お店の中に子供の未来を育む場がある
2019年春、千葉県市川市にある老舗ショッピングセンター『ニッケコルトンプラザ』の中に、バイリンガル幼児園『kids Duo International(以下KDI)』がオープンした。
商業施設内にある子供向けの施設というと、カルチャーセンターや幼児教室、遊具施設のたぐいか、または販売スタッフの福利厚生も兼ねた託児所や保育園、というのが一般的だが、本格的な教育施設が入居するのは珍しいので、取材を試みた。
JR本八幡駅から徒歩約10分。ニッケコルトンプラザの敷地に入ってすぐの、アウトモールの一角にある『ツムグテラス』と名付けられた建物。自転車屋(ル・サイク)、カフェ(スターバックスコーヒー)、雑貨店(LA VIE CROISSANT)、千葉土産・名産品店(房の駅)、調剤薬局(マツモトキヨシ)、食べ放題レストラン(グランブッフェ)と、ぐるっと一周店舗が並ぶ中に、KDIの入口はある。
2階にあがってすぐの『ラーニングステーション』。病院やパン屋さんなどの店舗を模したファサードが並び、園児たちが楽しく職業体験を行うスペースになっている。
KDIの1階には、下足場や事務室、2歳児(年少々)の教室があり、2階の1フロア約600坪が、3歳児(年少)以上の園児達の生活するフロアになっている。階段を上ると、まず目に飛び込んでくるのは、可愛らしくてカラフルな商店街のようなファサード。ショップを模した小部屋が並び、各入口には、『Clinic』『BAKERY』『Work Shop』『Supermarket』と描かれている。
「ここは『ラーニングステーション』と呼ばれる、英語で職業体験を行う場所です。1クラス30名が10人ずつのチームに分かれて、職業ごとの制服を着て、週1回、様々な職業の体験をします。
例えば『Clinic』の日は、内科医や歯医者になったり、患者さんになったり。『BAKERY』では、実際にマフィンやキッシュ、スイートポテトパイなどを作ったり。『Work Shop』内では、デザイナーやネイリストになったり、ベビーシッターになったり。『Supermarket』では、お花屋さんになったり、お客さんになったりします」と、園長の竹本菜穂子さんが館内を案内しながら説明してくれた。
館内を案内して下さった竹本園長。『ラーニングステーション』横の壁面には、職業体験をすることの意義が書かれている。
「こうやって『ごっこ』をやってみると、『お父さんはこういうことをやっているんだな』とか『自分はこういうことが好きなんだな』とか、子供は色々と感じます。その子その子に好きなものがあるので、それをまずは見つけようね、というカリキュラムです。
KDIの『ラーニングステーション』は、単なる職業体験ではなく、社会での役割や仕事の尊さ、両親への感謝の気持ちを持つことの大切さを感じるように設けられています。」(竹本園長)。
『まだ小さいんだから』と体験しないままでいると、中学生になってからふと、何になるか悩んでしまうかもしれない。
夢のような空間で様々なお仕事ごっこをする(BAKERYでは本当に作って、試食もできる)ことで、将来について考える機会が得られる。楽しい体験を家に帰って親に話すことで、自分から発信する力、表現する力が育まれる。
英会話のレッスンにとどまらない、綿密な教育方針に基づいた育成プログラムの一つになっているようだ。
英語のシャワーで自然に身につく語学力
一般的に、語学を習得するのには3,000時間必要だと言われているが、英会話スクールに週1回通っても、4年間で200時間にも届かない。
「答えは猫(cat)でした」。
座学にあたっては、黒板やホワイトボードは使わず、モニターにタッチしたり書いたりする方法で、飽きさせない。
それに対し、ここKDIは、朝9時から夕方17時までのお預かり時間がバイリンガル環境なので、4年間通うと3,000時間を超えることができる。
そして各クラスには、ネイティブスピーカーとバイリンガルの先生が1名ずついるので、外国の文化に触れたり、異文化に親しむことも可能だ。
園で生活していると、制服を着たり、運動着に着替えたり、色々なシチュエーションがある。例えば『服を脱いだら畳む』といった生活の基本なども、園での生活を通して教えられ、子供たちは成長していく。KDIではそうした『ライフスキル(しつけ教育など)』も重視しているので、自分でやってみよう、出来なくても良いからやろうという力が、生活を通して形成されていくそうだ。
2階の教室は、園庭と呼ばれる中庭に面してロの字型に並んでおり、日の光が感じられる気持ちの良い空間になっている。
教室入口には、「服は脱いだら畳もうね」とイラストで伝えるポスターが貼ってあった。
幼稚園と保育園の いいとこ取りの『幼児園』とは?
ところでKDIは、幼稚園でも保育園でもなく『幼児園』と名乗っている。 実は行政区分上でいうと『認可外保育園』にあたるが、『保育園と同じようにお預かりして、幼稚園以上のカリキュラムで教育していきますよ』との意を込めて作られた造語だ。
このバイリンガル幼児園を生み出したのは、個別指導学習塾の『スクールIE』や英語学童教室の『Kids Duo(キッズデュオ)』などを手掛ける総合教育サービス会社の、株式会社やる気スイッチグループ。
英語をはじめとする、40年にわたる教育ノウハウを生かし、KDIは現在首都圏を中心に7園展開されている。
KDIのイメージ画像。園児は、右下のタータンチェック柄の可愛い制服で通園できる(画像提供:やる気スイッチグループ)
やる気スイッチグループ の担当者は、「『International』の名前が冠に付いていると、『オールイングリッシュ』と思われがちですが、日本語の時間、日本人の先生が教える時間も多く、日本の文化を大切にしています。外国からの駐在員等のご家庭向けのインターナショナルスクールとは違って、入園してくるお子さんのほとんどは、最初は英語が喋れません。バイリンガル環境でさまざまな学びや体験を通して、自然と身につくようになります」と語る。
太鼓や木琴などが置かれた音楽ルーム。保育園よりも様々な体験の機会がある。
KDIでは、『英語教育』『知育教育』『運動指導』の3つを軸に、前述の職業体験プログラム『ラーニングステーション』、『ライフスキル教育』など、密度の濃いメニューが用意されているそうだ。
例えば『音楽』の時間には、鉄琴、木琴、大太鼓、小太鼓など、様々な楽器を使って合奏にも取り組むこともある。「普通の保育園ではここまでの活動は出来ません。また幼稚園では15時頃にはお迎え時刻がきてしまうので、お母さんはフルタイムで働くことが出来ませんよね」と、竹本園長は胸を張る。
17時まで預かってもらえる『幼児園』のメリットだ(さらに延長保育を頼めば20時まで預かり可能)。
運動能力開発にあたっては、300種類もの遊びを交えたプログラムが用意されている(例えば「投げる」動作は、「肘を上げる」「体幹をしならせる」等の細かい動きに分け、忍者の修行のようにクリアしていくような仕組みらしい)。「ニンジャージ」という専用の運動着で行う(画像提供:やる気スイッチグループ)。
KDIでは、卒園時に、小学校3年生レベルの算数力、国語力を身につけていること、英会話力については英語検定準2級のスピーキングレベルの習得を目標にした指導をしているそうだ。また希望者には、小学校受験対策などの課外授業も用意されている。
普通の幼稚園に通わせる場合は、親御さんがいったん迎えに行って、別のお受験用のスクールに連れて行かなければいけないが、ここだと部屋を移動するだけで済む。子供の気持ちが途切れないから、子供の集中力が続くし、親の手間もかからない。
小学校受験対策など課外授業用の教室。部屋を移動するだけで専門の先生に教わることが出来るので、共働き家庭でも有名私立小学校受験のチャレンジが容易だ。
SCに出店してみたら、メリットが多かった
KDI市川は、定員432名に対し、現在の園児数は2~3歳児を中心に定員の約3分の1。開園1年目であり、年中さんや年長さんが転園(他園から移ってくる)するのは勇気のいることだろうから、この人数は現段階ではまずまず、といったところだろう。
それにしても、今どき普通の小学校でも2~300人の生徒数という所もある中、432名というのは結構なマンモス園だ。
スクールバスは全部で6台。利用者は6~7割。半径5km位を中心に、乗車1時間程度を目安にルート設定。KDI市川では親御さんの都合に合わせて、自家用車での送迎もスクールバス利用も選択可能だ。
「ここでは親御さんが自家用車で送迎できるというのは大きなメリットですね。パッと停められる大きな駐車場がすぐそばにあるというのは、SCの中だからこそ出来ることですね」とは、やる気スイッチグループの担当者。
ニッケコルトンプラザでは、お買い上げにかかわらず30分までは駐車無料なので、何のストレスもなく自家用車で送り迎えが出来るのは強みだ。
竹本園長を先生たちがとり囲んで。これで全体の1/3くらいの人数だそう
竹本園長は、「私が良かったと思うことは、保護者さん達からの言葉ですね。『今日楽しかったよ!って、子供がその日にやったことを逐一報告してくれるんです。入園させて良かったです』と言われるのが凄く嬉しいです。本当にここには沢山の遊びがあるので、園児達には楽しいと思います」と語る。
「そういえば、夏に“夕涼み会”という、夏祭りのようなものを園庭でやったのですが、コルトンプラザのダイエーさんとかスターバックスさんとかが、屋台を出して食べ物を売ってくれたのは、良い思い出ですね」(竹本園長)。
「そうでしたね。普通なら園のスタッフでやったり、給食業者さんに頼んだりするところですが、近くにあるお店の本物のスタッフさんが協力して下さって。親御さん達の方が特にテンション上がっていましたよ。『スタバだー!』って(笑)。お陰様で、市川ならではの行事ができました」(やる気スイッチグループ担当者)。
ツムグテラス2階の真ん中に120坪の園庭を配し、それをぐるりと囲むように教室が並ぶ構造のKDI。周りからの視線を気にせず、のびのびと過ごすことが出来る。奥に見えるピラミッド状のものは、ニッケコルトンプラザのシンボルの“コルトン”。
「それからダイエーさんは、食育のイベントもやって下さいました。先方の店内のキッチンスタジオに、園の年長さんをお招きいただいて。座学あり、実習ありで」(竹本園長)。
実習は、『1,000円でこの要素を満たす野菜(黄色い野菜とか、葉物の野菜とか)を買ってきてください』というものだったそう。ダイエーの本物の店内で、お目当ての野菜を見つけてレジを通る、子供たちのドキドキ・ワクワクしている姿が目に浮かぶようだ。
マーケットニーズの汲み取りと差別化のため、館を立て替えてお出迎え
KDIを導入したショッピングセンター、ニッケコルトンプラザを運営する、ニッケ・タウンパートナーズ株式会社の青出木課長にもお話を伺った。
「KDIの入っている建物(ツムグテラス)は、今回建て替えをしました。ニッケコルトンプラザは、全体で5万坪あるんですが、商業施設以外に、ゴルフ練習場や住宅展示場、老人ホームなどもあります。であれば子供(の施設)もあった方がいいねという話になりまして。人々の生活にあったら便利だな、より豊かな時間を提供するために何ができるかな、と考えた結果、差別化できるKDIの導入に至りました」と青出木課長。
ニッケコルトンプラザの敷地内の、ツムグテラスと反対側のエリアに建ある「ニッケあすも市川」(住宅型と介護付の有料老人ホーム、デイサービス)。高齢者向けのすべてのサービスが揃っている。ニッケのグループ会社の株式会社ニッケ・ケアサービスが運営する。
「ツムグテラス1階の『スターバックス』さんは、日本で2つめのキッズコーナー(遊び場)のあるスタバさんで(目黒店とここのみ)、KDIとの親和性が高いです。また同じく1階に入っている『房の駅』は、地産地消の食品を扱っている店ですが、KDIに通われているママさんには、子供に安心安全なものを食べさせたいという意識の高い方が多く、野菜の回転は非常に早いと聞いています」とのことだ。
「KDIは当社の関連会社の、株式会社ニッケライフという会社が運営しています。ニッケライフは認可保育園や、やる気スイッチさんの学童保育『Kids Duo(キッズデュオ)』をFCで何軒もやっている会社なので、その実績が買われて、ここにバイリンガル幼児園を開園することが出来ました」(青出木課長)。
ニッケ・タウンパートナーズ株式会社の青出木課長は、市川生まれ市川育ち。一時期アメリカに在住経験もあり(まだ今ほど日本にSCがない時代、ニーマンマーカスの入っているショッピングモールに憧れたのが原体験)。
「市川という街は教育熱心なエリアで、人口が49万人なのに、私立の小学校が数校あります。裕福な方も多く、親御さんが援助してくれるとか、一部上場企業の共働きとか、お医者様とか士業の方(弁護士、公認会計士等)も多い印象がありますね」(青出木課長)。
一方で、待機児童が多く、保育園が望まれているエリアだったので、付加価値もあり、400人以上受け入れのできるKDIの導入を推進したそうだ。
KDIは、お安い授業料ではない(送迎バスや延長保育の利用の有無にもよるが毎月10万円は下らない)が、夫婦共働きで世帯年収が7~8百万以上ある家庭だと、認可保育園でもそれなりの金額になってしまうので、もうひと頑張りすれば手が届かないことはないだろう。
お受験教室や体操教室などを掛け持ちするくらいだったら、親の手間も省け、子供の将来のためにもなると考え、選択する人は多そうだ。
“10のお約束”に実直に取り組み、市川の街に貢献し続ける
ところでニッケコルトンプラザは1988年開業だが、当WEBアクロスの前身、月刊アクロスでは、オープン間もないこのショッピングセンターを取材している(月刊アクロス過去記事はこちら)。
その時と今とを比べると、『カーニバルプラザ』だったところが今回の『ツムグテラス』になったほか、駐車場だったところが、『TOHOシネマズ』(シネコン)や、『トイザらス』(大型玩具店)、『ニッケ・あすも市川』(老人ホーム)になっている。 ニッケコルトンプラザは、この30年で確実にチャームアップをしていることがわかる。
上が現在のニッケコルトンプラザの俯瞰図(フロアガイドより)。そして下が1988年当時の俯瞰図(月刊アクロス1989年1月号より転載)。駐車場だったところが様々なサービスを提供する施設になっている。
「ニッケコルトンプラザは、出来てたかだか30数年です。でも昭和の初期からニッケの工場として、日本毛織株式会社として、この土地でお世話になっているんです。昭和の最後の頃、大店立地法が非常に厳しい時代に、当時の社長(沼波文雄氏)が、当時の市川市長宛に、『こういうものを作るのでショッピングセンターを作らせてください』って10のお約束をしているのがこれです」と、青出木課長は額装されたポスターのようなものを見せてくれた。
ニッケコルトンプラザ誕生の原点ともいえる、日本毛織株式会社が1983年に市川市長に宛てた書面。右側の画像が「10のお約束」部分を拡大したもの。どんな街・どんな生活を提案していきたいのか、その志が書かれている。
「この10ヵ条っていうのは、1983年に出されているんですが、今読んでもハッとさせられることが多いです。実は社内研修で、最近この存在に気づいたんですが。今の時代、まさにモノだけじゃなく、コト・トキじゃないですか。それが既にここには書かれていて。そういうものをちゃんと引き継いでいかなくちゃいけないなと思います。リニューアルするときにも必ず振り返って、『それに対して忠実に守れているか』と自問自答するようにしています」
と、地元市川への思いを語る。
ニッケコルトンプラザは、コルトン広場という、モニュメントの建つ中庭のようなスペースを、ひんぱんに街場に開放して地元連動イベントを開催している。一番の動員は8月の盆踊り。一番手間暇がかかっているのは『工房からの風』という、全国の若手工芸作家の育成を兼ねた即売会(メセナ賞およびグッドデザイン賞も受賞)だ。
また館内の吹き抜け部分で行われるワークショップは、物作りスキルのある地域の方が講師になっての『ワンデーレッスン』が盛んだ。お正月飾りの作り方とか、ハロウィンのチャーム&アクセサリー作りとか。単にレッスンを受けるより、教えたり教えられたりする方が満足度が上がるので、館へのロイヤリティは高まるという。
コルトン広場では街場に開放されたイベントが頻繁に行われている。上の画像はニッケコルトンプラザの名物企画「工房からの風」の前回のチラシ。下は昨年10月に行われた「いちかわドイツデイ」の風景。
2019年9月には、ツムグテラスの向いに、ニッケグループ自前の写真館(ぷるふぁみ)がオープンした。フォトグラファーにはミスユニバースの公式カメラマンを務めた女性もいるそう。色合いやデザインも上品な子供向けのドレスや着物などが沢山あって、KDIの客層にも合いそうだ。
毎週何かのイベントをやっているのも、お客様の交流する機会を作るのも、「街への恩返し」なのだという。 市川で育った人が、家族をもって、子供が生まれて。それに貢献できるメニューが地元のショッピングセンターにも増えて、ともに歩いていく。そういう実直で崇高な循環がそこには存在していた。
【取材・文:『ACROSS』編集部・船津佳子】