指パッチンで木魚を鳴らす楽器「パチモク」や古いタイプのナショナルのスイッチを使用した鯉のぼり型のリズムマシーン「コイビート」など、インパクトの強い“ナンセンスマシーン”を数多く作り出してきたアートユニット「明和電機」が、2019年3月に実は初めてとなるショップをオープンした。場所はもちろん秋葉原。日本で最初に電子部品・電子機器パーツ専門のデパートとして1950年に誕生した「東京ラジオデパート」内だ。
これまでもオンラインショップでの販売、展示・音楽イベントの企画、SNS、動画サイトへの投稿など、さまざまな形で作品を露出させ表現してきた明和電機。ヒット作となった音符の形の電子楽器「オタマトーン」は販売開始から10年で50万本の売り上げを出している。インターネットでいくらでもファンや消費者に情報を提供することができる時代において、なぜ秋葉原に実店舗を出店したのか。その経緯を代表取締役社長の土佐信道さんに伺った。
秋葉原は閃きにつながる“得体の知れないモノ”と出会える場所
土佐さんにとって秋葉原は、学生の時から通っていた“思い出の場所”。愛着のある秋葉原で、明和電機のリアルショップを作りたいという思いは長年持っていたという。
「大学時代は、秋葉原の部品販売店と、銀座の画廊を巡る生活をしていました。当時の秋葉原には、廃棄された機械から出てきた部品、いわゆる“ジャンク品”を売っている部品販売店が多くあったんです。『これは一体なんなんだ』というような、得体の知れないジャンク品を探すのが本当に楽しくてですね。そのジャンク品からインスピレーションを受けて、モノ作りに励んでいました」(代表取締役社長・土佐信道さん)。
実際に明和電機が生み出してきた、数々のナンセンスマシーンにも秋葉原で見つけたジャンク品が使われている。 ところが、去年の暮れに秋葉原を訪れたとき、大きな変化を感じたという。
「老舗の部品店が閉まり始めてきていました。シャッターが下りている店舗が目立つようになっていたんです。かといって、電子部品を使ったモノ作りが下火になっているかといえばそうではない。ボクの周りには、“変なモノ”を作る人が増えてきていたんです」(土佐信道さん)。
モノ作りをしている人は増えているのに、その材料を販売する店舗がなくなっている。この“ズレ”を解消するために、明和電機のリアルショップを作ろうと決意したのだそうだ。
「モノ作りが好きな人たちって、インターネットで作り方を見ているんです。ただ、インターネットの問題点は、みんな同じものを作ってしまう点です。かつてのジャンクがなぜ面白かったかというと、“得体の知れないもの”だらけだったわけです。得体の知れない物との出会いから、閃きは湧いてくる。インターネットでは、得体の知れない物とは出会えないからです。しかもインターネットの中で閉じてしまっているので、秋葉原にこういった部品店があるのを知らないんですよ。この両者をつなげたら、モノと人が出会う面白い場所になると思ったんです」(土佐信道さん)。
リアルショップならではの驚きも
お店では思いつきで作ったものをすぐに売ることも。お客さんの反応をすぐに見られる、ダイレクトな楽しみがあるのはリアルショップならでは。また、実際に出店してみて、驚いたのは客層だったという。
「明和電機のファンクラブに入っている方の3分の2は女性なのですが、秋葉原店にいらっしゃる方は、場所柄なのか30~40代の男性がほとんど。ライブとかよりも、ショップの方が気軽に来れるんだと思います。男性のファンの方と、熱い握手をさせてもらいますね(笑) 。子ども連れでいらっしゃる方も多いです。あとは実店舗にわざわざ来られるくらいなので、オタマトーンの改造パーツなどを買いに来る“マニア”が多いです。『自分たちでオタマトーンをいじくりたい!』という猛者がいらっしゃいますね(笑) 」(土佐信道さん)。
「変わったものや、オンリーワンなものを欲しがっている方は多い」
“変なもの”が集まる「ラジオスーパー」
今回は明和電機のプロダクトを取り揃える、「明和電機 秋葉原店」だけでなく、レンタルボックスのような形で作品を委託販売する「ラジオスーパー」も併設。ユニークなクリエイターたちの商品を実際に触ったり動かしたりすることができ、実際に購入もできる。
また、個性的な作品が詰まったラジオスーパーにも、土佐さんの熱い思いが込められていた。
「ラジオスーパーでは、ボクの知り合いで変なものを作っている人に主に出店してもらっています。アートを作ってはいるけれども、売ったことがない人もいる。“売る”というのはハードルが高いわけです。でも、やってみてほしいという思いがありました。だからこそ、そういった人たちを集めて、ラジオスーパーを作ったんです」(土佐信道さん)。
ラジオスーパーで一番売れている商品を聞いてみたところ、「どれもユニークな商品ばかりなのですが、売れているのはオカモトラボさんの『Hicarix Badge』ですね。スマホで入力した文字を、小型の電光掲示板で映すことができるプロダクトです。最初の1カ月で100個以上売り上げましたね。アイドルが好きな方が、自分の押しの名前を入力してライブで使っていたりするようです。やはり変わったものや、オンリーワンなものを欲しがっている方は多いんですよ」とのこと。
「いま普及しているスマホは自分で作ることができない」
また、さまざまな形で電子部品を使ったプロダクトを展示販売する「ラジオギャラリー」も併設。
「ラジオギャラリーは、最初は明和電機の展示をしていますが、面白い方がいれば、随時紹介していく予定です。だいたい1カ月半くらいで入れ替えていくことになると思います。本当に得体のしれない『なんですか、これ?』というようなアートを展示していきます」。
「今は、得体の知れないモノを作る楽しみが少なくなってきている」と土佐さんは続ける。
「ボクが学生のときは、ラジオがとんがったメディアでした。部品を探して自分でラジオを作る人がいて、それでお金が動いて秋葉原という町が出来上がってきたんです。いま普及しているスマホは自分で作ることができないんです。だから、秋葉原の部品店も少なくなってきている。ここに展示してあるモノたちは、秋葉原に売られているものから作れます。つまり、これらは“レシピ”なわけです。変なものを作るレシピです。『こういったものを作ればいいじゃん』という提案をして、みなさんに作っていただければいいなと」。
明和電機 秋葉原店は、確実にそういった“得体の知れないモノ“と出会い、作る楽しみを共有する場といえそうだ。そもそも“得体の知れないモノ“は使い方や捉え方も無限大。店内に溢れる“変なモノ”を眺めていると、モノ作りをしない人たちでさえ「これはどうなっているんだろう?」と想像力が掻き立てられワクワクする。
地下にはイベント開催が可能なスペースも。5月頭にはジャンク市が開催され、7月と8月の土日には、地下スペースにて明和電機やユニークなクリエーターが参加するワークショップを開催予定だそうだ。
「先日もジャンク市を2日間行ったんですが好評だったので、またイベントも企画しています。まだ計画の段階なのですが、“明和電機 地下工場”と銘打って、その場でアーティストにアートを作ってもらったりできれば面白いかなと思っています」(土佐信道さん)。
現在、台湾の現代美術館での展覧会にも参加しているが(2019年7月7日まで)、今後、ショップの海外進出も視野に入れているという。
「海外ではアメリカ、台湾、中国あたりで人気。将来的には『明和電機 ドバイ店』だとか、海外でショップを作ってみたいですね。世界にも変なものを作っている人はいっぱいいるので、そういうひとたちと情報交換をできるような場所を作りたいですね」(土佐信道さん)。
コアなファンを持つ明和電機ならではの集客力と話題性は、リアルショップで獲得した新しい客層を巻き込み、閃きやモノ作りの楽しさを教えてくれる。かつて日本の最先端の電子部品デパートであった「東京ラジオデパート」から発信される“ナンセンス”なアート作品は、秋葉原を今一度面白い街へと生まれ変わらせることができるかもしれない。
【取材/文:佐々木治+「ACROSS」編集部】