上の写真:英国の伝統的な靴づくりのスタイルを踏襲するユニオン・ワークスでは、職人は低めの椅子に座り作業台(ベンチ)で仕事をしていた。一方TWTGの靴磨きは立って作業するスタイル。今回のリニューアルで、ユニオン・ワークス時代のベンチはカウンターに改修された。「QUALITY SHOE REPAIR」のサインがカウンターに引き継がれている。
現在、東京都内で4店舗を展開する「UNION WORKS(ユニオン・ワークス)」は、紳士靴好きのみならず、昨今では靴にこだわる女性の間でも人気の靴修理店。中でも渋谷・桜丘の渋谷店は、1996年に同社として初出店したいわば原点とも呼べる場所。そのスペースが、2019年1月より「TWTG(The Way Things Go)×UNION WORKS」として、リニューアル・オープンした。
The Way Things Go(以下TWTG)とは、2018年1月に年銀座三越で開催された「靴磨き日本選手権」大会でグランプリを獲得した靴磨き職人・石見豪さんが経営する大阪の靴磨き店(ちなみにACROSSでは昨年5月に東京・大塚にて石見さんがBrift H(ブリフトアッシュ)の長谷川裕也さんとともに「一日路上靴磨き」を敢行した模様を取材している)。
さらに2019年2月に行われた第2回「靴磨き日本選手権」大会では、同店所属の寺島直希さんが優勝し、2名の最高位職人を擁する店となった。そのTWTGがユニオン・ワークスとのコラボレーションにより初の東京進出を果たしたのだった。
マンション地下1階にある店舗は、ユニオン・ワークス時代の、座って靴修理の作業を行う椅子に代わって、スタンディングで靴磨きを行うためのカウンターが新設されていた。
ユニオン・ワークスによる靴やウェア等の販売と修理の受付はそのまま継続して行われ、什器なども継承されているが、このカウンターのほか、新たに造作された木製床や壁面を飾るアウグスト・ザンダーの写真などに、TWTGらしさが窺える。
「自分の店を持った当初は、東京に出ることは、考えていませんでした」と語る石見氏。その一方で、靴磨きや靴磨き職人が置かれた状況を、開業当初からシビアに見ていた。
「靴にとっては、ケアも修理も同じように重要なのですが、一般的には靴底が減ったり穴が空いたら修理は必須だけど、ケアはどっちでもいいという感覚があると思います。そこで、靴磨き職人を長期的にやっていこうと考えたときに、自分が憧れるくらいの、かっこいい靴修理店と組みたいと思っていました。修理とケアが一緒になったら、なんとかやっていけるのではないかと」(石見さん)。
そんな考えもあり、石見氏は、いつの日かユニオン・ワークス代表の中川一康さんに会いたいと思っていた。ほどなくして中川さんと親しいテーラー、batak(バタク)の中寺代表を介して知遇を得た。その後は時間をつくって幾度か東京に赴き中川さんとの距離を縮め、ユニオン・ワークス銀座店と同じビルにある「UNION WORKS the Upper Gallery(ジ・アッパー・ギャラリー)」にて靴磨きのイベントを行うところまでこぎつけた。
「土日しかオープンしていないジ・アッパー・ギャラリーのスペースを、平日に私たちの靴磨き店として有効活用しませんかと提案して、試験的にイベントをしたのです。ところが、実際にやってみると、ジ・アッパー・ギャラリーの空間ではストックが置けず、多くのオーダーをとれないことがわかりました。すると、イベントの後、中川さんから渋谷店をやってみないかと、お話をいただいたのです」(石見さん)。
ユニオン・ワークス渋谷店は確かに重要な創業店だったが、その後開店した青山店や銀座店、新宿店などに比べ、アクセスなど環境面で必ずしも恵まれたものではなかった。また渋谷というマーケット自体が22年前と比べかなりカジュアルになってしまった。そこで、この場所を活かすための新たな刺激策として、石見さんとの協業を選択したのかもしれない。そして、The Way Things Go×UNION WORKSとしても順調に伸びているという。
こうしてTWTGを、あっというまに大阪と東京の2店舗で運営するようになった石見さん。その靴磨き職人として腕前もさることながら、彼の言葉からは卓越したビジネスの感覚が窺える。聞けば石見さんは、高校卒業後すぐに営業職に就き、当時数千万あった家の借金を独力で完済したのだという。
「ただ、借金返済した後は、燃え尽き症候群になってしまって。知人と新たに事業をスタートしましたが、面白さを感じられず1年で辞めてしまいました。他の会社に行っても迷惑をかけるだけなので、独立して、とにかく知らない業種に行こうと思ったんです、それなら飽きないだろうと。洋服関係、テーラーなどがいいかなと考えていた最中、以前勤めていた会社の近くに、関西で初めての靴磨き専門店ができたというネットニュースを目にしました。ちょうどオールデンのコードヴァンを履いていたので、早速覗きに行って磨いてもらいました。その時、この界隈では全然マーケットをイメージできないし、どういう人が靴磨きにお金をかけるのかもわからない、この商売で食っていける自信がないなと感じたので、じゃあこれをやろうと決めたんです」(石見さん)
早速大阪・京橋の路上にて、書道のパフォーマンスを行う友人の隣で靴磨きを始め、そこで知り合った顧客の勧めもあって、企業に出張して靴を磨くようになった。3年間で約2万足を磨いた後、2015年に船場のヴィンテージビルに自身の店TWTGを開店し、それ以降は来店客を中心に靴磨きを行なってきた。その大阪店も現在は拡張し、スタッフ2人、見習い1名を抱えるまでに成長した。
取材時に石見さんとともに店頭に立っていた寺島直希さんは、2018年よりTWTGの社員となった靴磨き職人。それ以前は大学生の傍ら2年ほどTWTGにてアルバイトとして靴磨きを行ないながら、大学のある京都の路上でも靴磨きを行なっていたという。寺島さんとの出会いを石見さんは次のように回想する。
「最初に連絡をもらった時は磨きの依頼だったのですが、来店2日前にメールが来て、修業させてもらいたいという内容でした。会って、修業は断ったのですが、その時に、君は男前だから路上で靴磨きやったら女の子いっぱい来るんちゃう、みたいなことを言ったんです。でも、どうせやらないだろうと思っていました。誰に言っても、そこまでのことをやった人はいなかったので」(石見さん)。
ところが、石見さんの予想を覆し、TWTG来店の1週間後、寺島さんは京都にて路上の靴磨きを始めた。その後数ヶ月靴磨きを続けた寺島さんを今度は石見さんが訪ね、京都での企業の出張靴磨きを紹介したり、地方出張に同行してもらったりする中で、TWTGでもアルバイトをするように。そして大学卒業後寺島さんは迷うことなくTWTGの一員となったのだった。
「寺島も育って来たので、ほんとうは月の半分ずつ、東京と大阪に僕がいる体制にしたいんです。でもまだオープンして間もないので、東京にいることがほとんどですね」とこぼす石見さん。ただ、東京での長期滞在のおかげか、最近靴磨き創業以来の夢のひとつが叶ったという。
「紹介いただいて、直接安倍首相にお会いして靴を磨きました。これも縁ですね」
そんな石見さんは自身の今後の展開について、次のように話した。
「3年後までには、以前から準備してきたテーラード・ウェアの事業を、靴磨きと並行してやっていきたいと思っています。今僕と寺島が着ているのもオリジナルで、大阪にあるファクトリーでつくってもらっています。あと、昨年オリジナルの靴用ブラシを発売したのですが、そのためにうちが独自でブラシファクトリーをつくったような形になりました。ですので、ブラシメーカーとして他社と協業することもやってみたいですね。そして5年後ですが、これほんまなんですけど、東京でたこ焼き屋やりたいんですよ、東京のはぜんぜんですからね。粉や水の分量とか入れるものの割合とか、全部独学で勉強しました。うちのやつ出したら絶対売れると思うんです」。
なんとも突拍子もないアイデアに見えるが、石見さんのこれまでの歩みを考えると、そんな構想も案外実現するような気がしてくるのだった。 [取材/文:菅原幸裕(「LAST」編集長)/フリーランスエディター]