flotsambooks(フロットサムブックス)
レポート
2020.05.18
カルチャー|CULTURE

flotsambooks(フロットサムブックス)

「こういうときこそ、ブレずにふつうに」
ビジュアルブック専門の人気オンライン書店によるリアル店舗@代田橋

新型コロナウィルスの影響は書店・出版業にも及び、緊急事態宣言の発令を受けて、全国の書店は800店以上が休業(2020年4月時点)、雑誌や書籍も延期や中止が続いている。

街中にある「リアル書店」はそもそも減少傾向が続いていたが、書店調査会社アルメディアによると、2019年5月時点での日本の書店数は1万1446店で、20年前の2万2296店に比べるとほぼ半減。背景の一環には、「Amazon」をはじめとするネット書店の浸透、電子出版市場の拡大が挙げられる。洋書店だけを見ても、2011年に閉店したデザイン専門洋書店「hacknet(ハックネット)」(代官山)に続き、「嶋田洋書」(青山)、「パルコブックセンター」(渋谷パルコ内・旧ロゴス)も施設建て替えに伴い惜しまれつつも閉店。2018年には「青山ブックセンター」(六本木)や、大阪の名店「心斎橋アセンス」が閉店したことも記憶に新しい。

そんな逆境のなか、写真集やファッション、アート系を中心に、エッジの効いたビジュアルブックのセレクトで人気のオンライン書店「flotsam books(フロットサムブックス)」が2020年1月、実店舗をオープンした。2010年のスタート以来、国内外の新しい本やアーティストを先駆けて紹介し、若手アーティストや業界にも支持者が多い同店。現在の月間ページビューは20万PV以上。近年は、オンラインでの書籍販売だけでなく、写真集のブックフェア「写真集飲み会」や「Photobook JP」などのユニークなイベントを開催し、ギャラリーや店舗でのポップアップも多数行ってきた。実店舗をオープンした背景と、10年続くお店の歩みについて、店主の小林孝行さんにお話を聞いた

**取材に伺ったのは2020年3月。新型コロナ過で状況が刻々と変わる4月後半に現状について再度インタビューを行った。
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コロナ禍の状況

---「逆境」がさらにもうひと転換してしまいました。今はどうしていらっしゃるのですか?

店は緊急事態宣言を受けて4月16日から5月末日まで臨時休業しています。
今はホームページを充実させたり、今までできなかったことをやろうかと。例えばタイムライン上で過去に流れてしまった、昔売れたり好きだった本を今の気持ちで振り返って提案しなおすとか。
考え方によっては店を持つ前に戻っただけなんですけど、ちょっとステージが上がったというか。例えば、タイムスリップすると未来の記憶も持ったまま過去に戻るというけど、ちょっとそういう感じの心境ですね。

オンラインショップ発という意味では他の店よりもアドバンテージがあるとは思います。でも家賃は乗っかっているわけで、とりあえずは店の上に住んでいる大家さんに家賃の交渉をしてみようかなと(笑)。耳の遠い大家さんとのやり取りを想像するだけで既に心が折れそうになってますけどね(笑)。(※その後の話は『HOUYHNHNM』で連載中のブログを参照→https://b.houyhnhnm.jp/kobayashi_takayuki/2020/04/25/19993/
 
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 ---改めて、flotsam booksは2010年にオンライン書店としてスタートしました。オープンまでの経緯を教えてください。

19歳で上京。本屋をやろうと下北沢の古本屋でバイトを始めて、そのあと飯田橋の美術古書店で4〜5年働いていました。ただそこは近代美術が専門だったので、もっと新しいものや前衛的なものをやりたくて、並行してお店を立ち上げました。オンライン書店にしたのは、ただ単に開業するお金も、借金する信用もなかったから(笑)

---(笑)。いつごろから本屋になろうと考えていましたか?

中学時代ですね。地元は岡山なんですが、街中に小さな古着屋が何軒かあって、自分が好きなものを売る個人商店がかっこいいと思っていて。スケボーなんかもやりながら、やっぱり本や雑誌が一番好きだったから本屋をやろうと考えました。
接客は苦手だが「店をやってみたら思ってたより人と話すのも楽しい」という、店主の小林孝行さん。

SNSと写真集ブームが追い風に

---オンライン書店を始めるといっても、成功するのは難しいですよね。お店はどのように軌道に乗ったのでしょうか?

当時ちょうど盛んになってきたSNSの効果と、もうひとつは2010年頃の写真集ブームはあると思います。それまで写真家の表現の場は展覧会や雑誌が中心でしたが、出版が安価になってハードルが下がった。アメリカのアレック・ソスが出版レーベルを始めたり、若い子が写真集やZINEを作って販売したりと、アーティストが自分の世界観を写真集で表現するようになった頃です。


---日本初の大規模なアートブックフェア「ZINE'S MATE」(現:『TOKYO ART BOOK FAIR』)が始まったのも2009年でした。

PARIS PHOTOなんかの写真イベントも増えて、あとはここ20年くらい森山大道やアラーキーをはじめ日本の写真家バブルも続いていて。当時は自分が扱っている写真家や写真集、ZINEなんかを置く店がまだ日本の書店(やAmazon)に少なく、個人輸入で売るのが時代に合っていたのかなと思いますね。
 
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ファッション関連の書籍も充実。ファッションデザイナー、マルタン・マルジェラ関連のビジュアルブックは入荷するとすぐ売れてしまうという
店頭で最も高値がついていた『Esquire's Encyclopedia of 20th Century Men's Fashions』(税込 47,056円)。 アメリカのファッション誌『Esquire』がまとめた20世紀メンズファッション百科事典だ。

基準は、“自分が面白いと思ったもの”“違和感を感じたもの”“自分で買って後悔しないもの”

---どんな本を扱っていますか? セレクトの基準、仕入れはどうやって?

ジャンルは写真集、ファッション、デザイン、アートで、新刊古本は6:4くらい。実店舗ではネットに出さなくても良いような1000円程度のZINEも多めに置いています。仕入れは昔から懇意にしている海外含む出版社をチェックしたり、作家本人や友達、お客さんの紹介だったり。うちで本を買ってくれていると、その人の根源的な好みが分かるので。選ぶ基準は、“自分が面白いと思ったもの”や“違和感を感じたもの”、あとは“自分で買って後悔しないもの”。委託販売ではなく買い取りでやっているので、在庫がたくさん残るといつも後悔しますけど(笑)


---長年のお客さんが多かったり、写真のイベントやポップアップも開催されていたりと、お客さんとのコミュニケーションや信頼関係を大切にされていているように感じます。

店を始めた当初は古本が中心だったので、興味ある人のところに直接買取に行ったり、近所なら直接届けたり。ネットでやっていますが、けっこういろんな人に会うようにはしていて、長いつきあいのお客さんも多いですね。5年くらい前から写真のイベントやポップアップもやるようになって、他にない感じの店になったなと思います。本はいい商品というか、置くだけで世界観を出せたりするので文化的なイベントをやりたいときや、企業の人にも都合がいいんだと思います(笑)。どのジャンルも同じですが、写真界隈の人だけが集まって閉鎖的になるのが嫌なので、新しい試みをして広げていきたいという気持ちはあるかな。
 
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アーティストや写真家が遊びに来て、作品を置いていくことも。白のフレームに入った写真は弊誌でもお世話になっているモデル兼写真家、服部恭平さんの作品。

写真集はそれ自体が作品にもなりえる

---アートブックのなかでも、やっぱり写真集が好きですか?

写真集のニーズが高くて割合が増えたというのもありますが、ファッションやアートは一度図版に落とすのでカタログみたいになっちゃうけど、写真集はオリジナルに近いものが印刷(プリント)できてそれ自体が作品にもなりえることもあるので、写真は本(という形態)と相性が良いと思います。

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同店があるのは、京王線の代田橋駅から徒歩7分、沖縄料理店や市場が並ぶ”沖縄タウン”と呼ばれる和泉明店街の奥。元住居を改装したという約5坪の空間には、工事現場の足場や印刷会社のパレットで作った棚に約500冊の本が並び、「友達のアーティストが置いていってくれた」という写真やイラストが飾られていた。
客層は20代後半〜30代が中心で、男女比は6:4程度。「何も決めずにオープンしたので、当初は知り合いだけに知らせていた」というが、次第に同店のTwitterやInstaglamを見て来店する人が増えたという。
 
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なりゆきでオープンした実店舗

---10年目の今、実店舗を代田橋にオープンしたのはなぜですか? 

もともと家が代田橋の近くなんですが、近所に住んでいる写真家の山谷佑介くんに「展示をしたいんだけど、いい物件があったから、展示した後にお店やりませんか?」と言われたのがきっかけです。「いやいや、借りるの俺でしょ?」って(笑)。そしたら「内覧の予定取ったんで」って言うから見に行って、金額的にも頑張れば払えなくもなさそうだったので、なりゆきで借りちゃいました。

---なりゆきで(笑)。オープンしてみて、どうですか?

やって良かったですね。実際にお客さんと話すなかで、その人にぴったりの本を見つけて、それを自分が見つけたときと同じくらい驚いてくれると嬉しいですね。基本的に人に何かを見せて、びっくりさせるのが好きなんで。あとは、ウェブでは売れなかった本が売れる。本の持ってるパワーが通じるんだなと思いました。

---2月にはグラフィックデザイナー・守先正さんとのポップアップ(aki moris books in flotsam books)を開催されました。

守先さんは古いお客さんで、「いつかオンライン古書店をやりたい」というので、だったらうちでリアル古本屋をやってみないかと提案したのが始まりです。やってみたら10日間で200人以上、お店を知らない人や学生さんも来てくれて。何よりこの場所で、守先さんの本が新しい持ち主の手に渡る瞬間に立ち会えたことは、とても貴重な経験でした。
 
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何を売るかよりも何を売らないかを決めること

---年々アートブックを扱う本屋が減っています。時代の変化のなか、10年間も続いてきた理由は?

アートブックってイメージは良いかもしれませんが、大きい本が多いし、儲からないし、利益だけを考えたら他の本を売った方が効率がいいかもしれません。でも自分はたくさん儲けようと思ってないし、できることはこういう本を売るかバイトしかないんで(笑)
特に古本屋が難しいのは、良い本を継続的に仕入れるのが難しいからです。始めるのは最初の情熱や自分の蔵書とかでできるけど、それだけでずっと続けるのが難しい。うちは品揃えが日本一でもないし、大量に買い取る資本力もないし、豊富な知識があるわけでもないけど、守先さんのように「うちに売りたい」と選んでくれるいいお客さんがいる。だから続いてきたと思います。改めて、いい店っていいお客さんがいる店なんですよね。あと、最近よく「愛されてるね」と言われるんですけど、そういうのも自覚していかなきゃなと。


---続けるために、大切にしていることは?

何を売るかよりも何を売らないかを決めること。
売れ筋のものや軟派なものを置いても、信用を無くすだけだから。誠実にコツコツやっていくしかないし、そのほうが長生きすると思います。みんなソツなく生きていて、効率やコスパが良い”最適解”を出す生き方は正しいと思うけれど、自分はもう少し理不尽に殴られるようなことがあったほうが良いと思うんですよね。ネットだけでやってる方が性には合ってるけど、店をやってみたら思ってたより人と話すのも楽しいし、やってよかったかなって。あとは売れるだけですね(笑)
 
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ZINE(写真右奥の棚)も充実。ZINEは店頭で手に取る人も多くウェブ上で売れないものも動くという。

こういうときこそ、ブレずにふつうに

---アフターコロナ後、書店や出版業界はどうなっていくと思われますか?

もしかしたら前みたいに戻ることはないのかなと、悪いほうに考えたらそう思っちゃいますけど。でも世の中が変わっても、人間自体はそう急に変わるもんじゃないと思うんです。江戸時代でも本好きはいただろうし、人の本質的なところを信じたいっていう楽観的な部分はありますね。

---最後に、現状が収束したらやりたいことは?

まずは、店で展示会やサイン会とかイベントや特集をしたり、コロナ前からやりたかったことを普通にやりたいです。こういうときこそブレずに普通に、今まで通りコツコツやるのが一番じゃないかなって。もし店が潰れてもいつでもやり直せばいいし、これを辞めたらやっぱりバイトしかできることがないんで(笑)。

まだやってないことが全然ある気がするし、店作って「行きます!」って言ったのにまだ来てくれてない人もいるから、とりあえずは「おめーら、まだ来てねーだろー!」って言ってやりたいですね(笑)。


 【取材・文=フリーライター・エディター/渡辺満樹子+『ACROSS』編集/中矢あゆみ】
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