去る2019年1月21日、3回に渡って開催してきた日本服飾文化振興財団のセミナー『「定点観測」からみた、東京のファッション&カルチャー史』の最終回、「2000年代を振り返る」の最後のスライドでも示したが、2010年前後は、“ファッションをきちんと学ぼう“という動きが、自然発生的に浮上した時代だった。
当時は、2000年代後半に本格的に上陸したファストファッションと、リーマンショックによる世界的な景気低迷の影響が大きく、日本のファッション(ビジネス)の今後について模索するファッションのプロと、欧米にならって、<ファッション>をアカデミズムとしてきちんと学びたいという若者たちが、結果的にいっしょに集まって議論しようという小さなアクションだった。
きっかけとなったのは、ファッションの私塾である「ここのがっこう」が開校だろう(2008)。その後、「ACROSS」編集部もガチで係った「ドリフのファッション研究室」(2010)や「ぴゃるこ」、「ファッションは更新できるのか、会議」、「Think of Fashion」(ともに2012スタート)」、「ポストファッションプロジェクト:100人の大会議」(2014)、そして2017年には「産地の学校」や「東京ファッションテクノロジーラボ」(2017)など、さまざまな業界とのタッチポイントを内包するバラエティ溢れる学びの場が増えていった。
そんななか、2019年春より、専門学校の専門分野の職業教育と、大学の幅広い教養の特長を活かした“専門職大学“という文部科学省が新たに定めた高度教育機関がいくつか採択され、ファッションとビジネスに特化した「国際ファッション専門職大学」が開学するというので、その記者発表会に行ってきた。
運営母体となるのは学校法人日本教育財団。1966年、名古屋に「名古屋モード学園」を開校したのを皮切りに、東京、大阪、名古屋にモード学園、パリにクレアポール、IT・デジタルコンテンツを専門とする「HAL」、医療・福祉・スポーツの「医校・医専」といった専門学校や、通信制の大学、「東京通信大学」を手がける一大教育機関で、“即戦力を育成する”というのがコンセプトだという。
「価値観の多様化、グローバル化、そしてIT技術の進歩を背景に、いま社会は歴史上例のない変化の最中にあり、そのバランスを最も必要とされている分野のひとつがファッション業界です」と、同大学の学長に就任した近藤誠一氏。
近藤学長は、元文化庁長官で、パリOECD(経済協力開発機構)の事務次長、駐米国大使館公使、ユネスコ日本政府代表大使などを歴任した後、東京大学や慶應義塾大学などで教鞭を執ったほか、現在東京藝術大学客員教授を務めている。
記者発表会は、そんな近藤学長による開学趣旨と、大学設立準備室責任者の後藤京子氏から具体的な同大学における学びの特長や具体的な入試方法などについて説明された。
そして第2部では、近藤学長の加え、元文部科学副大臣で現在東京大学と慶應義塾大学の教授である鈴木寛氏、そしてファッションデザイナー兼プロデューサーの山本寛齋氏の3名の登壇によるトークセッションが開催。テーマは「これからの日本に求められる教育のあり方について」と大きなものだったが、約45分興味深かったので以下にまとめてみた。
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「近年、日本の教育が世界的に見ると下がって来ているという話がありますが、実は小学校中学校までは世界的にみると教育水準が高く、問題は高校・大学の高等教育が問題なんです」と鈴木氏。
その理由はアメリカと比べると予算が6分の1しかなく、その背景には少子化もあり、多くの人にとって教育が他人事になっているからだという。
驚いたのは、日本の大学進学率はそれほど低くないだろうと思っていたところ、文科省がまとめたデータによると、OECD各国で比較した大学進学率は、オーストラリアが96%で、韓国が71%なのに対して、日本は51%と、OECD諸国平均の62%を下回るほど低かった点だ。
また、グローバルな視点からすると、「日本は“学名歴社会“であはるけど、“学歴社会“ではない」そうで、つまり、日本ではどこの大学を出たか、という大学名を重視するものの、学士、修士、博士という研究成果についてはまったく評価する社会になっていないのも大きな問題だと鈴木氏は話す。
「日本のファッション界を見ても、残念ながら私と同世代のデザイナーの彼・彼女らを越える人は出ていないように思う」と、1971年に、日本人として初めてロンドンでファッションショーを開催した寛斎氏は言う。
おそらく、クリエーションとビジネスのバランスという意味でだろう。「いま現在、ルイ・ヴィトンのCEOであるマイケル・バーク氏を越える人は日本にはいない」(寛斎氏)と話す。
「ビジネスとクリエーション、そして、そこに、これからは“テクノロジー”が加わることが大切」というのが鈴木氏の主張のポイントだ。
そのためには、全部1人でまかなう必要はなく、いろんな専門家と一緒になってチームを作り、グローバルに闘っていかなければ生き残れない、そのためにも、専門学校の特長である“専門分野の職業教育”と、大学教育の特色である“幅広い教養と学術研究の教育”という双方を持ち合わせる“専門職大学”が有効なのではないか、という論調に。
異種混合のチームを組んだときに必要なことについて、鈴木教授は、以下のように話す。
「リテラシーには①はなす ②きく ③よむ ④かくという4つがあって、例えばIT分野や医療分野の専門家などとチームを組んだ際、ファッションを学ぶ人たちも、少なくとも③と④はできるようになって欲しい。デザイン画を描いたりパターンを引いたり、縫ったりという通常の作業と、チームでミーティングをした後に出て来た分からない専門用語を調べる作業との往復が大切になってくるように思います」(鈴木氏)。
同大学は、国内外の著名なブランドや企業等のトップランナーが教授として直接指導したり、3D衣装製作ソフトまで搭載されたハイスペックなノートパソコンを活用したり、従来の大学教育のしくみでは充分に行なわれてこなかった実習やインターンシップを全学生の必修科目とし、全員が海外での実習も行なうそうだ。
たしかに、近年、東京のデザイナーブランド(アンリアレイジが早かったが)がIT系や自動車業界、医療業界などの異業種との協業を行なうケースも増えている。2010年代半ば以降は、“ファッション×テック”をテーマとしたカンファレンスも多数開催され、冒頭に示したような専門の学校なども増えている。
そんななか、「チームを組むのは難しいかもしれませんねえ」という寛斎氏の発言に近藤学長も鈴木氏も一瞬「(声には出していらっしゃらなかったものの)え?」という雰囲気に。
「クリエイターはわがままだから、なかなかチームを組むというのは難しいかもしれないなあと思ったのです」と言う寛斎氏の発言に、若干、会場はクスリというムードにも(?)。
その具体的な例として寛斎氏はこう話す。
「3月に北極に行く予定なんですけどね、みんなが何しに行くの?って聞くんです。でも、私は行ってみないとわからない、って答える。なんでしょう。理屈じゃわからないことがあって、実は、縄文時代が今も続いているっていう悠久という考え方があるじゃないですか。私の中では、今という時代はいろいろなものが掴みにくいところにいて、だったらその“極“を今、見なければ、と思ったんです」(寛斎氏)。
インターネット、いやインスタグラムやストーリーなどがメディアとして一般化しているいま、“時間軸“という概念についてそういう大きなスケールで見てみる、という発想は、おそらくAIにはできないだろう。
「AIはアンビションなんです。センサーは持っていません。いろんなデータを読み込ませてそれらから解析することはできるのですが、ゼロからは何もできないんです」と鈴木氏は話す。
また、「いま学術分野は面白いところにきていて、例えば物理とファッション、生命科学とファッションなど、アカデミズムとクリエイティビティがもっともっと交わっていくことが、“非連続なイノベーション”を実現していく鍵になるのでは」と鈴木氏。
つい先日開催された「第5回ウエアラブルEXPO」でもさまざまなデータが取れるセンサー内蔵のウエアや、猛暑の昨夏への対策からか、いかに冷却機能をウエアに内包するかなど、“ファッション×テック”の展示が目立った。テックを軸にファッションと組むか、ファッションを軸にテックと組むか。スタンスこそ違うものの、“ファッション”をめぐるイノベーションはまだまだこれからだ。
「アジア最大の成長産業は“教育“」(鈴木氏談)というように、今回の国際ファッション専門職大学の開学をきっかけに、それらを複合的に学ぶ場と機会、そしてそれらを繋ぐ多様な指導者など、今後ますます広がっていきそうだ。(取材・文:高野公三子/本誌編集長)
*国際ファッション専門職大学 入試説明会:
日にち:2019年2月9日(土)
会場:東京キャンパス 12:00〜、大阪キャンパス 10:00〜、名古屋キャンパス 15:30〜