演劇や音楽、古着など、サブカルチャーを発信する場所が多く主要駅からアクセスの良い下北沢は、若者を中心に人気の街だ。しかし海外から見ると、サブカルチャー好きの外国人は多く訪れる街だが、一般的な日本の観光地としては、まだまだ知名度は低い。宿泊施設はビジネスホテルも含め、下北沢駅周辺には1つもない。
そんななか、2018年4月、下北沢初の「ホステル」がオープンした。下北沢駅から徒歩数分、17床(最大26人利用可能)のこじんまりとした宿泊施設だ。雑居ビルの4階、新しく清潔感のあるドアを開くと、「SHIMOKITA HOSTEL」と描かれたイラストとネオンサインが迎える。シンプルなデザインのインテリアに、壁面のイラストが印象的だ。
運営するのは株式会社BARE NOTE STUDIO。もともと、ウェブ、グラフィックなどのデザインや民泊のインテリアプロデュースなどを手がけていた「WITH TOKYO」というチームの代表だった黒木郁己さんが、今回のために仲間とともに2017年8月に設立した会社だ。
「“WITH TOKYO”は、東京と世界がすぐ繋がれるようにという思いを込めて付けた名前でした。当時は個人事業主で受注案件ばかりだったのですが、自らサービスを提供してみたらおもしろいのでは?と思い、SHIMOKITA HOSTELのオープンを機に会社を設立しました」(黒木さん)。
今回、設計・施工・運営の全てを自社で行っている。黒木さんご自身が知人の若いクリエイターに声をかけ一緒に完成させた。ラウンジの壁面に描かれたイラスト(飛行船と街並を表現しているそう)は、イラストレーター「take」さんによるもの。
「私自身は特に何ができるわけではないですが、ビジネスの中で人と人をうまく繋げていくことが仕事だと思っています。その中でも、アーティストやクリエイターを紹介していくこともこだわりのひとつですね」(黒木さん)。
実は、黒木さんは数年前まで、インディーズバンドのドラマーとしても活動しており、その時のCDジャケットの一部デザインを担当していたのが「take」さんだったという。当時からデザイン関係の知り合いが多く、ミュージックビデオを作りたいという知人に映像作家を紹介したりということをしていたのだそうだ。
「バンド活動をしていた頃は“セルフプロデュース”という言葉が世間でもすごく飛び交っていて、自分もそれが当たり前でした。でもその一方で、アーティストが曲作りやパフォーマンスに100%専念できたらいいのにとも思っていました。自分たちで集客したりマーケティングすることは大事ですが、やっぱりそれは大変なことで。自分の作品を届けてくれる人が、もっと身近にいたらいいのに、と。職種は変わったけれどやっていることや思いは同じです。音楽をやっていたきっかけでそういうことができたらいいなと思います」(黒木さん)。
元々、黒木さんは下北沢のシェアハウスに住んでいた経験があり、街の雰囲気や人の面白さに惹かれていた。どうせ何か作るのであれば、自分の好きな街でという思いがあった。
「下北沢は、例えば渋谷のように若者がたくさんいて、新しい文化がたくさん生まれる街という点は同じです。ただ、街にいる人たちの過ごし方が少し違っていて、渋谷よりも時間がゆっくり流れているように感じます。同じビジネスマンでも、ネクタイが少しゆるいような。それが下北沢のいいところだなと思います」(黒木さん)。
受付スタッフは全員、英語での対応が可能。下北沢で開催されるイベントは、まだまだ外国人向けのサービスが整っていない。今後は「SHIMOKITA HOSTEL」にて、外国人の問い合わせ窓口のような機能も請け負えるように準備中だそう。
「下北沢は海外から見た日本の中でも確実に、次に注目されるべき街だと思いますが、そうなるには単純に泊まるところがないし、イベントの英語対応も十分ではないし、今は地元の人達だけで楽しむ空間になっています。もっといろんな人を巻き込んでいきたいですね。積極的に街と繋がり、まち自体を盛り上げていきたい」(黒木さん)。
「SHIMOKITA HOSTEL」のコンセプトは”SOCIAL NEIGHBERFOOD HOSTEL”。滞在者が下北沢のまちと“繋がる”、滞在者同士が“繋がる”、そういった“繋がり”をテーマにしている。
「ラウンジも敢えてひとつ繋ぎのソファにしました。来館者同士のコミュケーションができるだけ取りやすいように意識しています。実際にこのソファでいろんな国の人たち同士で会話している姿を見られて嬉しいです」(黒木さん)。
利用客は半分以上が海外からの旅行客だが、利便性の良さから日本のサラリーマンの利用も多いという。バンドマンが「ギターをちょっと置きたい」というので利用することも。
「特に、内装に“下北沢らしさ”、“日本らしさ”は取り入れていません。宿泊場所は落ち着ける環境であることが大事だと思うので、海外からのお客様が違和感なく滞在できるインテリアを意識しました。ただその中に日本のアーティストの作品を飾っていたり、ライブや演劇などのチケット予約をサポートするサービスを取り入れたりと、自然に日本や下北沢の文化と繋がる仕組みを作っていく予定です」(黒木さん)。
黒木さんが海外でいろんな宿泊施設に泊まり大事だと感じたことはシンプルで、“簡潔に滞在できる形”であることだったと話す。 「過度にその土地の文化を取り入れる必要はなくて、必要最低限の設備があり、きれいな場所であることの方が大事だと思います。泊まる環境としてはシンプルに、でもそこにローカルな文化にすぐ触れられるシステムがあるというのが一番良いと思います」(黒木さん)。
今後、主催イベントや企画も積極的に実施していく予定だそうで、そのなかの1つが、アーティストの作品の展示企画だという。月ごと、または週ごとに、公募したアーティストの作品を館内に展示し、“ギャラリー併設のホステル”としても運営していくそうだ。
「現在、1ヶ月で400人ほどの人が、世界中から訪れる場所になっています。その集客力をうまく利用したくて。本当は自分たちで、アーティストの作品を海外に持っていけたら良いのですが、それにはもう少し時間がかかりそうなので、それならば日本に来た人たちに見てもらい、その体験を自国に持ち帰ってもらえたらと思いました」(黒木さん)。
小田急電鉄株式会社、小田急グループUDS株式会社、株式会社エリスタは、2018年4月から、外国人観光客向けに下北沢の小劇場や老舗の店などを回るツアー「SHIMOKITAZAWA Local Walking Tour」をスタート。
駅周辺の開発も進みつつある下北沢だが、低層の景観や狭い道幅といった下北沢らしさを残しながらの新しい観光サービスの確立や宿泊施設の建設は難しい。
しかし、独特のカルチャーのある小さな街だからこそ、他との連携も取りやすく、こうした気軽に利用できる宿泊施設やローカルツアーなどの“アクティブでローカルな試み”は、今後発展しやすいスモールビジネスなのかもしれない。
【取材・文:堀坂有紀(『ACROSS』編集部)】