョン流で、木曜深夜はダンだからそうなっているわけで、もしジョンが辞めたら別の人が火曜日の人になり、それによって火曜日の店はまた少し違ってくることになる。 特にバーのような場所なら、カウンターの向こうに立つ人が変われば違う店のようになるのは当然のことだろう。考えてもみればいい。誰が立っても変わらないような店だとしたら、それはずいぶんつまらない場所である。そんなバーに座ったところで、じっと黙ってビールを飲むくらいしかすることはないはずだ。人はビールのためにバーに行くわけではないのだ。 コーヒーショップやバーで働くたちは、その時、その場で、実に多くの判断をしている。​​バーをとり仕切るのは大変なスキルであるし、その人たちの好みやクセを含めて、そこで働く人たちに多くを依存している。 どんな人たちが客としてやってくるのかも、その店の性格を大きく左右する。店側で選別するようなことをしなくても、不思議と広い意味で似たような人たちが同じ店に集まるものだ。客はその店の性格を築く上で欠かせない役割を果たしていて、ある意味では、その店で働く人たちよりもその貢献度は大きいといえるかもしれない。店主と客のやりとりからその店は成り立ち、そこで初めて「場所」になる。あらゆる場所は、その多くを、店主であれ客であれ、そこにいる人たちに負っている。 サード・プレイスは店主が意図した通りになるものではないし、むしろその収まりきらないところにこそ面白味があり、そこを豊かな場所にしている。それは一貫して非一貫性を貫くことといえるかもしれない。 そうした厄介でもあり面白くもある機微を覆い隠したうえで、サード・プレイスを自宅でも仕事場でもない場所と大幅に単純化して、小綺麗に仕立てあげたところが、シュルツのビジネス・パーソンらしい持ち味だったのかもしれない。それに世界中に店舗を展開する大企業になると、ブランドと品質の統制に関する懸念も大きくなるに違いない。 そうした意味でも注目に値するのは、米国書店最大手チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルである。2019年に英国からジェイムズ・ドーントを新CEOに迎えて以来、同社はそれぞれの店舗に選書や発注、そしてディスプレイに関する自由裁量を与え、統制とは正反対に思われるやり方で、各店舗を独立書店のように運営しようとしていることから、並々ならぬ注目を集めている。なにしろ店舗によって、ロゴや店名まで変えたりする念の入りようなのだ。 書店もサード・プレイスとされることが多い場所である。ドーント自身ロンドンで独立書店を始めて6店舗にまで拡大したのちに、破綻寸前の英国最大手書店ウォーターストーンズのCEOに就任し、黒字化させた経歴の持ち主だ。巨大チェーン・ビジネスのCEOでありながら、「チェーンのモデルはうまくいかない」と明言する人でもある。 今年の夏には、コロラド州デンヴァーで50年以上地元の人たちに親しまれてきた独立書店のタタード・カヴァー (Tattered Cover) が破産申請し、その書店をバーンズ・アンド・ノーブルが買ったことが話題になった。ローカルの独立書店が米国最大のチェーン書店の傘下に入るというわけで、その後の運営に懸念と注目が寄せられたが、タタード・カヴァーの店舗とチームはそのまま残し、バーンズ・アンド・ノーブルとは別の書店として運営することがあきらかにされている。 ドーントによると、「タタード・カヴァーとはそこで働いている人たちのこと」であり、それが物理的な書店なのだという。書店で働く人たちはおよそ考えられる限り甚だ非商業的な人たちなのだが、ただ、その商業的な部分を気にしなくなると、商業的にうまくいくというのが彼の経験則らしい。 […]

yoshiさん


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