その店名に違わず、店内にはフレンチシネマのスチールなどが数多く飾られている。もっとも、一番多いのは実はセルジュ・ゲンズブール関連なのだが。「ゴダールと店名につけたのは、彼が活躍した時代や、当時の思想的な事柄からの連想で、直接彼の映画を参考にしたというわけではないんです」と語るのは店主の笹子博貴さん。
2019年にGodardとして代々木で開店し、その後1年で現在の物件に出合い、早々に移転。代々木時代は「ナマチェコ」などヨーロッパの新進モードブランドやヴィンテージウェアを扱っていたが、この青山の店ではオリジナルのテーラードクロージングや紳士洋品を、主にオーダーメイド(注文生産)で展開している。店舗のスタイルとしては大転換だが、現在の形が、当初から目指していたイメージだったという。
「メンズの服は、結局クラシックなテーラーリングに行き着く。それを自分ひとりで、純度を高くやっていけたら、健康的なお店になるのではと思ったのです」と笹子さんは話す。
そんな彼の、ファッションとの最初の出合いはコム デ ギャルソンだった。
「地元は神奈川の茅ヶ崎で、アメリカが大好きな両親のもとで育ちました。弟はプロサーファーで、両親もマリンスポーツ系だったのですが、僕はひねくれていたので、海からは上がったんです。その頃、中高からですね、コム デ ギャルソンを好きになったのは」。
ファッション、そして映画や音楽などのカルチャーに深く親しむようになり、ヨーロッパ志向を強めた笹子さんは、高校卒業後英国に留学。学校もそこそこに、現地でいわば遊学生活を送る中、次第にパリの魅力の虜に。日本に一時帰国してはまた英欧に戻るという生活は3年程度続いた。完全に帰国したのは22、3歳の頃。
「その期間でさまざま吸収したことが、いまの自分をつくっています。毎日食パンだけで過ごすような生活だったので、大変でしたけど、当時からその感じも悪くないと思っていました。10代でそういう経験をしたことは、日本で大学進学などをしていた人たちよりは、やわらかな感覚を得られたというか、視野が広がったと思います」。
そう語る笹子さん。さぞかし当時のパリの写真や記録などを残しているかと思いきや、それはほとんどないという。
「いまもそうですが、どこかに行って写真を撮ることはなくて、何かを書くこともしないし、記憶の中に残すだけですね。でも記憶の中の映像って、ぼんやりとしていて、その感じが、すごく気に入っています。そのくらいでいいと思っています」。