そんな「ウィズコロナのフェーズ」に入ったかのような「日常」の風景はひと足先にニューヨークが実証しているようでもある。
在ニューヨーク約20年のコンサルタントYoshiさんにその実態をレポートしてもらった。
在ニューヨーク約20年のコンサルタントYoshiさんによるドキュメンタリーです。
2022年が明けて新年を迎えたニューヨークは、奇妙な既視感に囚われることになった。2022年だと思ったら2020年に戻ってしまったのだ。
それは突然やってきた。昨年12月半ばのある日、ニューヨーク市内のあちこちに新型コロナウィルスの検査に並ぶ人たちの列が現れた。昨年6月にマスクを外して完全再開を遂げたニューヨークでは長らく目にしなかった光景だが、その列はたちまち長くなり、友人や街ですれ違う人たちの誰もが検査と陽性結果のことを話している。オミクロン株の襲来である。
演者の感染が判明した時点で即座に対応することから、ブロードウェイのショーが開演直前に、場合によっては上演の途中で中止になることが相次いだ。従業員の多くが感染した小売店は一時的に店を閉め、アップル・ストアはオンラインで注文した商品の受取のみに変わった。同様の理由で地下鉄の本数も大きく減った。
2021年の8月21日には再開を記念して、ブルース・スプリングスティーンやエルヴィス・コステロなど多くのスターを集めて盛大なコンサートがセントラル・パークで開催された。しかしコンサートはハリケーンの接近に伴う雷雨のためにバリー・マニロウの演奏途中で中止を余儀なくされ、6万人の観客にただちに会場を離れるよう避難勧告が出された。
市が演出したユーフォリックな再開ムードに文字通り冷や水を浴びせられたわけだが、今にして思えば、それは「再開」ではなく「再来」の予告編だったというわけなのかもしれない。
市民生活とビジネスが混乱に陥るものの、市はロックダウンはしないと明言した。「もう2020年ではない」というのが市のメッセージだ。2020年のように政府がロックダウンを宣言し、ビジネスに対して営業停止を命じることはない。それでも市内の飲食店の多くは予防的に営業を自ら停止し、営業を続ける場合でも、店内での飲食を中止してデリバリーとテイクアウトのみの営業に切り替えた。
2020年3月に全館を一斉に閉じたニューヨーク公共図書館は、今回はそれぞれの分館のスタッフの健康状態や周辺地区の感染状況に応じて運営方法を決めている。一時的に閉館した分館もあるし、館内利用を続けている分館もある。ロウワー・イースト・サイドのメトログラフなど一部の映画館は、年末にかけての上映を自主的に中止した。スモール・ビジネスとっては再び厳しい冬の到来だが、経費を切り詰めてこのローラーコースターを乗り切るしかない。
確かに2022年は2020年とは違う。ビジネスは政府の指示を待つことはなく、それぞれが判断し、すぐさま営業形態を変更する。この二年間にピヴォットを重ねた結果の機動性でもある。そして足掛け3年目に入るパンデミックが、また新たなフェーズへと移行しようとしているのかもしれない。
2021年の市長選挙では、市内で犯罪が増加傾向にあることが元警部のアダムスに追い風になったが、予測的取締りをめぐる見方が分かれていること、さらには警察のあり方そのものの抜本的見直しを求める声が強まるなかで、アダムスの評価も分かれることになったが、民主党の予備選挙では市の元衛生局長を僅差で退けて市長の座に就いた (*2)。ビジネス拠点としてのニューヨークの信頼を取り戻す「親ビジネス」を宣言し、犯罪対策として取締りの強化を主張している。
新市長は就任直後から、従業員を1日も早くオフィスに戻すようにと企業を説得するのに忙しい。なにしろ2021年10月時点でマンハッタンのオフィスには28%しか人が戻っておらず、週5日オフィスに通う人はわずか8%。オフィスが多いミッドタウンでは人の往来が大きく落ち込んだままで、グランド・セントラル周辺では30%と市内でもひときわ高い空き店舗率が続く。
(*1) リアルタイムのデータと分析にもとづくオペレーション・マネジメントのプログラム。CompStatと呼ばれる。犯罪を事前に察知し、未然防止することが可能だと評価する向きと、データそのもののバイアスから特定の地区の住民や有色人種が取締りの的になりやすい(たとえばパトロールを強化した地区では結果的に報告される犯罪は増えることになりうる)ことを指摘する声もあり、テクノロジー万能主義への懸念と相まって意見が分かれている。
(*2) 民主党の牙城であるニューヨーク市では、民主党の予備選挙が実質的な市長選挙になることが多い。
2022年の1月も後半に差し掛かると、市内の新規感染者数が急速に減少し始めた。通りは日毎にざわめきを取り戻し、飲食店は店内での営業を再開して、バーに人と話し声が再び戻ってきた。氷点下の気候でもソーホーの通りに買い物客の流れは絶えず、通りのあちこちに設置された新型コロナウィルスの検査場に人影はもうない。寄せては返すウイルスの波と同じように、この都市の足は著しく早い。あの見慣れた光景と喧騒が戻ってきた。
もう2020年ではない。ニューヨークに不変と言えるものがあるとすれば、それは変わり続けること。前を向いて進むのか、それともパンデミック前の2019年に戻るのか。新市長の下での動向を引き続きよく見てみる必要がある。
(文・写真:Yoshi)