日本酒の製造過程で処分されてしまう酒粕を原料としたり、コロナ禍で余剰となってしまったバドワイザーのビールを再蒸溜してクラフトジンをつくるなど、環境に配慮した生産を行う蒸溜ベンチャー、エシカル・スピリッツ株式会社(2020年創業)。同社は2021年7月6日、蒸溜所とともにクラフトジンを楽しめるバーや屋上にハーブガーデンを併設した「東京リバーサイド蒸溜所」を蔵前にオープン。イノベーティブな取り組みに次々とチャレンジしている。世界初という“エシカル生産及び消費”に特化した再生型蒸溜所とその事業について創業メンバーのひとり、COOの小野力さんに話を聞いた。
世界で拡大するジン市場とクラフトジンブーム
「ジンの市場は世界的に見ても拡大しています」と小野さん。世界的なクラフト(プレミアム)ジンブームを背景に、最もジンが飲まれているイギリスでは近年、その生産量はウイスキーを上回る勢いだ。
国内でも、ニッカやサントリーといった大手メーカーをはじめ、2021年には日本酒の八海山でおなじみの八海醸造が新たにニセコに蒸溜所を新設、ジンの製造を始めるなど、日本酒やビールなど他ジャンルのアルコールメーカーの参入を含む大小の蒸溜所が、北は北海道から南は沖縄まで日本各地で急増しているのである。
ジンは醸造酒からアルコール分を蒸溜して造られるお酒で、ウォッカ、テキーラ、ラムと並ぶ、世界4大スピリッツのひとつだ。大麦、ライ麦、ジャガイモなどの穀物を原料とした蒸溜酒に、ジュニパーベリー(ねずの実)をはじめとする多種多様なボタニカル(スパイス、薬草、香草などの植物)を加えて造られており、世界中のメーカーが独自の香りや味のジンを生みだしている。
なかでも近年特に人気なのが、「プレミアムジン」と呼ばれる希少性の高いボタニカルをふんだんに使った高級路線のジンだ。2016年は出荷約1万1,000ケースに対し、2019年は約5万4,000ケースと約5倍(参考:産経WEST 2020/3/11)で、近年、縮小傾向にあるアルコール市場において、まれにみる成長市場なのである。その理由としては、ウイスキーは蒸溜後に数年間の貯蔵熟成が必要だが、ジンは蒸溜してすぐに商品として出荷できることに加え、ジュニパーベリーというスパイスさえ入っていれば、その他の材料には一切制限がないため格段に生産の自由度が高く、創意工夫次第で産地やメーカーの特徴を出しやすいことも一因だと考えられる。
このように様々なメーカーがクラフトジンの生産に参入しているが、捨てられるはずだった酒粕やビールなどのポテンシャルを活かしつつジンという蒸溜酒を生み出し、新たな付加価値を与える---いわゆるアップサイクルによりフードロスの課題解決に取り組む循環型の酒造りに取り組む企業は、同社が世界初だという。
酒蔵の課題解決が生んだ、世界初の再生型蒸溜所
なぜ、このような“エシカル・スピリッツ”が日本で誕生したのだろうか?実は、同社CEOの山本祐也さんは、MIRAI SAKE COMPANY株式会社の代表として日本酒の販売や生産支援などを行ってきた人物。山本さんが日本酒の製造過程で生まれる酒粕の多くが廃棄されているという酒蔵の課題を目の当たりにし、それを解決するべくスタートしたのが同社なのである。
「我々のミッションは、『Starring the hidden gem』-そのものが持つ、隠れた才能にスポットを当てる-こと。今認められていないものでも、形を変えると必ず付加価値が生まれると考えています」(小野さん)。
というように、チョコレートやココアを作る際に捨てられるカカオの殻を活かしたものや、コロナ禍で売れずに捨てられる運命にあったビール、耕作放棄地となった茶畑からとれる茶葉や、間引きされたすだちを活用するなど、廃棄されるはずだったもののポテンシャルを活かしながら独自性のある味わいを設計し、同社ならではのジンを生み出しているのだ。
経済的な循環としては、日本酒の酒蔵には酒粕を使うことで新しい売上になり、ジンの売り上げを増やし続けることが日本酒業界へのメリットにもなる。今後は廃棄されるはずだった酒粕を使ったジンの売上で酒米を購入し酒蔵に納品する、日本酒生産者の直接的な支援に向けても進行中。
「酒蔵の中には日本酒と一緒に酒粕で作ったジンを販売してくれているところもあり、win-winの関係を築けています」(小野さん)。
高まるエシカル消費ニーズ
現在展開している商品は、 鳥取県「千代むすび酒造」の酒粕をリユースした「LASTシリーズ」2種、(1,650円/200ml)、酒粕とカカオの皮を使用した「CACAO ÉTHIQUE」(4,950円/375ml)、コロナ禍で余剰となったバドワイザー約2万ℓを使用した数量限定の 「REVIVE from BEER」 (5,500円/360ml)、など5種類(全て税込み)。
同社の中でも中心的な商品となっている「LAST EPISODE 0 -ELEGANT-」は、ラベンダー、カルダモンのフローラルな香りと、花椒・ピンクペッパーのスパイシーさが複雑に感じられるとともに、元の酒の個性が生かされたまさにオリジナルな一品。どの商品もそれぞれ非常に個性的で味わい深く、ひとつの蒸溜所でこれほどまでに味わいの異なる商品をつくれるものかと驚く仕上がりだ。
そのクオリティについて、
「当初より世界的に通用するクオリティを強く意識しており、積極的に海外の品評会にも参加しています。『LAST EPISODE 0 -ELEGANT-』は、英国の品評会『International Wine & Spirit Competition』(IWSC2021)で最高金賞を受賞するなど、着実に評価は高まっています」(小野さん)。
客層は、20代後半~30代~40代が中心で男女比は半々。新しいものや美味しいものを求めている層、SDGsやサステナブルな試みへの意識が高い層も反応しているという。
また、サブスクリプション制度「エシカル・スピリッツ メイト」も導入(月額5,500円)。会員には毎月1本、蒸溜所で作った限定ジンが届くほか、バーの優待などの特典が受けられる。他にはないまさにプレミアムなジンが手に入るということで、会員の中にはプロのバーテンも少なくないそうだ。会員向けの規模であれば、少量しか手に入らない素材でのチャレンジが可能となり、これまでもワイン醸造の際に出るぶどうの搾りかすや、しいたけの軸などの廃棄素材をつかった実験的なジンを会員に提供してきた。会員による商品へのフィードバックも受け付けているというから、今後、新商品にファンの声が活かされることもあるのかもしれない。
クラフトジンの楽しみ方を提案するバー「Stage」
建物の1階には蒸溜所の他にショップがあり、2階には商品化されている同社のクラフトジンすべてが楽しめるバー「Stage」を併設。7月にオープンしたものの、1週間で緊急事態宣言となりバーはクローズを余儀なくされたが、10月16日から再始動。飲食関係者をはじめ、クラフトジン好きなど多くの客で賑わいはじめている。
「立地に蔵前を選んだのは、東京の中で古くからモノ作りが盛んな土地だから。また、そもそも東京で蒸留所をスタートしたのは、地元の酒蔵との付き合いなど意識せずに、どの地域の酒蔵ともフラットに取引ができると考えてのことです」(小野さん)。
バーでは、3種類のジンを少量ずつ楽しめるのテイスティングセット(2,000円)や、「REVIVE from BEER」を梅でアレンジしたカクテル 「白雪姫」(1,200円)をはじめ、それぞれのジンの特徴を活かしたオリジナルのシグネチャーカクテルが楽しめる。また、「ジンのための逸品料理」も提供。昆虫食の提案なども行っている”地球を味わう”レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」の白鳥シェフが監修し、屋上で育てたハーブを使ったフライドチキン、ハイビスカスや発酵トマトソースを加えたえびチリなど、クラフトジンに合わせた料理を揃える。あまりジンに詳しくない客層にもカクテルによる楽しみ方や、料理と合わせたジンの楽しみ方を提案するなど、同社の世界観を体験できる場所として機能しているという。
“木”からジンを生産する「WoodSpirits」プロジェクトとは
「ジンの次はウイスキーですか?」小野さんにそう尋ねると、「いずれはウイスキーも考えていますが、今は『木のお酒』の商品化を進めています」という驚きの答えが返ってきた。
「ウイスキーは、蒸留したお酒を樽の中で熟成させることでお酒に木の香りをうつしますが、『木のお酒』は木の成分そのものを直接発酵・蒸溜してアルコールをつくるため、例えば『樹齢100年ヴィンテージの香りを含んだお酒』をすぐに造れるのです。日本には1,200種類以上の樹木があるのでそれだけの味のお酒ができますし、可能性は無限大ですね」(小野さん)。
これまで、細胞がかたすぎる樹木は発酵させることができなかった。しかし、国立森林総合研究所が樹木を発酵・蒸溜し木を原料に酒をつくる世界初の技術開発に成功。商業化のパートナーとして同社が選ばれ、「WoodSpirits」プロジェクトがスタートした。こちらも製品化が成功すれば、間伐材の需要創出や木材利用の活性化につながり日本の林業への貢献も見据えた事業になるという。
世界を見据える「循環経済を実現する蒸溜プラットフォーム」
また、同社には今までにジンへと再生した素材以外にも様々な廃棄素材の相談が継続的に舞い込んでいるというが、扱える量には限界があるため受け入れきれていないとも。
11月にはコーヒー事業への参入も発表した同社。通常は輸入されない「グレードB」コーヒー豆の有効活用や、コーヒーの出し殻を使ったジンの生産も行うという。さらには新たな蒸溜所の建設や、2022年1月にはジンの最大市場であるイギリス・ロンドンへの出店も決定。将来的には売り上げの7~8割を海外流通で目指す。
「循環経済を実現する蒸溜プラットフォーム」をモットーに「アップサイクル」の枠を軽く飛び越え、魅力的な嗜好品を生み出す同社の実践力には、世界に通じる大きな可能性を感じた。
【取材・文:山口豪(パルコ)・中矢あゆみ(『ACROSS』編集部)】