中央線沿線のなかでも人で賑わう吉祥寺や荻窪の狭間にあり、独自の個性や文化を育んできた西荻窪。土日は中央線快速が止まらないこの駅周辺は、戦前・戦後にかけて荻窪と並び作家や文化人が多く住んだことでも知られるカルチャー色の強いエリアだ。新旧の小さな雑貨店や喫茶店、古本屋、古道具店などが混在し、どこかマイペースでのんびりとした雰囲気が流れている。その西荻窪駅の北側に今年1月、中古家具を販売する喫茶店「村田商會」がオープンしたと聞き、取材に訪れた。
全国各地の喫茶店を巡って1000店舗
「村田商會」があるのは、地元で45年続いた喫茶店「POT(ポット)」の跡地で、コーヒーカップ型のレトロな看板が目印。向かいには老舗の喫茶店「どんぐり舎(や)」がある。カウンター5席とテーブル席2卓があり、店内外では中古の椅子やテーブル、食器やカトラリーなども販売する。
「POT」の雰囲気を残した店内で提供するのは、ブレンド珈琲(500円)、クリームソーダ(550円)、ミルクセーキ(500円)、ピザトースト(500円)、スパゲティナポリタン(650円)など、まさに昭和の喫茶店らしいラインナップ。近所の常連客から若い世代の純喫茶ファンまで、多くの人が楽しめる王道メニューを揃える。
店主は村田龍一さん(38)。学生時代に喫茶店の魅力に目覚めて以来、会社員をしながら全国各地の喫茶店を1000店舗以上巡った経歴の持ち主だ。2015年には会社を退職し、閉店した喫茶や飲食店などから引き取った中古家具を販売するネットショップ「村田商會」を立ち上げた。
実店舗をオープンした背景は、昨年「POT」が閉店する際に、家具を引き取りに訪れたこと。「マスターに話を聞くと、お店は全て壊される予定だというんです。歴史のあるお店の雰囲気も素晴らしく、そのままお店ごと借りて喫茶店を開くことに決めました」(村田さん)。
もともと村田さんが喫茶店好きになったのは、学生時代に知人に連れられて中野の名曲喫茶「クラシック」(現在は閉店)に訪れたことがきっかけ。昭和初期から続く独特の雰囲気に圧倒され、それから歴史のある喫茶店を探して全国各地に足を運ぶようになったという。
失われつつある昭和の喫茶店文化
喫茶店の魅力について、「お店ごとに個性があり、独自の雰囲気を体験できるところ」と村田さん。戦後に日本でコーヒー豆の輸入が再開され、コーヒーが大衆化されたのは1960〜70年代ごろ。さらに80年代にかけては個人経営の喫茶店が開業のピークを迎えた。特に経済成長期には各店が個性を競い合い、内装やメニューにお金をかけた豪華な店もたくさんオープンしたそうで、その当時の面影を感じながらゆっくりとコーヒーを楽しめるのが醍醐味だ。
ネットショップを立ち上げた背景にあるのは、20代前半のある喫茶店との出会いだ。「たまたま入った喫茶店に、『今週末で閉店します』という張り紙があったんです。空間や雰囲気もとても気に入ったのに、マスターと話をしたら全て壊して捨ててしまうということだったので、思わずテーブルと椅子を1セット欲しいと申し出て、後日引き取らせてもらったんです。それは今も気に入っていて、自宅で愛用しています」。
その後も、閉店の知らせを聞く機会は増え続けた。その理由は喫茶店ブームに開店した店主が高齢になり、店を畳むケースが増えたから。また、大手チェーンのコーヒーショップが増えたり、携帯電話やスマホの登場により待ち合わせや時間を潰すために喫茶店を利用する人が減って経営が難しくなったという背景もあるだろう。そんな時代の流れを感じさせる味わい深い喫茶店の家具だが、実際は買取が難しく、ほとんどは中古市場に出回ることなく廃棄されるのだという。「好きなお店が無くなってしまう寂しさを感じ、せめて使われていたものだけでも残せないかと思うようになり、思い切って会社をやめてその思いを形にしようと決めました」。
「村田商會」では、自らが喫茶店に運んで家具を引き取り、必要に応じてメンテナンスしてから販売する。機会があれば、買取したお店の人にどんな人が買ってくれたかを伝えることもあるそうで、「価値がないと思っていたものが、次の人に使ってもらえて嬉しい」と喜ばれることも多いそうだ。
「村田商會」では、自らが喫茶店に運んで家具を引き取り、必要に応じてメンテナンスしてから販売する。機会があれば、買取したお店の人にどんな人が買ってくれたかを伝えることもあるそうで、「価値がないと思っていたものが、次の人に使ってもらえて嬉しい」と喜ばれることも多いそうだ。
“もの”だけでなく店の“ストーリー”も継承
同店ウェブショップの大きな特徴が、「江古田 歩歩」「銀座凮月堂」「蒲田 グランドキャバレー レディタウン」など、商品が店名でカテゴライズされていることだ。実際に店名をクリックすると、商品の説明や状態がくわしく記され、売れた後もアーカイブとして残される。サイト内には、村田さんの手による店舗紹介記事(営業当時の写真とエピソード)も掲載。店名でカテゴライズする理由は「ただの中古家具を売るのではなくて、そのお店にも愛着を持ってもらいたいから」(村田さん)。実際に、お店に思い入れのある人が見つけて購入していくケースも多いのだというが、こんな喫茶店文化を愛する村田さんならではのストーリー作りが他の中古家具販売店との差別化に繋がっている。
ウェブショップのオープン後は、SNSなどを中心に少しずつ認知が広がり、全国の喫茶店愛好家との繋がりも拡大。店舗から直接の買取依頼も集まるようになった。数年前からは知り合いの飲食店やショップの一角を借りて、家具や食器、カトラリーなどの展示販売イベントも不定期で開催。「実際に商品に触れられる機会が欲しい」というお客さんの要望が増え、実店舗のオープンを考えはじめたころに、タイミング良く「POT」との出会いがあったそうだ。
実店舗の客層は30~40代が中心だが、SNSなどで調べて来店する喫茶店好きの20代から「POT」時代から通う60~70代の地元客まで幅広い。ネットショップを見て実際に来店する人や、通りがかりで商品を見かけて購入する人、またお店の人が買取の相談に訪れるケースもあるという。
“古いもの好き”が集まる西荻窪
西荻窪という場所に決めたのは「POT」との出会いが一番の理由だったが、店舗の規模感や家具販売のスペースもちょうど良く、地元が近くて通勤しやすいことも決め手だという。「西荻には老舗の喫茶店も多く、古道具や古本や骨董の店が集まる”骨董通り”もあって、古いものが好きで、こだわりを持った人が集まるイメージ。実際に、通りがかりに購入する人も思いのほか多くて、結果的にこの場所がぴったりだったと感じます」。
再開発が進む吉祥寺に比べて西荻窪はまだまだ賃料が安く、ユニークな個人店が多いのが特徴。もともと小規模な商業物件が多数あり、出店のハードルが比較的低いことから、新店のオープンも続いている。ここ数年では駅南口の先に続く商店街に、若いオーナーが手がけるおしゃれな雑貨店や飲食店が集まり、「乙女ロード」と呼ばれ注目を集めている。
レトロな喫茶店に魅了される新世代の若者たち
昨今ではコンビニやチェーン店で気軽にコーヒーが飲めるようになったが、それでも昔ながらの喫茶店の人気は根強く、純喫茶にまつわる書籍(菊池亜希子「好きよ、喫茶店」2017年7月発行、村田さんの著書「喫茶店の椅子とテーブル」2018年8月発行)やムック本(『BRUTUS特別編集 喫茶店好き。』2017年9月発行、『Hanako特別編集 喫茶店に恋して。』2018年10月発行/マガジンハウス刊)も多数出版されている。村田さん自身も、若い世代に喫茶店好きが増えているのを感じるそうで、自宅用に中古家具を購入する人や、新たに喫茶店や飲食店をオープンするために、若い店主が大口で家具を買い取るケースも増えているそうだ。
各地で大手資本が手がける店舗やチェーン店が増える昨今だが、その一方で他にはない個性のある古着やアンティーク、喫茶店など、独自のスタイルを求める若者層も着々と増えており、新旧のユニークな店が集まる西荻窪はそんな若者たちの探求心をくすぐるエリアともいえるだろう。今後も「村田商會」は各地で出張販売イベントのほか、近隣のお菓子屋やパン屋などとコラボレーションも行っていく予定。「古いものと新しいものの架け橋になり、いいお店を残していく流れを作っていけたら嬉しいですね」と、村田さんは今日も古き良き喫茶店文化を継承し、新たな世代に発信し続けている。
【取材・文=フリーライター・エディター/渡辺満樹子】