ACROSS海外レポート: NYC 2022/23秋冬
レポート
2022.11.02
ワールド|WORLD

ACROSS海外レポート: NYC 2022/23秋冬

「COVID19」をめぐるニューヨーカーの記録=フェーズ7:
職住接近で変わる暮らしとマインドセット?

在ニューヨーク約20年のコンサルタントYoshiさんによるレポートです。

ニューヨークに日常が戻ってきた。

「そのシャツどこで買ったの」と街角で見知らぬ人がまた話しかけてくるようになったところをみると、この都市に特有の、人との距離の近さもまた戻ってきたというわけだ。昨年市長が熱心に繰り返した「リオープン(再開)」という言葉を耳にしなくなったのは、その段階がもう終わった何よりの証だ。

市内の飲食店には再び人があふれ、マスクをしている人はいない。それでも「以前」とは何かが違ってみえる。地下鉄にも乗客が戻りつつあり、時間帯によっては混雑さえしているところは2020年以前に見慣れた光景のはずだが、どこかが違う。

9月18日にはバイデン大統領がパンデミックの終了を宣言したことで、いよいよ正式に「ポストパンデミック期」に移行したことになる。2年半の長いトンネルを抜けた今、人びとの暮らしはどう変わり、何が変わっていないのだろう。
*   *   *

マンハッタンのダウンタウン。観光客も徐々に戻って、人の往来はほぼパンデミック前と同じに。

夜が早くなった「眠らない街」

よく行くバーの従業員が言うには、人はもう深夜まで出歩かなくなったらしい。彼らには独自の観察眼があり、人の行動を実によく見ているから、彼女らの言うことは大きく間違ってはいないはずだ。

以前は午後6時の開店から8時までだったハッピー・アワーを、一時間早めて午後5時の開店から7時までに変更し、午前4時まで開いていた店を今では午前0時前に「ラスト・コール」としているのはそのためだ。

地下鉄が24時間走り続けるこの「眠らない街」では、早い時間にレストランに現れることほど野暮なことはなく、午後6時にレストランを予約するのは日本人ぐらいなものだったが、2022年の秋はどういうわけか、まだ明るい午後6時にレストランが満席になっている。

深夜営業が制限されていたパンデミック期の名残、ちょっとしたコロナ後遺症というわけだろうか。はっきりとした理由はわからないが、一説によると、必ずしも早く食事したいわけではなく、自宅が仕事場になった今、場所と気分を変えるために早く外に出る人が多いという。

イースト・ヴィレッジの深夜食といえばウクライナ料理店の「ヴェセルカ」が有名だが、24時間営業で知られたその老舗店が午前0時にさっさと閉めていることが、何よりこの時世を示している。

マンハッタンのダウンタウンのバー。マスク着用の必要はないが、店内が混み過ぎないように、屋外の席にも客をふり分けている。

オフィス出社は火曜から木曜

人影のなかったオフィスにも、ようやく人が戻りつつある。自宅とオフィスの両方で働くハイブリッド型が引き続き主流ではあるものの、今年の9月時点では、マンハッタンのオフィス利用率が約50%にまで戻ってきたというデータも発表された (*1)。

9月に入って子どもたちの学校が始まり、地下鉄でのマスク着用義務もなくなった。興味深いのは出社する人が多いのは火曜日から木曜日で、ミッドタウンのビジネス街では、その3日間に飲食店が混雑しがちだと聞く。金曜日のバーが静かなのは、ポストパンデミックの新しい日常というところなのか。

オフィスに人が戻れば、地下鉄にも人が戻る。8月には地下鉄の乗車数が平日でパンデミック前の60%にまで戻った。面白いのは週末の乗車数が70%と、週末の方が早く戻っていることだ。平日は自宅で働き、週末にはビーチに出かけたり、友人との食事でマンハッタンに出向いたりと、週末に移動する人が多いとみられる。通勤よりも娯楽のためというのが、目下の地下鉄の利用方法のようだ。

(*1) Partnership for New York Cityが2022年9月15日に発表した調査結果。

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マンハッタンのイースト・ブロードウェイ。チャイナタウンの東端に位置するネイバーフッドで、落ち着いた雰囲気が若い人に人気がある。

新ビジネスの中心はブルックリンやブロンクス、出遅れるマンハッタン

暮らす場所と働く場所が別々だった2020年以前には、多くの人が毎日マンハッタンに通っていた。そのためジムやセラピーなどのケアを施すクリニックもマンハッタンに構えるのが普通だったが、「もうマンハッタンでなくていい」と考えるスモール・ビジネスが出てきている。

考えてみると、ケアや施術を行う側も受ける側も、たとえばブルックリンに住みながらマンハッタンに通っていたわけだから、通勤する人そのものが減少した今、ブルックリンにクリニックをオープンすればお互い都合がいいともいえる。

平日の行動半径が小さくなり、住む場所の近くで働き、遊び、食事するようになったことが、この都市の働きをあちこちで上書きし始めている。

この2年で数多くの小売店や飲食店が店を畳んだが、調査によると (*2)、その閉じた店の半数以上はマンハッタンで、マンハッタン以外の区(アウターボロ)では逆にその数が増えているところが多い。たとえばマンハッタンでは5,266件のビジネスが純減したが、ブルックリンでは1,267件、ブロンクスでは109件の小売店などのビジネスが純増している (*3)。

自宅で働くといってもコーヒーやランチを外で買う人は多いし、ネイバーフッドのジムやヨガ、セラピーなどに通うようになれば、新しいビジネスの誕生を牽引しているのがマンハッタン以外なのも当然だ。

(*2) ニューヨーク市コンプトローラーによる報告 (No. 67 – July 11th, 2022)。
(*3) 2019年第4四半期と2021年第4四半期の比較による。

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クイーンズのアストリア。オープン・ストリーツのプログラムで週末は自動車の通行が禁止。パンデミック初期に導入されたオープン・ストリーツは、歩行者と自転車に安全な場所を与えるものだが、近隣のビジネスを助ける目的もある。一部のオープン・ストリーツでは、パンデミック前よりもビジネス(売上)が増えていると報告されている。

活気はマンハッタン以外のアウターボロへ?

飲食店が早仕舞いになったとはいうものの、市内全域で足並みが揃っているわけではないらしい。確かにナイトライフの中心だったマンハッタンのロウワー・イースト・サイドなどでは早く閉まっている。

ところがマンハッタンからイースト川を渡ったクイーンズの中でも地下鉄の最終駅にあたり、アジア系資本による大規模開発がにわかに活気づくフラッシングで早い時間にバーに座ってみると、「店が混み始めるのは深夜だよ」とやけに景気よくおまけの飲み物をふるまってくれたりするから、住宅地区では近所の常連客たちが変わらず夜更かしをしていて、地下鉄に乗って夜遊びに出かけることが減っているのかもしれない。

ブルックリンの住居地区であるベッドフォード=スタイベサントでは、地元で買い物する人が増えた結果、商業不動産の空室率が10%も低下した。ブルックリンのダウンタウンで新たにオープンしているのは小売店に限らず、チェスなど社交的活動の場所も増えている。期せずして「15分都市」(*4) へと近づいているようにみえなくもない。

こうした変化を企業も静観してはいない。例えば、東京にもブランチのあるデザイン・スタジオのustwo は、従業員が多く住むブルックリンの住居地区にオフィスを移転。金融大手のシティグループも、従業員の便宜のために、ニュージャージーとコネチカットにオフィスの開設を考えているという。従業員がオフィスに来ないなら、オフィスの方から従業員に近づこうというわけだ。

リモート勤務が広く導入されたことで、手頃な生活費とより良い質の生活を求めて、大都市から小都市へと人が流れる傾向が米国全体で続いている。ニューヨークも例外ではない。リモート勤務が可能な職種は大都市部に集中しているため、かえって人が離れやすいこともある。同様にニューヨーク市内でも、大きくなり過ぎたハブ(マンハッタン)の結び目がほどけるように、市内での「リシャッフリング」が進みつつある。


(*4) 日常生活に必要な要素を、徒歩や自転車の圏内で済ませようというヴィジョン。自動車依存を脱却する狙いもある。旗振り役の例としてパリが知られている。

クイーンズのフラッシング。ニューヨーク・メッツのスタジアム(シティ・フィールド)のさらに東。中国系の住民を中心とする巨大なアジア系コミュニティで、住民数も高層のタワーもビジネスも急速に成長中。逆にマンハッタンのチャイナタウンではアジア系の住民が減っている。

続く手探りのピヴォット(方向転換、路線変更)

観光客が消えた2020年のニューヨークには、感染懸念とは裏腹に、スローダウンしたどこか心地よい空気が漂っていた。仕事を何より優先する生活を見直したり、様々な理由から離職する人が増えたりと、多くの人がリセットを経験したように、危機のさなかに閉塞感が霧散して解放的な楽観ムードが広がったのは皮肉なことかもしれない。そのパンデミック期は一時的後退とみなすべきなのか、それとも新たな潮流の端緒と考えるべきなのか。

ようやく夏が勢いを失い秋らしい快適な日が数日続いたかと思うと、今度はすぐに冬がやってくる。いつまで暑いのかと漏らしていたら、その翌週には今度は寒いと文句を言うのがこの都市の忙しない移り変わりだ。

未曾有の2年半を経た今、どのようなヴィジョンを掲げて、どこに向かうことになるのか。パンデミックのローラーコースターをようやく降りた2022年の秋は、慌ただしくポストパンデミック便に乗り換えるまでの束の間のトランジットということになる。

オフィスにも地下鉄にも人が戻り始め、観光客も戻ってきた。それでもパンデミック前に戻ったわけではない。100年に一度の出来事をあらゆる試行錯誤でくぐり抜けたビジネスも人も、ポストパンデミック期の新たな現実に面して、手探りのピヴォットを続けている。

[文・写真:yoshi(在NYコンサルタント)]


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