「マインドフルネス」という言葉をご存知だろうか。世界的企業GoogleやIntelでの社内研修を始め、Apple創業者であるスティーブ・ジョブズも実践していたことが紹介されたのをきっかけに、ここ数年関連書籍も急増。再び注目を集めている。もともとは坐禅がベースとなった「瞑想」の手法の1つで、「今の自分の体の状態と向き合う」ことで集中力を高めたりストレスを軽減させ、日常生活や仕事に良い効果をもたらすためのものといわれている。
ニューヨークなど海外では幅広い層に浸透し、「メディテーションルーム」や瞑想専用スタジオなどが増えているというが、日本ではスポーツジム内のレッスンや、ヨガを行う時などでは取り入れられているが、なかなか単体で実践する機会はまだ少ない。
そんななか、日本で全国に20店舗以上のヨガスタジオを運営し、創業15周年を迎えた株式会社ヨギーが2018年6月に日本初の瞑想専用スタジオ「muon」をオープン。実際に「マインドフルネス」を体験し、どのように行われているのか、またどういった効果があるのかなどを探るべく、取材した。
日本初の瞑想スタジオ「muon」
場所は新宿駅から徒歩5分。「スタジオ・ヨギー新宿WEST」内にひっそりと別の入口が設けられている。明るいヨガスタジオの雰囲気とは異なり、muonへの入り口は、非日常的で落ち着いた印象だ。
差し込む一筋の光を辿って、瞑想スタジオまで
神社やお寺の参道を意識して作られたという廊下。照明は床に一直線に走る一筋の光のみ。床は縁のない畳を使用しており、一歩踏み出すごとに背筋が延びるような独特の緊張感を覚える。
無意識のうちに神聖な場所を歩いているような気分を感じながら先へ進むと、今度はガラッと印象が変わり、清潔感溢れる白とグレーを基調としたシンプルで明るい空間に到着。受付とロッカー、そして中央に南部鉄瓶と瞑想に関する書籍が置かれていた。
“無駄なものはいらない”シンプルなラウンジ
今回設計を担当したのはデザイン会社「オンデザインパートナーズ」。茶室をイメージしたスタジオは「五感をフルに活用し自然と瞑想状態へ入ってもらう」というのがコンセプト。受付のあるラウンジスペースの床は、岩を砕いた砂で作られている。触れると、ひんやりとしていてまるでお寺の本堂の廊下を歩いているようだ。参道を歩いてきた雰囲気のまま寛げるよう、床・壁・木の色合いにわたってこだわっている。
セッション(「muon」では各プログラムをこう呼ぶ)前には、南部鉄瓶で入れられた白湯が振る舞われる。まろやかで、水本来の持つ甘みを感じる白湯が喉を通るたび、体中がじんわりと温まる感覚を覚える。
白湯を飲み、一息ついたら瞑想前の準備。瞑想用に調合された「muon aroma」を手首に軽く塗って肌に馴染ませていくと、草木の香りに体中がふわっと包まれ、森林浴をしているかのようなリラックスモードに。
初めての瞑想体験。自分の心と一対一で向き合う時間
スタジオには、19本の光る木の柱が立っている。スタジオ内は他に照明はなく、柱からの光だけで視界を確保しているのだ。初めて入ると薄暗さに驚くかもしれないが、次第に慣れ、瞑想を終える頃にはこの暗さが心地よく感じる。実は、この光の柱には本物の木の皮が巻かれており、セッション中にガイダンスに合わせて点灯の仕方が変わるしくみになっている。木目や皮の薄さも異なるので、同じ柱でも見る面によって違った色合いや明度を楽しめるのだそうだ。
セッションの間は、サラウンドシステムを採用した7台のスピーカーから音声ガイダンスが流れ、インストラクターはいない。当初は音声ガイダンスのみの案内に不安を感じていたが、ゆっくりと丁寧に説明してくれるため動作がイメージしやすい。高品質な音響効果による立体感溢れる音声ガイダンスに耳を傾けながら、ひとつひとつこなす感覚はどこか心地よさも覚える。音声ガイダンスを担当しているのは、元フジテレビアナウンサーで現在はアロマセラピストの大橋マキさんだそう。
また、スタッフが1名以上常駐しているので何かあった時も安心。ヨガやジムのように着替える必要もないため、会社帰りや休憩時間に1人でふらりと訪れる人もいるという。
クッションを挟んで、楽な姿勢で。瞑想の世界に飛び込む
設置されているソファとクッションを自分に合うようにセットしたら瞑想開始。muonのクッションは京都の老舗寝具店に特注で作ってもらっており、長時間背筋を伸ばしても無理なく座れる構造になっている。
銅で造られたひんやりとした床は、木の柱から漏れる光が反射してなんとも美しい。ぼんやり視点を分散させながら、瞑想の世界に飛び込む。
初めての体験で、きちんとできるのか不安だったが、音声ガイダンスが「両手は力を抜いて、腿の上に置きます」「両手の指先を肩先に添えましょう」など、細やかに指導してくれるので初心者でも安心して取り組むことができた。また、明るい空間ではないので、周囲の視線を気にせずのびのびとリラックスしてできるのが心地いい。
今回体験した30分コースは、雑念が芽生える瞬間が時折ありつつもあっという間に終了。終了直後は、少しぼんやりとするが、脳内の思考はしっかりと研ぎ澄まされている感覚があった。
—ゆったりとした心で、いまこの瞬間が隅々まで近くできるようになる。いままで見えなかったものがたくさん見えるようになる
マインドフルネスを実践していたスティーブ・ジョブズの言葉の意味を少しだけ感じながらの、人生初の瞑想体験となった。
日本に瞑想を浸透させたい。「muon」の課題とは?
日本初の瞑想スタジオとして誕生した「muon」。通い放題サービスやワークショップの開催など新たな取り組みも見られる一方、利用者の人数や認知度の低さなど、抱える課題も多い。オープンから半年が経ち、改めて今の課題と目指すビジョンをPR担当の大西さんに伺った。
—現在利用者は1日に何人ほどいらっしゃいますか。オープン当初からの変化などもあれば教えてください。
現在は、平均20~30人程度です。男女比は3:7、ヨガだと1:9なので比較的男性の利用者さんも多いですね。年代は30~40代が多く、平日でも夜19:30クラスには仕事帰りの方が利用されています。オープンから半年が経ちましたが、徐々にリピーターの方も増えてきています。最初は緊張した様子だった方が、瞑想後に直接感想を伝えてくれることも…。少しずつ瞑想の効果や魅力を感じていただけているのが嬉しいです。
—料金を決める方法がユニークでしたが、価格設定までの経緯を教えてください。
日本で初めての瞑想スタジオだったので、価格設定に葛藤がありました。いくらであれば、受け入れられるのだろうかと思って…まずは、お客様の反応や率直な意見を知るために、自由設定制度を実施しました。ラウンジスペースにお賽銭箱のようなものを設置して、基本料金を1,000円で設定し「もし1,000円以上の価値があると感じたら、そこに自由な金額を入れてください」と。数か月試したところ、平均プラス1,000円をいただくことが多かったことや、習慣として通っていただけるよう、現在の価格に決めました。
—日本初の瞑想スタジオだからこその、悩みなどもあるのでしょうか。
“広め方”には、いまだに葛藤している部分もありますね。スティーブ・ジョブズなど、著名人が瞑想を行うことで、日本でも瞑想への興味関心は高まっているものの、実際に「どこで」「どうやって」の部分の情報がなく、瞑想をするに至れていない方も多くいらっしゃる気がします。
だからといって、「瞑想しましょう!」と派手な広告を打つのも違うのではと思っています。日本初の瞑想スタジオとして、ブランディング面や瞑想を広めるにあたっての基準が私たちのスタジオになるのであれば、最適な方法はなにか…常に考えを巡らせています。 啓蒙する立場としては、スタジオへの集客の前に「瞑想する人を増やしたい」という想いがあり、今年の1月から通い放題プランを設定しました。一ヶ月4,320円で好きなだけ利用できます。1度や2度ではなかなか効果も感じづらいので、まずは続けてもらうことを目標にしたいです。
—今後はどのようなビジョンを抱いていらっしゃいますか。
昨秋から、新たな試みとしてワークショップの開催をスタートしました。瞑想に興味を持ってもらうためにも、試行錯誤を繰り返しながら企画を考えています。今年の1月には、干し葡萄を使った「マインドフルネス・イーティング」も実施しました。マインドフルネス・イーティングとは、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚をフル活用しながら、五感で食べ物を味わうこと。色々な角度から眺めたり、匂いを嗅いだり、口の中に含んだあとにゆっくり噛みしめたり…丁寧に食べ物と向き合っていきます。 たくさんの方にお越しいただけて、新しい取り組みを実施することの重要性をひしひしと感じましたね。
実は、「muon」を立ち上げる時にニューヨークで様々な瞑想スタジオも視察しました。繁華街の中にあって、カジュアルで宗教感の排除された空間で、オシャレなニューヨーカーたちにも愛されていました。欧米では、主要空港をはじめ、さまざまな場所、瞑想をするための「メディテーションルーム」が“普通に”完備されているんです。飛行機に搭乗するまでの待ち時間にメディテーションルームへ行って、瞑想をする方も多いんですよ。それだけ欧米人にとって、瞑想は非常にカジュアルに溶け込んでいるもの。
日本の座禅を発祥起源とするマインドフルネスは、日本人にもフィットするものだと思っています。今後、瞑想をする人が増加して少しずつ浸透してほしいです。まずはキッカケとして、一度muonに足を運んでいただけると嬉しいですね。
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近年、自宅で手軽に瞑想ができるアプリの開発や関連ワークショップの開催も増え、ある意味“カジュアルに”瞑想が受け入れられつつある。瞑想に適しているとされる温度や光量、非日常感のあるスタジオは、瞑想状態に入りやすい環境が整っているため、自宅で行うよりも高い効果を得やすいという。
じわじわと、しかし確実に日本でも浸透しつつある「マインドフルネス」。着替えや持ち物もいらず、しかも短時間で行うことができるため、気軽にできる“新しいトレーニング“の一つとして忙しい会社員を中心に更に広がりを見せそうだ。
【取材/文:山本杏奈+『ACROSS』編集】