3.11後の世界へ
~2013AW東コレ・デザイナーたちの格闘~
レポート
2013.08.08
ファッション|FASHION

3.11後の世界へ
~2013AW東コレ・デザイナーたちの格闘~

震災から2年4カ月を経た今、さまざまな領域で新しい表現が生まれようとしている。震災直後、チャリティ企画やボランティア活動を行なったクリエーターも少なくなかったが、その後、地震・津波・原発・放射能など、さまざまな問題が露呈するなか、震災とその後の日本の状況そのものをテーマにした作品・表現も数多く生まれてきた。

筆者は、2007年から東京コレクションを定点観測の場として、デザイナーたちの作品と意識の変化を見つめてきた。
震災から5シーズンめとなる2013AWのコレクションから浮き彫りになった日本人デザイナーたちの格闘の軌跡を、「イシグロノゾミ・オートクチュール」の石黒望「イェーライト!!」の河村慶太と井村美智子「ファクトタム」の有働幸司「アンリアレイジ」の森永邦彦の4つのブランドの5人のデザイナーたちに取材した。



2011年3月の「As tears go by」を経て、2011年10月に発表された「シュークリームとクーデター」のコレクション。
新宿歌舞伎町のキャバレー「ニュージャパン」跡地を会場にした2012年3月発表のコレクション「タブー」。
2013年3月に発表された2013年秋冬のコレクションは「ろくでなし ひろでなし ふくでなし」。

1)「伝えること」

①-着ることで気づいてもらいたい-
「ノゾミイシグロオートクチュール」

 

「ろくでなし ひとでなし ふくでなし」と題されたノゾミイシグロオートクチュールのコレクションは、梅津和時のサックスの即興演奏による不気味な雰囲気で始まった。

ファーストルックはうさぎのぬいぐるみを解体して、パッチワークのようにつなぎあわせて再構築したスカート。モデルの上半身は、ミイラのように拘束され、腕は見えない。

その後も次々にぬいぐるみのモチーフが展開する。服のあちこちにぬいぐるみのパーツがつけられたジャケットやブルゾン、服全体がクマの顔になっているビッグシルエットのシャツ、ぬいぐるみの身体と手足のショール・・・。本来かわいいはずのぬいぐるみが解体され、つなぎ合わされ伝説の怪物キメラのようにも見える。服であって服でない。しかし服でないように見えて服である、まさに「ふくでなし」のタイトル通りのコレクションだった。
 

<クリエイションにメッセージを込めて>

デザイナーの石黒望は1964年生まれ。コムデギャルソンでパタンナーなどを経験した後、1998年に自らのブランドを立ち上げた。彼のコレクションには、アバンギャルドな服の中に常にメッセージが込められている。特に震災後のコレクションには、決して声高ではないが、現在の日本やファッションの状況に対する違和感や怒りが満ちている。

2011年3月、震災で多くのショーが中止される中、石黒はショーを決行。「As tears go by」と題した、非常事態を表す赤を基調としたコレクションを発表した。2011年10月の「シュークリームとクーデター」では、クーデターを起こす夢をみて、目が覚めたら、家族がシュークリームを作っていたという自らの体験をもとに、「現実に起きた出来事に声をあげるべきだ」という強い思いが表現された。

 

<震災後「タブー」に挑む>

石黒の違和感は、震災から1年後の2012年3月発表の「タブー」と題されたコレクションで更に高まる。今でも毎日ネットで東京の放射能をチェックしているという石黒は、原発事故がまだ何も解決されていないにも関わらず、急速に風化し、放射能のことを話すことすらタブーになってきている状況を、「服作りにおけるタブー」と重ね合わせた。

会場は新宿歌舞伎町のキャバレー「ニュージャパン」跡地。発表されたのは、異素材のパッチワークでつくられ、ミシンの調子をあえて狂わせて縫われていた。その乱れた縫い目をいかにきれいに見せることができるのかを追求した。

「自分の考えていることがもしタブーだったらもう逃げてしまったほうが良いのかもしれない。でも逃げることも自分の中ではタブーだ。」そんな石黒の葛藤が強く表現されたコレクションだった。

 

<“みんなが感じていること”を形に>

「ろくでなし ひとでなし ふくでなし」という今季のテーマについて、石黒は、「みんなが感じていることを表現しただけだ」と言う。震災後露わになった日本社会の様々な課題。その中に「政治家でない政治家」「ファッションデザイナーでないファッションデザイナー」などがあふれる状況に対しての怒りだ。しかもそのことに、みんなが気付いているのに、声を上げない。それを分かってもらうために、あえて服のかたちをしていない服を作ってみたというのである。

 

<着ることで気づかせたい>

石黒は、今季のコレクションで発表した服を着た人に気づいてもらいたいことがあるという。

「最初は動物の顔がカワイイと思って着るかもしれない。しかし、着ているうちに、微妙に足にひっかかったりして、違和感を感じるはずだ。そうなると、カワイイと思っていた動物の顔の部分が、服にとって不要なものであることに気づくだろう。そして、服だけでなく、社会の中でも同じようなことがあることに気づいてほしい」。

かつて石黒は「自分の作る服は人の身体の上で爆発する爆弾だ」とよく語っていたという。「今はさずがに物騒なので言わないけど」という注釈がついていたが、石黒の今季のコレクションには、「爆弾としての服」の最新型が表現されている。


 

「Daily Life of the etenity=永遠の日常生活」がブランドテーマの「イェーライト!!」は、デビュー9年目の2013年3月、2013年秋冬のコレクションを初めてショー形式で発表。シーズンテーマは、「here and there」。
今から3年前に、洋服の基本的な形である身頃と袖を取り外し、ブランドやデザインを超えて、自由に交換・シェア(共有)できる仕組み「COMMON SLEEVE(コモンスリーブ)」を発案。現在約50ブランドが参加している。

②-自分たちの目指す未来-
「イェーライト!!」

1980年生まれの河村慶太井村美智子の夫婦によるデザイナーユニット「イェ—ライト!!」は、ブランド立ち上げから9年目の今季、初めてショー形式での発表を行った。

河村は今回初めてショーを行なった理由を、「もっとまじめにやらないといけないと思った」と語る。決して服づくりが不真面目だったわけではない。「自分たちがやっていること、やろうとしていることを、もっと真面目に伝えていかなければならない」と思ったというのである。

<震災後の不安の中で>

河村は、石黒望のもとでアシスタントを経験した後、ファッション学校で同級生だった井村と共に2005年にブランドを立ち上げた。以来、シーズンごとのテーマを設けず、「Daily Life of the eternity=永遠の日常生活」という同一テーマのもとで、主に展示会でコレクションを発表してきた。

古着のリメイクなどを得意とし、日常生活から着想を得た服を得意としてきた彼らの転機となったのは、震災と原発事故だった。震災直後の5月に第2子が生まれ、「ここで仕事していて大丈夫か?このままでは食えなくなってしまうのでは?」と思ったという。

不安な日々が続く中、「不安を抱えて生きるより、未来の自分たちを考えたい。どんな未来に生きたいのか、どんな未来を作りたいのか、それを表現し、伝えたい」と考えたのが今回のコレクションだ。

 

<望ましい未来への「移動」>

テーマは、「here and there」。今いる場所から自分の行きたい未来への移動がテーマだ。ジプシーやノマドをモチーフに、ニットなどクラシカルな素材とメッシュなど機能的な素材を合わせたスタイル。そして、移動を考え、腰回りなどに付けられたボール型のポーチなどのパーツは取り外しができるようにした。伝統的なジプシーのスタイルと、ノマドワーカーに代表されるような現代の「移動」のスタイルとを融合させたコレクションだという。

ショーの演出も、モデルが、ピアノの鍵盤をたたいてから歩き始め、その音が即時に再生されることで、次第に一つの音響となっていくという仕掛けを施した。自分たちで未来を作っていきたいという気持ちを表現したという。

 

<目指す未来は?>

河村は、「自分たちの世代は、社会的なメッセージを強く叫ぶとみんな引いてしまう。同世代に向けて、自分たちのやりかたでメッセージしていきたい」と語る。

そんな彼らの目指す未来を考えるための参考となるのが、今回のコレクションでも使われていた、「COMMON SLEEVE(コモンスリーブ)」という試みだ。袖がファスナーで着脱できるようにデザインすることで、いろんな服の間で袖を交換しあうという仕組みだ。3年前に発案し、現在では、彼らの呼びかけに賛同した約50のブランドが参加している。服を着る人が自由に袖を交換することで、デザイナーが考えてもいなかった組み合わせもできあがる。同時代の「シェア」「二次創作」の概念とも響きあうコモンスリーブの広がりは、1点ものの古着のリメイクから始まったこのブランドの着実な進化を印象付ける。

「移動」をテーマにした今季のコレクションでは、彼らが目指す未来をほんの少しだけ垣間見せてくれただけだ。果たして次のコレクションで、さらにどんな未来を見せてくれるのだろうか。

「働くこと」を見つめ直した2013年秋冬のコレクション。テーマは、「DO TRY(やってみよう)」。ブコウスキーの墓碑銘である「DO'NT TRY(無理して新しいことをやるよりも、好きなことをやり続けろ、という意味)」という言葉から、ご自身も改めてデザイナーとしての覚悟を新たにしたそう。
「ブランド設立から10年を迎えた今、やっとデザイナーとして働くことが楽しいと思えるようになってきました」(有働さん)
 2)「働くこと」 

-仕事を見つめる-
「ファクトタム」

震災をきっかけに自らの仕事を徹底的に見つめなおしたデザイナーがいる。東京を代表するメンズブランドの一つ「ファクトタム」有働幸司(1971年生まれ)だ。有働は、先シーズンから2シーズン続けて「働くこと」をテーマにしたコレクションを発表している。
 
今季は、ブランド名の由来である小説「FACTOTUM」の作者、アメリカの作家チャールズ・ブコウスキーの自伝的小説「ポストオフィス」にインスパイアされたコレクションを発表。郵便局員など様々な仕事を転々としながら、好きな小説を書き続けてきたブコウスキーへのオマージュとして、ポストマンに代表されるワークスタイルを、現代的に昇華させた。
 
コレクションのテーマは「DO TRY」(やってみよう)。ブコウスキーの墓碑銘である「DON‘T TRY」(「無理して新しいことをやるよりも、好きなことをやり続けろ」の意味がある)という言葉を受け、有働は、「デザイナーとして、好きなことを続け、チャレンジし続けたい」という強い意思を示したのだ。しかし、彼がこうした心境に行き着くまでには、様々な葛藤があった。
 
<デザイナーにできること>

震災前の2シーズン、ファクトタムは、ショーをやめ、ウェブサイトでの新作発表を行っていた。当時有働は、コレクションで発表する服と、顧客が買ってくれる服とのギャップに悩んでいたという。「新しい提案をしてもファンは定番を求めがちだ。そんな中でショーをやることにどれだけ意味があるのか。」
 
ショーを休止している期間、有働が注力していたのが、海外展開の拡大を目指してのアメリカでの展示会だった。しかし、それも商習慣の違いなどから思うようにいっていなかった。
 
そんな時に、あの震災が起きた。日本中が暗い雰囲気に閉ざされる中、有働は、デザイナーとして何をメッセージすればよいのか、どう表現すればよいのか、考え続けたという。
 
2011年10月のコレクションで、2シーズンぶりに有働はショーの再開を決意する。「ただ悩むのではなく、まずは自分が楽しむことが必要なのではないか。自分が楽しんで仕事をすれば、それが周りにも伝わるはずだ。」そう考えた有働は、インスピレーションを得るために旅に出た。向かった先はアメリカ西海岸のポートランド。そこで見た公園の風景がコレクションテーマ「Sunday at the park」となった。
 
帰国後、ショーの会場を午後の代々木公園と決め、初めてメンズとレディースを一緒に発表することにした。公園で人々が同じ場所を共有しながら楽しんでいる様子がモチーフとなり、作品は、従来のテーラードを基調としたものから、メンズとレディースの自然なミックスなど、リラックスした雰囲気のカジュアルウェアへと大きく変化した。
 
有働は、みんなが一つの場所に集まり、同じ時間を共有することの重要性を、再びショーという形式で表現したいと思ったという。さらに、ショーで新たな提案をすることで、顧客にも共通の話題ができ、人々が集まるきっかけになってほしいと考えたのだ。今の自分が、デザイナーとしてできることは何か、考え抜いた結果だった。
 
<「働くこと」と「考えること」>

震災から1年半後の先シーズン。有働は「Working&Thinking」と名付けたコレクションを発表する。港湾労働者として働きながら、独学でカリフォルニア大学の哲学の教授にまでなったエリック・ホッファーの生活の舞台であった波止場と図書館から着想を得た、武骨なワークスタイルと端正なジャケットスタイルが融合されたコレクションだった。
 
人はただがむしゃらに働くだけでは幸せになれない。また考えているだけでも幸せになれない。「働くこと」と「考えること」両方のバランスが取れて初めて幸せになれるのではないか。それがホッファーの生き方から有働が導き出した答えだった。
 
<「ワークスタイル」を見直す>

そして今季のコレクションで有働は、ブランド立ち上げからのテーマである「ワークウェア」という原点をもう一度見つめ直すことにした。小説「ポストオフィス」の作者ブコウスキーの足跡をたどるためロサンゼルスを訪れた有働は、ユニバーサル映画の資料室で、ブコウスキーが働いていたUS mailの歴代の制服を目の当たりにした。
 
「ワークウェアは、本来どんな人が着てもいいし、どんな人にも似合うはずだ。それを現代にマッチさせるよう進化させ、長く着てもらえる服を作りたい」。
 
そう考えた有働は、US mailのシンボルである鷹のモチーフを随所に配したテキスタイルを用い、細身のシルエットを基調とした現代的なワークウェアを提案した。そして、ショーのフィナーレでは、モデル全員をブランドの原点であるワークシャツとデニムパンツというスタイルで登場させた。
 
有働は、ブランド設立から10年目を迎えた今、やっとデザイナーとして働くことが楽しいと思えるようになってきたという。それに伴い、仕事の仕方も変化してきたという。これまでどちらかというと一方通行だったものが、スタッフや顧客などいろんな人とのキャッチボールをしながら作り上げていくスタイルへと。
 
震災後、自らの仕事を通じて、「働くこと」を考え続けてきた有働の軌跡は、メンズファッションの一つのありかたを提示しているのかもしれない。
 
2013年11月24日まで金沢21世紀美術館で開催中の「ANREALAGE“A COLOR UN COLOR”」展。被災地のモノクロ写真を見て、色を失った世界が早く色ある日常を取り戻して欲しい、ということから思考がスタートした2013年秋冬のコレクションは、ファッションのなかで移ろう「色」がテーマ。紫外線にさらされると色が表れるというテキスタイルの開発を行った。
震災後初めて一から制作した2012年春夏のコレクションのテーマは「SHELL」。放射能の脅威が大きく喧伝されていたことから、「何かで自分をプロテクトしたい」という人々の思いからクリエーションを行った。
2012年秋冬のコレクションのテーマは「TIME」。2011年12月の東北の被災地への旅に衝撃を受け、風化が叫ばれていた東京の状況を目の当たりにしたことから、忘れ去られていく時間のスピードの速さに抗おうと、時間の流れそのものを表現することにチャレンジした。
3)「暮らすこと」 

-震災後の日常から生まれる新たな美-
「アンリアレイジ」

現在の東京コレクションで最も注目を集めるブランドのひとつアンリアレイジ。デザイナーの森永邦彦(1980年生まれ)は、自作について、これまで主に、自らのクリエイションの流れの中で語ってきた。しかし、近年の彼の作品には、震災の影響が色濃くあることはあまり知られていない。

<震災後の東京の光景>

震災後初めて一から制作されたコレクションとなった2011年10月の「SHELL(殻)では、アトリエのある原宿のコンビニで見た震災直後の光景にインスピレーションを得た。コンビニから一斉にものがなくなり、再びものがあふれていく状況を目の当たりにした森永は、これまで目を留めなかった歯ブラシや乾電池などのパッケージに目を奪われた。そして、こうした立体物の包装に使われるブリスターパックという製法を使って、服を作ることを思いつく。


当時、東京でも放射能の脅威が大きく喧伝されていた。人々の間に、「何かで自分をプロテクトしたい」という思いが広がっていると感じた森永は、テーマを「SHELL」と決め、服の上にさらにもう一つの形が浮き上がっているドレスなどを発表した。

<東北の現実と時間の流れ>

森永が、転機となったと語るのが、2011年12月の東北の被災地への旅だ。ブランドのスタッフと共に、気仙沼や陸前高田などを回った森永は、想像を絶する光景に衝撃を受ける。表通りは復興が進んでいるように見えるが、裏通りや海岸はまだがれきの山のままだった。

しかし、東京では、すでに震災の風化が叫ばれ始めていた。森永は2012年3月のコレクションで「TIME」をテーマとする。過ぎ去り、忘れ去られていくスピードの速さに抗いうため、時間の流れそのものを服で表現するという試みに挑戦する。3Dスキャナーなど最新技術を駆使し、腕を振った姿が連続写真のように重なっている袖や、歩いた軌跡が見えるようなヒールが重なった靴などが生み出されていった。森永は、時間の流れの中で「ひきずること」の大切さを表現したかったと語っている。

 

<被災地の光景>

2012年7月、森永は2店目となる直営店を仙台にオープンした。自分たちが東北に対して何ができるかを考えた結果だという。その3ヵ月後に発表された「BONE」と題されたコレクションでは、実際には存在しない「服の骨」を想像してデザインするという試みを行った。ブラックライトで浮かび上がる洋服の骨組、そして、レーザーカッターなどを駆使して、必要最小限の構造線だけを残して作られたドレス。森永の脳裏にあったのは、瓦礫や建築廃材・ひしゃげたガードレールなど、被災地で見た光景だった。被災地を訪れてから1年近く、ずっと頭にこびりついていたというその衝撃的な姿を、森永はようやく作品として形にすることができたのだ


<希望を宿す色>

そして去年12月、森永は今季のコレクションに着手する。前回のコレクションで「骨」にまで行き着いた森永は、今度は希望があるものを作りたいと思ったという。

そんな時、森永の目に飛び込んできたのは、週刊誌に掲載されていた被災地のモノクロ写真だった。モノクロの世界に少しずつ色彩が加わっていってほしい。色を失った世界が早く色ある日常を取り戻してほしい。そんな願いを込めた服をつくれないのか。

森永は、白い服の色が段々と変わっていくというアイデアを思いつく。これまで一貫して服の「かたち」についてのチャレンジを行ってきた森永にとって、初めて「かたち」ではなく「いろ」を相対化するという新たなチャレンジだった。

どうしたら服の色を変えることができるのか。ヒントとなったのは、手元にあった「消せるボールペン」だった。ボールペンで書いた線が消える仕組みを調べるうちに、森永は、光があたると分子構造が変わり発色する「フォトクロミック」という現象にたどり着く。研究者に協力を依頼し、従来サングラスなどに使われているフォトクロミック化合物を、糸に加えて織ることで、光が当たると色が変わるテキスタイルの開発に成功した。

3月に行われたショーでは、最初は真っ白だった服に照明があたると、パステルカラーの柄が浮き出て、照明が消えるとまた白に戻るというコレクションが展開された。服だけでなく、靴やアクセサリー・ヘアピースも同じように色が変わり、会場全体に色が宿ったように感じられるドラマチックな演出が観る者の心を揺さぶった。服の中にもう一つの服が宿る。このコレクションは日本のファッションの新たな可能性を感じさせるとして評判を呼んだ。

<現状を見続けることの大切さ>

今季のコレクションを終えた森永は、現実をきちんと見続けることの大切さを訴える。「震災後の日本が直面した問題は解決されていない。起こってしまったことは取り消せないし、知ってしまった以上、ふたをしてはいけないのではないか」。

そうした森永の問題提起はメディアにも向けられる。「震災後あれだけその影響について聞いてきたジャーナリストが今は誰も聞かない。それでいいのか」と。

そして、震災後の現実に向き合う中で、森永は創作に対する意識が大きく変化したという。

「服作りを始めて以来、自分の前には(服の歴史という)壁があり、その壁を壊したいと思ってやってきた。しかし今は壊すことに意味があると思えなくなってきた」というのである。

彼が今目指しているのは、「ファッションの世界の中だけに新しさを求めるのではなく、身の回りの風景の中に新しさを発見していき、それをファッションに還元していていくこと」つまり、奇をてらった「アバンギャルド」な服を作るのではなく、自分の日常生活に目を向け、その中から新たな価値を作り出していくことだ。

 

<身の回りにある「技術」を武器に世界へ>

そのための武器になると森永が考えているのは、今季の「フォトクロミック」のような身の回りにある様々なテクノロジーだ。

「日本の様々な先端技術を積極的に取り入れることで、これまでファッションが見落としてきた、新たな価値を生み出すことができるはずだ。」

そして森永は近い将来のパリコレクション進出への意気込みを語る。

「ファッションの世界では、売れるものばかりが注目されるが、僕らはそうではなく、今の日本人にしか表現できないことを商品として落とし込んで、世界で勝負したい」。

これが、震災後の状況と格闘を続けてきた森永が到達した現時点での結論だ。

4)新たな価値を生み出せるのか

作家のいとうせいこうが、震災をテーマにして発表した「想像ラジオ」という小説が、ポスト3.11の文学として話題になっている。そのメッセージは「想像せよ!」。震災の犠牲となった死者の声に耳を傾け、死者と共に未来を構築しようという世界観が提示されている。日本やアジアの伝統的な考え方に、ネット時代の状況を融合させた新たな物語が読者の共感を呼んでいる。

多くの犠牲者を出し、これまで築き上げてきた様々なシステムを揺るがせたあの震災を経験した日本からどんな新たな表現が生み出されるのか、そして、それはどんな新たな価値や価値観を提示することができるのか。国内からだけでなく、世界からも注目されている。

新たな価値を生み出すこと。それは日本のモノづくり全体が目指す未来でもある。デザインという言葉の語源は「指し示すこと」だ。ポスト3.11の世界で、デザイナーたちはどんな未来を指し示し、どんな新たな価値を提示してくれるのだろうか。その格闘をこれからも見つめていきたい。

取材/文:小川徹(おがわとおる:1989年NHK入局。NHKワールドTVで放送中の「TOKYO FASHION EXPRESS」チーフプロデューサーのほか、NHKスペシャル「世界ゲーム革命」などを手掛ける。現在、インターネットを通じた新たな視聴者サービスの開発に携わるほか、ファッション・デザイン・アート・デジタルカルチャーなどの取材を続けている。)


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