徳島市出身の河田さんは、飲食店の立ち上げやディレクションも手がける徳島市内のレストラン「Deili(デイリ)」を主宰する人物。徳島の食に詳しく、これまで東京近郊で徳島の食をテーマにしたポップアップレストランを数回実施し、好評を博してきた。現在東京にも支社を持つ「デイリ」は、食のほか内装、デザインを担当する約10人が在籍し、食に関する多彩なプロジェクトに関わっている。
「従来のアンテナショップは物販が中心で、十分な収益を得るのは難しいのが現状。来店するのは、出身者やその県をよく知る人が中心です。新しいファンを作るためにも、”徳島だから”来るのではなく、”居心地が良い” ”おいしい”、そんな一般的な飲食店やホテルを選ぶ動機で気軽に来てもらいたい。宿泊や食事を通して、”気づいたら徳島だった”というような場所にしたかったんです」(河田さん)
5階建てのビルは、元々動物美容の専⾨学校だった築21年の建物をリノベーションしたもの。空間ディレクションと1・2階のオペレーションは、徳島市を中心に各地でリノベーション建築の設計・施工・運営を行う「DIY工務店」と「デイリ」が担当した。DIY工務店の代表は林業家でもあるそうで、バルやレストランのテーブル、椅子、床などのインテリアには徳島の一本杉を加工して使用。全体に統一感と温もりを演出している。同時に、隣接する神泉児童遊園地も渋谷区と協議のうえ再整備を行い、人々が集まる明るいイメージへと生まれ変わった。
2階レストランの食材選定やメニュー開発等のディレクションは、河田さんと渋谷区神山の人気店「Pignon(ピニョン)」の吉川倫平さんが担当。同施設のコンセプトに賛同するオーストラリアやスペイン出身のシェフが集まった。全ての食材を徳島から直送し、こだわりの薪のグリルを使った調理も好評だ。メニューは日替わりのコースが中心で、4皿ショートコースで5,000円、6皿とデザートのコースで8,000円。徳島の日本酒やオリジナルクラフトビール、ナチュール系ワインも豊富に揃える。また1Fのマルシェでは、レストランで使われる新鮮な徳島産の野菜や物産品の販売も行っている。
2~5階部分のホステル運営は、未活用不動産を活かした宿泊施設の運営事業などを手がける「R・Project(アールプロジェクト)」が担当。ベッド数は約60床で、2階はグループ用ドミトリー、3~4階は個人用ドミトリーとシングルルームを用意。5階は専用テラス付きのスイートルームがあり、パーティやイベントでの利用も可能。1泊の宿泊料金はドミトリー6,000円~、シングルルーム 10,000円~で、全てに徳島の食材を使った朝食がつく。
昨今、大規模な再開発が進む渋谷駅周辺だが、駅から10分ほど歩いたここ神泉や富ヶ谷周辺は「奥渋谷」と「裏渋谷」呼ばれ、改めて注目を集めているエリアでもある。ここ数年のあいだに、おしゃれなショップやレストラン、カフェのオープンも増え、IT系やクリエイティブ系のオフィスも増えている。宿泊施設に合う物件探しは簡単ではなかったが、ここ神泉は企画コンセプトにもぴったりの場所だったという。
「自分のライフスタイルを確立している大人が多く住み集うイメージ。程よく渋谷の喧騒からも離れていて、代官山や中目黒にも近く、個人的にも好きで、理想的なエリアでした」(河田さん)
宿泊客は国内・海外からのツーリストの割合が半々で、20~30代を中心に幅広い。「Booking.com(ブッキングドットコム)」「Expedia(エクスペディア)」などの宿泊予約サイトを見て予約をする人も多いという。一方、レストランの客層は東京近郊の高感度な30~40代が中心で、バルやランチで利用する近隣のオフィスワーカー、マルシェ目的で訪れる近隣住人も増えているそうだ。
バルでは定期的に音楽のライブやDJイベントなどもスタートし、月一度のサンデーブランチなどのイベントも好評。今後も積極的に増やしていく予定だという。「実際に来て頂いて、徳島っていいね、かっこいいねというお客様の声を聞くと嬉しいですね。まだまだスタートしたばかりですが、収益を生み出し継続していける場所にすることが今の目標です」(河田さん)
ここ数年、都内アンテナショップの数は増加し、2017年度の調査では都内のアンテナショップ数は過去最高の72店舗に(前年65店舗/*財団法人地域活性化センター「自治体アンテナショップ実態調査 2018」より)。店舗の内装やサービスも洗練され、ミシュランの星を獲得するハイレベルなレストランを備える施設も見られるようになった。そんな中でもここ「TurnTable」は、徳島と東京の文化が交差し、モノからではなく、寝食や音楽を介した“ライフスタイル”と、“人と人との繋がり”から情報発信を行うユニークなスポットとして注目が集まっている。
【取材・文:渡辺満樹子】